▼詳細検索を開く
作者: エコエコ河江
N40D2c ready-5/6: 可能 3
 再びノイズのような電波が来た。二度も来たので意味ありげだが、暗号を解くには情報が足りない。

 足りないといえばあやの自己評価だ。相手が誰でも、裏で積み重ねた結果を垣間見た瞬間はいつもおセンチになる。自分は類する結果を出しているか。自分ではいつも見えているから、積み重ねた実感がないし、頑張った気にもならない。

「彩さん、どうしました」

 リティスが覗き込んだ。この短い時間で気づくあたりも、やはり技術は確からしい。

「トラブルですか、あるいは兆候とか」
「危ない話じゃないよ。ただ、みんなかっこいいなって」

 思いの丈は言葉にするほど小さくなる。頭の中で渦巻く情報や評価がちいさな言葉に詰まって口からでる。同時に力を持ち始める。無視できたはずの誤差を重ねたら本当は大差だったと突きつけるのも言葉だ。

「ちょっとだけ愚痴に付き合ってよ」
「勿論す。いくつでも」

 二人は肩をつけて座った。場所が変われば土を温め直しになる。リティスは尻を冷やしてでも聞く姿勢を見せた。信用して胸中を曝け出す。

「あたしさ、流されるだけで何もしてない」

 笑っちゃうよね、から始めて、記憶を辿っては言葉にした。

 準備は蓮堂が中心だった。計画も、調査も、人付き合いも、場所の選定も、毎食の支度も、洗濯も、掃除も、すべて蓮堂が中心だった。あやが寝ている間に文書や計画書を用意して、あやが学校でヨロシクやっている間にあちこちへの連絡や説得を繰り返していた。

 探偵の仕事はこういうものと言っていた。知りたい情報と出会うためにいい場所を取る。いい場所ほど取るには条件がつく。条件を満たすための場所を取る。一見して無関係そうな小さな一件から、徐々に大きな話へ繋がって、いつの間にかすべてを握っている。

 そういうカッコいい諸々を、あやは何もしていない。蓮堂が計画したものをなぞる役だけでここまで来た。


 将棋で喩えるなら。あやが飛車で、岩谷が桂馬で、リティスが相手の飛車なら、蓮堂は棋士だ。

 棋士は盤の外から盤を見る。王将を含めたあらゆる駒を操り、捨て駒で相手を操作したりして、全体を勝利へ向かわせる。導くとか示すのではなく、向かわせる。駒が何を考えても関係ない。棋士が右だと言えば紆余曲折がどうあれ右へ向かう。時には利益を示して、時には弱みを握って、時には恩を売って、時には仇を討って。

 すべてが蓮堂の掌の上にあり、あやは操作されるだけに感じる。無力とまでは思わないが、どこからが自分の意思なのかわからなくなる。

「リティスを助けたいとは言ったよ。けどその後は、あたしは何も考えてない。ぜーんぶ蓮堂任せで、あたしは言われた通りにしただけ」

 膝を抱えるのは右手で、その上に機械の左手を重ねる。声の響き方が生身とは異なる。

 当然ながら、言われた通りにするだけでも優劣が出る。うっかり失敗するかもしれないし、何を言われたか忘れるとか勘違いするとかも起こりうる。可能な範囲を誇ろうにも、指示する側が可能な範囲を見つけてくれていたのと区別がつかない。

 肝心の可能な範囲に対してでも、付加価値は、所要時間は、すぐ動けるか、道具や体調が整っているか。差が出る要素はいくらでも見つけられる。けれどもあやは、このぐらい当たり前と言える範囲でのみ動いていた。

 好奇心で初めて、いつも通りにやる。準備や後片付けは他人任せにして、楽しい所だけを味わっている気がしている。いつまでもお客様ではいられない。仕掛け人になるべき日がやがて来る。

「周りの皆がうまくやってるおかげで、あたしが何かをできたように見えてる。普段はそれでもいいけど、どこかであたしだけでやるべき課題があったら、何も残らないんじゃないかって、怖くなる」

 だから、たったひとりで今日まで生きてきたリティスへの劣等感になる。何もかもを蓮堂がお膳立てしてくれた上で、あやはリティスと互角だった。偽物の殺意の下には確かな実力が見えた。仮面を素顔と思わせる能動性と、さりげなく失敗し続ける精密性があった。

 意図的な失敗は成功よりはるかに難しい。全力を防がれたと見せかけるために相手を誘導する。どこかでずれたら手抜きに見えてしまう。今回はあやが読み取って協力したとはいえ、せいぜい無理難題から難題になる止まりだ。

 あやには目がある。だからリティスがやってのけた離れ業に気づいた。

 目の前にいる相手がいかに優れているかを見つけて、指摘して、友達になる。その繰り返しでこれまで生きてきた。慣れた行動はすぐにできる。寝ぼけていてもできる。手順を知っているからだ。必要なそれぞれをやる癖がつき、必要でないそれぞれをやらない癖がついた。

 目の前にあるのに見えないもの。瞼や顔をはじめ、自分自身は見える部分のほうが少ない。

「長くなっちゃった。ありがと、聞いてくれて」

 リティスのほうを見る勇気がしぼんだので、膝に顔を埋めた。額には機械の左腕が触れる。袖越しとはいえ冷えた金属だ。小雨が乾くにはまだ早い。普段以上に冷たくて、心地よかった。

「なに馬鹿なこと言ってんすか」

 リティスは呆れたように切り出した。愚痴に対する否定とは、あやはこれまで一度だけで失敗して懲りたし、聞いても気分が悪くなるばかりだった。それを今は、光明に感じた。すべてを覆してくれる期待がある。

「本気でわからないなら言ってやりますよ。今すぐ、全部を」
Twitter