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R-15
三十一話 『付き合ってくれないか?』
「ここから乗れば、エレベーターが近いんだ」

 日曜日の午前九時のこと。僕は一人電車を降りると、ホームをじっくりと観察する。

 同じように降りてくる乗客の数を見ていると、午前中のしかも休日の早い時間だからか、あまり人がいない。

 これなら来週同じ電車のエレベーターに近い車両に乗っても座っていけそうだ。

 僕はそう判断すると、エレベーターに乗って改札口がある階まで移動する。そして改札を抜けて、今度は改札口をじっくりと観察する。

 この駅は大型ショッピングモールと繋がっていて、改札を抜ければすぐにモールへと繋がっている。

 そして、この大型ショッピングモールの中に映画館があるという訳。

 僕は周囲を確認すると、早速その駅から出ていく。そして自動改札を通って、改札口を抜けると、ショッピングモールに繋がる道を歩いていく。

「このくらいの距離なら沙知でも歩けそうかな?」

 僕は歩きながら、スマホで駅からショッピングモールまでの時間を計算してみる。

 大体、歩きで三、四分ってところ。このくらいならなんとか沙知でも歩けそう。

 そんなことを考えつつ歩いていると、ショッピングモールの入り口が見えてくる。そして僕はショッピングモールの中へと入っていく。

「えっと、映画館は……」

 久し振りに来たから、ショッピングモールの入り口にある地図を見て、映画館の場所を確認する。

「あった、二階のここか……」

 僕は地図で映画館の場所を見つけて、そこに向かって歩いていく。

 ショッピングモールの中を歩いていると、開店したばかりか比較的人の数は少ない。だから歩きやすくて助かる。これなら沙知と歩いても大丈夫そうだ。

 ただ映画が終わる頃には人が多くなっているのは目に見えているので、そこはちゃんと考えておかないと。

 周囲のお店を見ながら、僕は映画館へと向かう。お店ごとに開店時間が違うからか、今まさに開店準備中というお店もあれば、もう既に営業しているお店もあった。

 入り口から一番近かったエスカレーターに乗って、僕は二階に向かう。エスカレーターやエレベーターの位置もちゃんと覚えておこう。

 デート当日は沙知に無理させたくないから、そう心の中で言い聞かせながらエスカレーターを降りて映画館へと向かった。

 そして五分ほど歩いて、僕は映画館の前に到着する。どうやらまだ開館して間もないからか、人はそんなに多くないように見えた。

 これなら沙知が人が多くて疲れるという心配はしなくても良さそうだ。

「まあ、ただ映画館まで歩くだけだし……やること終わった……」

 今日はあくまでも下見。沙知が無事にここまで歩いて行けるように、ルート確認が目的。

 なので、今日の目的は達成したとも言える。

「ふぅ……せっかく来たし、色々とお店でも見て回るかな」

 このまま帰るのはもったいない気がしたから、僕はショッピングモールの中を見て回ることにした。

 映画館から少し歩くとゲームセンターがある。その隣には家電量販店がある。

「少し来ないだけで、店内のお店もだいぶ変わってるな」

 この家電量販店も最近リニューアルしてできたって話を親から聞いたのを思い出す。

 とりあえずゲームセンターの中を覗いてから、家電量販店に行くかな。

 そう考えた僕はゲームセンターの中に入って、店内を見て回ることにする。といっても目ぼしいものはないから適当に見て回るだけ。

 そんなんだからあっという間にゲームセンターの中を見終わって、次はゲームセンターの隣にある家電量販店に入る。

「えっと……扇風機と……エアコンか」

 まず僕は店頭に並んでいる商品を見ていく。夏が近くなって、気温も高くなってきているから、冷房機器も扇風機も多く並べられていた。

 ただ、電化製品に全くと言っていいほど、詳しくないから違いが分からない。

「沙々さんなら分かるんだろうけど」

 機械好きの沙々さんなら、家電製品の良し悪しが分かるのだろう。そんなことを思いながら、僕は電化製品を見て回る。

 たくさん並べられて置かれているテレビ。家電量販店で見るテレビって、大きく見えなさそうだけど、実際部屋に置くと、意外と大きく見えるんだよな。

 テレビのコーナーを眺めていると、ゲームやおもちゃなどを置いてあるコーナーも視界に入る。

「最近面白いゲームあるかな……」

 僕は興味本位で、そちらのコーナーにも行ってみようと思った矢先のことだった。

「ここ、品揃えいいじゃん」

 おもちゃコーナーの前で、まじまじとおもちゃを眺めている人影が視界に入る。

「んん?」

 どこかで聞き覚えのある声が聞こえてきたので、僕はその人影の方へと視線を向ける。そこには沙知の双子の姉である沙々さんがいた。

「沙々さん?」

 僕は思わず彼女の名前を呼んでしまう。すると彼女は僕の声に気づいたのか、こちらに視線を向けてきた。

「ん? えっ……島田!?」

 沙々さんは僕に気づくと、慌てたような声で僕の名前を口にする。

「き、奇遇じゃ……コホン、だな、こんなところで……買い物か?」

 戸惑いながら、僕のことを見てくる沙々さん。そんな彼女の様子に僕は少し疑問が浮かんでくる。

 何か一瞬いつもより、声のトーンが高かった気がするけど、気のせいだろうか。

 それになんか沙々さんの様子が少しおかしいような……。

「ちょっとデートの下見に来ただけだよ」

 とりあえず、今は彼女の様子について深く追及するのはやめておこう。僕はそう判断した。

「デート?」

 沙々さんは少し首を傾げると、顎に手を当てて何か考え始めた。そして納得したように頷く。

「ああ、そういうことか、なるほど、島田は殊勝なやつだな」

「そういう沙々さんは、買い物?」

「ああ、これを買いにな」

 おもちゃコーナーに並べられているおもちゃの箱の一つを手に取り見せてくる沙々さん。

 それはヒーローモノのロボットの玩具だった。

「それって今年やっているヒーローモノの?」

「そうだ、最近発売したばかりでな、欲しいと思っていたんだ」

 そういえば、沙々さんヒーローモノのロボット好きだったな。部屋にもいっぱいヒーローものの玩具があるし。

 沙々さんの部屋に行ったときに、その部屋が特撮モノのグッズだらけだったのを思い出す。

「今年のシリーズはすごいんだぞ、これとここにあるロボが全合体し……」

 沙々さんはキラキラと目を輝かせながら、自分の持っているヒーローのロボットについての解説をし始める。そんな彼女に僕は苦笑いを浮かべることしかできない。

 そんな説明が始まって数分が経過して、ようやく彼女は我に帰る。

「おっと……すまない」

 どうやら熱が入りすぎていたらしい。そんな彼女に僕は首を横に振って応える。

「別に大丈夫だよ」

「そうか? それなら良いんだが……」

 少し申し訳なさそうな表情を浮かべる沙々さん。

 僕的には特に気にするようなことではないから、気を遣わないで欲しいんだけどな。

 彼女が自分の趣味のことで熱く語るタイプなのは知っているし、何だったら妹である沙知も同じタイプだ。

「それで島田は今日は他には予定があるのか?」

「今日は下見ってだけだから、特にはないかな、あとはその辺を見てから帰るくらい」

「そうなのか? ふむ……」

 僕の返答に沙々さんは少し考え込むように黙り込む。そして何かを思いついたように、手を叩く。

「島田、これから時間あるか?」

「え? うん、あるけど……」

「そうか、なら少しだけオレに付き合ってくれないか?」

「沙々さんに?」

 そんな唐突な提案に僕は首を傾げる。すると彼女は少し苦笑いを浮かべる。

「ああ、実はこのあとも色々と買い物に行くのだが、買うものが多くな……もし良ければで良いんだが」

「ああ、なるほど……そういうこと」

 つまり、荷物持ちのお願いか。それくらいなら全然構わない。むしろ沙々さんには中間テストのときに散々お世話になったし、その恩返しをしたかったから丁度良い。

「いいよ、荷物持ちくらいなら」

 僕がそう返答すると、沙々さんは少し申し訳なそうな顔を浮かべる。

「いいのか? なんだか突然で申し訳ないんだが……」

「いいよ、どうせ僕も適当にお店を見て回るつもりだったし」

 ついでにこのショッピングモール内のお店を事前に見て回っておくのも悪くない。

 そんなことを考えていると、沙々さんは安心したように微笑んでいた。

「ありがとう、島田」

 彼女は僕にお礼を言う。そしてそのまま僕は沙々さんの買い物に付き合うことにした。

「それで? 次はどこに行くの?」

 家電量販店で沙々さんがおもちゃの会計を終えたところで、僕は沙々さんにそう問いかける。

「次は服を見て回ろうと思ってな」

「服?」

 服と言われて、改めて沙々さんの服装を見てみる。

 ボーイッシュでクールな印象の沙々さん。そんな彼女のイメージを崩さないような服装。

 ベージュのパーカーに、黒いデニムのパンツ、白いスニーカーと動きやすさ重視の格好。

 ただそれでいて、沙々さん元来のクールな印象を残しつつも、ヘアアクセでしっかりとお洒落も忘れていない。そして肩にはトートバックを掛けている。

 元の顔とスタイルの良さも相まって、本当に美人だ。

 周囲を歩く人たちも沙々さんの美貌に見蕩れて、つい目で追っているのが分かる。

 僕はそんな周囲の視線が彼女に注がれていることに気づいていた。

 そんな周囲の視線に気がつかないのか、それとも慣れているのか分からないが、沙々さんは落ち着いた様子で答えてくる。

「どうした? そんなにオレをまじまじと見つめて」

「いや、沙々さんの私服姿、そういえば初めて見たなって」

「ああ、そういえば、制服か部屋着のジャージしか見せたことがなかったな」

 沙々さんは納得がいった様子で頷く。そして自分の格好を確認するように、その場で軽くターンしてみせる。

「どうだ、似合っているだろ?」

「うん、似合ってるよ、むしろ元が良いから、何着ても似合うと思う」

 僕がそう言うと、沙々さんはとても嬉しそうに微笑む。

「まあ、オレが美人なのも否定はしない」

 この姉妹特有の自信たっぷりの自慢に思わず苦笑いを浮かべてしまう。
 佐城姉妹のこの自信は、本当に羨ましいと思う。

「さて、それじゃあ服を見て回るか」

「うん、そうだね」

 そんな会話をしながら、僕たちは洋服店が並ぶエリアへと移動していく。そして数あるお店の中で最初に目についたお店の中に入っていく。

「さて、どんな服が良いだろうか……」

「沙々さんは普段どんな服を着ているの?」

 僕はとりあえず参考に聞いてみることにする。すると沙々さんは考え込んだような素振りを見せる。

「オレか? まあ……基本は動きやすい服装だな」

 動きやすくてお洒落な格好か……。僕は彼女のその条件を聞いて、頭の中にしっかりと刻み込む。

「大体いま着ている服装と傾向が偏るな」

 沙々さんは自分が着ている服を改めて見て答える。動きやすさと、お洒落を両立した格好。それが彼女の好みの服装みたいだ。

「ふむ、そうだな……ここは島田が好きな服装の系統を聞いて、それに合わせるか」

「え? 僕の?」

 そんな沙々さんの突然の提案に僕は思わず聞き返してしまう。すると彼女は頷く。

「島田はどんな服が好きなんだ?」

 そう聞いてくる沙々さんに、僕は少し考えるように腕を組むと、自分の好みを考える。

 自分の好みの女性の服装か……。そんなこと言われてもな……。

「う~ん……」

 僕は沙々さんの質問に、自分の好みの服を考える。

 そしてしばらく考えても答えが出ない。

「ごめん、あんまり意識したことないから……よく分からないや……」

 僕は素直にそう答える。そもそも僕はファッションにあまり興味がない。だから自分の好みの服と言われても、答えられないのだ。

 そんな僕の返答に沙々さんは特に気にした素振りは見せずにこんな提案をしてきた。

「なら、沙知に似合いそうな服装をイメージして、それをオレに教えてくれないか?」

「うん? 分かった」

 とりあえず沙知に似合いそうな服装をイメージしてみる。すると、意外とすんなりとイメージが湧いてきた。

 沙知と言えば、とにかく黄色いが好きなイメージがある。なら、彼女のイメージに近い黄色い服装なんか良いかもしれない。

「これとかかな?」

 沙知のイメージに合いそうなスカートを沙々さんに見せる。

「これか……なら……」

 すると、沙々さんはじっくりと僕が差し出したスカートを見る。そして静かに頷くと、トップスが並べられている棚に向かう。

「ふむ、この辺は……」

 沙々さんはトップスをいくつか手に取って見比べる。そしてその中から何着かを選び出すと、僕のところに戻ってくる。

「試着してみてもいいか?」

「うん、もちろん」

 僕がそう答えると、沙々さんは僕が選んだスカートを受け取り、何着かのトップスを持って試着室の方へと向かっていく。

 沙々さんは試着室の中に入ると、カーテンを閉めて着替え始める。

 沙々さんの着替えが終わるまで僕は試着室の前で待つことにする。

 しばらく待っていると、カーテンが開く音が聞こえてくる。僕は沙々さんの着替えが終わったのだと思い、その方へ視線を向ける。

「こんな感じだが……どうだ?」

 そう言いながら、試着室から出てくる沙々さん。そこには黄色のスカートとトップスを着た沙々さんがいた。

 スカートは膝よりも少し上くらいの丈の黄色のスカートだ。トップスはベージュ色のオフショルダーのトップスという組み合わせ。

 沙々さんの短い髪型と相まって、可愛らしい印象を受ける。

 さっきまでのボーイッシュなスタイルからイメージがガラッと変わった感じ。

「似合ってるよ、沙々さん」

 そんな僕の感想を聞いて、沙々さんは少しむず痒いような仕草を見せる。

「そ、そうか……あまり、こういったのは着ないから、少し落ち着かないな」

 普段あまりスカートを履かないからだろうか。沙々さんは自分の格好に少し戸惑っているように見えた。

「他の服も着てみる?」

「そうだな、他も色々と試してみたいが、ちょっと待って、一旦、スマホのカメラで撮ってもらってもいいか?」

「うん、それは構わないけど……」

「助かる」

 そんなやり取りをすると、沙々さんはカバンからスマホを取り出して僕に手渡す。僕は沙々さんから受け取ったスマホのカメラで、試着した服を次々に映していく。

 そして数十分ほどそんなやり取りを繰り返していると、沙々さんはその中から数点選ぶと、トップスとスカートを購入することにした。

「結構色々と買ったね」

「ああ、服はいくらあっても困ることはないからな」

 そう言って、沙々さんは両手に紙袋いっぱいの洋服を抱えていた。僕は彼女の持っている紙袋を受け取り、彼女の横に並ぶ。

「ありがとう、助かる」

「別にいいよ」

 そんな会話をしながら、僕たちは洋服店を後にする。

 洋服を買ってからしばらくショッピングモール内のお店を回り、他にも色々と見て回るのだった。
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