残酷な描写あり
R-15
男の背中、そして意地
黒服に囲まれた状況で、リノアとブルートが戦いの火蓋を切る。
先陣を切ったのはブルート。
地面を蹴り付け、集団へと飛び込んだ。黒服たちはそれを受け止めきれず、もつれ込む。その中心で丸太のような腕を振るい、周囲の敵を根こそぎ巻き込み旋風のように吹き飛ばした。飛ばされた黒服が他にぶつかり雪崩こむことで全体のバランスを突き崩していく。
「豪快にして痛快。先ほど無様に負けたのが嘘のような勇猛さですね」
「余裕を見せる暇が、あるのか?」
リノアは真っ先に黒服のリーダー格である蛇男へと突っ込み、拳を繰り出した。ブルートが道を拓くとは言ったものの、蛇男さえねじ伏せることができれば突破は容易だと踏んだのである。
「ええ、ありますとも。あなたは勇敢ではありますが、相手を選んだ方がいいでしょう。私――このナーネイを選んだのは悪手です」
ナーネイと名乗った男はリノアの一撃を紙一重でかわす。そして軽くリノアへと肩をぶつけ、押し戻した。そして獲物を見る目で見つめ、ふむと顎を撫でた。
「皆さんはブルート殿を押さえなさい。この女は皆さんの手には余るでしょう、私が相手をします」
「はっ」
黒い波がブルートを飲み込まんと押し寄せていった。
しかしリノアには、それに構っている余裕はない。正面に立つナーネイの佇まい、その在り方と相対した途端、冷や汗が滲んだからだ。視線を離すことなく見据え、身構えたまま警戒を維持する。
「本当にブルート殿には興味がないんですね。それとも、私の持つ気配の方が気になりましたか。まあしかし、最近は後輩たちに譲ってばかりでしたから、たまには活躍するのも良いでしょう」
言い終わるや否や、ナーネイは腰のあたりから得物を取り出した。
トンファーである。ごくごくシンプルな棒に取手がついただけの見た目のそれを、手慣れた動作で構え、糸目をさらに細めた。そして片方を突き出すと、指先で挑発をする。
「先を譲って差し上げましょう。あなたのような価値ある存在であれば、問答無用で制圧して商品にしてしまうのがセオリーですが、それでは面白くない。たまの機会ですから、楽しませてもらいましょう」
「挑発には、乗らない」
リノアは無闇に動くことはせず、ナーネイを観察することに注力した。
――戦闘になったらまずは、冷静かつ前向きに。
ヴァルティエの教えを思い出し、リノアは冷静さを取り戻していた。冷や汗は相変わらずだが、思考が停止してしまうことはない。こういったときに生き延びられるように、ヴァルティエに叩きのめされてきたのだから。
「花を持たせてあげようと思いましたが、存外冷静。先ほどの昂っていた顔が嘘のようだ。ふふ、美しいですね。誰かのものになるなど勿体無い。ですがこちらも仕事で来ていますから制圧します」
「いちいち話が長い……やるなら最初からやればいい」
「そうですか」
軽いステップを踏みながらナーネイがリノアに接近する。そして足の長さを生かした蹴りを放つ。それを皮切りに、足技をメインとした牽制とトンファーを使った削りが始まった。
足技のしなやかさと、トンファーの重い打突の絡み合った戦闘スタイル。ナーネイ本人の身体の柔らかさと手足の長さがよりそれを引き立てている。
「よく凌ぎますね」
リノアは防戦一方だ。ナーネイのリーチの長さに翻弄されている。小手先だけの回避には蹴りが飛んできて阻まれ、思い切って動こうにも力強い一撃を叩き込まれるため、防ぐほかない。身動きの取れない状況に、リノアは困惑を隠せないでいた。
加えて、体勢を崩すことに特化した足技と、崩せばそこに叩き込まれるトンファーの重撃に辛酸を舐めていた。それでも致命的な打撃を受けていないのは、長い長い命の中に刷り込まれた経験故だろう。
「もう少し攻めてみましょうか」
「くっ」
ナーネイは常に余裕の表情を崩さない。攻める、という言葉でリノアを揺さぶりつつも自身はペースを崩さず立ち回る。しかし、ナーネイは己の昂りを感じており、糸目が少しずつ開いていくことを自覚していた。
だからあえてそれに乗ることにした。ペースが崩れようが関係ないといった風に。
「お覚悟を」
トンファーでの強力な一撃でリノアがわずかによろめいた。
そこに生まれた隙をナーネイが見逃すはずがない。糸目が開いた。
「ちっ……」
ナーネイがリノアの懐へとぬめりと滑り込み、トンファーによる過剰なまでの殴打を浴びせる。そしてここで初めてナーネイはトンファーを翻し、リノアの腹部へと突き出した。それは鈍い音とともにリノアを後退させる。
距離を置いたナーネイの目が見開いた。それは頽れることのないリノアの姿を捉えており、強い眼差しと目があったのだ。
「面白い。それではこれで、制圧完了して差し上げましょう」
「まだだ、わたしは」
リノアの瞳は、突っ込んでくるナーネイの姿をしかと見据えている。臙脂色の中で炎が弾け、瑠璃色の髪がふわりと浮き上がった。脳内から背骨へと迸る熱を感じて、リノアは無意識に力を込めようとして――
「オラァッ!」
「うおっと……おやおや、さすがに舐めすぎましたか」
ナーネイの行手を阻んだのは投げ込まれた黒服だった。それをトンファーで軽々と弾いて、目を細めつつ拍手をした。
「こんな雑魚どもでオレを捕まえられると思わないこったな、ナーネイ」
「ブルート殿……そこまで本気になられるとは、感服いたしました」
「――ほら、さっさと行っちまえリノア」
ブルートの巨体がリノアとナーネイの間を遮る。そのままナーネイと向き合い、目を逸らすことはなかった。
「あなたが相手では少々手こずりますが、邪魔をされた腹いせに戦って差し上げましょう」
「ブルート」
「なんだ、妻よ」
「妻じゃないけど。――見直した。無事で、また」
遠ざかっていく足音をブルートは聞き届け、ため息をついた。
「無駄なことを。あなたもご存知の通り、今日は収穫祭の夜です。私から逃れようと他の者に捕らえられたら同じです。そしてあなたは、此度の行いのよりオークションには出られない。それでも、本当によろしかったのですか?」
「ああ。少しは格好つけておかないとな。それにあの女は、捕まったとしてもルジュヴィにはならんさ」
「おや。それは同感です。私が言うのもなんですが、一波乱起こしてくれそうな気配がしますね」
くつくつと笑い合い、しかし互いに身構えたままだ。
騒ぎを聞きつけた黒服の増援が徐々に集まってきていた。遠巻きに見物していた群衆たちは、随分と前に捌けた。
大きな通りにはブルートも含め黒服の集団だけが取り残され、歓楽街には静寂が広がり始めていた。
「珍しく気が合いましたし、飲みに行きたいところではありますが。仕事を妨害された手前、私も引くに引けません。ご覧の通り」
「お堅い奴だな。お前の仲間は全員生きているぞ」
「ええ、それはもちろん。ですが仕事中ですので」
ナーネイはやれやれと肩をすくめつつ得物を構えた。そして自分の倍の幅はあるであろう巨体に蹴りを入れる。そのまま攻勢に移り、攻め立てていく。リノアを相手にするのとは違う徹底的な攻めの姿勢だ。
「ヌリィいな」
ふん、とブルートは鼻息を吹き出し大きく腕を振った。それがナーネイの頬を掠め、退かせる。そこへすかさず腕を振りかぶり、拳を叩き込んだ。それはトンファーで防がれるも、一度勢いを止められたのならこちらのものだと、今度はブルートが攻勢に転じる。
「今度はこっちの番だっ」
連続で繰り出される拳を、ナーネイは巧みに受け流し続ける。もとよりナーネイの主軸は攻撃ではなく防御であり、トンファーもそのための武具だ。大振りながらも重い一撃を繰り返し放つため、ブルートにはなかなか隙が生まれない。
二人の激しい戦闘に水を差すことのできない黒服たちは成り行きを見守るばかり。時折驚きの声や歓声が上がることもある。リーダーの戦いぶりを学ぶという姿勢もあるのだろうが、それほどまでにブルートとナーネイの戦いは汗握るものなのだった。
「おや、困ったものですね。ギャラリーになっていてもらっては」
「男同士の殴り合いだ、あいつらもわかっているんだろうよ」
「はあ、見ているくらいであれば他の持ち場へ向かえばよろしいものを。私たちは見せ物ではありませんのに」
辟易とした様子でナーネイが頭を振る。その間もブルートの攻撃はナーネイを襲っていたが、徐々に双方ともに緊張感をなくしつつあった。
それが先に表出したのがブルートである。先の黒服との戦いが疲労を溜めていたのが災いし、彼の攻撃は緩慢としたものになってきたのだ。
ナーネイの鋭い眼光がそれを捉え、一瞬できた隙を見逃すことなくトンファーを翻して突き出した。
「ぐぷっ……」
「これは私の運が良かっただけでしょう」
突き出されたトンファーが見事なまでにブルートの腹部へと沈み込んでいた。空気と共に血液を吐き出し、ブルートの意識が落ちた。それを確認してからナーネイはトンファーを引き抜いた。
「よっこらせっと。――はいはい。ここはもう終わりです。皆さんは拾い屋の本分を果たしなさい。早く仕事をこなさないと、各々の上司にこっ酷く怒られますよ。それでもよろしければのんびりしていくがよろしい」
糸目を開いたナーネイの言葉に恐れをなしたのか、蜘蛛の子を散らすように黒服たちは仕事へと戻っていった。
ぽつんと残されたナーネイはブルートを担いでゆっくりとした足取りで歩き出した。
光の降り注ぐ深夜の歓楽街に、活気が戻りつつあった。老若男女問わず、街に再び繰り出した者たちが大通りを埋め尽くしていく。
「この温度変化は、いまだ慣れませんね。……私にはやはり日陰のほうが向いていますよ、ブルート。しかしあなたがやっと、見つけられたのは嬉しいことです。あなたの拳には、以前よりも――」
ナーネイが嬉しそうに呟いた声は誰にも届かなかった。
それでも彼は仕事をこなすしかない。
ずりずりと巨漢を引き摺りながら、ナーネイは暗がりへと姿を消した。
地面を蹴り付け、集団へと飛び込んだ。黒服たちはそれを受け止めきれず、もつれ込む。その中心で丸太のような腕を振るい、周囲の敵を根こそぎ巻き込み旋風のように吹き飛ばした。飛ばされた黒服が他にぶつかり雪崩こむことで全体のバランスを突き崩していく。
「豪快にして痛快。先ほど無様に負けたのが嘘のような勇猛さですね」
「余裕を見せる暇が、あるのか?」
リノアは真っ先に黒服のリーダー格である蛇男へと突っ込み、拳を繰り出した。ブルートが道を拓くとは言ったものの、蛇男さえねじ伏せることができれば突破は容易だと踏んだのである。
「ええ、ありますとも。あなたは勇敢ではありますが、相手を選んだ方がいいでしょう。私――このナーネイを選んだのは悪手です」
ナーネイと名乗った男はリノアの一撃を紙一重でかわす。そして軽くリノアへと肩をぶつけ、押し戻した。そして獲物を見る目で見つめ、ふむと顎を撫でた。
「皆さんはブルート殿を押さえなさい。この女は皆さんの手には余るでしょう、私が相手をします」
「はっ」
黒い波がブルートを飲み込まんと押し寄せていった。
しかしリノアには、それに構っている余裕はない。正面に立つナーネイの佇まい、その在り方と相対した途端、冷や汗が滲んだからだ。視線を離すことなく見据え、身構えたまま警戒を維持する。
「本当にブルート殿には興味がないんですね。それとも、私の持つ気配の方が気になりましたか。まあしかし、最近は後輩たちに譲ってばかりでしたから、たまには活躍するのも良いでしょう」
言い終わるや否や、ナーネイは腰のあたりから得物を取り出した。
トンファーである。ごくごくシンプルな棒に取手がついただけの見た目のそれを、手慣れた動作で構え、糸目をさらに細めた。そして片方を突き出すと、指先で挑発をする。
「先を譲って差し上げましょう。あなたのような価値ある存在であれば、問答無用で制圧して商品にしてしまうのがセオリーですが、それでは面白くない。たまの機会ですから、楽しませてもらいましょう」
「挑発には、乗らない」
リノアは無闇に動くことはせず、ナーネイを観察することに注力した。
――戦闘になったらまずは、冷静かつ前向きに。
ヴァルティエの教えを思い出し、リノアは冷静さを取り戻していた。冷や汗は相変わらずだが、思考が停止してしまうことはない。こういったときに生き延びられるように、ヴァルティエに叩きのめされてきたのだから。
「花を持たせてあげようと思いましたが、存外冷静。先ほどの昂っていた顔が嘘のようだ。ふふ、美しいですね。誰かのものになるなど勿体無い。ですがこちらも仕事で来ていますから制圧します」
「いちいち話が長い……やるなら最初からやればいい」
「そうですか」
軽いステップを踏みながらナーネイがリノアに接近する。そして足の長さを生かした蹴りを放つ。それを皮切りに、足技をメインとした牽制とトンファーを使った削りが始まった。
足技のしなやかさと、トンファーの重い打突の絡み合った戦闘スタイル。ナーネイ本人の身体の柔らかさと手足の長さがよりそれを引き立てている。
「よく凌ぎますね」
リノアは防戦一方だ。ナーネイのリーチの長さに翻弄されている。小手先だけの回避には蹴りが飛んできて阻まれ、思い切って動こうにも力強い一撃を叩き込まれるため、防ぐほかない。身動きの取れない状況に、リノアは困惑を隠せないでいた。
加えて、体勢を崩すことに特化した足技と、崩せばそこに叩き込まれるトンファーの重撃に辛酸を舐めていた。それでも致命的な打撃を受けていないのは、長い長い命の中に刷り込まれた経験故だろう。
「もう少し攻めてみましょうか」
「くっ」
ナーネイは常に余裕の表情を崩さない。攻める、という言葉でリノアを揺さぶりつつも自身はペースを崩さず立ち回る。しかし、ナーネイは己の昂りを感じており、糸目が少しずつ開いていくことを自覚していた。
だからあえてそれに乗ることにした。ペースが崩れようが関係ないといった風に。
「お覚悟を」
トンファーでの強力な一撃でリノアがわずかによろめいた。
そこに生まれた隙をナーネイが見逃すはずがない。糸目が開いた。
「ちっ……」
ナーネイがリノアの懐へとぬめりと滑り込み、トンファーによる過剰なまでの殴打を浴びせる。そしてここで初めてナーネイはトンファーを翻し、リノアの腹部へと突き出した。それは鈍い音とともにリノアを後退させる。
距離を置いたナーネイの目が見開いた。それは頽れることのないリノアの姿を捉えており、強い眼差しと目があったのだ。
「面白い。それではこれで、制圧完了して差し上げましょう」
「まだだ、わたしは」
リノアの瞳は、突っ込んでくるナーネイの姿をしかと見据えている。臙脂色の中で炎が弾け、瑠璃色の髪がふわりと浮き上がった。脳内から背骨へと迸る熱を感じて、リノアは無意識に力を込めようとして――
「オラァッ!」
「うおっと……おやおや、さすがに舐めすぎましたか」
ナーネイの行手を阻んだのは投げ込まれた黒服だった。それをトンファーで軽々と弾いて、目を細めつつ拍手をした。
「こんな雑魚どもでオレを捕まえられると思わないこったな、ナーネイ」
「ブルート殿……そこまで本気になられるとは、感服いたしました」
「――ほら、さっさと行っちまえリノア」
ブルートの巨体がリノアとナーネイの間を遮る。そのままナーネイと向き合い、目を逸らすことはなかった。
「あなたが相手では少々手こずりますが、邪魔をされた腹いせに戦って差し上げましょう」
「ブルート」
「なんだ、妻よ」
「妻じゃないけど。――見直した。無事で、また」
遠ざかっていく足音をブルートは聞き届け、ため息をついた。
「無駄なことを。あなたもご存知の通り、今日は収穫祭の夜です。私から逃れようと他の者に捕らえられたら同じです。そしてあなたは、此度の行いのよりオークションには出られない。それでも、本当によろしかったのですか?」
「ああ。少しは格好つけておかないとな。それにあの女は、捕まったとしてもルジュヴィにはならんさ」
「おや。それは同感です。私が言うのもなんですが、一波乱起こしてくれそうな気配がしますね」
くつくつと笑い合い、しかし互いに身構えたままだ。
騒ぎを聞きつけた黒服の増援が徐々に集まってきていた。遠巻きに見物していた群衆たちは、随分と前に捌けた。
大きな通りにはブルートも含め黒服の集団だけが取り残され、歓楽街には静寂が広がり始めていた。
「珍しく気が合いましたし、飲みに行きたいところではありますが。仕事を妨害された手前、私も引くに引けません。ご覧の通り」
「お堅い奴だな。お前の仲間は全員生きているぞ」
「ええ、それはもちろん。ですが仕事中ですので」
ナーネイはやれやれと肩をすくめつつ得物を構えた。そして自分の倍の幅はあるであろう巨体に蹴りを入れる。そのまま攻勢に移り、攻め立てていく。リノアを相手にするのとは違う徹底的な攻めの姿勢だ。
「ヌリィいな」
ふん、とブルートは鼻息を吹き出し大きく腕を振った。それがナーネイの頬を掠め、退かせる。そこへすかさず腕を振りかぶり、拳を叩き込んだ。それはトンファーで防がれるも、一度勢いを止められたのならこちらのものだと、今度はブルートが攻勢に転じる。
「今度はこっちの番だっ」
連続で繰り出される拳を、ナーネイは巧みに受け流し続ける。もとよりナーネイの主軸は攻撃ではなく防御であり、トンファーもそのための武具だ。大振りながらも重い一撃を繰り返し放つため、ブルートにはなかなか隙が生まれない。
二人の激しい戦闘に水を差すことのできない黒服たちは成り行きを見守るばかり。時折驚きの声や歓声が上がることもある。リーダーの戦いぶりを学ぶという姿勢もあるのだろうが、それほどまでにブルートとナーネイの戦いは汗握るものなのだった。
「おや、困ったものですね。ギャラリーになっていてもらっては」
「男同士の殴り合いだ、あいつらもわかっているんだろうよ」
「はあ、見ているくらいであれば他の持ち場へ向かえばよろしいものを。私たちは見せ物ではありませんのに」
辟易とした様子でナーネイが頭を振る。その間もブルートの攻撃はナーネイを襲っていたが、徐々に双方ともに緊張感をなくしつつあった。
それが先に表出したのがブルートである。先の黒服との戦いが疲労を溜めていたのが災いし、彼の攻撃は緩慢としたものになってきたのだ。
ナーネイの鋭い眼光がそれを捉え、一瞬できた隙を見逃すことなくトンファーを翻して突き出した。
「ぐぷっ……」
「これは私の運が良かっただけでしょう」
突き出されたトンファーが見事なまでにブルートの腹部へと沈み込んでいた。空気と共に血液を吐き出し、ブルートの意識が落ちた。それを確認してからナーネイはトンファーを引き抜いた。
「よっこらせっと。――はいはい。ここはもう終わりです。皆さんは拾い屋の本分を果たしなさい。早く仕事をこなさないと、各々の上司にこっ酷く怒られますよ。それでもよろしければのんびりしていくがよろしい」
糸目を開いたナーネイの言葉に恐れをなしたのか、蜘蛛の子を散らすように黒服たちは仕事へと戻っていった。
ぽつんと残されたナーネイはブルートを担いでゆっくりとした足取りで歩き出した。
光の降り注ぐ深夜の歓楽街に、活気が戻りつつあった。老若男女問わず、街に再び繰り出した者たちが大通りを埋め尽くしていく。
「この温度変化は、いまだ慣れませんね。……私にはやはり日陰のほうが向いていますよ、ブルート。しかしあなたがやっと、見つけられたのは嬉しいことです。あなたの拳には、以前よりも――」
ナーネイが嬉しそうに呟いた声は誰にも届かなかった。
それでも彼は仕事をこなすしかない。
ずりずりと巨漢を引き摺りながら、ナーネイは暗がりへと姿を消した。