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作者: 京泉
「国王」と「王妃」
 目の前に並べられた姿絵に盛大な溜息が漏れた。
 分かっている。もう十分に分かっている話だと。

 頭を抱えているのはシャルケ王国国王となったクリストファー。
 彼にはまだお妃様がいない。国を安定させるまで。そう言い続けて十年。
 国王になったばかりの三年間は組織の再編、貴族法の改定、監査導入と忙しく過ぎた。
 クリストファーが新しく制定した組織や法律、監査は五年かけてようやく国全域に定着した。
 そして、溜息の問題。ずっと先延ばしにしていた最大の難問が結局最後に残ったのだ。

 それが、王妃の選定。

 これはクリストファーにとって最大の難関だった。
 王妃となる女性は誰でもいいわけではない。誰もが口にする。それは十分に理解している。
 王族としての心構えそして、王を支えるだけの能力が必要だ。
 更に言えば、クリストファーを理解し、彼を癒すことができる女性でなければならないのだ。

 クリストファーは見かけは悪くない。むしろ年を重ねるごとにその端正さに磨きがかかっている。
 ただ、本来の性格は穏やかであるのにどうしてか「厳しい国王」だと巷で噂されるようになっているのだ。
 それに対して自覚はある。
 クリストファーはどうしても権力があるものがそれを傘に黒を白に変える事。その立場を利用する横暴が許せなかった。
 権力がものを言っていた旧体制。
 それは「冤罪」を生み、罪のない人々が苦しんだ。
 クリストファーの根底には王太子時代の出来事がずっとあるのだ。

 だからこそ、彼はこの国の貴族法の改定や監査の導入に力を注いだ。
 それが国民の心を掴んだようで、彼の評判は良く、国民からの人気を高めたが「不正に厳しい」の「不正」部分がいつの間にか無くなり「厳しい」だけが残ってしまった。
 何故、「不正」と「厳しい」を分けるのかとクリストファーは夜な夜な枕に八つ当たりしたものだ。

 近隣諸国にまで広がるクリストファーの手腕と「厳しい」と噂される人柄。それだけではなく、その人気が王妃選びを難しくする原因になってしまっている。

 クリストファーは深く頭を抱えた。いくら考えても、王妃に相応しいと思う女性が思い浮かばないのだ。
 そもそもの話、ぶっちゃけてしまうとクリストファーは恋愛というものがよく分からない。
 彼は女性に対して非常に淡泊だった。

 まさか、陛下は男色かと一時王宮はざわついたが、彼らは婚約者がいたのだから。と笑いながら当時の婚約者を思い出して「ああ⋯⋯」と語尾を窄める。
 いやいや、女性の友人くらいいるだろう。と慌ててフォローするも陽気な「聖女」が浮かび再び「あぁ⋯⋯」と語尾を弱めた。

 元婚約者と陽気な「聖女」。クリストファーの周りにいた女性はクセが強かった。おかげでどうにもこうにもクリストファーに似合う王妃のイメージがわかないのだ。

「ねえ、クリストファー、君って本当に真面目と言うか淡白だよねえ」
「あれか? 昔の傷が⋯⋯なのか?」
「心の傷はなあ⋯⋯新しい恋をしないと癒せないって聞くからな」
「お前ら⋯⋯私があの時の事を憂いるとしたら婚約破棄などでは絶対にない⋯⋯知っているだろう」

 クリストファーが好き勝手に言ってくれると苦笑すれば昔馴染の付き合いである彼らも苦笑する。
 それでもいい加減国王にお妃様が未だにいないのは要らぬ火種になりかねないのだ。クリストファーに身に覚えがなくとも隠し子だと騒ぎを起こす輩がいないとも限らない上に、いくらクリストファーの人気が高かろうと権力を削がれ、貴族法によって制限を受けたと感じる貴族は皆無ではないのだ。
 反クリストファー派の存在は確かにある。このまま後継がいないとなれば王弟アーチハルトの名を掲げるかも知れない。

「はぁ……」

 もう一度溜息を吐きながら、クリストファーは写し絵を見つめる。
 どの女性も皆美しく聡明で気品があり、そして優しそうだ。
 けれど、クリストファーはピンとこない。これはもう、ダメかもしれない。そう思い始めた頃、一人の女性が目に留まった。それは黒い髪に海のような青い瞳。清楚ながらも利発な印象を受ける女性。
 クリストファーは一目でその女性に興味がわいた。

「どう? お気に召した女性はいるかい?」
「この女性は?」

 ヒラリと差し出された写し絵にフィール、ゲルガー、ハイデンが前のめりで額を合わせる。

「この方は、ああ、最近交易を始めたマドリス王国の王女様だね」
「ベルカント第三王女か。マドリス王国は長子国で一番上が女王として治めている国だな」
「国民優先国⋯⋯ウチと似た統治を行う国だ」

「ああ、そうだったな」

 三人の言葉にクリストファーは目を細めた。
 国の在り方が似ている。それは良い事ではないか。もし、王妃として迎えた時、少しでも出自国との違いが少ない方が過ごしやすいだろう。
 
 写し絵の女性はさすがマドリス王国第三王女という事だろうか。凛としてしかし、その視線は柔らかで、少し微笑んでいるようにも見える。
 その笑顔にクリストファーは惹かれた。
 ベルカントならばこの国に馴染む事ができるかも知れない。彼女となら共に手を取り合える。そんな確信が持てた。

「やあ、やっとその気になってくれた」
「気が変わらない内に顔合わせの打診を入れよう」
「使者には俺とハイデンで行こう。側近中の側近である俺達が行けばクリストファーが本気だと見せられるだろうから」

 いそいそとした三人によってすぐにマドリス王国へ書簡が送られた。
 
 それから数週間、返信が届けられ、そこにはマドリス王国第三王女ベルカントとの顔合わせの日程が打診されていた。
 さらに数週間後。いよいよクリストファーとベルカントの顔合わせが行われる事となったのだった。





 シャルケ王国へと向かう馬車の中でベルカントは浮かない表情を隠しきれずにぼんやりと外を眺めていた。

 女王である姉から友好の証としてシャルケ王国国王クリストファーへと嫁げと当然命じられ、あれよあれよと言う間に馬車に押し込められてしまった。

 流れる景色をぼんやりと眺めるベルカントはまだ自分に道具としての使用価値があったのだなと自嘲する。
 そう、マドリス王国でベルカントは「マドリスのはずれ姫」と呼ばれているのだ。

 ベルカントは第三王女。気高く美しい長女と可憐で愛らしい次女は優秀な為政者として名を馳せているが、ベルカントだけは違った。
 上の二人と比べて地味で冴えない印象のベルカントは政治や経済に関する発言権を持たず、ただ民を思いやる優しさのみだった。
 虐げられてはいなかったが、重要視されない影の薄い王女様。
 それがベルカントだった。
 だから、今回も形だけの結婚で、政略結婚の道具として使われるのだろう。結局は場所を変えても、いてもいなくても同じなのだ。
 そう思うとベルカントは憂鬱になる。馬車はやがてシャルケ王国の首都に着くとゆっくりと止まった。
 
 馬車から降りればそこはシャルケ王国の王宮。ベルカントは緊張しながら使者の後に続くだけ。
 
 王宮を通り抜け通されたのは中庭に設けられた面会の席。
 気遣いなのだろう季節ではないのにマドリス王国の国花スズランに囲まれたその席にベルカントはなんとなく、クリストファーの優しさを感じた。

「厳しい方だと噂があるけれど、もしかしたらクリストファー陛下はお優しい方なのかも知れないわね」
⋯⋯クリストファー優しい⋯⋯

 その声にはっとして辺りを見回すが付き人も護衛も気が付いていない。一体誰の声なのだろうか。しかも国王に対して敬称なしでの発言は不敬だと咎められないのだろうか。

 サワサワとそよいだスズランの陰に真っ白な尻尾が揺れた。

「まあ、綺麗な狼」
⋯⋯ボク、シロ。ボクの声聞こえる⋯⋯
「この声は貴方なの?」

 スズランの間から顔を出したのは真っ白な狼。フリフリと振られる尻尾に思わず手を伸ばしたくなるがそっと手の甲を狼に差し出せばスリっと擦り寄られた。

「か、かわいいっ」

 狼に懐かれた嬉しさにベルカントはふわりと微笑んだ。

「シロに認められたのだな」

 背後から声をかけられてベルカントは振り返り、青ざめた。
 そこには厳しいとの噂を持つこの国の国王クリストファーが目を細め微笑んでいた。




 
 ベルカントとクリストファーの顔合わせはシロのおかげで和やかに進み、長距離の移動で疲れているだろうベルカントに部屋を用意したクリストファーはフィールと向かい合ってグラスを傾けていた。 

 顔合わせの印象は控え目に見えてベルカントはなかなか肝が座っていた。自分が政略の道具である事を自覚し、この国で何を成すべきか覚悟を決めていたのだ。
 彼女の事を思い浮かべるクリストファーに自然と笑みがこぼれた。

 クリストファーはベルカントに自分と似たものを感じたのだ。
 一時の自分のように疎外されている訳ではないがマドリス王国でその存在をいてもいなくても同じとされているベルカント。
 そこまで必要とされないのなら捻てしまう事もあるだろうに、ベルカントは何か出来ることがあればそれを全うしようと覚悟を決められる潔さと、いくら軽んじられているとしても第三王女という権力のある立場であるのにそれを衒らかさない謙虚な姿勢を持っていた。

 一言で言えば真面目な女性なのだろう。

「どうして分かるんだい? ついさっき出会ってほんの数時間過ごしただけだろう?」
「揶揄うな。お前達がシロを借りて来たのだろうが。シロには嘘をつけないとお前も知っているだろう」

 空になった互いのグラスに麦酒を注ぎながら呆れるクリストファーにフィールは悪戯な笑いを浮かべ「そりゃあ気付くよね」と笑う。

 シロは「聖獣」。場を和ませる為だけではなく、ベルカントの為人を見極めさせた。
 もちろん、シロにはそんな事など関係なくただ「クリストファーと一緒にいられる」それが楽しかったようだ。

「聖獣が懐く。それはその人が偽りのない言葉を紡ぎ、偽りのない姿を見せたと言う事だ」
「まあ、それも目的だったけれど、一応クリストファーの身も案じたよ? 友好国とは言え他国の王女。しかも第三王女となればその身はマドリス王国女王の命を受けていている可能性があったからね」

 「シロはクリストファーに会える。クリストファーは真意を確認でき、その身が護られる。双方に悪い話ではなかっただろう?」とフィールが宰相らしい事を言う。

 クリストファーはグラスに口をつけながら苦笑いする。
 確かにシロの様子を見ていればベルカントが嘘を吐いていない事は明白だった。
 そして、ベルカントの態度は誠実で、自分にも他人にも厳しいが優しく温かい。

──私はどこにいても、何をしてもしなくても同じです。ならば、成すべき事を果たすまで──

そう言って笑った彼女なら、この国を受け入れてくれる。

「ベルカント王女ならば共に手を取り合えるだろう」
「そう言ってくれると思っていたよ。気が変わらない内に早速マドリス王国へ急使を送ろう」

 そうして二人は顔を見合わせて笑った。





 与えられたシャルケ王国王宮の自室でベルカントは窓から夜空を見上げていた。
 昼間の会談で、クリストファーはベルカントにこの国の妃として迎えたいと言ってくれた。
 それは、ベルカントがこの国で生きていく事を許された証にも思え、改めてクリストファーの優しさを感じた。
 きっと彼はベルカントがマドリス王国に居場所がないと察していたのだろう。
 その心遣いが嬉しくて、涙が溢れた。
 クリストファーは姉達からいないものとされ、誰も言葉に耳を傾けてくれず、いつも無視されてきた自分を見てくれた初めての人だ。

「本当に、お優しい方なのね」

 でも、とベルカントはくすりと笑う。

──ベルカント王女、貴女は私に必要な方だとお見受けする。私は貴女を妃として迎え入れたいと思う──

 仮にも妃にと望んでくれるのに業務的ではないか。もう少しロマンティックには出来なかったのだろうか。
 それでも、ベルカントにとっては十分すぎるくらいに幸せな申し出だ。クリストファーが自分に恋をした訳ではないのに妃にと望んでくれた。ただ、クリストファーが自分を必要だと言ってくれた事が嬉しい。

「私がクリストファー様を好きになればいいのよね。ええ、絶対に好きになるわ」

 だって、今日会ったばかりなのに、少し話しただけなのにこんなにも胸が熱くて、ドキドキと高鳴っている。
 この気持ちはそう言う事。
 ベルカントは窓辺から離れ、鏡台の前に座り、そして、鏡に映る自分の姿を見る。白い肌に漆黒の髪、瞳の色は青。顔立ちは整ってはいるが、目を引くような美人ではない。自分の容姿が嫌いな訳ではないが、クリストファーの隣に立つには少々頼りない。
 ベルカントは小さく息を吐き、そして、ゆっくりと目を閉じた。
 瞼の裏に浮かぶのはクリストファーの姿。

──貴女は私に必要な方だとお見受けする。私は貴女を妃として迎え入れたいと思う──

 再びその言葉を思い出し、ベルカントは微笑む。まだ、彼の隣に立つのに相応しい妃には程遠いかもしれない。でも、いつかクリストファーが望むような妃になりたい。
 ベルカントはそう思いながら、そっと自分の胸に手を添えた。
 それは、ベルカントがクリストファーへの想いを自覚した瞬間だった。





 顔合わせからさらに三ヶ月。
 一度マドリス王国へ帰っていたベルカントの元に婚姻の書状が届けられた。その場で両国の承認と承諾を交わし、正式にベルカントはクリストファーの妃となった。

 シャルケ王国ではようやく決まったお妃様だと国を挙げて盛大な結婚式が執り行われた。
 諸国の招待客、国内の貴族が揃う中、国王夫妻に祝福を行ったのは「聖女」マリアだ。
 自分から王都に来る事はほとんどないシャルケ王国の聖女」は何かを企んでいるのではないかと勘繰るほどにニコニコとした愛らしい笑顔でベルカントの手を取り「クリストファー様をお願いします」と願った。

 「はいっ!」と元気に答えたベルカントに参列者達から温かい笑いが上がり、マリアとベルカントは抱き合いながら暫く笑い合っていた。

 それとは対照的だったのはマドリス王国の使者だ。
 マドリス王国の女王は妹の結婚式に参列する事なく代理人として数名の使者を寄越しただけだった。
 彼らは「マドリスのはずれ姫」がこのシャルケ王国でもお飾り王妃の扱いを受けるのだとでも思っていたのだろう。形だけの礼を取り早々に引き上げたいとの雰囲気を隠さずに結婚式を見ていたのだ。
 しかし、「厳しい」と噂されるクリストファーはベルカントに優しい笑顔を向け、「聖女」もベルカントを歓迎している。
 その想像していた態度との違いに驚き、使者達は顔を見合わせた。

「使者殿、どうかお国の姉君達にベルカントは我が国で大切に迎えさせていただいたとお伝えください」
「陛下と王妃殿下の幸せを祈ります。今後もシャルケ王国とマドリス王国は友好国として共にあり続けられる事となりますでしょう」

 「マドリスのはずれ姫」はもういない。そう頭を下げた使者達はベルカントとクリストファーの仲睦まじい様子に納得し、シャルケ王国を後にした。





 盛大な結婚式から二ヶ月半ほど経った頃。
 クリストファーが反クリストファー派の間者に命を狙われ危篤となる大事件が起きた。
 普段から警備を強化し、口にするもの、手にするものへの警戒は怠ってはいなかったが、クリストファーはその日、草叢から吹き放たれた針から王宮の庭に遊びに来ていた子供達を庇いその毒針を受けてしまったのだった。
 かなり強い毒を使われたせいか、生死の境を彷徨うクリストファーを救う為、ベルカントは真っ先に「聖女」マリアの元へと走った。
 ベルカントの願いを聞き入れ大量の特製薬湯茶を携えてやって来たマリアとベルカントの二人は協力し合い、力を合わせてクリストファーのその命を救ったのだった。

 「聖女」と「王妃」。二人のおかげでクリストファーは命の危機を脱し、ようやくベッドの上で起き上がれる程度の回復が見られるようになったその日。

 ベルカントは懐妊の知らせをクリストファーに告げた。

「それは本当か!?」
「ええ、間違いありません。クリストファー様のお子を授かるなんて夢のようですわ」

 ベルカントは嬉しさに頬を染めて、そっと自分の下腹部に手を当てる。まだ鼓動は感じないが、この手の平に確かな命の温かさを感じる。

「……子供、か」

 クリストファーはベルカントの手に自分の手を重ね、感慨深く呟く。

「はい。クリストファー様のお子の命がここに宿っています」
「触っても良いか?」
「勿論です」

 恐る恐るクリストファーが優しくベルカントの下腹部を撫でると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
 ふと、視線を上げたクリストファーがベルカントを見つめ「ありがとう」と一言、零した。
 もうベルカントは限界だった。愛しさと嬉しさにふわりとクリストファーの胸に飛び込みクリストファーもベルカントを受け止め、抱きしめた。

 この時ベルカントはクリストファーが「はずれ姫」を憐れみ、同情から自分を妃に迎えたのではなく、自分がクリストファーを想うのと同じ気持ちを持ってくれていたのだとはっきりと感じたのだった。

「ベルカント、先の件もある。君と子供の安全の為、離宮で過ごしてもらえないだろうか。信用の置ける者達を側に仕えさせる」

 「ただでさえ自由が制限されているのに更に閉じ込めるような事は言いたくはないし、させたくはないのだが」と、眉を顰めたクリストファーにベルカントは「不自由は、住む、食べる、安全に眠ると言う加護を得ているわたくしの身分に課された責任」だと生真面目に笑い、まさかの事態に備えて離宮へと篭った。彼女の側仕えにはフィール、ハイデン、ゲルガーの妻が一緒に付いて行ってくれた。

 残された男性陣が少し寂しい日々を送っていたそんなある日。

「肖像画?」
「そうだよ。歴代の国王の肖像画があるだろう? そこにクリストファーを並べるんだ」
「王妃ご懐妊という慶事が訪れたいい時期だと思うぞ」
「ハイデン、ゲルガー。もっと説得してよ僕が何度言っても「まだいい」って聞いてくれないんだから」

「⋯⋯そうだな。描くとしようか」

 微笑むクリストファーに三人もホッとしたように微笑んだ。





 それから更に更に数ヶ月後。
 若き貴族達が起こした西の山での騒動を経て、新しい「聖人」が誕生したのと時を同じくして肖像画が完成した。

 お披露目されたその肖像画を見た者達は驚きの声を上げたのだ。

 そこには、クリストファーだけではなくベルカント、フィール、ハイデン、ゲルガーの姿。そして「聖女」マリアと「聖女の騎士」アレン、「聖獣」シロの姿。
 世界樹の下で語り合う彼らが描かれていた。

「いい肖像画だろう? 私一人ではここまでやってこれなかったからな」

 この肖像画は、現王朝の象徴になるだろうとクリストファーは笑う。
 あんなに肖像画を拒んでいたのが嘘のように率先して指示を出していたのはこれを描かせていたのかとフィール達は呆気に取られていたが「クリストファーらしい」と頬を緩ませた。

「あれ? 最初に見た時より少し小さくない?」
「ああ、それはな──」

 クリストファーが言葉を濁す。恥ずかしそうでもあり、嬉しそうに見える面持ちで「描き始める前に画布を少し貰い、私が描いた絵を贈った」と一言。

 誰に贈ったのか、どんな絵を描いたのか詰め寄る彼らにクリストファーが告げた名前。
 その名前に三人は破顔したのだった。





 後世に残されたクリストファー王朝の肖像画はいくつか謎が持たれている。

 最大の謎は王族と側近だけではなく共に描かれた女性は誰なのかだが、この肖像画のもう一つの謎。

 実は肖像画はもう少し大きな画布で描く予定だったらしい。

 何故、大きさが変わったのか、何の為に変えたのか知るには王族を祀る教会へ行けば答えが分かるかも知れない。
 ベルカント王妃が生涯大切にしていたと言う品の中に金髪の少年と黒髪の少女が白い狼を撫でている絵画がある。
 その絵画はクリストファー王朝の肖像画と同じ画布を使用しているとの事だ。

 肖像画と絵画のタッチには違いがある。明らかに別人が描いたと分かるものの一体誰が描いたのかは解明されていない。
 
 その絵画はクリストファー国王とベルカント王妃の子供の頃の絵だとも、二人の間にできた王子と王女の姿だとも言われている。
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