残酷な描写あり
第4回 虎の約束 狼の誓い:3-2
「誓い?」
「拡大解釈すんなよ? 表面的な意味以外に何の含みもねえからな」
「強いて言えば、『おまえには関係ない』で手出しを禁じられた場合の予防線だね。あれを本気でやられると俺らは弱いから」
なるほど、トシュともジョイドとも、セディカは何の関係もない。セディカ自身がずっと気にしているように。
「にしても本当に逆鱗なんだねえ」
「言うなよ。わかってるよ。啖呵で立てるようなもんじゃねえんだよ、誓いなんて」
「……そんなに落ち込まなくても」
セディカは呟いた。誓いと聞いて感動したり感激したり舞い上がったりしたわけではないけれど。というより、トシュがこのありさまだからそんな隙もなかったけれど。そんなにも、落ち込むというか、不本意そうにすることはないではないか。
「いや、やることは変わんねえし、どうせ守るなら誓っても同じなんだけどな」
トシュが座り直して溜め息を吐く。それをやめろって言ってんのよ、とジョイドが腰に手を当てた。
「まあ、プロポーズなら場所と台詞とムードを選びたかったみたいな話よね」
「〈誓約〉の意義を知らんやつの前でプロポーズに譬えんな」
「〈誓約〉の意義を知ってる俺が言ってんのよ。君が受けてるダメージはつまりそういうことでしょ」
ぎろりとトシュはジョイドを睨んだが、口では言い返さなかった。言い返せなかった、のかもしれない。
「あ、セディ、もういいよ、その中にいなくても。こいつが話つけてくれたから、この山にいる間は大丈夫」
「あ……はい」
首飾りを返せという意味でもあるだろうと、セディカは急いで立ち上がった。ジョイドが拾い上げた首飾りの紐は、するすると元の長さに縮まる。
「で、だからもうこの小屋の中にだっていなくていいんだけど。流石に俺も気を張ってたからなあ、もうちょっと休ませてもらおうかな」
「わたしは全然いいけど」
急ぐ理由もないし、急がせられる立場でもない。
早速座って足を伸ばしたジョイドは、佇んだままのセディカを見上げた。どうしたの、と目が問うていて、少女はしばし言葉を探してから、
「あの……ありがとう」
諦めて、一番単純な形で謝意を口にした。
純粋な感謝とも言えなかっただろう。また——だ。
「そんなの、こいつが失礼な態度取ったのでチャラよチャラ」
「誓いの中身には文句つけてねえだろ」
顎をしゃくるジョイドに抗議してから、トシュは指を鳴らした。
「だったら、礼代わりに一曲弾いてくれねえか」
「え?」
ぽかんとして訊き返す。自分に向けられるにしてはあまりにも似合わない要望で、しばし本気で何のことかわからなかった。
「あ、いいね。破魔三味でしょ」
「……聴きたいんだったら弾くけど、……大丈夫なの?」
「別に妖怪を無条件で退治するわけじゃないよ」
確かに、トシュは破魔三味に合わせて演武を披露したのだし、ジョイドもその横で手拍子を打っていた。
「〈四三二の獅子〉か、獅子じゃなくても……まあ、任せるわ。俺よりおまえの方が詳しいだろ」
昨夜のように、トシュは髪の毛を三味と撥に変えた。弦を調節しながら、守ると誓った発言を聞いたときよりも、よほどセディカはどぎまぎしていた。一度聴いて腕前を知った上で、所望されるとは思ってもみなかったので。
続きは後だ、と言われたことは覚えていたけれど、では続きを話そうとそのことを持ち出す気にはなれなかった。本音を言えば、目を背けたかった。妖怪だから——何なのだ。頼もしい親切な二人組、でよいではないか。
ベン、と鳴らした最初の音は緊張ゆえか少し外れて、出だしは安定しなかったものの、程なく立て直して先を続けることができた。満足そうに聴いているトシュも、穏やかに微笑んでいるジョイドも、恐れなければならない相手には、どうにも、見えなかった。
「拡大解釈すんなよ? 表面的な意味以外に何の含みもねえからな」
「強いて言えば、『おまえには関係ない』で手出しを禁じられた場合の予防線だね。あれを本気でやられると俺らは弱いから」
なるほど、トシュともジョイドとも、セディカは何の関係もない。セディカ自身がずっと気にしているように。
「にしても本当に逆鱗なんだねえ」
「言うなよ。わかってるよ。啖呵で立てるようなもんじゃねえんだよ、誓いなんて」
「……そんなに落ち込まなくても」
セディカは呟いた。誓いと聞いて感動したり感激したり舞い上がったりしたわけではないけれど。というより、トシュがこのありさまだからそんな隙もなかったけれど。そんなにも、落ち込むというか、不本意そうにすることはないではないか。
「いや、やることは変わんねえし、どうせ守るなら誓っても同じなんだけどな」
トシュが座り直して溜め息を吐く。それをやめろって言ってんのよ、とジョイドが腰に手を当てた。
「まあ、プロポーズなら場所と台詞とムードを選びたかったみたいな話よね」
「〈誓約〉の意義を知らんやつの前でプロポーズに譬えんな」
「〈誓約〉の意義を知ってる俺が言ってんのよ。君が受けてるダメージはつまりそういうことでしょ」
ぎろりとトシュはジョイドを睨んだが、口では言い返さなかった。言い返せなかった、のかもしれない。
「あ、セディ、もういいよ、その中にいなくても。こいつが話つけてくれたから、この山にいる間は大丈夫」
「あ……はい」
首飾りを返せという意味でもあるだろうと、セディカは急いで立ち上がった。ジョイドが拾い上げた首飾りの紐は、するすると元の長さに縮まる。
「で、だからもうこの小屋の中にだっていなくていいんだけど。流石に俺も気を張ってたからなあ、もうちょっと休ませてもらおうかな」
「わたしは全然いいけど」
急ぐ理由もないし、急がせられる立場でもない。
早速座って足を伸ばしたジョイドは、佇んだままのセディカを見上げた。どうしたの、と目が問うていて、少女はしばし言葉を探してから、
「あの……ありがとう」
諦めて、一番単純な形で謝意を口にした。
純粋な感謝とも言えなかっただろう。また——だ。
「そんなの、こいつが失礼な態度取ったのでチャラよチャラ」
「誓いの中身には文句つけてねえだろ」
顎をしゃくるジョイドに抗議してから、トシュは指を鳴らした。
「だったら、礼代わりに一曲弾いてくれねえか」
「え?」
ぽかんとして訊き返す。自分に向けられるにしてはあまりにも似合わない要望で、しばし本気で何のことかわからなかった。
「あ、いいね。破魔三味でしょ」
「……聴きたいんだったら弾くけど、……大丈夫なの?」
「別に妖怪を無条件で退治するわけじゃないよ」
確かに、トシュは破魔三味に合わせて演武を披露したのだし、ジョイドもその横で手拍子を打っていた。
「〈四三二の獅子〉か、獅子じゃなくても……まあ、任せるわ。俺よりおまえの方が詳しいだろ」
昨夜のように、トシュは髪の毛を三味と撥に変えた。弦を調節しながら、守ると誓った発言を聞いたときよりも、よほどセディカはどぎまぎしていた。一度聴いて腕前を知った上で、所望されるとは思ってもみなかったので。
続きは後だ、と言われたことは覚えていたけれど、では続きを話そうとそのことを持ち出す気にはなれなかった。本音を言えば、目を背けたかった。妖怪だから——何なのだ。頼もしい親切な二人組、でよいではないか。
ベン、と鳴らした最初の音は緊張ゆえか少し外れて、出だしは安定しなかったものの、程なく立て直して先を続けることができた。満足そうに聴いているトシュも、穏やかに微笑んでいるジョイドも、恐れなければならない相手には、どうにも、見えなかった。