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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第百九二話 張禄の謀略
 趙将楽乗、趙将慶舎が守る邯鄲を完全包囲し、秦軍は攻撃を仕掛ける。
 その後白起は、前線の王齮に命令を届けた。張唐は命令に従って兵を動かし、魏と趙の国境である。寧新中城を攻め、陥した。
 その地は安陽と名を改められ、秦王は白起の罪を赦そうとした。
 しかし、張禄はそれを止めた。
 張禄は、形振り構ってはいられなかった。全てを卒なくこなす白起がいれば、いずれ丞相の地位を奪われかねないと、焦っていた。
「軍中にいる我が友より、この様な密書が届けられました」
「どの様な密書だというのか」
「武安君は敵と内通しているのです。我が軍は一切の交戦をしておらず、敵と段取りを決め、戦いが進んでいるかの様に見せているのです。これは全て、謀です。武安君は、長平の戦が起こる前より、この謀反を計画していたのです。だからこそ、秦軍に大打撃を与えて、咸陽が空になるように仕向けたのです」
「もしそうであれば、なに故武安君は今、咸陽に残っているのか。発覚すればまっ先に首を刎られる場所に残っているのだ。馬鹿馬鹿しい。その密書は、誰からの密書なのだ」
「この密書は……我が友、鄭安平からのものです。将軍として、上党、長平、そして邯鄲包囲を戦っています。内情を見た上で、軍が武安君によって支配されており、秦の王座を狙っていることを悟ったのです。お考え下さい。軍は長らく、ここ関中へ戻ってはいません。そして数十年に渡り、武安君がその頂点に君臨し、無敗の常勝将軍として将兵の心を掴んでいます。秦は軍国。秦人は皆秦兵なのです。その秦兵が武安君に忠誠を誓っているとあれば、王よりも国尉武安君の命令に従うことがあっても、仕方がないのではないのでしょうか」
「つまり武安君は、秦軍が邯鄲の戦いの勝敗に関わらず、咸陽へ帰還した後、速やかに、自らが直々に鍛えた咸陽守備兵で我らを捕らえ、兵の力を使って王位を簒奪するというのか。筋は通っているが……なに故謀反などする……」
「秦王様!」
 突然大声を出した張禄に、秦王は驚いた。
 張禄は「どうか武安君から、目を離さぬ様に、ご用心下さい」とだけ残し、足早に去ろうとした。
 口先三寸で秦王の心に不安のタネを植え付けた張禄。その弁術は魏冄にも勝るとも劣らないものであった。秦王は張禄から魏冄の様な欺瞞の匂いを感じ取った。王の権威を利用し、自分を利しようとしているのだと、悟った。そして張禄に対し、魏冄にも感じていた様な、嫌悪感を覚えた。
 秦王は大声で張禄を呼び止めた。
「よく覚えておけ張禄。そなたが忠臣であったとして、武安君もまた、余の為に戦い功績を立てた忠臣である。いかなる理由であったとしても、それを陥れるのであれば、そなたもそれ相応の報いを受けるぞ。構わぬな。秦の為に尽くせるのだから」
「構いませぬ……我が秦王様」
「宜しい」
 秦王は目線で、張禄を行かせた。


 前257年(昭襄王50年)

 この年、王齮率いる秦軍は邯鄲を攻撃した。しかし邯鄲を守備する楽乗は城の守りに関しては、天下に勇名を轟かせる天才であった。
 白起は、城を完全に包囲するまでの策を授けていたが、城攻めという、臨機応変さが必要な策は授けることができず、秦軍は楽乗に敗れた。
 一時撤退を余儀なくされた秦軍は、邯鄲の包囲を解いた。しかしすぐに邯鄲を強襲できる距離まで下がり、邯鄲の兵を誘い出す罠の振りをし、追撃を逃れた。
 しかし、無名の総大将であった趙将慶舎が率いる数千の騎兵が突如として城を飛び出し奇襲を仕掛けてきた。その迷いのない閃光の様な速さの攻撃は、まるで急所を狙う蜂の針かの様に、最小の兵力で、秦軍に甚大な被害を与えた。
 撤退する本隊から取り残され、蹂躙された鄭安平の部隊は、慶舎に降伏した。
 惨敗を喫した王齮は、完全に撤退し、秦の領域に入った。王齮は惨敗の責任を取る為、十万以下になった兵を率いて直接、関中に入ることにした。
慶舎(生没年不詳)……戦国時代の趙の将軍。
前257年(昭襄王50年)、楽乗と共に秦軍を破った。
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