残酷な描写あり
魔女と帰り道
僕は電車に揺られる。
デートからの帰り道、もう何駅かで自宅近くの駅に着くなと思いながら揺られる。
ふと窓ガラスを見ると僕の顔に重なるように白髪男の顔も映る。
ハッとなったときには、そこに映る顔は僕のものだけになっていた。
少し硬い聞き慣れない音が僕へと近づく。
てっきりまた『彼』が出たのだとばかり思っていたら、目の前にはちづらが居た。
おどろいて「なんで居るの!?」と言葉が出た。
「実は君をストーカーしていたのだよ……なんてね。それは冗談で、ここに来れば彼に会えるのかなって思って」
まぁ見当はずれだったみたいだけどね、と彼女は淋しく笑っていた。
彼女は続けて僕に隣に座っても良いかな?と尋ね、どうぞと彼女を促した。
「今日はついでに昔話の続きでもしようかなって思って、ここで話すよりインディゴに行こうか」
彼女がそう言うと、電車は止まった。
彼女と一緒に降りる、そこは病院に一番近い駅だから。
彼女本人から「病院に近づくな」と言われたのに、彼女自身に連れられて病院へ向かっている。
「病院には近づくなって言ってたのに、なんでそこに連れて行くの?」
彼女の背中に疑問をぶつけた。
「まぁ、ホントは近づいて欲しくはないんだけどね。でも、行けばわかるかなって」
行けばわかる……、行って何があるっていうんだ。
僕らはそれ以上に会話せずに、インディゴに向かって足音だけを立てながら歩く。
さわさわと風が吹くと、田んぼに刺さる青い葉と森の葉たちの踊る音だけが追いかけてくる。
僕らの影が僕らの後ろから、僕らより先を進みだした頃インディゴに着いた。
何も言わずに病院のロビーを抜けて、いつもの部屋の前まで来た。
「さぁ、中で話そうか」
彼女に促されて中に入る。
彼女と奥へと歩くと、扉が閉まる。
「もう、いいぞ。出て来いよ、キルス」
彼女は僕に向かって誰かの名前を呼ぶ。
「キルスってなに?誰かほかにも居るの?」
そう狼狽える。
「私の目を欺けると思ったのか?それが一番通用しないこともよくわかってるでしょ」
僕は……、私はため息を吐いた。
「はぁ……」
ため息を一つ吐くと、姿が僕のものとは違うものになった感覚に襲われた。
「やはりここなら、あなたに会えるのね……」
彼女は目を潤ませる。
その瞳に映るのは間違いなく、あの白髪男。
見ているのは、自分の目なのに、なぜ?
「あれからどこに行っていたのよ、探したのよ……」
「私は、あなたの夢を叶える為にずっと世界を渡っていたんだ」
「私にとってはあなたさえ、傍に居てくれればそれでよかったのに……」
彼女の瞳から涙が、零れ落ちる。
僕の目の前で、僕のために流す涙は、僕に向けられたものではない。
「あなたの為に、僕は生きてたんだ!!」
僕の心は少し冷めた様に彼女に言い放った。
「私はそんなの望んでなかったよ、ただ苦しくても死ぬまであなたと居たかった。それだけだったの」
「あなたのあんな苦しむ姿を見て、僕がどれだけ無力な気持ちになったのかわからないだろ。僕の気持ちもわかってはくれなかっただろ」
今度は少し泣きそうな声で、彼女に返す。
「私は見つけたんだ、やっとこれからあなたの願いを叶えられる」
僕は彼女から少し距離を取った。
「私はもういいの、死んでまであなたに叶えてもらいたい願いなんてないの」
僕の手に現れた大剣は彼女めがけて突き進む。
僕が手に持つ分厚く大きな剣は彼女のお腹をじっくりと、手に感触を残しながら進んでいく。
腹を貫く際の小さな抵抗と貫き始めてから肉をかき分けるような感触、腸やその他臓器に触れたような些細な感触の変化を感じつつそのままの勢いで背骨までを貫くと、また小さな抵抗のあと皮を破るような音と共に抵抗がちょっとだけ軽くなった感触が手に伝わる。
「うぇ......おえぇぇ......」
びしゃ、びちゃびちゃっ......
口から少し酸っぱい匂いのするものが落ちていくと同時に赤い液体が跳ねて足元に散らばる。
彼女の体を通して剣から伝わってくる、感触に思わず吐いてしまった。
目の前の彼女の体を貫く感触は、あたかも自分の手を彼女の体に突っ込んで弄って《まさぐって》いるかのようなリアルな感触。
その感覚に怖気が走った。
視線を落とすが、否が応でもその大きな剣が目に入る。
ポタポタと手を伝う、血の感触に雨や水を浴びた時とは違う滑りを感じる。
今まで感じたことのない感触に違和感だけを覚えながら、それを見ないフリをした。
「ゴホッ」
彼女が咳き込むとその口元から少し黒くなった液体がびちゃびちゃと音を立ててこぼれ落ちる。
「これでもまだ......足りない......」
目の前には分厚く大きな剣で貫かれている彼女だけ。
口からゴボゴボっと血を吐きながらも彼女は、それでも余裕な顔で笑っていた。
その顔と瞳にほんの一瞬見惚れるも、僕は少し力を込めて、剣をさらに押し込む。
「私を殺すにはまだ、こんなんじゃ足りないよぉ」
ぴたぴたと口から滴る血が小さな池に落とし続けている。
まるで湖が広がってるのかのように、そこには自分の姿が映っている。
湖を広げるように、なおも血を口から吐き出し続けている。
僕は彼女を貫いている、剣と腕が繋がって延長線にあるかの様に感じつつ大剣の握りに更に力を込めた。
「「もうこんなことしたくない......」」
思わず僕の口から言葉が漏れてしまった。
彼女の気持ちを考えるとこんな情けない言葉を出すつもりはなかったのに、思わず漏れ出てしまった。
持ち手に力を加えるほど彼女の血で滑り、手は赤黒くドロドロになっていく。
おおよそ人ひとり分以上の血は既に流れているだろう。
キュキュッ――
彼女の血で今度は足が滑る。
一瞬靴の跡が出来るがまた血溜まりに戻っていく。
目の前の彼女は僕の握る大剣に貫かれたまま、全くその場から動いてはいない。
それなのに僕は後ろへとジリジリと押し戻される。
後ろへとジリジリと押し戻されるに合わせて、ちょっとずつ大剣も押し戻されている感触と、強く握り込んだ手のひらの皮が引っ張られる。
ギリッ、、、
歯を食いしばり、足と腕に血管が浮き出るほどの力を入れる。
足元まで広がった血溜まりは僕の足を掬い取っていくように纏わりついて気持ち悪い。
僕の足を引っぱるかのように、後ろへと押し流すように足に血が押し寄せる。
足にまとわりつく血溜まりの感触で背筋がゾッとする気持ち悪さを感じるが、歯を食いしばることでなんとか押さえつけると、一歩前に進む。
ふっ、と一瞬手から力が抜けた。
その瞬間吹き飛ばされたかと思うほどの衝撃に襲われ、尻餅をついた。
僕の手が離れた彼女に突き刺さったままの剣が、ジリジリと僕の方に引き抜かれていく。
なんの力もかかっていないはずなのに、本当にゆっくりと抜けていく。
その光景に目を疑いながら、何も考えられないでいた。
「ぐふっ、がはっ、がはっ」
その剣の動きに合わせるように彼女がむせると、その振動が切り口に伝ったのかドロっと赤黒い液体が剣と体の裂け目から漏れて、血溜まりを深くする。
さっきまで掴んでいた握りから滴る血を、呆然とただただ眺めていることしかできなかった。
ぽちゃん――
剣から滴り落ちたものが血だまりにぶつかり、その音が聞こえた気がした。
その音に彼女のため息が被る。
「はぁ」
徐に《おもむろに》ため息をついたかと思ったら、さっきまで動かずにじっとしていたはずの彼女は手をその突き刺さったままの剣へと伸ばすと......
一気に引き抜いた――
「カハッ、なかなか良い一歩だったけど残念。時間切れだね......」
尻餅をついたままの僕へ笑いかけると周囲の血溜まりや彼女にあったはずの傷どころか服へのダメージでさえ無くなっていた。
あと一歩未満の距離なのに、その為の一歩は僕にはまだまだ遠かった。
彼女の以前言っていた、「死ねない――」という言葉を正しく理解した気がした。
デートからの帰り道、もう何駅かで自宅近くの駅に着くなと思いながら揺られる。
ふと窓ガラスを見ると僕の顔に重なるように白髪男の顔も映る。
ハッとなったときには、そこに映る顔は僕のものだけになっていた。
少し硬い聞き慣れない音が僕へと近づく。
てっきりまた『彼』が出たのだとばかり思っていたら、目の前にはちづらが居た。
おどろいて「なんで居るの!?」と言葉が出た。
「実は君をストーカーしていたのだよ……なんてね。それは冗談で、ここに来れば彼に会えるのかなって思って」
まぁ見当はずれだったみたいだけどね、と彼女は淋しく笑っていた。
彼女は続けて僕に隣に座っても良いかな?と尋ね、どうぞと彼女を促した。
「今日はついでに昔話の続きでもしようかなって思って、ここで話すよりインディゴに行こうか」
彼女がそう言うと、電車は止まった。
彼女と一緒に降りる、そこは病院に一番近い駅だから。
彼女本人から「病院に近づくな」と言われたのに、彼女自身に連れられて病院へ向かっている。
「病院には近づくなって言ってたのに、なんでそこに連れて行くの?」
彼女の背中に疑問をぶつけた。
「まぁ、ホントは近づいて欲しくはないんだけどね。でも、行けばわかるかなって」
行けばわかる……、行って何があるっていうんだ。
僕らはそれ以上に会話せずに、インディゴに向かって足音だけを立てながら歩く。
さわさわと風が吹くと、田んぼに刺さる青い葉と森の葉たちの踊る音だけが追いかけてくる。
僕らの影が僕らの後ろから、僕らより先を進みだした頃インディゴに着いた。
何も言わずに病院のロビーを抜けて、いつもの部屋の前まで来た。
「さぁ、中で話そうか」
彼女に促されて中に入る。
彼女と奥へと歩くと、扉が閉まる。
「もう、いいぞ。出て来いよ、キルス」
彼女は僕に向かって誰かの名前を呼ぶ。
「キルスってなに?誰かほかにも居るの?」
そう狼狽える。
「私の目を欺けると思ったのか?それが一番通用しないこともよくわかってるでしょ」
僕は……、私はため息を吐いた。
「はぁ……」
ため息を一つ吐くと、姿が僕のものとは違うものになった感覚に襲われた。
「やはりここなら、あなたに会えるのね……」
彼女は目を潤ませる。
その瞳に映るのは間違いなく、あの白髪男。
見ているのは、自分の目なのに、なぜ?
「あれからどこに行っていたのよ、探したのよ……」
「私は、あなたの夢を叶える為にずっと世界を渡っていたんだ」
「私にとってはあなたさえ、傍に居てくれればそれでよかったのに……」
彼女の瞳から涙が、零れ落ちる。
僕の目の前で、僕のために流す涙は、僕に向けられたものではない。
「あなたの為に、僕は生きてたんだ!!」
僕の心は少し冷めた様に彼女に言い放った。
「私はそんなの望んでなかったよ、ただ苦しくても死ぬまであなたと居たかった。それだけだったの」
「あなたのあんな苦しむ姿を見て、僕がどれだけ無力な気持ちになったのかわからないだろ。僕の気持ちもわかってはくれなかっただろ」
今度は少し泣きそうな声で、彼女に返す。
「私は見つけたんだ、やっとこれからあなたの願いを叶えられる」
僕は彼女から少し距離を取った。
「私はもういいの、死んでまであなたに叶えてもらいたい願いなんてないの」
僕の手に現れた大剣は彼女めがけて突き進む。
僕が手に持つ分厚く大きな剣は彼女のお腹をじっくりと、手に感触を残しながら進んでいく。
腹を貫く際の小さな抵抗と貫き始めてから肉をかき分けるような感触、腸やその他臓器に触れたような些細な感触の変化を感じつつそのままの勢いで背骨までを貫くと、また小さな抵抗のあと皮を破るような音と共に抵抗がちょっとだけ軽くなった感触が手に伝わる。
「うぇ......おえぇぇ......」
びしゃ、びちゃびちゃっ......
口から少し酸っぱい匂いのするものが落ちていくと同時に赤い液体が跳ねて足元に散らばる。
彼女の体を通して剣から伝わってくる、感触に思わず吐いてしまった。
目の前の彼女の体を貫く感触は、あたかも自分の手を彼女の体に突っ込んで弄って《まさぐって》いるかのようなリアルな感触。
その感覚に怖気が走った。
視線を落とすが、否が応でもその大きな剣が目に入る。
ポタポタと手を伝う、血の感触に雨や水を浴びた時とは違う滑りを感じる。
今まで感じたことのない感触に違和感だけを覚えながら、それを見ないフリをした。
「ゴホッ」
彼女が咳き込むとその口元から少し黒くなった液体がびちゃびちゃと音を立ててこぼれ落ちる。
「これでもまだ......足りない......」
目の前には分厚く大きな剣で貫かれている彼女だけ。
口からゴボゴボっと血を吐きながらも彼女は、それでも余裕な顔で笑っていた。
その顔と瞳にほんの一瞬見惚れるも、僕は少し力を込めて、剣をさらに押し込む。
「私を殺すにはまだ、こんなんじゃ足りないよぉ」
ぴたぴたと口から滴る血が小さな池に落とし続けている。
まるで湖が広がってるのかのように、そこには自分の姿が映っている。
湖を広げるように、なおも血を口から吐き出し続けている。
僕は彼女を貫いている、剣と腕が繋がって延長線にあるかの様に感じつつ大剣の握りに更に力を込めた。
「「もうこんなことしたくない......」」
思わず僕の口から言葉が漏れてしまった。
彼女の気持ちを考えるとこんな情けない言葉を出すつもりはなかったのに、思わず漏れ出てしまった。
持ち手に力を加えるほど彼女の血で滑り、手は赤黒くドロドロになっていく。
おおよそ人ひとり分以上の血は既に流れているだろう。
キュキュッ――
彼女の血で今度は足が滑る。
一瞬靴の跡が出来るがまた血溜まりに戻っていく。
目の前の彼女は僕の握る大剣に貫かれたまま、全くその場から動いてはいない。
それなのに僕は後ろへとジリジリと押し戻される。
後ろへとジリジリと押し戻されるに合わせて、ちょっとずつ大剣も押し戻されている感触と、強く握り込んだ手のひらの皮が引っ張られる。
ギリッ、、、
歯を食いしばり、足と腕に血管が浮き出るほどの力を入れる。
足元まで広がった血溜まりは僕の足を掬い取っていくように纏わりついて気持ち悪い。
僕の足を引っぱるかのように、後ろへと押し流すように足に血が押し寄せる。
足にまとわりつく血溜まりの感触で背筋がゾッとする気持ち悪さを感じるが、歯を食いしばることでなんとか押さえつけると、一歩前に進む。
ふっ、と一瞬手から力が抜けた。
その瞬間吹き飛ばされたかと思うほどの衝撃に襲われ、尻餅をついた。
僕の手が離れた彼女に突き刺さったままの剣が、ジリジリと僕の方に引き抜かれていく。
なんの力もかかっていないはずなのに、本当にゆっくりと抜けていく。
その光景に目を疑いながら、何も考えられないでいた。
「ぐふっ、がはっ、がはっ」
その剣の動きに合わせるように彼女がむせると、その振動が切り口に伝ったのかドロっと赤黒い液体が剣と体の裂け目から漏れて、血溜まりを深くする。
さっきまで掴んでいた握りから滴る血を、呆然とただただ眺めていることしかできなかった。
ぽちゃん――
剣から滴り落ちたものが血だまりにぶつかり、その音が聞こえた気がした。
その音に彼女のため息が被る。
「はぁ」
徐に《おもむろに》ため息をついたかと思ったら、さっきまで動かずにじっとしていたはずの彼女は手をその突き刺さったままの剣へと伸ばすと......
一気に引き抜いた――
「カハッ、なかなか良い一歩だったけど残念。時間切れだね......」
尻餅をついたままの僕へ笑いかけると周囲の血溜まりや彼女にあったはずの傷どころか服へのダメージでさえ無くなっていた。
あと一歩未満の距離なのに、その為の一歩は僕にはまだまだ遠かった。
彼女の以前言っていた、「死ねない――」という言葉を正しく理解した気がした。