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作者: DANDY
彼との別れと真実 1
「そんなにその子が大事なの? みっともないったらないわね……」

 キテラは、頭を地面につけて懇願する私の頭を蹴り飛ばす。

 私の中を痛みと屈辱が走るが、そんなものはどうでもいい。

 今はエリックが生き残るために最善を尽くさなければ……

「エリックを助けてくれるならなんでもする。この命だって差し出す! だからお願い……」

 そう願いながらエリックを見ると、彼は私を見て首を横に振る。

 彼はこう言いたいのだろう「自分のことは見殺しにして助かって」と……

 でもねエリック、それは出来ない。

 それだけは出来ないの。

 どれだけ魔法が使えても、どれだけ強くなっても、愛する人を見捨てるという事だけは、ついにできなかった……だから私は今こうして頭を下げている。

「はあ……正直、ここまで貴女が惨めだと興が削がれるわね」

 キテラは盛大にため息をつき、カルシファーとエリックに視線を向ける。

「お願い! 待って!」

「やりなさいカルシファー」

 私の声を無視して、残酷な命令が下される。

「はい。キテラ様」

 カルシファーは何の感情も籠っていないような、冷静で冷たい声で返事をする。

「アレシア!」

 エリックが私の名を呼ぶ。必死に……

「うるさい!」

「あっ!!」

 必死に抵抗するエリックの喉を、カルシファーは鋭利な刃物で切り裂いた。

 喉を掻き切られたエリックは、喉から大量の鮮血を撒き散らし、体から力が抜けて動かなくなってしまった。

「エリック!!!」

「ハハハ! 良い様ね、アレシア! どうかしら? 再び愛する人を失う気持ちは?」

 キテラは高笑いをし、カルシファーは力が入らなくなったエリックの体を、私のもとへ放り投げる。

「エリック!」

 私は地面に無造作に捨てられたエリックのもとへ駆け寄る。

「エリック?」

 カルシファーに切られたのは喉。

 もうエリックは声も発せないし、呼吸も出来ない。

 彼の瞳は徐々に光を失っていく……

「エリック! 私がなんとか……」

 私は必死に治癒魔法を、残り少ない魔力でエリックに施す。

「無駄よ。カルシファーがつけた傷は、一生治らないのだから」

 私が鋭くキテラを睨むと、彼女は満面の笑みを浮かべている。

「私は諦めないわ! お願いエリック! 目を覚まして!」

 私は何度も何度も彼の喉に手をやり、何度も何度も治癒を試みるが、傷口は塞がらず、血も止まる気配がない。

 本当に治癒が出来ない!

「エリック!」

「エリック!!」

「エリック!!!」

 私は狂ったように彼の名前を呼び続ける。

 彼の体を抱きしめ、そのぬくもりを感じる。

 ぬくもりを感じると同時に、彼の体温が失われていく。

「エリック……?」

 声の枯れた私は、最後に彼に問いかけるようにその名を呼ぶ。

 頭の奥で、昔のエリックの声が聞こえる。

 まだ平和だった二年間の記憶だ。

 短いようで長かった二年間……私の目の前にはエリックがいて、隣にはレシファーがいる。

 私の人生でもっとも平和で豊かだった二年間。

 毎週末遊びに来るエリックを楽しみに、光を失った私は眠りにつく。

 そんな二年間……リアムを失って以来、もっとも幸福だった私の光……

 そんな彼が、今私の腕の中で体温を失っていく……



 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!

 信じたくない!!!

 信じたくない!!!



 信じたくないのに、私の眼は徐々に薄暗くなっていく……視界がぼやけてくる……

 ああ、こんなかたちで彼の死を実感することになるとは……

 なんて残酷な呪い。

 いくら私が信じたくなくても、必死に彼の生存を望んでたとしても、私の両目は確実に現実を押しつけてくる……

 この目が、彼の命の証明。

 この目が、彼の死の証明。

 私がどれだけ彼の死を拒絶したところで、残酷な現実は私を暗闇に縛る。

「酷い魔法ね」

 私は無意識に呟いた。

 もう私の瞳には、光はほとんど届いていない。

 試しにキテラの立っているであろう方向に目を向けるが、薄っすらとした影が見える程度で、それ以外の情報は得られなかった。

「酷い魔法? そうかしら? 私は素晴らしい魔法だと思うわよ? 愛する人の死をより深く味わえる最高の呪いじゃない!」

 私の独り言にキテラが嬉々として答える。

 最高の呪い?

 呪いに最高なんてあるものか!

 こんなかたちで彼の死を体感したくなかった!

 少しずつ彼を、光を失うというのはあまりに酷い。

 苦しい。辛い。痛い。悲しい。暗い。怒り。虚無。

 ドス黒い感情が私の中に満たされていくのを感じる。

 まるで私ではないみたいな、そんな感じ。

 
 そしてついに、私の瞳は一切の光を受けなくなった……

 彼の、エリックの死が確定してしまった……

 しかしそれでも、見えなくても、冷たくなっても、彼の体は私の腕の中にある。

 一生離したくない!

 ここで手放したら二度と触れることは叶わない!

「いい加減、その肉の塊を離したら?」

 キテラは私に近づいて来る。

 どんな表情で喋っているのかは分からないが、想像は出来る。

 きっと笑っているのだろう?

 無様に、エリックだった物にしがみつく私を、嗤っているのだろう……

「近寄らないで!」

 私は足音でキテラの接近を感じ、エリックの死体を強く抱きしめる。

「もう無駄な抵抗はやめなさい? 何も見えない貴女に何が出来るっていうの?」

 キテラの声は優越感に浸った声だった。

「はぁ……本当に見苦しい。これがあの追憶の魔女の最後だとはね!」

 そう言いながらキテラが指を鳴らす。

 指が鳴らされた直後、私とエリックのあいだに風の塊を感じた。

「なに!?」

 対抗策を講じる間もなく、風の塊はその場で破裂し、私とエリックを正反対の方向へ弾き飛ばす!


 私はそのまま数秒間吹き飛ばされたあと、全身を硬い地面に転がしながら停止する。


 強制的にエリックと引き離された私は、頭が正常に働かない。

 何をすれば良いか分からない。

 何も見えない、何も感じない。

 自分が今どこにいるのかさえ定かではない。

 一つだけ分かっていることは、エリックは死んだ。

 そして殺した二人は、私の数メートル先で今も呼吸をしている。

 じゃあやるべきことは一つだけだろう?

 キテラを殺すんだ!

 そうしなければ!

 私の意識を憎しみが支配する!

 もう失ったものを求めても、戻ってこない!

 新しく手に入れるしかない!

「殺す……」

「はあ? 誰が誰を?」

 私の声が聞こえたキテラは呆れたように答える。

「私がお前たちを」

 自分でも、何を言っているのか判然としない。

 まるでもう一人の私が喋っているよう。

「無理よアレシア。今の貴女には何もない。魔力も悪魔も、光すら……そんな状態の貴女に何が出来る? ましてや私をどうやって殺すの?」

 彼女の言う通りだ。

 今の私には光は無い。

 契約した悪魔も殺された。

 魔力もほとんどない。

 こんな状態で、魔女の族長であるキテラを殺す?

 私は何を言っているんだ?

 万全の状態でさえ、彼女に勝てなかったのに……


「勝てるわ」

 私は無意識にそう口走る。

 まるで自分じゃないみたい。


「へえ、面白いじゃない!」

 キテラは面白い物を見つけた子供のようにはしゃいでいる。

 どうして私が勝てるなんて口に出したのか分からないけど、やるだけやってやる!

 私は顔を上げ、真っすぐ前を見据える。

 もう薄っすらとした影さえない。

 本当の暗闇だ。

 視覚から得られる情報は皆無になった。

 残ったものは触覚と聴覚、匂い……

 こんな不確かなもので本当にキテラに勝てるのか?

 魔力もほとんど残っていない。

 レシファーが殺されてしまったから、木の魔法も使えない。

 しかしそれでも……たとえ、

「たとえ光を失っても……この闇が、光の中を妖しく照らすだろう」

 私は静かにそう告げていた。
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