残酷な描写あり
第9回 謎に躓く 秘密を明かす:4-1
作中よりも過去における死ネタが含まれます。苦手な方はご注意ください。
「危機感のねえやつだな」
「何?」
聞き取れずに訊き返すと、トシュは何でもないというように手を振って、腕を組んで扉に背を預けた。臆病だと、それとも幼いと、呆れられたろうか。だが、きれいなものだったとはいえ亡骸を目の当たりにした後で、しかもその死者の霊が昨夜訪れた部屋で、穏やかに眠れるとはとても思えない。トシュを外に待たせて寝間着に着替えている間だって、心臓がどれほど戦慄いていたか。
それに、院主や他の僧侶たちがいない方が話しやすい——とも思っていたのだけれど、トシュがそこにいたのでは、扉の向こうに誰かがいたら聞こえてしまいそうだ。故意に盗み聞きする者もいないだろうが。
「あの、すぐに寝るから」
「焦らんでいい。本堂に戻ったって別にやることもねえよ」
大体、急げば早く寝られるもんでもねえだろ、と至極尤もなことを言われた。それならもう少し喋っても咎められないだろうと、セディカはベッドに向かうのをやめた。
「あの……手に負えないって?」
引っかかっていた、そこを訊く。トシュには似合わない表明であるような気がしていたのだ。
「ああ、あれか。天命とかいう話になってくると、……何だ、要するに、神サマの領分だからな。地上の俺らが判断を下すようなことじゃねえだろ」
前世からの因果がどうこうとか言い出されたらわかるわけねえしな、とトシュはまるで神からそのようなことを言われた経験があるかのような言い方をした。
「天命だとしたら、わかるものなの?」
「あー……天の神が鷹に化けて地上に下りてくることがある、って話は知ってるか?」
首を振る。狼の話は何度か聞いたが、鷹の話はあまり聞かなかった。
「そうやって地上に下りてきた神の子孫だってことになってる血筋があるんだよ。そういうとこには大体、天意やら神意やらを窺う方法ってのが伝わってんだ」
鷹に化けて地上に下りた神の子孫。
その子孫とは人間なのだろうか、それとも鷹なのだろうか、とセディカは考えた。鷹に化けて、とことさら言及したことを思えば後者か。鷹の——妖怪、ということだろうか。妖怪となっていない普通の鷹の間で、この血筋は神の子孫に当たるのだ、などという情報が代々伝わるものかどうかもわからないが。
そうだとしても、今ここでそうとは明言しないだろう。この寺院に、即ち人間社会に足を踏み入れてから、二人はトシュを狼とは呼ばず、ジョイドを鷹とは呼ばない。他の誰に聞かれる虞もないような場でも、注意深く避けている。セディカを主人に見立てた芝居はそこまで熱心でもないのに。
「ジョイドはそういうやつらに——何だ、伝手があるからな。国王陛下が天命を負ってるのかどうか、負ってるなら俺らはどうするべきかっつうことはそいつらに訊く気だろ」
トシュはそんな風に結んだ。身内と言わずに伝手と言うからには、つまり身内ではなくて、同じ鷹同士で交流があるということだろうか、と思ったものの、それは反射のようなもので、別に詳細を追及したくなったわけではなかった。
「っと、引き留めたな。焦るこたあねえが、もう寝な。起きてても仕方ねえだろ」
「そうね。おやすみな——」
「ん?」
長くもない挨拶を遮られた。
訝しげな顔になったトシュは、壁を透かして空を見上げるようにした。つい視線を追ってしまったが、セディカには壁までしか見えない。
「ちょっと待て、あいつ帰ってきたっぽいぞ」
「……え、ジョイドが?」
「ああ。早くねえか?」
半回転して扉の方を向くトシュの横に、セディカも歩み寄った。やがてノックされた扉をトシュが開ければ、予告通りのジョイドが立っている。
「こっちにいたのね。あ、ごめん、寝るとこだった?」
「ううん、別に」
寝るところだったのだからこの返答は間違っているが、別に構わないと言いたかったのである。
「早かったな?」
「なんかね、向こうから来た」
「……はあ?」
「王様が発見されたらわかるようにしてたんじゃないかな。おまえがみつけたのかって、何だか嬉しそうだった」
ジョイドは片手を差し出した。手の中には、菓子を下に敷いてあった紙ごと握り締めてきたような具合に、大きな包み紙の中に小さな丸薬が鎮座していた。
それから口にした長い言葉は、セディカにはさっぱり意味が取れなかったが、名前のように聞こえた。最後に「丹」とついた気がしたのだ。トシュの方は通じたらしく——目を瞠った。
形容しがたい笑みを、口元にだけジョイドは浮かべた。
「これで王様を生き返らせろってさ」
「何?」
聞き取れずに訊き返すと、トシュは何でもないというように手を振って、腕を組んで扉に背を預けた。臆病だと、それとも幼いと、呆れられたろうか。だが、きれいなものだったとはいえ亡骸を目の当たりにした後で、しかもその死者の霊が昨夜訪れた部屋で、穏やかに眠れるとはとても思えない。トシュを外に待たせて寝間着に着替えている間だって、心臓がどれほど戦慄いていたか。
それに、院主や他の僧侶たちがいない方が話しやすい——とも思っていたのだけれど、トシュがそこにいたのでは、扉の向こうに誰かがいたら聞こえてしまいそうだ。故意に盗み聞きする者もいないだろうが。
「あの、すぐに寝るから」
「焦らんでいい。本堂に戻ったって別にやることもねえよ」
大体、急げば早く寝られるもんでもねえだろ、と至極尤もなことを言われた。それならもう少し喋っても咎められないだろうと、セディカはベッドに向かうのをやめた。
「あの……手に負えないって?」
引っかかっていた、そこを訊く。トシュには似合わない表明であるような気がしていたのだ。
「ああ、あれか。天命とかいう話になってくると、……何だ、要するに、神サマの領分だからな。地上の俺らが判断を下すようなことじゃねえだろ」
前世からの因果がどうこうとか言い出されたらわかるわけねえしな、とトシュはまるで神からそのようなことを言われた経験があるかのような言い方をした。
「天命だとしたら、わかるものなの?」
「あー……天の神が鷹に化けて地上に下りてくることがある、って話は知ってるか?」
首を振る。狼の話は何度か聞いたが、鷹の話はあまり聞かなかった。
「そうやって地上に下りてきた神の子孫だってことになってる血筋があるんだよ。そういうとこには大体、天意やら神意やらを窺う方法ってのが伝わってんだ」
鷹に化けて地上に下りた神の子孫。
その子孫とは人間なのだろうか、それとも鷹なのだろうか、とセディカは考えた。鷹に化けて、とことさら言及したことを思えば後者か。鷹の——妖怪、ということだろうか。妖怪となっていない普通の鷹の間で、この血筋は神の子孫に当たるのだ、などという情報が代々伝わるものかどうかもわからないが。
そうだとしても、今ここでそうとは明言しないだろう。この寺院に、即ち人間社会に足を踏み入れてから、二人はトシュを狼とは呼ばず、ジョイドを鷹とは呼ばない。他の誰に聞かれる虞もないような場でも、注意深く避けている。セディカを主人に見立てた芝居はそこまで熱心でもないのに。
「ジョイドはそういうやつらに——何だ、伝手があるからな。国王陛下が天命を負ってるのかどうか、負ってるなら俺らはどうするべきかっつうことはそいつらに訊く気だろ」
トシュはそんな風に結んだ。身内と言わずに伝手と言うからには、つまり身内ではなくて、同じ鷹同士で交流があるということだろうか、と思ったものの、それは反射のようなもので、別に詳細を追及したくなったわけではなかった。
「っと、引き留めたな。焦るこたあねえが、もう寝な。起きてても仕方ねえだろ」
「そうね。おやすみな——」
「ん?」
長くもない挨拶を遮られた。
訝しげな顔になったトシュは、壁を透かして空を見上げるようにした。つい視線を追ってしまったが、セディカには壁までしか見えない。
「ちょっと待て、あいつ帰ってきたっぽいぞ」
「……え、ジョイドが?」
「ああ。早くねえか?」
半回転して扉の方を向くトシュの横に、セディカも歩み寄った。やがてノックされた扉をトシュが開ければ、予告通りのジョイドが立っている。
「こっちにいたのね。あ、ごめん、寝るとこだった?」
「ううん、別に」
寝るところだったのだからこの返答は間違っているが、別に構わないと言いたかったのである。
「早かったな?」
「なんかね、向こうから来た」
「……はあ?」
「王様が発見されたらわかるようにしてたんじゃないかな。おまえがみつけたのかって、何だか嬉しそうだった」
ジョイドは片手を差し出した。手の中には、菓子を下に敷いてあった紙ごと握り締めてきたような具合に、大きな包み紙の中に小さな丸薬が鎮座していた。
それから口にした長い言葉は、セディカにはさっぱり意味が取れなかったが、名前のように聞こえた。最後に「丹」とついた気がしたのだ。トシュの方は通じたらしく——目を瞠った。
形容しがたい笑みを、口元にだけジョイドは浮かべた。
「これで王様を生き返らせろってさ」