残酷な描写あり
第4回 虎の約束 狼の誓い:3-1
「文字通り人間の言葉が通じるってだけでもこの際ありがたいや。……あ、ここにいていいかな?」
「……うん」
ジョイドはセディカのそばまで来て、許可を得てから座り込んだ。妖怪なのだ、と思うと掌が汗ばむようではあるけれど、昨夜あの集まりから、先ほど猛獣の前から、逃してくれたときのことを努めて考えるようにする。
「首領って……知り合いなの? それとも、近くに来ればわかるものなの?」
「顔を合わせたことはあるのよ。前にもこの山は通ったことがあるから、そのときにね。俺はそれだけだけど、……トシュもそれだけだけど、トシュの父親がね、一時期友達付き合いをしてたっぽくて」
だからこの山は安全に通れると思ってたんだけどねえ、とセディカに向けて話しながらも、ジョイドの目はトシュが出ていった戸に、もしくは覗き窓に注がれている。
「ここからでも聞こえるの?」
「うん」
ジョイドは唇に人さし指を当て、セディカは口を噤んだ。聞こえるといっても、横で別の声が喋っていては聞き取りづらいだろう。
それからしばらくセディカは落ち着かない時間を過ごしたが、危ないことにはなっていないようだ、とはジョイドを見ていれば察せられた。目を円くしたときにはどきりとしたけれども、その後は明るい顔になったから、何があったにせよ結果的には丸く収まったらしい。
それからふと、セディカを見返る。
「あちらさんの顔ぐらい、ちょっと見ておく? 幾ら無事に片づきましたよって言われても、見えないところで全部終わられちゃうのはなんだろうし」
「……出て、いいのね?」
首飾りを指さして確認してから、セディカはその外へ踏み出して、怖々ながらも窓から首領とやらの様子を窺った。髭面は山賊のようだけれども、着ている服は大分高位の武官のもので、木の精たちのものとは違い、色は派手だがデザインは正しい。後ろの二人は何だろう、従者にしては態度が大きいようだが。
「何しに、来たの。あの人たち」
ジョイドの方で沈黙を破ったのだから、もう話しかけてもよいのだろう。
「昨日今日と暴れたから、流石に様子を見に来たみたいね。事情を話したらわかってくれたっぽいけど」
大分ざっくりとジョイドは掻い摘んだ。
覗いていることを悟られそうな気がして、セディカは早々に頭を引っ込めた。輪の中に戻れとは急き立てられなかったが、再び元の位置に座す。
それからトシュが戻ってくるまでにはもう少し間があった。一度外が騒がしくなりかけたように感じたけれど、ジョイドは眉を寄せたものの出ていこうとはしなかった。何か揉めたのかもしれないが、大事にはならなかったのだろう。
済んだみたいね、とようやくジョイドが呟いた後で、ややあってトシュが戸を開けた。浮かない——というのでもないが、何か引っかかりがあるような顔をしていることに、内心困惑する。満足でも不満でも、憤怒でも危惧でもない、これは——どうしたのだろう。
「つけ直すんだね。バンダナ」
「うん?」
「いや、どうでもいいんだけど。今の俺らって多分、やることなすこと意味ありげに見えると思うのよ。首領さんの前じゃ失礼だと思ったの?」
「まあ、うん、それはそんなとこだ」
ジョイドがそんなことを言ったのはセディカの視点に立ったつもりだろうが、セディカはそもそもトシュがバンダナを外していたことに気づいていなかったから、いらぬ混乱を招かれただけであった。
「……聞いてたか?」
「うん。お疲れ」
相棒のねぎらいにも特に慰められぬ様子で、床の上に腰を下ろしたトシュは——頭を抱えた。
「な、何なの?」
「今になって照れくさくなってきた?」
「照れくさく……?」
「あー……」
しばし呻いてから、傾いた姿勢のまま視線をよこす。
「流れで、この山にいる間はおまえを守るっつう誓いを立てちまった」
「え?」
予想外の告白にセディカは動揺した。
「……うん」
ジョイドはセディカのそばまで来て、許可を得てから座り込んだ。妖怪なのだ、と思うと掌が汗ばむようではあるけれど、昨夜あの集まりから、先ほど猛獣の前から、逃してくれたときのことを努めて考えるようにする。
「首領って……知り合いなの? それとも、近くに来ればわかるものなの?」
「顔を合わせたことはあるのよ。前にもこの山は通ったことがあるから、そのときにね。俺はそれだけだけど、……トシュもそれだけだけど、トシュの父親がね、一時期友達付き合いをしてたっぽくて」
だからこの山は安全に通れると思ってたんだけどねえ、とセディカに向けて話しながらも、ジョイドの目はトシュが出ていった戸に、もしくは覗き窓に注がれている。
「ここからでも聞こえるの?」
「うん」
ジョイドは唇に人さし指を当て、セディカは口を噤んだ。聞こえるといっても、横で別の声が喋っていては聞き取りづらいだろう。
それからしばらくセディカは落ち着かない時間を過ごしたが、危ないことにはなっていないようだ、とはジョイドを見ていれば察せられた。目を円くしたときにはどきりとしたけれども、その後は明るい顔になったから、何があったにせよ結果的には丸く収まったらしい。
それからふと、セディカを見返る。
「あちらさんの顔ぐらい、ちょっと見ておく? 幾ら無事に片づきましたよって言われても、見えないところで全部終わられちゃうのはなんだろうし」
「……出て、いいのね?」
首飾りを指さして確認してから、セディカはその外へ踏み出して、怖々ながらも窓から首領とやらの様子を窺った。髭面は山賊のようだけれども、着ている服は大分高位の武官のもので、木の精たちのものとは違い、色は派手だがデザインは正しい。後ろの二人は何だろう、従者にしては態度が大きいようだが。
「何しに、来たの。あの人たち」
ジョイドの方で沈黙を破ったのだから、もう話しかけてもよいのだろう。
「昨日今日と暴れたから、流石に様子を見に来たみたいね。事情を話したらわかってくれたっぽいけど」
大分ざっくりとジョイドは掻い摘んだ。
覗いていることを悟られそうな気がして、セディカは早々に頭を引っ込めた。輪の中に戻れとは急き立てられなかったが、再び元の位置に座す。
それからトシュが戻ってくるまでにはもう少し間があった。一度外が騒がしくなりかけたように感じたけれど、ジョイドは眉を寄せたものの出ていこうとはしなかった。何か揉めたのかもしれないが、大事にはならなかったのだろう。
済んだみたいね、とようやくジョイドが呟いた後で、ややあってトシュが戸を開けた。浮かない——というのでもないが、何か引っかかりがあるような顔をしていることに、内心困惑する。満足でも不満でも、憤怒でも危惧でもない、これは——どうしたのだろう。
「つけ直すんだね。バンダナ」
「うん?」
「いや、どうでもいいんだけど。今の俺らって多分、やることなすこと意味ありげに見えると思うのよ。首領さんの前じゃ失礼だと思ったの?」
「まあ、うん、それはそんなとこだ」
ジョイドがそんなことを言ったのはセディカの視点に立ったつもりだろうが、セディカはそもそもトシュがバンダナを外していたことに気づいていなかったから、いらぬ混乱を招かれただけであった。
「……聞いてたか?」
「うん。お疲れ」
相棒のねぎらいにも特に慰められぬ様子で、床の上に腰を下ろしたトシュは——頭を抱えた。
「な、何なの?」
「今になって照れくさくなってきた?」
「照れくさく……?」
「あー……」
しばし呻いてから、傾いた姿勢のまま視線をよこす。
「流れで、この山にいる間はおまえを守るっつう誓いを立てちまった」
「え?」
予想外の告白にセディカは動揺した。