開戦前 2
「おはようございます」
朝目が覚めると、レシファーは私のベットの脇に立っている。
「おはようレシファー」
私はゆっくりと上半身を起こし、体を伸ばす。
あれから二日たった。
レシファーはもう吹っ切れたのか、以前の調子を取り戻し、私の体の回復に務めていた。
私は私でレシファーの回復魔法を受けながら、傷ついた体を元に戻すために安静にしている。
レシファーは昨日、エムレオスの町に出向いて町の悪魔達を集め、ここまでの経緯を説明した。
私はベットで寝たきりだったので、聴衆に紛れていたポックリから演説内容を聞かされるかたちとなる。
内容は、簡単に言えばここまでの説明は勿論、これからのエムレオスのあり方についてだった。
レシファーは、カルシファー統治時代の考え方やこの町の方針を百八十度変えると宣言した。我々は異界化には反対の立場をとると、そのように宣言した。ようするに昔の、レシファーが統治していた頃に戻すということになる。
レシファーやポックリの言う事を真に受けるなら、演説はおおむね成功だ。
一部の悪魔達は、今後の方針に不満を持ってエムレオスを去っていったが、そもそもがレシファーの統治を受け入れていた悪魔達ばかりなので、大勢は喜びの感情を持ってレシファーの演説を聴いていたらしい。
「ひとまず安心ね」
「何がですか?」
レシファーは不思議そうに顔を傾げる。
思わず口に出ていたみたい。
「これからのこの町の行く末よ」
私はそう言ってベットから降りて体を動かす。
うん。大丈夫そう。傷はほとんど治っていて、なんの問題もない。
「レシファー様、アレシア!」
私が自身の体の調子を確認した直後、ポックリが慌てた様子で部屋に飛び込んできた。
相変わらずレシファーのことは様で、私は呼び捨てなのね……まあ良いけど。
「どうしたのですか? 騒々しいですよ?」
レシファーは屈んでポックリにたずねる。
「町で聞いただけなのですが、アザゼルが統治している町アギオンから、大量の悪魔がこっちに向っていると!」
ポックリはわなわな震えて報告する。
そんなに怯えなくてもいいのに……
「本当ですか!? すぐに偵察を出しましょう」
レシファーもポックリ同様、青い顔をして立ち上がり、何やら刻印を発生させて指示を出していた。
「そんなにヤバいわけ?」
私は二人の鬼気迫るやり取りについて行けず、たずねる。
悪魔の軍勢なんて、この異界だったらそんなに問題ではないと思う。
あっちの世界では別だが、異界では魔力切れは起きない。地力でまさる側が勝つ。
だったら私とレシファーが出張れば、それで退けれそうなものだけど……
「どれくらい危険かはまだ分かりませんが、あのアザゼルがそうそう手緩い軍勢を用意するとも思えません」
ああ、なるほど。
確かにレシファーの言う通りかも知れない。
それにおそらくアザゼルは、私がこの異界で悪魔三百体を消し飛ばしたことぐらいは知っているだろう。
だったら、中途半端な攻め方はしてこない。
それから私達はエムレオスの地図が広がっている広間に赴く。
これからの作戦を立てるためだ。
「それで、どうやって防衛する?」
私は席について開口一番、そうたずねる。
この町を見て回った様子だと、残念ながら到底防衛に向いてない。
この城には兵器は無く、当然町にもない。それどころか城壁すらないのだから、防衛のしようがない。
そう思案していると、レシファーの耳元に刻印が発生して、ピーピーと甲高い音を鳴らす。
「そうですか……わかりました。ではそのまま監視をお願いします」
レシファーは通信相手(おそらく偵察に向った者からだろう)からの報告を受けて、指示を出している。
「敵の数が判明しました」
レシファーは神妙な顔で告げる。
「どれくらい? 五百体ぐらいかしら? 」
私は適当に五百体と言ってみた。実際、私がこの異界で退けた数なんて三百体程……五百体程度ならなんとかなると思っての例えだった。
「いえ、アレシア様。残念ながら遥かに多いです……敵の軍勢はおよそ六千体ほどだそうです」
悪魔が六千体? 私の例えの六倍!?
「え!? 嘘よね? ねえレシファー?」
私は若干焦ってレシファーに問いかける。
「残念ながら事実です。本格的に防衛手段を講じなければなりません」
レシファーはなんとか平静を取り繕っているが、なにせ相手が悪い。
悪魔六千体に加え、アザゼルまでやってこられては勝ちようがない。
「具体的にはどうするの?」
私の質問にレシファーとポックリは沈黙してしまう。
今まで一度も大戦というものが無かったのが、異界の歴史だ。
だから城壁もなければ兵器もない。だから兵法なんてものは存在しないだろうし、大量の敵の倒し方も分からない。
むしろ私がアイデアを出すべきなのかもしれない。
戦争の繰り返しで発展してきた人間の歴史を、まざまざと見てきた私が。
「とりあえず城壁を作りましょう」
私は悩んだ末に、そう切り出した。
「そう……ですね。それしか無いですね」
レシファーは私に同意してくれた。
私もレシファーも戦争に詳しいわけじゃない。兵法なんて知っているわけではない。だから……
「そして住民を保護します」
レシファーも私と同意見だったようだ。
異界で死ねば悪魔といえど消滅する。
兵法を知らない私達が、兵を使ったところで犠牲者が増えるだけ。なら前線に出るのは私とレシファーの二人だけでいい。
兵はいらない。
必要なのは、城壁とトラップと強力な魔法。
「偵察班、聞こえますか? 到着までどれほどですか?」
あらかたの方針が決まったところで、レシファーは偵察班に連絡をとる。
「なあアレシア、俺はどうすればいい?」
ポックリは、やる気に満ち溢れた目で私を見つめる。
ダメダメ。気持ちは嬉しいけど、前線にポックリなんて連れて行ったら確実に殺される。
「ポックリは……この城を守ってて」
私はなんとか役目を捻り出す。これくらいしか与えられそうな役目はない。残念だけど。
「城の警護か……うん? それって留守番って意味じゃあ……」
「敵の到着までおよそ一日あります。急いで準備に取りかかりましょう!」
ポックリが私の言葉の意味に気がつく前に、レシファーが情報をくれた。
ナイスタイミング。
「そうね、早速動き出しましょう。一日なんてあっという間よ!」
私とレシファーは立ち上がり、広間から出ていく。
「お、おい待てよ! 俺はどうするんだよ~!!」
後ろでポックリの声が聞こえた気がするが、気にしない。今は狸の言葉に構ってられるほど暇じゃないのだから。
「まずは住民に説明を済ませてきますから、アレシア様は町の周辺にトラップを」
「分かったわ!」
私とレシファーは、城の前で別れてそれぞれ移動を開始した。
私は町の外へ、レシファーは町の広場へ。
それぞれの役目のために動き始めた。
「とりあえず、出来るだけ遠くからトラップを設置していきたいわね」
私は翼を展開し、敵が来るとされている方角に向って飛んでいく。
アザゼルの軍勢……カルシファーとの連絡が取れなくなったことで、アザゼルは彼女の死亡を悟ったのだろう。
そこから急いで軍勢を用意しての進軍。
可能な限り急いでの編成だろうから、たいした戦術などないと信じたい。
そもそもアザゼルだって戦争の経験は無いはずだ。
そう考えると、アザゼルが自分で軍を率いてくるとは考えづらい。
誰か代理の統率者を用意するはずだ。
「強力なトラップでお出迎えしますか!」
私はトラップのアイデアを考えながら、一時間ほど飛んだあたりで着地した。
朝目が覚めると、レシファーは私のベットの脇に立っている。
「おはようレシファー」
私はゆっくりと上半身を起こし、体を伸ばす。
あれから二日たった。
レシファーはもう吹っ切れたのか、以前の調子を取り戻し、私の体の回復に務めていた。
私は私でレシファーの回復魔法を受けながら、傷ついた体を元に戻すために安静にしている。
レシファーは昨日、エムレオスの町に出向いて町の悪魔達を集め、ここまでの経緯を説明した。
私はベットで寝たきりだったので、聴衆に紛れていたポックリから演説内容を聞かされるかたちとなる。
内容は、簡単に言えばここまでの説明は勿論、これからのエムレオスのあり方についてだった。
レシファーは、カルシファー統治時代の考え方やこの町の方針を百八十度変えると宣言した。我々は異界化には反対の立場をとると、そのように宣言した。ようするに昔の、レシファーが統治していた頃に戻すということになる。
レシファーやポックリの言う事を真に受けるなら、演説はおおむね成功だ。
一部の悪魔達は、今後の方針に不満を持ってエムレオスを去っていったが、そもそもがレシファーの統治を受け入れていた悪魔達ばかりなので、大勢は喜びの感情を持ってレシファーの演説を聴いていたらしい。
「ひとまず安心ね」
「何がですか?」
レシファーは不思議そうに顔を傾げる。
思わず口に出ていたみたい。
「これからのこの町の行く末よ」
私はそう言ってベットから降りて体を動かす。
うん。大丈夫そう。傷はほとんど治っていて、なんの問題もない。
「レシファー様、アレシア!」
私が自身の体の調子を確認した直後、ポックリが慌てた様子で部屋に飛び込んできた。
相変わらずレシファーのことは様で、私は呼び捨てなのね……まあ良いけど。
「どうしたのですか? 騒々しいですよ?」
レシファーは屈んでポックリにたずねる。
「町で聞いただけなのですが、アザゼルが統治している町アギオンから、大量の悪魔がこっちに向っていると!」
ポックリはわなわな震えて報告する。
そんなに怯えなくてもいいのに……
「本当ですか!? すぐに偵察を出しましょう」
レシファーもポックリ同様、青い顔をして立ち上がり、何やら刻印を発生させて指示を出していた。
「そんなにヤバいわけ?」
私は二人の鬼気迫るやり取りについて行けず、たずねる。
悪魔の軍勢なんて、この異界だったらそんなに問題ではないと思う。
あっちの世界では別だが、異界では魔力切れは起きない。地力でまさる側が勝つ。
だったら私とレシファーが出張れば、それで退けれそうなものだけど……
「どれくらい危険かはまだ分かりませんが、あのアザゼルがそうそう手緩い軍勢を用意するとも思えません」
ああ、なるほど。
確かにレシファーの言う通りかも知れない。
それにおそらくアザゼルは、私がこの異界で悪魔三百体を消し飛ばしたことぐらいは知っているだろう。
だったら、中途半端な攻め方はしてこない。
それから私達はエムレオスの地図が広がっている広間に赴く。
これからの作戦を立てるためだ。
「それで、どうやって防衛する?」
私は席について開口一番、そうたずねる。
この町を見て回った様子だと、残念ながら到底防衛に向いてない。
この城には兵器は無く、当然町にもない。それどころか城壁すらないのだから、防衛のしようがない。
そう思案していると、レシファーの耳元に刻印が発生して、ピーピーと甲高い音を鳴らす。
「そうですか……わかりました。ではそのまま監視をお願いします」
レシファーは通信相手(おそらく偵察に向った者からだろう)からの報告を受けて、指示を出している。
「敵の数が判明しました」
レシファーは神妙な顔で告げる。
「どれくらい? 五百体ぐらいかしら? 」
私は適当に五百体と言ってみた。実際、私がこの異界で退けた数なんて三百体程……五百体程度ならなんとかなると思っての例えだった。
「いえ、アレシア様。残念ながら遥かに多いです……敵の軍勢はおよそ六千体ほどだそうです」
悪魔が六千体? 私の例えの六倍!?
「え!? 嘘よね? ねえレシファー?」
私は若干焦ってレシファーに問いかける。
「残念ながら事実です。本格的に防衛手段を講じなければなりません」
レシファーはなんとか平静を取り繕っているが、なにせ相手が悪い。
悪魔六千体に加え、アザゼルまでやってこられては勝ちようがない。
「具体的にはどうするの?」
私の質問にレシファーとポックリは沈黙してしまう。
今まで一度も大戦というものが無かったのが、異界の歴史だ。
だから城壁もなければ兵器もない。だから兵法なんてものは存在しないだろうし、大量の敵の倒し方も分からない。
むしろ私がアイデアを出すべきなのかもしれない。
戦争の繰り返しで発展してきた人間の歴史を、まざまざと見てきた私が。
「とりあえず城壁を作りましょう」
私は悩んだ末に、そう切り出した。
「そう……ですね。それしか無いですね」
レシファーは私に同意してくれた。
私もレシファーも戦争に詳しいわけじゃない。兵法なんて知っているわけではない。だから……
「そして住民を保護します」
レシファーも私と同意見だったようだ。
異界で死ねば悪魔といえど消滅する。
兵法を知らない私達が、兵を使ったところで犠牲者が増えるだけ。なら前線に出るのは私とレシファーの二人だけでいい。
兵はいらない。
必要なのは、城壁とトラップと強力な魔法。
「偵察班、聞こえますか? 到着までどれほどですか?」
あらかたの方針が決まったところで、レシファーは偵察班に連絡をとる。
「なあアレシア、俺はどうすればいい?」
ポックリは、やる気に満ち溢れた目で私を見つめる。
ダメダメ。気持ちは嬉しいけど、前線にポックリなんて連れて行ったら確実に殺される。
「ポックリは……この城を守ってて」
私はなんとか役目を捻り出す。これくらいしか与えられそうな役目はない。残念だけど。
「城の警護か……うん? それって留守番って意味じゃあ……」
「敵の到着までおよそ一日あります。急いで準備に取りかかりましょう!」
ポックリが私の言葉の意味に気がつく前に、レシファーが情報をくれた。
ナイスタイミング。
「そうね、早速動き出しましょう。一日なんてあっという間よ!」
私とレシファーは立ち上がり、広間から出ていく。
「お、おい待てよ! 俺はどうするんだよ~!!」
後ろでポックリの声が聞こえた気がするが、気にしない。今は狸の言葉に構ってられるほど暇じゃないのだから。
「まずは住民に説明を済ませてきますから、アレシア様は町の周辺にトラップを」
「分かったわ!」
私とレシファーは、城の前で別れてそれぞれ移動を開始した。
私は町の外へ、レシファーは町の広場へ。
それぞれの役目のために動き始めた。
「とりあえず、出来るだけ遠くからトラップを設置していきたいわね」
私は翼を展開し、敵が来るとされている方角に向って飛んでいく。
アザゼルの軍勢……カルシファーとの連絡が取れなくなったことで、アザゼルは彼女の死亡を悟ったのだろう。
そこから急いで軍勢を用意しての進軍。
可能な限り急いでの編成だろうから、たいした戦術などないと信じたい。
そもそもアザゼルだって戦争の経験は無いはずだ。
そう考えると、アザゼルが自分で軍を率いてくるとは考えづらい。
誰か代理の統率者を用意するはずだ。
「強力なトラップでお出迎えしますか!」
私はトラップのアイデアを考えながら、一時間ほど飛んだあたりで着地した。