エムレオス防衛戦 2
「案の定防がれましたね」
意外とレシファーは冷静だった。
まあ分かっていたことではあるけれど……さっきの様子見は、このためのもの。相手は六千体の軍勢、遠距離魔法が得意な悪魔だって当然相当数いるはずだ。
「かかれ!!」
黒いカーテンが晴れた頃、クロノドリアの号令で敵の第一陣が棘の城壁に突進してくる。
「あれは城壁が自動でなんとかしますので、バリスタを何とかしてください」
「わかったわ!」
私は、号令とともに一斉に発射されたバリスタの攻撃を、無詠唱の追憶魔法で消し飛ばす。そして防いだバリスタの座標を見つけ出し、その都度追憶魔法で消し飛ばしていく!
城壁の方に目をやると、城壁を登ろうとした低級悪魔達は、その全員が急に動き出した棘に突き刺され絶命していた。
なんともえげつない城壁だ。
接近した者を無条件に刺し殺すのか……おまけに植物だから火に弱いだろうと安易に考えた悪魔達の炎魔法にも耐えている。どこも欠損が発生していない。
流石はレシファーが自身をもって用意した城壁だ。
私は城壁の攻防を横目に、次々とバリスタを消し飛ばしていく。
「それにしても気持ち悪いわね」
「同感です。敵はほとんど動いていない。ずっと様子見の段階です。あのクロノドリアとかいう悪魔、結構慎重ですね」
そうなのだ。今壁に突撃しているのは、おそらく捨て駒の低級悪魔のみ。主力である中級、上級悪魔達はそろって傍観に徹している。
今は私達の手の内を観察しようということだろう。
「だったら、先に仕掛けさせて貰うわ!」
私は視線をクロノドリアに向ける。
「追憶魔法、対象者の時を戻せ!」
「アンチマジック、我を守護せよ!」
私の詠唱と同じタイミングで、クロノドリアも詠唱を完成させる。
そして私の追憶はクロノドリアに届かなかった。
「無駄だアレシア、アザゼル様はお前のその追憶魔法を警戒しておられた。そしてその座標を指定するタイプの魔法への対抗策として、私が選ばれたのだ!」
クロノドリアの言葉に嘘は無さそうだ。
おそらく直接作用する魔法に対してのみ有効な、アンチマジック。レシファーのように何かを生成して戦う魔法に対しては、一切効果がないが、私のような魔法には最高の対策となる。
どれだけ数がいても、指揮系統がしっかりしていなければ軍隊というのは意味を成さない。指揮系統を失った瞬間、数の優位は崩壊する。
それをアザゼルはわきまえている。
私がピンポイントで指揮官を消し飛ばすことを恐れたのだ。
「厄介極まるわね! だったら……」
点で合わせるとダメなら、線で合わせよう!
「追憶魔法、戦場に一筋の線を引け、その直線に追憶を!」
私の詠唱が終わった瞬間、青白い光がクロノドリアから後方に真っすぐ引かれる。
「何!?」
その様子からクロノドリアにとっては予想外だったようだ。
青白い光がより激しくなった時、クロノドリアの後方一列の悪魔達は全て消失した。
おそらく百体以上の悪魔は消し飛んだはずだ、クロノドリアを残して……
「なんでよ!」
私は動揺した。
今回はいけると思っていたのに……
「悪いが、この鎧はアザゼル様から頂いたもの。お前の追憶魔法は、点で合わせる時とそうでない時とで、魔法の強度が変わるとアザゼル様はおっしゃっていたが、事実だったみたいだな」
アザゼルの奴、意外にもしっかりと分析しているのね。
それであの鎧か。
最初に見た時におかしいとは思っていたんだ。
魔法が飛び交うこの戦場において、普通の鎧などほとんど意味をなさない。
ましてや相手は私とレシファーだ。
レシファーの魔法で生成された植物たちの攻撃は、鉄ぐらいバターの如く切り裂くし、私の魔法に至っては、防御力という概念が役に立たない。だからある程度特殊な鎧だろうとは思っていたけれど、ある程度どころじゃないわね。
「レシファーごめん。敵将を直接は無理みたい」
私はレシファーに謝罪をする。
可能なら敵の指揮官を叩こうという話をしていたので狙ってみたが、私への対策が万全だった。
「いえ。まあ当然対策を練って来るだろうとは思っていたので、仕方がないですね」
レシファーは涼しい顔でそう言うと、右手を前にかざす。
「命よ、我に従い、その名を示せ!」
お馴染みの攻防一体の魔法だ。
城壁の前に、頑丈な木の板で出来た防壁が地面から生え揃い、それと同じタイミングで木の槍が数百本敵の陣営に降り注ぐ。
「防衛部隊前へ!」
クロノドリアの号令で、敵の前列と後列が入れ替わり、魔力で強化された巨大な盾を両手で持った部隊が槍を防ぐ。
それでも数十体には突き刺さり、仕留めているが、その被害は最小限におさめている。
「意外にもちゃんと軍隊らしい動きをしてきますね」
レシファーは毒づく。
ここまでどちらかと言えばこちらが攻めているのだが、攻めきれない。
敵は、しっかりと対策を練って隊列を組んでいる。
あれを攻め抜くのは容易ではない。
「そうね。相手もそろそろ動く頃じゃないかしら?」
こちらの手の内はある程度見切ったはず。動くとしたらこのタイミングだろう。
私は注意深く、アギオンの軍勢を見渡す。
今のところ動きは無さそうだが……
「魔力反応!」
不意にレシファーの声が響く。
彼女の言う通り、敵陣の後方で強大な魔力が集まっている。
悪魔百体ほどから、空中に向けて魔力を集めている。
集まった魔力はドンドン肥大化し、やがて大きな金色に輝くゲートが出現する。
悪魔達の上空に現れたゲートは円形で、ここからでもその大きさが際立って見える。正確な大きさは分からないが、城一つぐらいなら簡単に飲み込みそうだ。
「レシファー。どう思う?」
私は隣で固まっているレシファーに話を振る。
あんなもの見たことがない。
「え……は、はい! 何かが出てくる気配はあります」
「つまり召喚ってこと?」
「おそらく」
私達は揃って敵陣の上空を見上げる。
金色に輝くゲートはゆっくりと回転し、内臓を抉るような重たい音をたてて開いていく。
「一体何が出てくる?」
まずゲートから出てきたのは何かの頭。
黒い鱗に覆われた頭には八つの眼が並び、剣のように鋭い鼻は角のように前方に突き出され、開かれた口だけでエムレオスの建物一つぐらいなら丸呑み出来そうでもある。
頭に続いて上半身がゲートから現れる。
背中には巨大な蝙蝠のような翼が六つ生え、その背中が生えている胴体には頭同様に黒い鱗がびっしりと覆っている。その胴体は太く、並大抵の攻撃ではビクともしなさそうだ。
そして最後に足と長い尻尾がゲートから出てくる。
足は思いのほか細く、弱弱しい。
おそらく空中に特化しているため退化したのだろう。
そんな脚部とは対照的に、尻尾は太く長い。さらに先端には紫色に輝く棘がついており、その棘はレシファーの城壁の棘の二倍ほどの長さと太さをしている。
その化け物がこの戦場に顕現した時、時空が歪み、役目を終えた金色のゲートは消え去っていく。
「あれって……」
「分かりません、ただ規格外の化け物としか……」
私達は宙に佇む化け物を見て体が竦む。
キテラの結界の中で龍と対峙したことはあったが、そんなのとは比較にならない存在感だ。
その大きさもそうだし、あの化け物が周囲に放つ魔力の質は、通常のそれとはほど遠い濃さだ。あんな魔力を全身から放っている生物を今まで見たことがない。
「どうします?」
「どうしようかしら?」
私達はお互いの顔を見て苦笑いする。
どうしていいか皆目見当がつかないのだ。
「来ますよ!」
レシファーの切羽詰まった声に、私は体に力を入れる。
本当の化け物はその咆哮だけで魂を持っていく!!
私とレシファーが全身を魔力で覆った瞬間、この世のものとは思えないほどの声量で、化け物の嵐のような咆哮が放たれた!!
意外とレシファーは冷静だった。
まあ分かっていたことではあるけれど……さっきの様子見は、このためのもの。相手は六千体の軍勢、遠距離魔法が得意な悪魔だって当然相当数いるはずだ。
「かかれ!!」
黒いカーテンが晴れた頃、クロノドリアの号令で敵の第一陣が棘の城壁に突進してくる。
「あれは城壁が自動でなんとかしますので、バリスタを何とかしてください」
「わかったわ!」
私は、号令とともに一斉に発射されたバリスタの攻撃を、無詠唱の追憶魔法で消し飛ばす。そして防いだバリスタの座標を見つけ出し、その都度追憶魔法で消し飛ばしていく!
城壁の方に目をやると、城壁を登ろうとした低級悪魔達は、その全員が急に動き出した棘に突き刺され絶命していた。
なんともえげつない城壁だ。
接近した者を無条件に刺し殺すのか……おまけに植物だから火に弱いだろうと安易に考えた悪魔達の炎魔法にも耐えている。どこも欠損が発生していない。
流石はレシファーが自身をもって用意した城壁だ。
私は城壁の攻防を横目に、次々とバリスタを消し飛ばしていく。
「それにしても気持ち悪いわね」
「同感です。敵はほとんど動いていない。ずっと様子見の段階です。あのクロノドリアとかいう悪魔、結構慎重ですね」
そうなのだ。今壁に突撃しているのは、おそらく捨て駒の低級悪魔のみ。主力である中級、上級悪魔達はそろって傍観に徹している。
今は私達の手の内を観察しようということだろう。
「だったら、先に仕掛けさせて貰うわ!」
私は視線をクロノドリアに向ける。
「追憶魔法、対象者の時を戻せ!」
「アンチマジック、我を守護せよ!」
私の詠唱と同じタイミングで、クロノドリアも詠唱を完成させる。
そして私の追憶はクロノドリアに届かなかった。
「無駄だアレシア、アザゼル様はお前のその追憶魔法を警戒しておられた。そしてその座標を指定するタイプの魔法への対抗策として、私が選ばれたのだ!」
クロノドリアの言葉に嘘は無さそうだ。
おそらく直接作用する魔法に対してのみ有効な、アンチマジック。レシファーのように何かを生成して戦う魔法に対しては、一切効果がないが、私のような魔法には最高の対策となる。
どれだけ数がいても、指揮系統がしっかりしていなければ軍隊というのは意味を成さない。指揮系統を失った瞬間、数の優位は崩壊する。
それをアザゼルはわきまえている。
私がピンポイントで指揮官を消し飛ばすことを恐れたのだ。
「厄介極まるわね! だったら……」
点で合わせるとダメなら、線で合わせよう!
「追憶魔法、戦場に一筋の線を引け、その直線に追憶を!」
私の詠唱が終わった瞬間、青白い光がクロノドリアから後方に真っすぐ引かれる。
「何!?」
その様子からクロノドリアにとっては予想外だったようだ。
青白い光がより激しくなった時、クロノドリアの後方一列の悪魔達は全て消失した。
おそらく百体以上の悪魔は消し飛んだはずだ、クロノドリアを残して……
「なんでよ!」
私は動揺した。
今回はいけると思っていたのに……
「悪いが、この鎧はアザゼル様から頂いたもの。お前の追憶魔法は、点で合わせる時とそうでない時とで、魔法の強度が変わるとアザゼル様はおっしゃっていたが、事実だったみたいだな」
アザゼルの奴、意外にもしっかりと分析しているのね。
それであの鎧か。
最初に見た時におかしいとは思っていたんだ。
魔法が飛び交うこの戦場において、普通の鎧などほとんど意味をなさない。
ましてや相手は私とレシファーだ。
レシファーの魔法で生成された植物たちの攻撃は、鉄ぐらいバターの如く切り裂くし、私の魔法に至っては、防御力という概念が役に立たない。だからある程度特殊な鎧だろうとは思っていたけれど、ある程度どころじゃないわね。
「レシファーごめん。敵将を直接は無理みたい」
私はレシファーに謝罪をする。
可能なら敵の指揮官を叩こうという話をしていたので狙ってみたが、私への対策が万全だった。
「いえ。まあ当然対策を練って来るだろうとは思っていたので、仕方がないですね」
レシファーは涼しい顔でそう言うと、右手を前にかざす。
「命よ、我に従い、その名を示せ!」
お馴染みの攻防一体の魔法だ。
城壁の前に、頑丈な木の板で出来た防壁が地面から生え揃い、それと同じタイミングで木の槍が数百本敵の陣営に降り注ぐ。
「防衛部隊前へ!」
クロノドリアの号令で、敵の前列と後列が入れ替わり、魔力で強化された巨大な盾を両手で持った部隊が槍を防ぐ。
それでも数十体には突き刺さり、仕留めているが、その被害は最小限におさめている。
「意外にもちゃんと軍隊らしい動きをしてきますね」
レシファーは毒づく。
ここまでどちらかと言えばこちらが攻めているのだが、攻めきれない。
敵は、しっかりと対策を練って隊列を組んでいる。
あれを攻め抜くのは容易ではない。
「そうね。相手もそろそろ動く頃じゃないかしら?」
こちらの手の内はある程度見切ったはず。動くとしたらこのタイミングだろう。
私は注意深く、アギオンの軍勢を見渡す。
今のところ動きは無さそうだが……
「魔力反応!」
不意にレシファーの声が響く。
彼女の言う通り、敵陣の後方で強大な魔力が集まっている。
悪魔百体ほどから、空中に向けて魔力を集めている。
集まった魔力はドンドン肥大化し、やがて大きな金色に輝くゲートが出現する。
悪魔達の上空に現れたゲートは円形で、ここからでもその大きさが際立って見える。正確な大きさは分からないが、城一つぐらいなら簡単に飲み込みそうだ。
「レシファー。どう思う?」
私は隣で固まっているレシファーに話を振る。
あんなもの見たことがない。
「え……は、はい! 何かが出てくる気配はあります」
「つまり召喚ってこと?」
「おそらく」
私達は揃って敵陣の上空を見上げる。
金色に輝くゲートはゆっくりと回転し、内臓を抉るような重たい音をたてて開いていく。
「一体何が出てくる?」
まずゲートから出てきたのは何かの頭。
黒い鱗に覆われた頭には八つの眼が並び、剣のように鋭い鼻は角のように前方に突き出され、開かれた口だけでエムレオスの建物一つぐらいなら丸呑み出来そうでもある。
頭に続いて上半身がゲートから現れる。
背中には巨大な蝙蝠のような翼が六つ生え、その背中が生えている胴体には頭同様に黒い鱗がびっしりと覆っている。その胴体は太く、並大抵の攻撃ではビクともしなさそうだ。
そして最後に足と長い尻尾がゲートから出てくる。
足は思いのほか細く、弱弱しい。
おそらく空中に特化しているため退化したのだろう。
そんな脚部とは対照的に、尻尾は太く長い。さらに先端には紫色に輝く棘がついており、その棘はレシファーの城壁の棘の二倍ほどの長さと太さをしている。
その化け物がこの戦場に顕現した時、時空が歪み、役目を終えた金色のゲートは消え去っていく。
「あれって……」
「分かりません、ただ規格外の化け物としか……」
私達は宙に佇む化け物を見て体が竦む。
キテラの結界の中で龍と対峙したことはあったが、そんなのとは比較にならない存在感だ。
その大きさもそうだし、あの化け物が周囲に放つ魔力の質は、通常のそれとはほど遠い濃さだ。あんな魔力を全身から放っている生物を今まで見たことがない。
「どうします?」
「どうしようかしら?」
私達はお互いの顔を見て苦笑いする。
どうしていいか皆目見当がつかないのだ。
「来ますよ!」
レシファーの切羽詰まった声に、私は体に力を入れる。
本当の化け物はその咆哮だけで魂を持っていく!!
私とレシファーが全身を魔力で覆った瞬間、この世のものとは思えないほどの声量で、化け物の嵐のような咆哮が放たれた!!