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作者: DANDY
異界の反逆者 3
「ごめんなさい。続きを話してくれる?」

 流れる涙を強引に押しとどめ、ピックルに話の続きを促す。

「はい。レシファー様は、ここから歩くと半日ほどかかる町にいるはずです」

「町? この異界に町なんてあるの?」

 私はついつい聞き返してしまう。

 私が異界に来てから目にしたものは、とにかく暗い空に、深い森。湿地帯に沼地と、活気というものが無かった。

 そのせいか、町があるということに少々驚いてしまう。

「はい。この異界にも町はあります。全部で五つの町があり、そのそれぞれを冠位の悪魔が支配しています」

「五つの町と、五体の冠位の悪魔……」

 考えただけで恐ろしい。

 まったく勝てないとは思わないが、アザゼルのあの圧力と同等の力を持った悪魔が、カルシファーを除いてあと三体もいる。

「そうです。その中で、異界化に積極的なのはアザゼルとカルシファーです。後の三体の悪魔は慎重派で、異界化が成功してから動き出す魂胆なのでしょう。ですので、他の三体は現状傍観に徹していると思って大丈夫です」

「じゃあ当面の敵は、やっぱりアザゼルとカルシファーね」

「そうなります」

「それで、レシファーはどこにいるの?」

 五つの町を五体の冠位の悪魔が支配しているとなると、冠位の悪魔であるレシファーの存在が奇妙だ。

 幽閉されているとなると、自身の支配する町では無いことは推測できるし、今のピックルの言い方だと、町の支配者はもうすでに埋まっている。

「レシファー様が捕らえられているのは、エムレオスという町です。この沼地を抜けた先。おいらたちと出会った森を抜けて、さらに行ったところにあります」

 ピックルは壁に貼られた地図を指さし、エムレオスまでの道のりを詳細に教えてくれた。

「そこの支配者は……」

「アレシア様の予想通り、カルシファーです。元々はおいらたちも住んでいた町ですが、レシファー様があちらの世界に旅立たれてから、カルシファーがあの町の支配者になりました。そのまましばらくは異界なりに平和な町でしたが、いつからかカルシファーの考え方が変わってしまったのでしょう。魔女への復讐を掲げるようになりました」

 つまり元々はレシファーがエムレオスの支配者だったのだが、彼女が私と契約してから異界に戻らなくなり、後任となったカルシファーの中に、徐々に魔女への復讐心が育っていったということ。

 確か、カルシファーと対峙したレシファーが「貴女はそんな選択をするタイプでは……」と言っていた。

 もしかしなくても、カルシファーも元はレシファーと同じ優しい悪魔だったのかもしれない。

 そこまで考えて、全て無駄だと感じた。

 仮にそうだったとしても、カルシファーが優しい悪魔だったのは過去のこと。

 今は私の殺す対象。

 彼女とアザゼルを殺して、世界の異界化を防ぎ、レシファーとポックリを救出する。

 そしてあちらの世界に戻って平穏に暮らす。

 その目的のためなら、何だってするし、誰でも殺す。

「それじゃあ早速行くわ」

 私はピックルからの情報を頭に叩きこみ、勢い良く立ち上がる。

「うっ!?」

 私は立った瞬間眩暈がして、机にしがみつく。

「大丈夫ですか!?」

 ピックルは驚いた様子で私の体を支える。

「何かしら……酷い眩暈、それに頭が痛いわね」

 眩暈や立ち眩みは、大抵深呼吸すれば収まるものだが、どうやら今回のはそうではないらしい。

 魔力を使用して、自身の体内を検査してみたが、特に異常はない。

 一体どうしたのだろう?

「つかぬことをお聞きしますが、アレシア様が異界に来られてからどのくらい経っていますか?」

 ピックルは突然要領を得た顔で、私にたずねる。

 異界に来てからどれくらい?

 どれくらいだろう?

 ここは常に薄暗く、時計もない。

 悪魔に時間の概念が無いというのは知っていたので、てっきり異界にも無いと思っていたけれど、どうやらそうでもないみたいね。

「たぶん一日も経ってないんじゃないかしら……いつも暗くて、昼も夜も分かんないけど」

「ということは、異界に来て初めての夜なのですね」

「そうなるわね。何かマズいの?」

 私は、どんどん悪化する眩暈に必死に耐えながら聞き返す。

「簡単に言うと酔ってしまうんです。世界の移動には。ですから最初の夜は、ちゃんと寝ないとダメなのです。もう夜ですし」

 ピックルはそう言って、地図が貼られた壁の反対側に向かい、カーテンを開ける。

 そこに広がっていた景色は、私が異界に来てから見てきた景色と大差なく、今が夜だと言われてもピンとこない。

「全然さっきと変わってないんだけど……本当に夜なの?」

「何を言ってるんですか? どう見たって夜でしょうに!」

 ピックルは私の疑問を鼻で笑い、堂々とそう宣言した。

 どうやら彼ら異界の住人にとっては、バッチリ夜に見えているらしい。

「ちょっと無理かも」

 私は再度立ち上がろうとしたが、そのまま意識が遠くなっていく。

「どうぞそのままお休みください。後でベットに運んでおきます」

 ピックルの声が遠くに聞こえる。

 私はなんとか椅子に腰かけ、机に突っ伏すまでは意識を保っていたが、そこまでだった。

 そのまま私は深い深い眠りに落ちていった。



「う……ん」

 目を覚ますと、私は仰向けに寝かされていた。

 ピックルが運んでくれたのだろう。

 そのまま真っ直ぐ天井を見ると、固そうな岩がドーム型に広がっており、ベットの右側には窓がついていて、カーテンを開けると日の光が射していた。

「どうして……?」

「それは異界が貴女を受け入れたからです」

 私の独り言に、答えが返ってきた。

 びっくりして振り返ると、部屋の入り口にピックルが立っていた。

「異界が私を?」

「ええそうです。悪魔があちらの世界で死ぬと、異界に戻ってくるわけですが、その時にどの悪魔もずっと暗いと申しております。しかし一晩しっかり寝ると、異界が本来の姿を見せてくれるのです」

 ピックルの説明を聞き、もう一度窓から外を見渡す。

 日の光を浴びて、あんなに不気味だった沼地も多少はその毒気が抜け、なんとか見れる風景にはなっている。なってはいるが、そうそう眺めていたい景色ではない。

「ちょっと気になったんだけど、部屋に窓なんかついていて良いの? 確かこのアジトに入った後に封印とかしてなかった?」

「ああ、それなら大丈夫です。この窓は外からは見えませんから」

 ピックルは何故か遠い目をしてそう答えた。

「随分と高性能な結界なのね」

 私は意外に思ったのだ。

 ピックル達は、どれも力のない悪魔達だったはず。

 そんな彼らが、こんな高性能な結界を張れるのか?

「当然ですとも。これはその昔にレシファー様が作って下さったアジトですから!」

 ピックルは、胸を張って宣言する。

 この場所をレシファーが作った?

「ええそうですとも。おいらたちは基本的に、どの悪魔達よりも劣っているのです。ですのでイジメに遭い、辛くて泣いていた時に、当時エムレオスの支配者だったレシファー様が、隠れ家を作って下さったのです!」

 そう声高に叫ぶピックルの目には涙が滲んでいた。

「そう、だったんだ……そこに私は招かれ、助けられたのね」

 私はゆっくりと立ち上がる。

「本当に助けてもらってばっかり」

「レシファー様も、本望だと思います」

 そう言い残し、ピックルはお茶を用意してますと去っていった。

 私は改めて部屋を見渡す。

 天井は一枚岩で出来ており、ヒビ一つない。

 窓から見える景色はともかくとして、その反対側にはタンスが置かれ、簡単な椅子と机のセットも置かれている。

 このこじんまりとした部屋は居心地が良すぎる。

「だからといって長居は無用ね」

 私はゆっくりと体を伸ばし、部屋の出口に向かって歩き始めた。
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