残酷な描写あり
第10回 奇跡を妬む 摂理を嘆く:1-1
作中よりも過去における死ネタが含まれます。苦手な方はご注意ください。
死んだ人間の体に魂魄を呼び戻し、蘇生させる仙薬。
ジョイドの手の中を、セディカはほとんど呆然とみつめた。
「マジで天命だってか?」
「一応、遺体を守ってたのは井戸龍王の独断らしいよ。でも、龍王が自分からやらなければ、結局天が命じたかもしれないとは思うな。こんなものが出てきたんじゃ」
「あの井戸に龍王がいたのか」
「誰かさんの孫が来てるって聞いて、怖がって隠れてたみたいね」
「……祖父さん」
トシュは頭痛を堪えるように額を押さえている。
「それで? 偽物はどうしろって?」
「俺らで決めろってさ」
「は?」
奇妙な笑みを濃くして、ジョイドは口を噤んだ。
ややあって、トシュの眉と唇が別々の表情を作る。本心は見るからに、緩んだ口元ではなくて、寄った眉根の方だろうが。
「親切だなおまえの伝手は」
それに対する返答はなかった。
「どうする?」
ジョイドがそう問うたのは、相談よりも質問であったらしい。
先ほどのように額に手をやって、しばらく、トシュは沈黙した。セディカには何も言いようがない。わからないなりにも考えることには意味があるかもしれないが、求められもしないうちからそれを喋っても邪魔になるだけだ。
誰も口を利かない空間が、段々と居心地の悪いものになってきた頃、
「——〈神前送り〉だ」
トシュが小声ながらきっぱりと言った。
「処刑?」
思わず呟いたのは、止めていた息を吐き出せるようになったような、一種の解放感ゆえだった。といっても、ぎょっとしたのも事実である。
そう来るとは思わなかったとばかり、トシュだけでなくジョイドも目を円くした。それから緊張がほぐれたときのように微笑む。
「比喩じゃねえんだ、文字通りさ。神の前に送り込む術だ」
「その先の処遇は神に委ねるってこと。ちゃんと届くかとか、受け取ってもらえるかは腕次第だし、送った後にどうなったかは知りようがないけどね」
解説に回るジョイドに、何だかほっとした。いつものジョイドがやっと戻ってきたような気がして。
「でも、誰に送る気?」
「そこだよなあ。〈慈愛天女〉の前に送り込んだんじゃ、赦してくれって言ってるようなもんだし」
そういう理由で〈慈愛天女〉を却下してよいのだろうか。
「〈冥府の女王〉の前じゃあ、だったら普通に殺せって話だしな。……〈武神〉の前に送り込んでやろうか」
「本気で言ってんの?」
ふと皮肉げになったトシュに、ジョイドは不謹慎な冗談を聞いたような、本人が言うなら笑うところかと迷うような顔をした。トシュにとって〈武神〉とは、第一に〈世界狼〉の仇敵であるはずだ。〈世界狼〉を拘束すべしと判断した〈武神〉は、この偽国王のことはどう判断するのかと——まさか、神に対して喧嘩を売るつもりでもないと思うが。
別に本気でもなかったのだろう、それからしばし、トシュは首をひねった。
「……気付ってできねえかな?」
「気付?」
「いや、〈侍従〉気付で〈天帝〉宛に」
「……本気で言ってんの」
これは知らない神らしい、と思ってから気づく。いや、〈侍従狼〉のことを言っているのだ——〈天帝〉の足元に侍る、二頭の狼。〈世界狼〉の子供を数え上げていた中に出てきていたし、それから昨日までのどこかで、徒然を慰める物語の中にも出てきたはずだった。どんな話を聞いたのだったかは特に覚えていないけれど、二頭いることは後から聞いたと思う。
「……気付って」
「委ねるって意味なら〈天帝〉が一番妥当なんだよ、送りつける腕さえあればな。自分にそこまでの腕があるとは思っちゃいねえが、〈侍従〉なら、何て言うんだ——勝算があるんだわ。で、〈侍従〉から〈天帝〉に回してもらえば」
「それはわかったわよ」
わかったから、呆れたのだ。何が気付だ。
ジョイドはと見れば、一本取られたように苦笑している。
「〈武神〉の後だと真っ当に聞こえるなあ。できると思うよ。呪文でも呪符でも印でも」
よし、と満足げに、得意げにトシュは頷いた。セディカはいささか、気が抜けたのだったが。
「偽物はそれでいいとして。じゃ、本物だな」
終わったわけでも何でもなかった本題に、当然ながら戻ってきて——不意打ちを食らったかのように、頬が強張るのを感じた。
ジョイドの手の中を、セディカはほとんど呆然とみつめた。
「マジで天命だってか?」
「一応、遺体を守ってたのは井戸龍王の独断らしいよ。でも、龍王が自分からやらなければ、結局天が命じたかもしれないとは思うな。こんなものが出てきたんじゃ」
「あの井戸に龍王がいたのか」
「誰かさんの孫が来てるって聞いて、怖がって隠れてたみたいね」
「……祖父さん」
トシュは頭痛を堪えるように額を押さえている。
「それで? 偽物はどうしろって?」
「俺らで決めろってさ」
「は?」
奇妙な笑みを濃くして、ジョイドは口を噤んだ。
ややあって、トシュの眉と唇が別々の表情を作る。本心は見るからに、緩んだ口元ではなくて、寄った眉根の方だろうが。
「親切だなおまえの伝手は」
それに対する返答はなかった。
「どうする?」
ジョイドがそう問うたのは、相談よりも質問であったらしい。
先ほどのように額に手をやって、しばらく、トシュは沈黙した。セディカには何も言いようがない。わからないなりにも考えることには意味があるかもしれないが、求められもしないうちからそれを喋っても邪魔になるだけだ。
誰も口を利かない空間が、段々と居心地の悪いものになってきた頃、
「——〈神前送り〉だ」
トシュが小声ながらきっぱりと言った。
「処刑?」
思わず呟いたのは、止めていた息を吐き出せるようになったような、一種の解放感ゆえだった。といっても、ぎょっとしたのも事実である。
そう来るとは思わなかったとばかり、トシュだけでなくジョイドも目を円くした。それから緊張がほぐれたときのように微笑む。
「比喩じゃねえんだ、文字通りさ。神の前に送り込む術だ」
「その先の処遇は神に委ねるってこと。ちゃんと届くかとか、受け取ってもらえるかは腕次第だし、送った後にどうなったかは知りようがないけどね」
解説に回るジョイドに、何だかほっとした。いつものジョイドがやっと戻ってきたような気がして。
「でも、誰に送る気?」
「そこだよなあ。〈慈愛天女〉の前に送り込んだんじゃ、赦してくれって言ってるようなもんだし」
そういう理由で〈慈愛天女〉を却下してよいのだろうか。
「〈冥府の女王〉の前じゃあ、だったら普通に殺せって話だしな。……〈武神〉の前に送り込んでやろうか」
「本気で言ってんの?」
ふと皮肉げになったトシュに、ジョイドは不謹慎な冗談を聞いたような、本人が言うなら笑うところかと迷うような顔をした。トシュにとって〈武神〉とは、第一に〈世界狼〉の仇敵であるはずだ。〈世界狼〉を拘束すべしと判断した〈武神〉は、この偽国王のことはどう判断するのかと——まさか、神に対して喧嘩を売るつもりでもないと思うが。
別に本気でもなかったのだろう、それからしばし、トシュは首をひねった。
「……気付ってできねえかな?」
「気付?」
「いや、〈侍従〉気付で〈天帝〉宛に」
「……本気で言ってんの」
これは知らない神らしい、と思ってから気づく。いや、〈侍従狼〉のことを言っているのだ——〈天帝〉の足元に侍る、二頭の狼。〈世界狼〉の子供を数え上げていた中に出てきていたし、それから昨日までのどこかで、徒然を慰める物語の中にも出てきたはずだった。どんな話を聞いたのだったかは特に覚えていないけれど、二頭いることは後から聞いたと思う。
「……気付って」
「委ねるって意味なら〈天帝〉が一番妥当なんだよ、送りつける腕さえあればな。自分にそこまでの腕があるとは思っちゃいねえが、〈侍従〉なら、何て言うんだ——勝算があるんだわ。で、〈侍従〉から〈天帝〉に回してもらえば」
「それはわかったわよ」
わかったから、呆れたのだ。何が気付だ。
ジョイドはと見れば、一本取られたように苦笑している。
「〈武神〉の後だと真っ当に聞こえるなあ。できると思うよ。呪文でも呪符でも印でも」
よし、と満足げに、得意げにトシュは頷いた。セディカはいささか、気が抜けたのだったが。
「偽物はそれでいいとして。じゃ、本物だな」
終わったわけでも何でもなかった本題に、当然ながら戻ってきて——不意打ちを食らったかのように、頬が強張るのを感じた。