残酷な描写あり
第11回 山を離れる 宮に乗り込む:3-2
「そこの者たちは帝国より参ったと聞きました。また、あの娘、世俗の者であるとも思えませぬ。神に属する者を粗略に扱ったと見做され、帝国を怒らせては後が厄介。まずはあの書を改めて、言い分を確かめてからでも遅くはありますまい」
いつの間に示し合わせたのかと反射的に思ったものの、それならそうと国王やセディカにも教えておいてくれただろうから、太子が独自に機転を利かせたのだろう。納得したのか、偽国王は手を振って命令に代え、侍従が下りてきて立文を受け取った。立文はそのまま偽国王の手に渡り、面を伏せたまま、侍従が退く。
その瞬間、トシュは高らかに呼ばわった。
「全員よく聴け、我々は告発のために来た! そこの国王は偽物だ! その正体は三年前に消えた方士である!」
さっと左に動くや、右腕を斜めに後ろへ差し出す。セディカもすばやく膝を折った。
「その証拠に、真の国王陛下はここにおわす!」
そう言い放ったときには、国王もすっくと立ち上がっていた。
「弟よ」
凛とした、力強い声が響く。
「その王冠、その玉座、国を救った功労者といえど、そなたにくれてやった覚えはない」
ざわめきの中、偽国王はわなわなと震えた。その手が握り潰している立文は、ジョイドの監修による国王の糾弾に呼応して、何かしらの術を発動したはずだ。偽国王を拘束するとか、妖力を封じるとか、いったものを。
太子が剣を抜き放った。偽物は一瞬受けて立とうとするかのような素振りを見せたが、思い直したか椅子から飛び出し、雲を足元に起こして飛び去ろうとした——のだろうが、庭の中頃までも行かないうちに、引き止められたように雲はがくんと下がった。
朱塗りの棒を振り上げて、トシュがやはり雲に乗ってそこへ突進した。殴りつけようとするのを、偽物が慌てて躱す。振り上げた棒の先からは同時に光が放たれて天へと走り、花火のように破裂した。寺院からも、見えただろうか。
「陛下、参ります!」
一方のジョイドが国王を抱え、一息で階段を駆け登った。作戦は寺院を出る前に話しているし、国王の体に触れる許可も、いささか乱暴に持ち運ぶ許可も得ている。とはいえ、実際にすごい勢いで移動させられた国王はふらついたか目が眩んだかしたようだったが、速やかに玉座に就き、懐から巻き物を取り出した。これも無論、ジョイドが準備していたものだ。
セディカも再び立って、トシュもジョイドも国王もいなくなったその場から、ジョイドと国王を仰ぎ見た。ここで束の間、一人で取り残されることになるのは承知していた。すぐにジョイドがセディカのことも回収しに来てくれるはずだ、国王があの巻き物を読み上げ終わったら——。
ドン、とさほど遠くない地面に何かが着地した。振り返る間もなく、噴水のように吹き出した霧が辺りを覆う。
「逃げんな、この……!」
上空から怒鳴り声が降ってきた直後、
「きゃ……!」
セディカは何かに飛びつかれた。
自分よりも高い背と自分よりも強い腕に、被さるように抱え込まれて、本能的な恐怖に錯乱しそうになる。人質、とトシュの口にした単語がよぎってそれを煽った。ひょっとしたら自分に矛先が向くかもしれないと、事前に予告があったとて、冷静な対処などできるわけがない。
——が、その何かはそれからしばし、まごついたように、もたついていた。やがて悪態を吐くなりセディカを突き飛ばし、結果として少女は自由になる。
転びそうになったのは辛うじて堪えた。視界を霧に閉ざされた中で真後ろに向き直ったのは、少なくともその何かはそちらにいるはずだからだ。本当に真後ろを向けたかどうかはわからない。少しでも余裕があればトシュかジョイドの名を呼んだかもしれないが、仮令二人に縋ることを思いついたとしても、喉がとても働かなかっただろう。
ありがたいことに、霧は効果が切れたかのように急速に薄れ始めていた。もどかしい数秒をかけて霧が晴れると、そこには——セディカと同じ姿が、あった。
セディカは息を呑んだが、向こうもこちらを認めるなり、怯えたように手で口を押さえて後退った。あたかもセディカの方こそが偽物ででもあるかのように。
……巻き込まれるかもしれないと、事前に、予告はあった。
舞台の中心に引きずり出されたことを、少女は悟った。
いつの間に示し合わせたのかと反射的に思ったものの、それならそうと国王やセディカにも教えておいてくれただろうから、太子が独自に機転を利かせたのだろう。納得したのか、偽国王は手を振って命令に代え、侍従が下りてきて立文を受け取った。立文はそのまま偽国王の手に渡り、面を伏せたまま、侍従が退く。
その瞬間、トシュは高らかに呼ばわった。
「全員よく聴け、我々は告発のために来た! そこの国王は偽物だ! その正体は三年前に消えた方士である!」
さっと左に動くや、右腕を斜めに後ろへ差し出す。セディカもすばやく膝を折った。
「その証拠に、真の国王陛下はここにおわす!」
そう言い放ったときには、国王もすっくと立ち上がっていた。
「弟よ」
凛とした、力強い声が響く。
「その王冠、その玉座、国を救った功労者といえど、そなたにくれてやった覚えはない」
ざわめきの中、偽国王はわなわなと震えた。その手が握り潰している立文は、ジョイドの監修による国王の糾弾に呼応して、何かしらの術を発動したはずだ。偽国王を拘束するとか、妖力を封じるとか、いったものを。
太子が剣を抜き放った。偽物は一瞬受けて立とうとするかのような素振りを見せたが、思い直したか椅子から飛び出し、雲を足元に起こして飛び去ろうとした——のだろうが、庭の中頃までも行かないうちに、引き止められたように雲はがくんと下がった。
朱塗りの棒を振り上げて、トシュがやはり雲に乗ってそこへ突進した。殴りつけようとするのを、偽物が慌てて躱す。振り上げた棒の先からは同時に光が放たれて天へと走り、花火のように破裂した。寺院からも、見えただろうか。
「陛下、参ります!」
一方のジョイドが国王を抱え、一息で階段を駆け登った。作戦は寺院を出る前に話しているし、国王の体に触れる許可も、いささか乱暴に持ち運ぶ許可も得ている。とはいえ、実際にすごい勢いで移動させられた国王はふらついたか目が眩んだかしたようだったが、速やかに玉座に就き、懐から巻き物を取り出した。これも無論、ジョイドが準備していたものだ。
セディカも再び立って、トシュもジョイドも国王もいなくなったその場から、ジョイドと国王を仰ぎ見た。ここで束の間、一人で取り残されることになるのは承知していた。すぐにジョイドがセディカのことも回収しに来てくれるはずだ、国王があの巻き物を読み上げ終わったら——。
ドン、とさほど遠くない地面に何かが着地した。振り返る間もなく、噴水のように吹き出した霧が辺りを覆う。
「逃げんな、この……!」
上空から怒鳴り声が降ってきた直後、
「きゃ……!」
セディカは何かに飛びつかれた。
自分よりも高い背と自分よりも強い腕に、被さるように抱え込まれて、本能的な恐怖に錯乱しそうになる。人質、とトシュの口にした単語がよぎってそれを煽った。ひょっとしたら自分に矛先が向くかもしれないと、事前に予告があったとて、冷静な対処などできるわけがない。
——が、その何かはそれからしばし、まごついたように、もたついていた。やがて悪態を吐くなりセディカを突き飛ばし、結果として少女は自由になる。
転びそうになったのは辛うじて堪えた。視界を霧に閉ざされた中で真後ろに向き直ったのは、少なくともその何かはそちらにいるはずだからだ。本当に真後ろを向けたかどうかはわからない。少しでも余裕があればトシュかジョイドの名を呼んだかもしれないが、仮令二人に縋ることを思いついたとしても、喉がとても働かなかっただろう。
ありがたいことに、霧は効果が切れたかのように急速に薄れ始めていた。もどかしい数秒をかけて霧が晴れると、そこには——セディカと同じ姿が、あった。
セディカは息を呑んだが、向こうもこちらを認めるなり、怯えたように手で口を押さえて後退った。あたかもセディカの方こそが偽物ででもあるかのように。
……巻き込まれるかもしれないと、事前に、予告はあった。
舞台の中心に引きずり出されたことを、少女は悟った。