残酷な描写あり
第12回 狼の奮迅 青年の意地:1-2
「これを持っとけ」
ふっと楽になったと同時、手元に下りてきた何かを、何とわからぬまま握り締める。どこかで慌ただしい、揉み合いか何かの気配がした。
トシュが消えた。
手をついて起き上がったセディカは、偽のセディカが将軍の宝刀を引っ手繰って飛び去るのと、トシュがその後を追って矢のように飛んでいくのとを辛うじて捉えた。先ほどと違って、飛んでいけたらしい。
そして——それきり、見えなくなった。見えない、だけではない。武器の音も、声も、微かにすら、聞こえてこない。
……つまり。この場で〈神前送り〉に処すことはできなかったものの、王宮から追い出すことはできたのだ。こうなればトシュは町の外、国の外へ出るまで追い立てていって、周りを巻き込まない場所で改めて〈神前送り〉を試みるのだろう。この場は——もう、大丈夫だ。
ほうと息を吐き出した、一秒後には心臓が止まりそうになった。ジョイドが腹部を押さえ込むようにして蹲っているのである。
「ジョイド!」
悲鳴に近い声を上げて駆け寄れば、周りにいた武官たちは道を開けた。ジョイドの目の前に、セディカは跪く。
「ジョイド」
「……いったあ」
こぼれた一言は、想像したほど苦しそうではなかった。
「だ、大丈夫、なの」
頭を上げてこくこくと頷いたのは、喋るのは辛いということだろうけれども、後を引くものではないということでもあった。殴られたか何かであって、斬られたり刺されたりしたわけではないのだろう。セディカはへたり込んだ。驚かせて!
「どういうことだ」
見れば、太子が下りてきていた。
「聞いていた話では……父上は」
セディカは急いで座り直し、揃えた手を地面につく。ジョイドに答えさせようというのは酷だと思ったので。
「殿下。——天の恵みです。陛下の御体が朽ちぬように守り、御霊と御命を呼び戻すことを、天がお許しくださったのです。あの方は確かに、殿下の真のお父上でございます」
昨日は死んだと聞かされて、今日は生き返ったと聞かされるとは、太子にしてみれば振り回されているようなものだろうけれど。
「陛下に、改めて宣告をと」
ジョイドが囁き、セディカは取り次ぐように、太子に向けてそれを繰り返した。太子は再び階段を上がり、国王にその通り伝えたのだろう、国王は頷いて巻き物を広げた。
「〈慈愛神〉の加護の下、〈錦鶏集う国〉国王が命ずる」
朗々と読み上げたのは、あの方士を〈錦鶏集う国〉から追放し、立ち入りを禁じる勅令であった。文体と形式は帝国の勅令と同じようでもあるが、細部が違っている気もしたから、勅令に準えた呪文ということなのかもしれない。
ジョイドはしばし、耳を澄ますように目を閉じてから、立ち上がった。つられるように自分も立ちながら、なるほど血の痕も見当たらないし、服が破れているでもないとセディカは見て取った。
「偽物は国の外へ去りました。ですが、事が済むまでそのままお待ちください。もしもあの方士が今の術を破り、再び立ち入るようであればわたしが迎え撃ちます。そのときは、どうかお嬢様を」
階段の下から直接奏上した声も、もう苦しげでも辛そうでもない。
だから、後は——気に懸けるべきは、トシュだけだ。
ふっと楽になったと同時、手元に下りてきた何かを、何とわからぬまま握り締める。どこかで慌ただしい、揉み合いか何かの気配がした。
トシュが消えた。
手をついて起き上がったセディカは、偽のセディカが将軍の宝刀を引っ手繰って飛び去るのと、トシュがその後を追って矢のように飛んでいくのとを辛うじて捉えた。先ほどと違って、飛んでいけたらしい。
そして——それきり、見えなくなった。見えない、だけではない。武器の音も、声も、微かにすら、聞こえてこない。
……つまり。この場で〈神前送り〉に処すことはできなかったものの、王宮から追い出すことはできたのだ。こうなればトシュは町の外、国の外へ出るまで追い立てていって、周りを巻き込まない場所で改めて〈神前送り〉を試みるのだろう。この場は——もう、大丈夫だ。
ほうと息を吐き出した、一秒後には心臓が止まりそうになった。ジョイドが腹部を押さえ込むようにして蹲っているのである。
「ジョイド!」
悲鳴に近い声を上げて駆け寄れば、周りにいた武官たちは道を開けた。ジョイドの目の前に、セディカは跪く。
「ジョイド」
「……いったあ」
こぼれた一言は、想像したほど苦しそうではなかった。
「だ、大丈夫、なの」
頭を上げてこくこくと頷いたのは、喋るのは辛いということだろうけれども、後を引くものではないということでもあった。殴られたか何かであって、斬られたり刺されたりしたわけではないのだろう。セディカはへたり込んだ。驚かせて!
「どういうことだ」
見れば、太子が下りてきていた。
「聞いていた話では……父上は」
セディカは急いで座り直し、揃えた手を地面につく。ジョイドに答えさせようというのは酷だと思ったので。
「殿下。——天の恵みです。陛下の御体が朽ちぬように守り、御霊と御命を呼び戻すことを、天がお許しくださったのです。あの方は確かに、殿下の真のお父上でございます」
昨日は死んだと聞かされて、今日は生き返ったと聞かされるとは、太子にしてみれば振り回されているようなものだろうけれど。
「陛下に、改めて宣告をと」
ジョイドが囁き、セディカは取り次ぐように、太子に向けてそれを繰り返した。太子は再び階段を上がり、国王にその通り伝えたのだろう、国王は頷いて巻き物を広げた。
「〈慈愛神〉の加護の下、〈錦鶏集う国〉国王が命ずる」
朗々と読み上げたのは、あの方士を〈錦鶏集う国〉から追放し、立ち入りを禁じる勅令であった。文体と形式は帝国の勅令と同じようでもあるが、細部が違っている気もしたから、勅令に準えた呪文ということなのかもしれない。
ジョイドはしばし、耳を澄ますように目を閉じてから、立ち上がった。つられるように自分も立ちながら、なるほど血の痕も見当たらないし、服が破れているでもないとセディカは見て取った。
「偽物は国の外へ去りました。ですが、事が済むまでそのままお待ちください。もしもあの方士が今の術を破り、再び立ち入るようであればわたしが迎え撃ちます。そのときは、どうかお嬢様を」
階段の下から直接奏上した声も、もう苦しげでも辛そうでもない。
だから、後は——気に懸けるべきは、トシュだけだ。