ゲートと門番 3
門番の出した条件はなかなかに難しいものだった。次に異界化を望むものが現れたら、その対処をするというもの。つまり私は死ぬことが許されないのだ。永遠の時の中、悪魔達を見張り続けるという、ある種の呪いともいえる契約だ。
でも、それでも私は構わなかった。
たとえ死ぬことが許されなくなったとしても、私の隣にはレシファーが必要だ。私の家族であり、恩人であり、契約者であるレシファー。彼女と再び生きていけるのなら、なんだって差し出そう。
「じゃあ通して」
私は一度深呼吸をしてから、門番に声をかける。
「準備は良い?」
門番は、相変わらず無機質な声で確認をとる。
「良いわ」
本当は魔力の回復を待ちたいところだけど、そんな悠長なことはしていられない。
いざ行こうとなった時、ふと疑問がわいてきた。
「最後に一つだけ教えて。異界で死んだ悪魔はどうなるの?」
そうだ。これが一番重要なことだ。
この世界で死んだ悪魔は異界に送られて、門番から呪いをかけられ、異界から出られなくなる。
それは前にレシファーから聞いた。
じゃあ異界で死んだ悪魔は何処に向かうの?
「消滅」
門番が放った答えは簡潔で、そして恐ろしい一言だった。
消滅……消える?
「異界で殺された悪魔は消滅する……それを知っているのに、どうして悪魔達は異界化を望むの? 魔女と契約しなくても、今のこの結界内だったら存在できる。つまり、死んでも保険があるのに、どうしてわざわざ異界化にこだわるのかしら? このまま不安定な状態を維持すれば……」
「悪魔達は知らない」
私の考えは、門番の一言で根底から覆された。
知らない?
何を? もしかして異界で死んだら消えるということを、悪魔達は知らない?
「そんなはず無いでしょう? 悪魔であっても死ぬことはあるのだから、死んだら消えるってことくらい……」
私の疑問に、門番は再び答える。
「死なない。悪魔は異界ではまだ誰一人死んでいない」
「そんなはず……」
「理由は簡単。まず悪魔には寿命が無い。だから自然に死ぬことはない。もちろん病気もない。そして悪魔は決して争わない」
悪魔が争わない? 初めて聞いた……でもそれこそあり得ないと思う。私が見てきた悪魔達は、好戦的な者ばかりだった。
「悪魔が争わないは嘘よ! だって魔女は悪魔達によって……」
「違う。悪魔同士では争わない。悪魔が自分より強い者に勝つことが百パーセント無い。悪魔達はそれを知っているから争わない。争わないから、誰も異界で死なない。だから死んだら消えることを知らない」
門番は畳み掛けるように、一気に説明する。
なるほどそういうことね。
悪魔に時間の概念は無い。だから寿命も無い。
他に死因となるのは、何者かに殺される時ぐらいだ。しかしそれも、力関係が常に一定で覆ることがないから、そもそも争わない。だから死なない。死んだことがない。
「うん。いろいろ教えてくれてありがとう。急ぐから、もう行くわね」
私は門番にお礼をして、ゲートに向かって歩き始める。
ここから先はアウェイ、敵の領域に足を踏み入れるのだ。普段以上に気を張る必要がある。
目的は二つ。
一つ、異界でレシファーとポックリを探し出すこと。
二つ、私の復讐の対象でもある、異界化を望む冠位の悪魔、カルシファーとアザゼルを殺すこと。
この二つに優先順位は無い。
どちらも達成しなければ、私には未来がない。
カルシファーとアザゼルを殺せずして、異界化を止めることは出来ない。
仮にあの二体の悪魔を殺せたとしても、その後を生きる私には、レシファーとポックリは必要だ。望むならエリックも……
私はいろいろ考えながら、巨大なゲートをくぐり、その一歩を踏み出す。
そして私の体が完全にゲートをくぐった時、目の前の風景が一変した!
「何ここ!?」
私は驚きの声を上げるが、答える者はいない。
どうやらあの門番は、ここまでは来ないらしい。
私は首を上下左右に振って、周囲を確認する。
こんな景色は見たことがない。
ここはまるで、満天の星空の中心に放り込まれたかのような空間だ。
星空なら普通上にあるものだが、この空間はそうではない。上下左右どこを見ても同じ星空が広がり、寒さも暑さも無く、音もしなければ匂いもない。
夜闇に浮かぶ星々の間隔は一定ではなく、不規則に散りばめられていて、ここが異空間であることを実感させられる。
「ここが異界と世界を結ぶ空間?」
前を見ると、一本の階段が下に向かって永遠と続いている。
「さっきまでは無かったわよね?」
私がこの空間に来た直後は、建造物は後ろのゲートと、その足元ぐらいだったはず。
それが気づけば、この空間の下の方に向かって伸びる階段が出現していた。
「どうなってるの?」
そう思って顔を上げると、私の目が点になる。
夜闇に浮かぶ星空はさっきと変わらないが、さっきまでは存在しなかった無数の階段が、あちらこちらに伸びている。
伸びてはいるが、その両端は見れない。どこまで目で追ってみても、その先は暗闇となっている。
「この足場から続くのはこの一本だけか……」
私は恐る恐る最初の一歩を踏み出す。
安全を確認した私は、周りの星空や階段を見渡しながら、果てもない階段を下っていく。
どれぐらいの時が経っただろう?
私は永遠かと思えるほどの時間、階段を下り続ける。
そのあいだも周囲を見渡し続ける。
そしてある違和感に気がついた。
「誰もいない?」
これだけの長い時間(時間がどれぐらい経過しているかは分からないが)歩き続けているのだから、悪魔の一体ぐらいは見かけても良いはずだ。
私はその覚悟もしていた。
元の世界で、ゲート周辺の悪魔をあれだけ殺し尽くしたのだから、新たに異界からあちらの世界に出張る悪魔と、この空間で遭遇するはずだと思っていた。
思っていたのだが、遭遇どころか遠くで見かけることもない。
この空間に存在している生命体は、私一人だ……
そこまで考えて、この空間は私一人の場所なのだと気づいた。
ここに存在する、終わりの見えない無数の階段達は、私の可能性の数なのではないかと思う。
この空間は、様々な世界へと繋がる大きな駅のようなもので、ここにある階段の両端が見えた時、その可能性は現実になる。
そう考えると納得できる。
まあ考えていても、答えを持っている者がいないのだから無駄ではあるけれど……
それでも、無限に続く階段を降り続ける際の暇つぶしとしては悪くない。
「いい加減、そろそろ飽きてきたのだけど……」
私はそう言いながらも、疲れてはいなかった。
どうもこの空間では、肉体という概念が希薄になる印象を受ける。
そんな感想を漏らしながらさらに降りていくと、遠くにゲートが見えてきた。
ここに来るときにくぐったゲートほどの大きさはないが、それでも私二人分ぐらいの高さはあるゲートだ。
「やっとね」
私はようやく見つかった出口に安堵し、歩くペースをあげる。
ドンドン近づいてくるゲートを見ながら、一気に残りの階段を降りていく。
「このゲートの先が……異界」
私は階段を降り切り、ゲートの前に立って覚悟を決める。
ここからは本当に異界。敵の本拠地。悪魔達の世界。
そこは私のいた世界の常識が通用せず、異界の理が支配する場所。
私が復讐を果たす場所、私がパートナーを見つけ出す場所、下手したら私の死に場所……
別に死のうと思っているわけではないし、殺されてやる気もさらさらない。
それでも不安が無いと言ったら嘘になる。
今の私は一人ぼっち……今の私が失うとしたら、自分の命ぐらいのものなのだから。
私は意を決して、固く重たいゲートを押し開けた。
でも、それでも私は構わなかった。
たとえ死ぬことが許されなくなったとしても、私の隣にはレシファーが必要だ。私の家族であり、恩人であり、契約者であるレシファー。彼女と再び生きていけるのなら、なんだって差し出そう。
「じゃあ通して」
私は一度深呼吸をしてから、門番に声をかける。
「準備は良い?」
門番は、相変わらず無機質な声で確認をとる。
「良いわ」
本当は魔力の回復を待ちたいところだけど、そんな悠長なことはしていられない。
いざ行こうとなった時、ふと疑問がわいてきた。
「最後に一つだけ教えて。異界で死んだ悪魔はどうなるの?」
そうだ。これが一番重要なことだ。
この世界で死んだ悪魔は異界に送られて、門番から呪いをかけられ、異界から出られなくなる。
それは前にレシファーから聞いた。
じゃあ異界で死んだ悪魔は何処に向かうの?
「消滅」
門番が放った答えは簡潔で、そして恐ろしい一言だった。
消滅……消える?
「異界で殺された悪魔は消滅する……それを知っているのに、どうして悪魔達は異界化を望むの? 魔女と契約しなくても、今のこの結界内だったら存在できる。つまり、死んでも保険があるのに、どうしてわざわざ異界化にこだわるのかしら? このまま不安定な状態を維持すれば……」
「悪魔達は知らない」
私の考えは、門番の一言で根底から覆された。
知らない?
何を? もしかして異界で死んだら消えるということを、悪魔達は知らない?
「そんなはず無いでしょう? 悪魔であっても死ぬことはあるのだから、死んだら消えるってことくらい……」
私の疑問に、門番は再び答える。
「死なない。悪魔は異界ではまだ誰一人死んでいない」
「そんなはず……」
「理由は簡単。まず悪魔には寿命が無い。だから自然に死ぬことはない。もちろん病気もない。そして悪魔は決して争わない」
悪魔が争わない? 初めて聞いた……でもそれこそあり得ないと思う。私が見てきた悪魔達は、好戦的な者ばかりだった。
「悪魔が争わないは嘘よ! だって魔女は悪魔達によって……」
「違う。悪魔同士では争わない。悪魔が自分より強い者に勝つことが百パーセント無い。悪魔達はそれを知っているから争わない。争わないから、誰も異界で死なない。だから死んだら消えることを知らない」
門番は畳み掛けるように、一気に説明する。
なるほどそういうことね。
悪魔に時間の概念は無い。だから寿命も無い。
他に死因となるのは、何者かに殺される時ぐらいだ。しかしそれも、力関係が常に一定で覆ることがないから、そもそも争わない。だから死なない。死んだことがない。
「うん。いろいろ教えてくれてありがとう。急ぐから、もう行くわね」
私は門番にお礼をして、ゲートに向かって歩き始める。
ここから先はアウェイ、敵の領域に足を踏み入れるのだ。普段以上に気を張る必要がある。
目的は二つ。
一つ、異界でレシファーとポックリを探し出すこと。
二つ、私の復讐の対象でもある、異界化を望む冠位の悪魔、カルシファーとアザゼルを殺すこと。
この二つに優先順位は無い。
どちらも達成しなければ、私には未来がない。
カルシファーとアザゼルを殺せずして、異界化を止めることは出来ない。
仮にあの二体の悪魔を殺せたとしても、その後を生きる私には、レシファーとポックリは必要だ。望むならエリックも……
私はいろいろ考えながら、巨大なゲートをくぐり、その一歩を踏み出す。
そして私の体が完全にゲートをくぐった時、目の前の風景が一変した!
「何ここ!?」
私は驚きの声を上げるが、答える者はいない。
どうやらあの門番は、ここまでは来ないらしい。
私は首を上下左右に振って、周囲を確認する。
こんな景色は見たことがない。
ここはまるで、満天の星空の中心に放り込まれたかのような空間だ。
星空なら普通上にあるものだが、この空間はそうではない。上下左右どこを見ても同じ星空が広がり、寒さも暑さも無く、音もしなければ匂いもない。
夜闇に浮かぶ星々の間隔は一定ではなく、不規則に散りばめられていて、ここが異空間であることを実感させられる。
「ここが異界と世界を結ぶ空間?」
前を見ると、一本の階段が下に向かって永遠と続いている。
「さっきまでは無かったわよね?」
私がこの空間に来た直後は、建造物は後ろのゲートと、その足元ぐらいだったはず。
それが気づけば、この空間の下の方に向かって伸びる階段が出現していた。
「どうなってるの?」
そう思って顔を上げると、私の目が点になる。
夜闇に浮かぶ星空はさっきと変わらないが、さっきまでは存在しなかった無数の階段が、あちらこちらに伸びている。
伸びてはいるが、その両端は見れない。どこまで目で追ってみても、その先は暗闇となっている。
「この足場から続くのはこの一本だけか……」
私は恐る恐る最初の一歩を踏み出す。
安全を確認した私は、周りの星空や階段を見渡しながら、果てもない階段を下っていく。
どれぐらいの時が経っただろう?
私は永遠かと思えるほどの時間、階段を下り続ける。
そのあいだも周囲を見渡し続ける。
そしてある違和感に気がついた。
「誰もいない?」
これだけの長い時間(時間がどれぐらい経過しているかは分からないが)歩き続けているのだから、悪魔の一体ぐらいは見かけても良いはずだ。
私はその覚悟もしていた。
元の世界で、ゲート周辺の悪魔をあれだけ殺し尽くしたのだから、新たに異界からあちらの世界に出張る悪魔と、この空間で遭遇するはずだと思っていた。
思っていたのだが、遭遇どころか遠くで見かけることもない。
この空間に存在している生命体は、私一人だ……
そこまで考えて、この空間は私一人の場所なのだと気づいた。
ここに存在する、終わりの見えない無数の階段達は、私の可能性の数なのではないかと思う。
この空間は、様々な世界へと繋がる大きな駅のようなもので、ここにある階段の両端が見えた時、その可能性は現実になる。
そう考えると納得できる。
まあ考えていても、答えを持っている者がいないのだから無駄ではあるけれど……
それでも、無限に続く階段を降り続ける際の暇つぶしとしては悪くない。
「いい加減、そろそろ飽きてきたのだけど……」
私はそう言いながらも、疲れてはいなかった。
どうもこの空間では、肉体という概念が希薄になる印象を受ける。
そんな感想を漏らしながらさらに降りていくと、遠くにゲートが見えてきた。
ここに来るときにくぐったゲートほどの大きさはないが、それでも私二人分ぐらいの高さはあるゲートだ。
「やっとね」
私はようやく見つかった出口に安堵し、歩くペースをあげる。
ドンドン近づいてくるゲートを見ながら、一気に残りの階段を降りていく。
「このゲートの先が……異界」
私は階段を降り切り、ゲートの前に立って覚悟を決める。
ここからは本当に異界。敵の本拠地。悪魔達の世界。
そこは私のいた世界の常識が通用せず、異界の理が支配する場所。
私が復讐を果たす場所、私がパートナーを見つけ出す場所、下手したら私の死に場所……
別に死のうと思っているわけではないし、殺されてやる気もさらさらない。
それでも不安が無いと言ったら嘘になる。
今の私は一人ぼっち……今の私が失うとしたら、自分の命ぐらいのものなのだから。
私は意を決して、固く重たいゲートを押し開けた。