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R-15
二十一話 『なに?この記憶……』
「あ……れ……?」

 なに? この記憶……。あたし……知らない。こんなの……。

「どうしたの? 沙知?」

 お布団を隔てて、頼那くんがあたしの様子が変だと感じ取るとすぐにそう聞いてくる。

「ううん……何でもないよ……」

 あたしだってこんなことは初めてで上手く状況が分からない。

 でもそんなあたしにも何となく分かることがあった。

 たぶん、これはあたしが忘れていたことなんだろうってことだけは分かったんだ。

 何で忘れたんだっけ? 単純に彼に興味がなくて、いつものように忘れただけだっけ? 

 よく分からないけど、思い出したこの記憶はちゃんと思い出そうと、自分の記憶を辿ってみる。

 頼那くん助けられたあたしは科学室まで連れて行って貰った。

 それからお礼にあたし特製の栄養ドリンクを分けてあげて、彼とお話をすることにした。

 彼の印象は普通。過度にイケメン過ぎず、ブサメンでもない。

 可もなく不可もないと感じさせる印象。ただ視線はちょっと挙動不審で何だか気になる程度。

 それにチラチラとあたしの胸を見ていて、普通の男子のいつもの反応だなって気にすらしていなかった。

 だから特に気にする必要のない。この後、存在さえも忘れることになる男の子だと、頭の中ではそう思っていた。

 けど、彼はあたしのことを知っていて、何でかなと気になったから少し彼との会話をすることにしたんだ。

「じゃあ……何で君はあたしのこと覚えてるの?」

「うぅ……それは……」

 彼の視線は更に泳ぎ始めて、挙動も落ち着きがなくなる。

 それに何だか冷や汗までかいているようにも見えるし、顔もなんか紅い? そんな風にあたしの目には映っていた。

 そんな彼の様子を見てちょっと気になったから意地悪に声をかけることにした。

「へぇ~言えない理由があるんだ~、あたし気になるなぁ~」

 あたしはニタニタと悪い笑顔を浮かべながら彼に尋ねる。彼はとても困った様子で狼狽えていた。

 そんな彼の様子を見て、何故か彼に興味が湧いてきたあたしは意地悪くからかい始めた。

「ふ~ん、もしかしてあたしの身体でエッチな妄想とかしたりしてる?」

「はあ!?」

「あたしっておっぱい大きいから男子に自慰行為のオカズにされてると思うんだよね」

 ちょっとエッチな話をして彼の反応をあたしは楽しむことにした。彼の反応は正直で、顔を真っ赤にしてあたふたとしている。その様子が面白くてつい頬が緩み笑ってしまう。

 男の子って単純だな~と心の中で思っていたけど、最後のほうは正直過ぎて面白くなかったから話題を戻すことにした。

「さて、話を戻して君があたしのこと覚えてたのは、もしかしてあたしのこと好きだった?」

 適当に冗談で言った言葉に彼の目がピクッと動く。そして視線を下に逸らすと彼は──

「……違う」

 そう否定した。けど、明らかに今までのようにすぐに否定している感じはなかった。

 明らかに動揺したような感じだし、頬も更に紅くなっている。そんな反応を見てあたしはニヤリと笑い、彼に食い付いてみた。

「おっ!! この反応マジっぽい!! ねえねえあたしのどういうところに惚れたの!? 顔? おっぱい? お尻?」

 彼の顔に近づき、下から覗き込むように煽るようなからかいをする。すると、彼は顔をもっと紅くして、今にも逃げ出しそうだったからすぐさま科学室の扉を閉めに向かう。

「おっと、話さないとこの教室から出さないし、何だったら逃げようものなら学校中に広めまくるよ!!」

 なんて出来もしないウソを付いて脅して、扉に鍵をロックして彼の逃げ道を塞ぎ、追い詰める。

「それでそれで、一体あたしのどこを見て惚れたの!!」

 あたしの身近には恋愛系の話題がないし、この手を逃したら恋バナなんて出来なそう。だから、今は絶好のチャンスだと思ってちょっとしつこく質問する。

 すると、彼は観念してあたしの質問に答えてくれることにしたようだ。

「……一目惚れだよ……」

 そう彼はボソッと答えた。その答えを聞いた瞬間、あたしの知的好奇心は止まらなかった。

 根掘り葉掘り彼から好きになった理由を聞き出した。途中、なんか引っ掛かることを言っていたけど、あたしは気にしなかった。

「何でこんなこと聞くんだよ、てか相手が自分だっていうのに恥ずかしくないのかよ」

「え~別に恥ずかしいとは思わないし、ただ単純に恋をしている人の感情とか知りたいだけ」

 そう。あたしはただ知りたいだけ、人がどのように他人を好きになるのか。どういうときに好きって感情が生まれるのか。それが知りたい。

 他人にどう思われようともう曲げれることができないあたしの性。あたしがあたしであるための大事な要素。

 そんなあたしのことを彼はこう言った。

「何かカッコいい……」

「うぇ!? カッコいいなんて初めて言われたよ!! 何で何でそう思ったの!?」

 あたしがカッコいい!? それがちょっと意外すぎて、あたしはその理由を知りたくて、彼にもっと聞きたいと思った。

「何て言うか生き方に芯がある感じがカッコいいって」

 その答えがとても面白くて彼に興味が湧いた。彼ならあたしに恋というものを知る丁度いいモルモットになるって感じたんだ。

 だからあたしはある提案を彼に持ち掛けることにした。

「確認だけど、あなたはあたしのことを好きなんだよね?」

「うん……まあ……そうだけど……」

「で、あたしは恋を知りたいって思ってる……これってお互いに利害が一致していると思うんだよ」

「一体何の話をしているんだ……」

「つまり、あたしたちが付き合えば、お互いに欲しいものは手に入るって話だよ!!」

「……はあ!?」

 あたしの提案に彼は驚愕の声を上げる。しかし、あたしは気にせずに話を続けた。

「君はあたしを恋人にできて、あたしは恋を知ることができる、ほらっ、Win-Winでしょ?」

「いや……確かに……そうだけど!! そんな簡単に恋人を選んで良いのか!?」

「別にあたしは恋を知れればそれで良いし、君もあたしを恋人にできる、お互いに得をできてるから問題ないって」

 そう。あたしは自分が恋を知れたら相手は誰でも良かった。たまたま自分に惚れている彼が居て、ちょうど恋というものに興味を持ったから提案してみただけだった。

 彼は困惑した表情をしている。そんな彼女に追い打ちをかけるようにあたしは彼に近づきながら頼む。

「あたしは恋が知りたいの!! だからあなたがあたしに恋を教えて!!」

 彼の腕を掴みながら真っ直ぐに彼を見つめた。すると彼は紅くなった顔と潤んだ瞳であたしに返事する。

「分かった!! だから、佐城さんも僕の彼女になって欲しい!!」

 あたしは満面の笑みを浮かべると、彼に向かって大きく頷いた。これで彼との関係は始まりを告げたんだ。

 そしてこの日を境にあたしたちは恋人の関係になったんだ。

 それから彼を自分の部屋に呼んで、恋人らしい呼び方ってなにって訊ねたんだっけ。

 そこで初めて彼の名前を認知した。正直、ただのモルモット程度にしか思っていなかったから、名前なんて覚える価値もなかった。けど、恋人同士は名前で呼ぶみたいな感じだったから改めて彼の名前を覚えた。

『頼那くん』

 それが彼の名前だった。

 そっか……さっきから自然と彼のことを名前で呼んでいたのは……これが一番しっくりきたからだったんだ……。

「頼那くん……」

 つい反射的に名前を呼んでしまう。すると、彼の声が突然と耳に入ってくる。

「……沙知?」

 彼があたしの名を呼ぶと、自分の声が自然とでてしまっていたことに気が付いて、咄嗟に口に手を置く。そして何事もなかったかのように平然を装うことにした。今は布団の中で彼には見えていないのに。

「な……何でもないよ……」

 頼那くんはそう? と返すと、それ以上は何も追及はしてこなかった。

 あたしは再び忘れていた自分の記憶を辿り始める。

 あたしと頼那くんが恋人関係になってからは、あたしが彼を振り回す日々だった。

 一緒にお昼を食べて、あたしの実験に付き合わせて、一緒に帰る。そんな平凡な日々。だけど、あたしにはそれがとても楽しかった。

 他人とこんな風に過ごすのが初めてで楽しかった。あたしが我が儘言っても何だかんだと頼那くんは付き合ってくれていた。

 だから、あたしは彼に甘えていた。自分に都合の良い相手を手に入れて浮かれていた。

 相手は自分に惚れているんだから、何をやっても許してくれると勝手に思い込んでいた。

 ある日、あたしはいつもの体調不良で休んだ。

 その時、ふと、思ったんだ。

 頼那くんはあたしが身体が弱いってことを知らない。

 もし、それを知ったら頼那くんはどうするんだろうって。

 普通に考えて、面倒になるんだろうなって。

 自分は悪くないのに彼女の世話をしないといけないし、気を遣わないといけない。それはとても面倒なこと。それが好きな相手でもきっと苦痛でしかない。

 それに頼那くんはあたしを好きになった理由は一目惚れって言ってた。それってつまり、あたしには見た目しか価値がないと、言うこと。

 何だったら頼那くんはお姉ちゃんの存在も知っている。なら答えは簡単。

 あたしからお姉ちゃんに鞍替えをすれば、それでことはすべて丸く収まる。

 そうだ。同じ見た目ならあたしよりもお姉ちゃんのほうが良いに決まっている。

 あたしと比べてお姉ちゃんは人当たりは良いんだから、頼那くんもそっちのほうが好きになるのは、当然だよね。

 何だかそう思うと急に全部がバカらしくなった。それで恋に関しての興味が薄れていった。だから、あたしはその日を境に彼のことは忘れることにした。

 次に彼と会ったときにはもうあたしは彼のことを忘れていた。その時の顔は覚えていない。

 それから何事も無かったかのように過ごすはずだった……。

 けど、そうはならなかった。

 彼の優しさに甘えていたってこともあって、あたしは無意識に彼が部室まで連れて行って貰えると、勘違いをしてしまった。

 その結果、廊下で倒れて、またしても彼があたしを助けてくれた。

 今度はさすがに保健室に連れて行ってもらい、何とか事無きを得た。

 ただ、体調不良でナーバスになっていたあたしは保健室で独りになるのが恐かった。だから、保健室から出ていこうとする彼を見て、不安になった。

 いつもだったら他人に絶対にそんなしないのに、彼に向かってこう言っちゃった。

「お願いだから……傍にいてよ」

 そんな風に彼を引き留めてしまった。自分でもなぜだか分かんないけど、彼がこの場から居なくなることに不安感を覚えて、呼び止めてしまった。

 普段だったら絶対こんなことはしないのに……なんでかあたしは彼を引き留めちゃったんだ。何でだろう?

 あたしは心の中で困惑していると、彼は少しだけ一緒に居てくれた。彼がすぐ側に寄ると、あたしは何故か安心した。そして少しだけお話をして時間を過ごした。

 その日から数日後、またしても彼と話す機会が訪れた。

 そのときもあたしは彼のことを忘れていたけど、彼とお話をするのはとても楽しかった。

 あたしの発明品で彼があたふたとする様はとても面白かった。

 そしてあの日みたいに彼がまた口を滑らせて面白いことを口にするから、思わずからかっちゃった。

「もしかして本当にあたしのことが好きだったりして……」

「なっ!?」

 彼は顔を真っ赤にすると、しばらく固まった。それが面白くて次はどんな風にからかってあげようかって、ちょっぴり意地悪なことを思っていた。

 けど、彼は突然何かを決心したみたいな顔をすると、あたしにこんなことを言い出した。

「好きだ」

 その言葉にあたしの思考は停止した。
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