エムレオス 2
前方の魔力反応は、どんどんその数を増やし続けている。
強力な魔力反応が無いのが救いだが、その数は三百を越える。
「いきなり悪魔の軍隊と正面衝突なんて御免よ?」
しかしいつの間に? というクエスチョンが頭の中を満たす。
私がこの異界に来てから僅かに一日。
あれが私を狙ってのものだとした場合、いくらなんでも反応が良すぎる。
そう考えた時、実は私とは無関係な集まりなのではと、甘い期待が胸をよぎる。
「そう甘くはないか……」
しかしその期待は砕け散った。
前方一キロ先の団体は、真っすぐ私に向かって突き進んできているのだから。
逃げるのもあり。だけど仮に逃げたとしても、上手く撒けるだろうか? もし撒ききれずに、冠位の悪魔クラスと遭遇した際に邪魔されることになったら最悪だ。
「だとしたら、各個撃破が一番確実か……」
私は逃げるのを諦め、そのまま地上に降り立つ。
ちょうど真下には何もなく、湿地帯の中でも見晴らしが良い場所だった。
ここでなら、大勢を相手にした時でも何とかなる。
地上で待つこと十分ほど、足の速い者から私の周りに到着してきていた。
見た感じ、予想通りたいした悪魔はいない。
近くまでやってきた悪魔達は、いずれも一定の距離を開けて、私の周りをグルグル回っている。
「かかってきなさい」
私は静かにそう告げてみるが、彼らは聞く耳を持たない。
ずっと遠巻きに私を監視している。
何者かの指揮を、忠実に守っているようだ。
先に到着していた彼らはあくまで先遣隊で、目的は私の監視だろう。
やがて悪魔の軍勢の本隊が上空からやってきた。
私を照らす日差しを遮り、黒い悪魔の影が、私と大地を漆黒で覆う。
「仰々しい登場の仕方ね」
私は次々と降下してくる悪魔達にたいして、そう皮肉った。
上空に溜まっていた悪魔達が、全員地上に降り立たったころ、再び日差しが差し込んで私と三百体の悪魔を照らす。
「貴様に復讐を!!」
私の正面に陣取ったカラス顔の悪魔がそう叫ぶと、周囲の悪魔達も呼応して叫びだす。その声は徐々に大きくなり、湿地帯全域に響くのではないかと思われるほどの熱量だった。
「復讐。復讐ねえ……お前たちが私に? 逆よ。私がお前たちに復讐するの」
私はここに集まっている悪魔達を観察する。
猿の顔や、トカゲの顔、カラスの顔。どれも数日前に見た顔ばかり。
思った通りだ。ここにいる悪魔達は、全員私にあちらの世界で殺された悪魔達だった。
悪魔の軍勢の中には、ゲートの場所で門番に殺された悪魔達も来ていていた。
そうか、彼らがここにいる悪魔達を集めたのか。門番に殺された悪魔達なら、私がゲートを通って異界にやって来るところまでは予想出来たはず。
それで復讐のために三百体以上の大軍勢を用意したというわけね……
「黙れ魔女め! お前が我々を殺した魔法のからくりは、もう分かっている!」
指揮官気取りのカラス顔の悪魔がそう宣言すると、周囲を取り囲んでいた悪魔達が急に動き始めた。誰一人止まってる者はいない。
「お前の魔法は、線ではなく点で合わせる魔法。ならば常に動き続ける我らを補足することなど出来まい!」
得意げな顔でカラス顔の悪魔は腕組をする。
たしかに彼の言う通りだ。
やり難いったらない。
動き回るせいで、座標が定まらない。
おまけにこの異界では、死んでも消滅しないと思い込んでいるものだから、怖いものがないのだ。彼らは命を惜しまない。
「行け!!」
カラス顔の悪魔の指示に従って、悪魔達が一斉に迫ってくる。
私の空間設置型の魔法を突破するためだ。一人目が魔法にかかった瞬間に、そのポイントに別の悪魔が入り込めば、次の魔法が間に合わずに突破できる。
そういう目論見だろう。
「甘いわね」
私は宙に舞い、襲ってくる悪魔の軍勢に対して、詠唱をスタートする。
「追憶魔法、この大地全域を戻せ!」
唱えた瞬間、私の魔法に気づいて空に飛びあがった悪魔を除く、大半の悪魔達が一瞬で消滅した。
「な……なんだこれは!!」
カラス顔の悪魔が愕然とした表情で私を睨む。
生き残った悪魔は僅かに二、三十体ほどだろうか。
悪魔達は、さっきまでの勢いと熱量が嘘のように静まり返っている。
「異界ならではね」
私は、カラス顔の悪魔に聞こえるように答えた。
この異界だからこそ使える大規模魔法。
異界では、魔力は異界から引っ張ってこれる。
私自身の消耗はない。
門番が言っていた通り、この異界において魔力の消耗は無い。さらに言うと、魔力を体中から集めるタイムロスもない。魔力ならそこら中に漂っている。
私はそこから魔力を引っ張るだけ。
「この異界で優位に立つのは、高出力の魔法を持っているかどうか……その点、私にとっては有利な世界ね」
さっきの追憶魔法は点でも線でも無く、面で座標を確定させた魔法。
私の魔法の発動と共に、ここら一帯の地面に足をつけている者全てを追憶に飛ばす魔法。
勘の良い悪魔なら空に逃げている。
今目の前に固まっている彼らのように。
「どうする? まだやる?」
私は余裕の笑みを浮かべて、生き残った悪魔達に問いかける。
「調子に乗るな! この異界では悪魔は不死身だ! しばらくすれば戻ってこられる! 何度でも蘇って貴様を必ず殺してやる!」
カラス顔の悪魔を中心とした、さっきの軍勢の中では強い個体の悪魔達は、皆一様に強気だった。
どうやら彼らもピックル同様、異界では悪魔は死なない理論を信じているらしい。
「嘘よ、私は門番に聞いたわ。この異界で死んだ悪魔は二度と戻ってこない。死んだ悪魔はそのまま消滅する」
私は真実を、憐れな悪魔共に告げる。
「そんなはず無い! アザゼル様が我らに嘘を教えるなどあり得ない!」
なるほど……このデマの発端はアザゼルか。
まあ殺されても大丈夫ということにしといた方が、駒としては便利だものね……
「そう。信じようと信じまいとどっちでも構わないわ。どっちみち貴方達が異界から消えるのは一緒よ」
私は周囲の魔力を全身に纏わせながら、ゆっくりと残った悪魔達に近づいていく。
「復讐のつもりで私を襲いに来たのでしょうけれど、残念だったわね。わざわざ探し出して殺したりはしないのだから、襲ってさえ来なければ消えずに済んだのに……」
「黙れーー!!」
残った悪魔達は当初の作戦さえ忘れて、夢中になって私に襲い掛かる。
「追憶魔法、対象者を戻せ!」
私の詠唱で、半数が追憶へと送られる。
「怯むな!」
カラス顔の悪魔は尚も突撃を指示する。
「少しは怯んだ方が良いわよ?」
私は再度同じ魔法を発動して、残りの悪魔達を消し去った。
「はぁ……」
私は軽いため息を漏らす。
戦いの後には何も残っていなかった。
千切られた悪魔の死体は時間とともに消滅していき、私の魔法は環境に影響を与えないから、地形に変化なし。
さっきまでの喧噪が嘘のように静まり返った大地に、私は一人ひっそりと降り立つ。
聞こえる音は、時折噴射される湿地帯の紫色のガスの音ぐらいのもので、それ以外は全くと言っていいほど音がしない。
無音の世界。
「思ったよりも呆気なかったわね……」
私は深呼吸をして、そう感想を述べる。
実際あの数の悪魔に、あちらの世界で襲われていたら危なかった。どう考えたって魔力が足りない。
それにあの規模の魔法を使うための魔力を、全身からかき集める時間も無かっただろう。この異界なら、魔力は空気のように充満している。だからこそ、あの規模の魔法が即座に使えるのだ。
そんな時、ふと茂みから物音が聞こえた。
この異界で動物はまだ見ていない。ということは……
「誰? さっさと出てきなさい!」
私は蠢く茂みに向かって告げた。
「まったく、相変わらずおっかねえな~アレシア!」
茂みの中から帰ってきた答えは、随分と懐かしく感じる声だった。
強力な魔力反応が無いのが救いだが、その数は三百を越える。
「いきなり悪魔の軍隊と正面衝突なんて御免よ?」
しかしいつの間に? というクエスチョンが頭の中を満たす。
私がこの異界に来てから僅かに一日。
あれが私を狙ってのものだとした場合、いくらなんでも反応が良すぎる。
そう考えた時、実は私とは無関係な集まりなのではと、甘い期待が胸をよぎる。
「そう甘くはないか……」
しかしその期待は砕け散った。
前方一キロ先の団体は、真っすぐ私に向かって突き進んできているのだから。
逃げるのもあり。だけど仮に逃げたとしても、上手く撒けるだろうか? もし撒ききれずに、冠位の悪魔クラスと遭遇した際に邪魔されることになったら最悪だ。
「だとしたら、各個撃破が一番確実か……」
私は逃げるのを諦め、そのまま地上に降り立つ。
ちょうど真下には何もなく、湿地帯の中でも見晴らしが良い場所だった。
ここでなら、大勢を相手にした時でも何とかなる。
地上で待つこと十分ほど、足の速い者から私の周りに到着してきていた。
見た感じ、予想通りたいした悪魔はいない。
近くまでやってきた悪魔達は、いずれも一定の距離を開けて、私の周りをグルグル回っている。
「かかってきなさい」
私は静かにそう告げてみるが、彼らは聞く耳を持たない。
ずっと遠巻きに私を監視している。
何者かの指揮を、忠実に守っているようだ。
先に到着していた彼らはあくまで先遣隊で、目的は私の監視だろう。
やがて悪魔の軍勢の本隊が上空からやってきた。
私を照らす日差しを遮り、黒い悪魔の影が、私と大地を漆黒で覆う。
「仰々しい登場の仕方ね」
私は次々と降下してくる悪魔達にたいして、そう皮肉った。
上空に溜まっていた悪魔達が、全員地上に降り立たったころ、再び日差しが差し込んで私と三百体の悪魔を照らす。
「貴様に復讐を!!」
私の正面に陣取ったカラス顔の悪魔がそう叫ぶと、周囲の悪魔達も呼応して叫びだす。その声は徐々に大きくなり、湿地帯全域に響くのではないかと思われるほどの熱量だった。
「復讐。復讐ねえ……お前たちが私に? 逆よ。私がお前たちに復讐するの」
私はここに集まっている悪魔達を観察する。
猿の顔や、トカゲの顔、カラスの顔。どれも数日前に見た顔ばかり。
思った通りだ。ここにいる悪魔達は、全員私にあちらの世界で殺された悪魔達だった。
悪魔の軍勢の中には、ゲートの場所で門番に殺された悪魔達も来ていていた。
そうか、彼らがここにいる悪魔達を集めたのか。門番に殺された悪魔達なら、私がゲートを通って異界にやって来るところまでは予想出来たはず。
それで復讐のために三百体以上の大軍勢を用意したというわけね……
「黙れ魔女め! お前が我々を殺した魔法のからくりは、もう分かっている!」
指揮官気取りのカラス顔の悪魔がそう宣言すると、周囲を取り囲んでいた悪魔達が急に動き始めた。誰一人止まってる者はいない。
「お前の魔法は、線ではなく点で合わせる魔法。ならば常に動き続ける我らを補足することなど出来まい!」
得意げな顔でカラス顔の悪魔は腕組をする。
たしかに彼の言う通りだ。
やり難いったらない。
動き回るせいで、座標が定まらない。
おまけにこの異界では、死んでも消滅しないと思い込んでいるものだから、怖いものがないのだ。彼らは命を惜しまない。
「行け!!」
カラス顔の悪魔の指示に従って、悪魔達が一斉に迫ってくる。
私の空間設置型の魔法を突破するためだ。一人目が魔法にかかった瞬間に、そのポイントに別の悪魔が入り込めば、次の魔法が間に合わずに突破できる。
そういう目論見だろう。
「甘いわね」
私は宙に舞い、襲ってくる悪魔の軍勢に対して、詠唱をスタートする。
「追憶魔法、この大地全域を戻せ!」
唱えた瞬間、私の魔法に気づいて空に飛びあがった悪魔を除く、大半の悪魔達が一瞬で消滅した。
「な……なんだこれは!!」
カラス顔の悪魔が愕然とした表情で私を睨む。
生き残った悪魔は僅かに二、三十体ほどだろうか。
悪魔達は、さっきまでの勢いと熱量が嘘のように静まり返っている。
「異界ならではね」
私は、カラス顔の悪魔に聞こえるように答えた。
この異界だからこそ使える大規模魔法。
異界では、魔力は異界から引っ張ってこれる。
私自身の消耗はない。
門番が言っていた通り、この異界において魔力の消耗は無い。さらに言うと、魔力を体中から集めるタイムロスもない。魔力ならそこら中に漂っている。
私はそこから魔力を引っ張るだけ。
「この異界で優位に立つのは、高出力の魔法を持っているかどうか……その点、私にとっては有利な世界ね」
さっきの追憶魔法は点でも線でも無く、面で座標を確定させた魔法。
私の魔法の発動と共に、ここら一帯の地面に足をつけている者全てを追憶に飛ばす魔法。
勘の良い悪魔なら空に逃げている。
今目の前に固まっている彼らのように。
「どうする? まだやる?」
私は余裕の笑みを浮かべて、生き残った悪魔達に問いかける。
「調子に乗るな! この異界では悪魔は不死身だ! しばらくすれば戻ってこられる! 何度でも蘇って貴様を必ず殺してやる!」
カラス顔の悪魔を中心とした、さっきの軍勢の中では強い個体の悪魔達は、皆一様に強気だった。
どうやら彼らもピックル同様、異界では悪魔は死なない理論を信じているらしい。
「嘘よ、私は門番に聞いたわ。この異界で死んだ悪魔は二度と戻ってこない。死んだ悪魔はそのまま消滅する」
私は真実を、憐れな悪魔共に告げる。
「そんなはず無い! アザゼル様が我らに嘘を教えるなどあり得ない!」
なるほど……このデマの発端はアザゼルか。
まあ殺されても大丈夫ということにしといた方が、駒としては便利だものね……
「そう。信じようと信じまいとどっちでも構わないわ。どっちみち貴方達が異界から消えるのは一緒よ」
私は周囲の魔力を全身に纏わせながら、ゆっくりと残った悪魔達に近づいていく。
「復讐のつもりで私を襲いに来たのでしょうけれど、残念だったわね。わざわざ探し出して殺したりはしないのだから、襲ってさえ来なければ消えずに済んだのに……」
「黙れーー!!」
残った悪魔達は当初の作戦さえ忘れて、夢中になって私に襲い掛かる。
「追憶魔法、対象者を戻せ!」
私の詠唱で、半数が追憶へと送られる。
「怯むな!」
カラス顔の悪魔は尚も突撃を指示する。
「少しは怯んだ方が良いわよ?」
私は再度同じ魔法を発動して、残りの悪魔達を消し去った。
「はぁ……」
私は軽いため息を漏らす。
戦いの後には何も残っていなかった。
千切られた悪魔の死体は時間とともに消滅していき、私の魔法は環境に影響を与えないから、地形に変化なし。
さっきまでの喧噪が嘘のように静まり返った大地に、私は一人ひっそりと降り立つ。
聞こえる音は、時折噴射される湿地帯の紫色のガスの音ぐらいのもので、それ以外は全くと言っていいほど音がしない。
無音の世界。
「思ったよりも呆気なかったわね……」
私は深呼吸をして、そう感想を述べる。
実際あの数の悪魔に、あちらの世界で襲われていたら危なかった。どう考えたって魔力が足りない。
それにあの規模の魔法を使うための魔力を、全身からかき集める時間も無かっただろう。この異界なら、魔力は空気のように充満している。だからこそ、あの規模の魔法が即座に使えるのだ。
そんな時、ふと茂みから物音が聞こえた。
この異界で動物はまだ見ていない。ということは……
「誰? さっさと出てきなさい!」
私は蠢く茂みに向かって告げた。
「まったく、相変わらずおっかねえな~アレシア!」
茂みの中から帰ってきた答えは、随分と懐かしく感じる声だった。