悪魔のちょっかい 2
そのまま振り返らず、前を向いたまますぐに指を鳴らし、周囲の木の壁からツタを出して私に向かって振り下ろされる斧を止める。
そして翼を展開し、空に逃げて真下を見る。
ツタに強襲を邪魔されたミノタウロスは、怒りのうめき声を出しながら、次々とツタを引きちぎっていく。
「危機一髪ね」
私はそのまま距離を取って着地する。
さっきも瞬きの瞬間に私の真後ろに……これで確信した。これは移動ではない。確実に魔法でワープしている。
しかも一回目は消えてから出現までに時間がかかったが、さっきは一瞬だ。
そこから考えるとただのワープでもない。
それに、ワープするには普通それなりの準備がいる。
あんな感じにポンポン使えるような魔法でもない。
「もしかして、相手の真後ろにしかワープできないとか?」
私は小さく呟く。
座標をあらかじめ決めてしまっていたら、あの速度でのワープも冠位の悪魔レベルならやりかねない。
もしそうなら戦いようはある。
次に消えた瞬間に真後ろに攻撃魔法を放てば良いだけだ!
考えがまとまったのと、ミノタウロスが木の壁から這い出てきたのは同じタイミングだった。
「命よ、かの者に粛清を、大地の怒りを見せよ!」
私の詠唱が終わると同時にミノタウロスの足元から巨木が生え、ミノタウロスを縛り上げる。
「そのままねじ切ってやる!」
巨木に捕まったミノタウロスの首を私のツタが徐々に締め上げていく!
このままなら私の勝ち。
そろそろワープしないと死ぬわよ?
そう思い、瞬きをした時にはミノタウロスは消えていた。
「今よ!」
私は真後ろの地面から人一人分の長さの槍を生やし、そこにワープしてくるであろうミノタウロスを串刺しにする……その予定だったのだが、私の目論見は崩れ去った。
「くっ!?」
私は右側に現れたミノタウロスに対応すべく魔法を展開するが、間に合いそうに無かったので、魔力を練りながらその場でしゃがむ。
横に薙ぎ払っていたミノタウロスの斧が、私の真上を通過する。
「くそ! なんなのよコイツ!」
私は悪態をつきながらミノタウロスの真下から槍を生やすが、それを察知した敵はジャンプして躱す。
「真後ろだけじゃないのね……もしかしてミスリードされたのかしら?」
だとしたら厄介だ。
人語を理解しないだけで、相手を騙すだけの知能があるということになる。
「この分だと本当に遠距離魔法も使えそうね、コイツ」
私の言っている意味が理解できたのか、ミノタウロスがニヤリと笑った気がした。
その直後、ミノタウロスは斧を持っていない左手を私に向ける。
その左手に注意を向けると、だんだんと左の手のひらに黒い球体が現れた。
「あれはなんなのかしら?」
私は翼を展開して足元にも魔力を込めて、いつでも躱せる体勢をつくる。
じっくりと私を観察していたミノタウロスは、左手に黒い球体を保ったまま再び私に向かって疾走し始める。
まさか飛ばすのではなく、そのまま接近戦か……
「命よ、種子の弾丸を!」
私は短い詠唱の魔法で対応する。
私の周囲に魔法陣が現れ、そこから人の頭サイズの種子が無数にミノタウロスに降り注ぐ!
「どう躱す?」
私は敵の動きに最大限の注意を払う。
さっきみたいに魔力で全てはたき落とせるほど弱い魔法ではない。
それはこいつも分かっているはずだ。
ミノタウロスは左手の黒い球体を私に向かって投げつける。
触れればどうなるか分からないので、翼を使って上に逃げる。
上空に逃れながら下を見ると、黒い球体が地面に触れた瞬間、直径三メートルほどの黒いドームが出来上がり、種子の弾丸も全てそこに飲み込まれていく。
「まるでブラックホールね……」
そう言った直後、嫌な予感がして一気に高度を下げると真後ろにワープしていたミノタウロスの斧が、私のスカートの裾を切り裂く。
あのワープには地表か上空かは関係がないのか……
厄介ね……今まで戦ったどの相手よりもやりにくい。単純に強さもそうだが、戦い慣れている。戦術がしっかりとしている。
今までの魔女達とは違う。
「これが冠位の悪魔ね……」
ミノタウロスはそのまま地面に着地し、左手を空中にいる私にかざす。
「まさか!」
私が気がついた時にはもう遅く、ミノタウロスの左手から先ほどの黒い球体が十数個飛来する!
一つでも当たれば致命傷だ。
「どうしようかしら」
私はギリギリで黒い球体を躱していくが、勝ち筋が見えなかった。
なんとか躱しきったと思った時、背後に現れていたミノタウロスに思いっ切り蹴り飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「ぐっ!!」
体に衝撃が走り、呼吸が止まる。
全身が痛むが、止まっている時間などなかった。
頭上を見上げれば、ミノタウロスは私を蹴り飛ばした勢いそのままに、斧を私が叩きつけられたところに振り被ってくる。
私は寸前の所で躱し、無詠唱の簡単な魔法で反撃を試みるが、やはりすべて弾かれてしまう。
私はバックステップで距離をとる。
「アレシア様! そいつは異界に入り込んで再びこちらの世界に入ってきています! 一人では無理です!」
声のしたほうを見ると、レシファーとエリックが並んで立っていた。
なるほど、道理で眼で追えないわけね。
エリックは不安げに盾を構え、レシファーは厳しい眼差しでミノタウロスを睨んでいる。
ミノタウロスは新たに現れた敵に興味を示したのか、ゆっくりと立ち上がり二人に向かって歩き始める。
「待ちなさい!」
私は痛む体に鞭を打ち、翼を広げ二人の元へ急行する。
「アレシア様、エリック! コイツは全方位から出現できます! ですので三人で背中合わせで構えます」
「分かったわ!」
「はい!」
私たちはレシファーの指示通りに背中合わせになり、どこから来ても良いように構える。
ミノタウロスの正面に陣取った私は右手をかざし、魔法を展開する。
「命よ、かの者に粛清を、大地の怒りを見せよ!」
ミノタウロスの足元に槍が生えるが、それをジャンプで躱す。そして空中で身動きが取れないタイミングを見計らい、私と同タイミングで同じ詠唱をしていたレシファーの魔法が空中のミノタウロスを襲う!
「命よ、かの者に粛清を、大地の怒りを見せよ!」
そして予想通り異界に逃げ込んだミノタウロスは、私でもレシファーでもなくエリックの正面へ……
「読んでたわよ! そこに来るのは!」
レシファーの魔法が発動するとともに、もう一度同じ詠唱をしていた私は、異界に逃げ込んだミノタウロスが次に襲う相手はエリックだと思い、そこに槍を出現させる。
私の槍が出現したのと同時に、ミノタウロスも出現する!
「ぐああああ!!」
ミノタウロスは凄まじい咆哮で痛みを表現する。
いくら冠位の悪魔といえど、人一人分ほどの槍が真下から刺さってしまっては助からないだろう。
ミノタウロスは体の下半分から大量の血を流し、その場に崩れ落ちる。
「やったかしら?」
私は肩で息をする。
正直ギリギリの賭けだった。
相手が冠位の悪魔なら、同じく冠位の悪魔であるレシファーのことを知っている可能性が高い。そして私とはさっきまで戦っていたから、簡単には殺せない相手だというのは分かっているはず。
そこで現れたエリックは、この悪魔からしてみたら何の魔力も感じない人間の少年。
私たちに死角を作るなら、まずは一番御しやすい相手を狙うはず……そしてその狙いは見事に当たっていた。
それでももし読み違えていたら?
エリックではなく私やレシファーを狙って来たら?
槍の魔法で殺せなかったら?
いくらでもイレギュラーが発生する余地は残されていた。
ただ単に運が良かっただけだ。
そして翼を展開し、空に逃げて真下を見る。
ツタに強襲を邪魔されたミノタウロスは、怒りのうめき声を出しながら、次々とツタを引きちぎっていく。
「危機一髪ね」
私はそのまま距離を取って着地する。
さっきも瞬きの瞬間に私の真後ろに……これで確信した。これは移動ではない。確実に魔法でワープしている。
しかも一回目は消えてから出現までに時間がかかったが、さっきは一瞬だ。
そこから考えるとただのワープでもない。
それに、ワープするには普通それなりの準備がいる。
あんな感じにポンポン使えるような魔法でもない。
「もしかして、相手の真後ろにしかワープできないとか?」
私は小さく呟く。
座標をあらかじめ決めてしまっていたら、あの速度でのワープも冠位の悪魔レベルならやりかねない。
もしそうなら戦いようはある。
次に消えた瞬間に真後ろに攻撃魔法を放てば良いだけだ!
考えがまとまったのと、ミノタウロスが木の壁から這い出てきたのは同じタイミングだった。
「命よ、かの者に粛清を、大地の怒りを見せよ!」
私の詠唱が終わると同時にミノタウロスの足元から巨木が生え、ミノタウロスを縛り上げる。
「そのままねじ切ってやる!」
巨木に捕まったミノタウロスの首を私のツタが徐々に締め上げていく!
このままなら私の勝ち。
そろそろワープしないと死ぬわよ?
そう思い、瞬きをした時にはミノタウロスは消えていた。
「今よ!」
私は真後ろの地面から人一人分の長さの槍を生やし、そこにワープしてくるであろうミノタウロスを串刺しにする……その予定だったのだが、私の目論見は崩れ去った。
「くっ!?」
私は右側に現れたミノタウロスに対応すべく魔法を展開するが、間に合いそうに無かったので、魔力を練りながらその場でしゃがむ。
横に薙ぎ払っていたミノタウロスの斧が、私の真上を通過する。
「くそ! なんなのよコイツ!」
私は悪態をつきながらミノタウロスの真下から槍を生やすが、それを察知した敵はジャンプして躱す。
「真後ろだけじゃないのね……もしかしてミスリードされたのかしら?」
だとしたら厄介だ。
人語を理解しないだけで、相手を騙すだけの知能があるということになる。
「この分だと本当に遠距離魔法も使えそうね、コイツ」
私の言っている意味が理解できたのか、ミノタウロスがニヤリと笑った気がした。
その直後、ミノタウロスは斧を持っていない左手を私に向ける。
その左手に注意を向けると、だんだんと左の手のひらに黒い球体が現れた。
「あれはなんなのかしら?」
私は翼を展開して足元にも魔力を込めて、いつでも躱せる体勢をつくる。
じっくりと私を観察していたミノタウロスは、左手に黒い球体を保ったまま再び私に向かって疾走し始める。
まさか飛ばすのではなく、そのまま接近戦か……
「命よ、種子の弾丸を!」
私は短い詠唱の魔法で対応する。
私の周囲に魔法陣が現れ、そこから人の頭サイズの種子が無数にミノタウロスに降り注ぐ!
「どう躱す?」
私は敵の動きに最大限の注意を払う。
さっきみたいに魔力で全てはたき落とせるほど弱い魔法ではない。
それはこいつも分かっているはずだ。
ミノタウロスは左手の黒い球体を私に向かって投げつける。
触れればどうなるか分からないので、翼を使って上に逃げる。
上空に逃れながら下を見ると、黒い球体が地面に触れた瞬間、直径三メートルほどの黒いドームが出来上がり、種子の弾丸も全てそこに飲み込まれていく。
「まるでブラックホールね……」
そう言った直後、嫌な予感がして一気に高度を下げると真後ろにワープしていたミノタウロスの斧が、私のスカートの裾を切り裂く。
あのワープには地表か上空かは関係がないのか……
厄介ね……今まで戦ったどの相手よりもやりにくい。単純に強さもそうだが、戦い慣れている。戦術がしっかりとしている。
今までの魔女達とは違う。
「これが冠位の悪魔ね……」
ミノタウロスはそのまま地面に着地し、左手を空中にいる私にかざす。
「まさか!」
私が気がついた時にはもう遅く、ミノタウロスの左手から先ほどの黒い球体が十数個飛来する!
一つでも当たれば致命傷だ。
「どうしようかしら」
私はギリギリで黒い球体を躱していくが、勝ち筋が見えなかった。
なんとか躱しきったと思った時、背後に現れていたミノタウロスに思いっ切り蹴り飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「ぐっ!!」
体に衝撃が走り、呼吸が止まる。
全身が痛むが、止まっている時間などなかった。
頭上を見上げれば、ミノタウロスは私を蹴り飛ばした勢いそのままに、斧を私が叩きつけられたところに振り被ってくる。
私は寸前の所で躱し、無詠唱の簡単な魔法で反撃を試みるが、やはりすべて弾かれてしまう。
私はバックステップで距離をとる。
「アレシア様! そいつは異界に入り込んで再びこちらの世界に入ってきています! 一人では無理です!」
声のしたほうを見ると、レシファーとエリックが並んで立っていた。
なるほど、道理で眼で追えないわけね。
エリックは不安げに盾を構え、レシファーは厳しい眼差しでミノタウロスを睨んでいる。
ミノタウロスは新たに現れた敵に興味を示したのか、ゆっくりと立ち上がり二人に向かって歩き始める。
「待ちなさい!」
私は痛む体に鞭を打ち、翼を広げ二人の元へ急行する。
「アレシア様、エリック! コイツは全方位から出現できます! ですので三人で背中合わせで構えます」
「分かったわ!」
「はい!」
私たちはレシファーの指示通りに背中合わせになり、どこから来ても良いように構える。
ミノタウロスの正面に陣取った私は右手をかざし、魔法を展開する。
「命よ、かの者に粛清を、大地の怒りを見せよ!」
ミノタウロスの足元に槍が生えるが、それをジャンプで躱す。そして空中で身動きが取れないタイミングを見計らい、私と同タイミングで同じ詠唱をしていたレシファーの魔法が空中のミノタウロスを襲う!
「命よ、かの者に粛清を、大地の怒りを見せよ!」
そして予想通り異界に逃げ込んだミノタウロスは、私でもレシファーでもなくエリックの正面へ……
「読んでたわよ! そこに来るのは!」
レシファーの魔法が発動するとともに、もう一度同じ詠唱をしていた私は、異界に逃げ込んだミノタウロスが次に襲う相手はエリックだと思い、そこに槍を出現させる。
私の槍が出現したのと同時に、ミノタウロスも出現する!
「ぐああああ!!」
ミノタウロスは凄まじい咆哮で痛みを表現する。
いくら冠位の悪魔といえど、人一人分ほどの槍が真下から刺さってしまっては助からないだろう。
ミノタウロスは体の下半分から大量の血を流し、その場に崩れ落ちる。
「やったかしら?」
私は肩で息をする。
正直ギリギリの賭けだった。
相手が冠位の悪魔なら、同じく冠位の悪魔であるレシファーのことを知っている可能性が高い。そして私とはさっきまで戦っていたから、簡単には殺せない相手だというのは分かっているはず。
そこで現れたエリックは、この悪魔からしてみたら何の魔力も感じない人間の少年。
私たちに死角を作るなら、まずは一番御しやすい相手を狙うはず……そしてその狙いは見事に当たっていた。
それでももし読み違えていたら?
エリックではなく私やレシファーを狙って来たら?
槍の魔法で殺せなかったら?
いくらでもイレギュラーが発生する余地は残されていた。
ただ単に運が良かっただけだ。