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作者: 京泉
幕開け

 王都の西側。
 世界樹の元でクリストファーは薬湯茶を作っていた。
 クリストファーが作る薬湯茶は何故かとろみが付きじっくりと身体に染み込んでゆくらしい。

 昨晩、クリストファーに忠誠を誓った騎士達は元々鍛錬を積んできた猛者達だったのもあり、クリストファーが淹れた薬湯茶であっという間に回復した。
 一口目で「まずい」と声が上がったが暫くするとじわじわと身体が温まり疲労が取れて行った。
 朝になると傷口が塞がり痛みが無くなった。
 マリアでないと無理だと思われた骨折も、折れていた箇所の腫れが引き動かせる様になったと喜ばれた。
 魔導士達は「魔力が戻る凄い茶だ」と競い合って大量の薬湯茶を煮出している。

「薬草は元より村の水はやはり、凄いな」
「クリストファー様が国民を思って作られたから、効果がより強く出たのだと思いますよ」

 クリストファーにお茶の作り方を教えてくれたのはアレンだ。
 この三年間、友人達以外に認められていなかったクリストファーはアレンの言葉に照れくさくなったが、嬉しくもなり頬が緩んだ。

「クリストファー、区長さん達が話をしたいって」
「分かった。区長達はもう、動けるのか?」
「すっごい元気」

 呼びに来たフィールが「マリアの力は益々強くなってる」と感心していた。
 クリストファーも正直これ程まで「聖女」の力が凄いものとは思っていなかった。





 今朝早くにマリアから薬湯茶を作って病院に来て欲しいと呼ばれて行けばマリアは「やっちゃいました」とあっけらかんと言い放った。
 何を「やっちゃいました」なのかクリストファーが病院に踏み込むと意識不明だった人達が起き上がり、身体の一部を欠損していた重傷者は再生した欠損部分を泣きながら摩っていた。

「街全体に「聖女」の力を使うのは流石に私でも準備しないと出来ないんですけど、病院の中だけなら出来るかなって。そしたら出来ちゃいました」

 マリアは特定の範囲内に効果がある「リミテッドエリア」を試してみたのだ。
 初めは一人一人の治療を行なっていたが効率が悪く、欠損患者を個別に診るとし、患者全員を「聖女」の力で一定の状態に引き上げ、薬湯茶で自然治癒力の底上げを行うのが効率が良いと説明されたクリストファーは「なるほど」と感心した。

「村の水で淹れた薬湯茶はただ疲れを取ったり傷を癒すものじゃないんです。人の持つ自然治癒力を引き上げるんですよ。だから疲れも取れるし傷も治ります。
ここだけの話、なんと「村印の薬湯茶」は「聖女」の魔力をどんどん上げるんです! 私毎日たくさん飲んでるんで「聖女」の魔力はとんでもない事になってますよ」
「いや、もう、今更だろう」

 クリストファーが思わず本音を口にすると「ですねー」とマリアはケラケラと笑った。





 昨日、王都に帰ってきてからの状況はたった一日で想像以上の速さを持って好転している。

 初めはクリストファーと友人のゲルガー、フィール、ハイデンの四人だった。出来る事は少なかった。
 マリアとアレンとシロが協力してくれることになり七人になった。

 避難所が作られた。
 病院が作られた。
 騎士団と魔導士が手を貸してくれた。
 国民は街を復興させる為に立ち上がった。

 マリアが来ただけで一週間の間にやれなかった事、国がやらなかった事が進んでいる。

「なあ、アレン。一日で国民を救ったマリアは本物の「聖女」だな」
「彼女が「聖女」なのは変えようが無い事実ですが、国民を救おうと現在進行形で手を差し伸べているのはクリストファー様です」

 アレンはクリストファーの小さな一つ一つを評価する。肯定され続けるのは気恥ずかしいが、悪い気はしなかった。

──────────

「国王は何をしておられる。街を見に来る事も支援をしてくれるでも無く一週間、放置された。何をお考えなのか誰も教えてくれない」
「国は我々を見捨てた。と、言う事ですかね」

 区長達の言う事は尤もだった。

 国王は「やっているつもり」「やっている」と思っているのだ。王国の「聖女」が救済に回っていると。
 先の魔物との戦闘で負傷した国王は王国の「聖女」ライラの治療を受けたが、完全に回復をせず、療養中だ。
 そんな国王へ上がるのは、自分達さえ良ければと言う思考の貴族達が「良いように解釈した」報告だけだった。

「損傷は小さかった」──貴族街だけ。
「負傷者は軽傷者だけだった」──貴族だけ。
「聖女ライラが救済に回っている」──貴族にだけ。

 国王が回復し、街を見た時にどうなるかまで考えていない。

「貴族達は勘違いをしているな。我々の税金で贅沢ができるのを忘れている」
「国民が居なければ国は成り立たんのになあ」
「しかし、この薬湯茶はよく効くが⋯⋯まずいな」

 クリストファーは苦笑した。
 誰が作っても薬湯茶はまずいと言われる。
 口直しにクッキーを勧めるが「まずいから効くんだろう?」と緑色に染まった歯をニカっと覗かせ、区長達は笑った。

「クリストファー様。貴方が「聖女」マリアを連れて来てくれた事を感謝します。どうか、お力をお貸しください」
「⋯⋯私は、何も、出来ないのが悔しい。王子ではあるが爪弾き者だ。
そんな私が関わって貴方達が不利な立場にならないか、それだけが心配なのです」
「はっはっはっ心配なさるな。それを言うなら我々も貴族達に弾かれたのだ。同じはぐれ者でございます。
⋯⋯我々はクリストファー様を支持しますぞ」
「感謝、す、る」

 やはり涙脆くなっている。
 クリストファーが涙を堪えるのを区長達は微笑ましく見守る。決してクリストファーは弱い王子では無い。人と対話し、人を頼れる王になれるだろうと。

 区長達が「街の復興はこれからが本番だ」と不敵に笑えばクリストファーも笑みを溢す。
 やれる事は自分達の力で復興する。マリアの力を借りるとしても街の人達が主体とならなければその後の秩序が作られない。
 いつでも「聖女」に助けて貰える訳ではないと街の人々は分かっているのだ。

「クリストファーいるか? 厄介なの連れてきたぞ」

 ゲルガーが面倒臭気に話し合いの場に姿を現すと続いて現れた人物に区長達が眉を潜めた。
 連れて来たのは王国の「聖女」ライラを始めとしたジルベルトとアーチハルトの三人。

 真っ先にライラは区長達へ淑女の礼を持って和かに挨拶をしたが、返事は無く、座ったまま冷ややかな視線を向けられて硬直した。

「平民の分際で不敬な奴らだ。ライラが態々足を運んだのに頭が高いのではないか?」
「良いのよジル様。突然お邪魔しまして申し訳ありません。わたくしは「聖女」ライラ・シュナイダーと申します」

 公爵令嬢として「聖女」として振る舞うライラは優雅で美しい。
 ライラ自身が高位貴族であり、「聖女」だと信じているからこそ自信をもって振る舞える。

 それが、有事で無ければ。人々は賞賛したはずだった。

 反応が無い区長達に「無礼」だと思いつつもクリストファーが嗾けていると思い込んでいるライラはクリストファーを睨みつけた。

「クリストファー様、どう言うお考えですか? 一週間も不在にし、あまつさえ街を荒らすとは。
いくら王宮で疎外されているからと、やって良い事と悪い事が分からないのですか!」

 この場で厄介なのはライラ達が「魔物に傷付いた「皆」を救済に回っている時に、クリストファー達が街を破壊している」と思い込んでいる事だ。

 クリストファーは頭が痛くなった。
 ライラの悪い癖「思い込み」が発動している。
 普段からも会話が成り立た無いが「思い込み」状態のライラは人の為に良い事をしている、自分は「善」だと信じて疑わなくなる。
 見えるはずのものは「見たいもの」しか見えなくなり、「見えるもの」は自分の都合の良いものだけになるようだ。
 こうなると人の話を聞かなくなる。いや、聞いているのだが明後日の方向での解釈をして手に負えない。
 酷くなると突然クリストファーに怯えるのだからライラが何をしたいのか分からなくなる。
 ジルベルトもアーチハルトも似たようなもの。
 この三人が揃うと全く何を言っているのかもはや異次元の論に成り代わる。

 絶望だ。この三人には何を言っても彼らの「望む答え」を勝手に出すのだから。

「⋯⋯だれが、街を荒らしていると?」
「クリストファー様、そして貴方々ですわ。わたくしは「聖女」として見過ごせません!」

 区長達が「頭がおかしいのか」と言う視線をクリストファーに向けて大爆笑した後、大きく息を吸い込んでライラ達を怒り付けた。

「馬鹿者がっ!!」

 ガタッと席を立った区長に外に追い出されたライラ達は突然の罵声と迫力に言葉を失った。

「見ろっ! これを儂らがやったと言うのか! 魔物に襲われ、家をなくし、大切な者を亡くし、疲れ切った国民を見ろっ!」
「お前らが我々を見捨て、ままごとをしている間にクリストファー様は「聖女」を連れて来た。国民に寄り添っているのはどっちだ」

「魔物ですって!? アレらは騎士団と魔導士によって追い払われました。被害だって少なかったのですよ! わたくしは全てを見ております。それに「聖女」はここにおりますっ! わたくしは「皆」を救済しておりましたわっ!」
「ライラの功績を知らぬとは不届き者めらが」
「貴族裁判だ! 騎士ども、「聖女」を侮辱し、貴族に楯突く不届き者をさっさと連行しろ!」

 ジルベルトに支えられたライラが声を上げるがジルベルトとアーチハルト以外、誰一人ライラの意見には同意しなかった。
「何をしている騎士の務めを果たせ」とアーチハルトが叫ぶが騎士は動かない。

「あはは。相変わらずですねライラ様」

 マリアも「相変わらず」の間合いだとクリストファーが天を仰いだ。ライラは思い込みと妙な被害者意識を暴走させるが、マリアは空気を読めない。彼女はあえて読まないのだ。

「な、何故、罪人の貴女が⋯⋯そう、貴女ね、またクリストファー様を誑かしたのね! 街の人を誑かしたのね! また「聖女」を騙ったのね! いけませんわっ「皆」騙されているんです! 目をお覚ましくださいっ」

 薬湯茶が入った大きな鍋を運びながらマリアは「はいはい、ちょっと待ってくださいね」とお構いなしに渦中を通り抜ける。
 ジルベルトがマリアを捕まえようとした手をアレンが捻り上げた。

「無礼者! 罪人が私に触れるなっ」
「そんなに叫ばなくても聞こえますから」

 アーチハルトはゲルガーに脇を取られ身動きが取れない。
騒ぎに街の人々が集まり始め、ライラ達は再び追い詰められた。

「さて、ライラ様、ジルベルト様、アーチハルト様。お久しぶりです」

 栗色の髪を風がなびかせた。
 マリアはニコリと三人を見るが口元は笑顔のそれでも目は笑顔のものではない。

 昔と変わらず明るく振る舞っているがマリアは静かに怒っている。

 クリストファーはマリアの怒りがライラ達から冤罪を受けた怒りでは無く冤罪で罪人にされた「咎人の村」の人々、王都の街の人々の代わりに怒っているのだと察した。

「ライラ様「聖女」は見方を変えれば「魔女」なんですよ」

 それは三年前、悪役令嬢に断罪された「聖女」と婚約破棄された王子様の反撃の始まりを告げる一言だった。
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