残酷な描写あり
第13回 敵が笑う 友が呼ぶ:2-1
負傷への言及、流血が含まれます。苦手な方はご注意ください。
「トシュ!」
叫び声が聞こえて、大丈夫だと右手を上げた。否、上げる頃にはジョイドがもう傍らに跪いていて、少々不本意なことに思う。聞こえなかったか動けなかったようではないか。
「トシュ」
「腕だけだ」
いつの間にか閉じていた目を開けて、要点だけを伝える。動きたくないのは疲労のせいであって、負傷のせいではない。
「動けるんなら自分で何かしなよ馬鹿」
ジョイドは叱りながら荷物を下ろすと、袖を破って傷口を確かめ、腕の根元を締め上げるように縛った。任せよう、とトシュは再び目を閉じかけたのだが、
「何の傷」
追及するような問いとほとんど同時に、
「ト、トシュ」
予想していなかった声がして、はたともう一度開く。
「……セダに見せてんじゃねえよ」
修行も何もしていない凡人を雲には乗せられないのだから、木々の宴から連れ出したときのように、抱えて走ってきたのだろう。置いてくるわけにもいかなかったということだろうが、現在進行形の流血など、お嬢様育ちと思しき少女に見せるものではないはずだ。
「こっちの台詞だよ。大丈夫、傷自体は大したものじゃない。見かけ倒し」
「うるせえ」
そのセディカに向けたのだろう後半に、ぼそりと雑に抗議する。別に二人を脅かそうとしてつけた傷ではない。
セディカに聞こえるからと遠慮してもいられないから、傷を作った経緯はそのまま語った。せめて目を閉ざすのは控えるべきかとも思ったが、結局は自分の疲労を優先する。意識を失ったのではないかとセディカが怯えそうではあるが。
「そう、じゃあ、毒のせいで血が止まりにくくなってるのかもしれないな。爛れたりはしてないけど、後でちゃんと診よう。一旦、応急処置だ」
ジョイドの声を遠くに聞いた。
血を拭われ、水をかけられ、恐らく水ではない薬をかけられるに及んで、思わず呻き声を立てれば、沁みるのは当たり前だとまた叱られる。理不尽だ。わかりきったことだからといって、痛みが減じるわけではない。
——ふっと意識が澄み渡ったとき、ジョイドは一番外側に巻きつけた布をぎゅっと絞っているところだった。その下の布のどこかに呪符が挟まって、早くも効果を発揮したのだろう。
「ぐ、う」
「痛み止めちゃんとつけたでしょ」
「今正におまえがダメージ入れてんだよ」
「……ふうん、この効き方からすると呪術も混ざってるかな。起きられる?」
返事の代わりに、トシュは起き上がった。十分休んだということでもないが、そろそろもう、寝ていたいとも言えるまい。
順序としてはまずジョイドに何か答えるべきだったろうけれども、その前にセディカが目に入った。トシュが死にかけてでもいたかのような、青い顔と見開いた目と戦慄く唇とは、とはいえ予想の範疇だが——。
違和感を覚えて数秒、黒髪に気がついて、はっと自分の腕を見る。
「おい、これ。おまえ」
「思ったより手持ちが少なくて」
いささか気まずそうな、ジョイドの微笑が答えだった。この腕の一番外側の、傷に直接は触れていない包帯代わりの布が、セディカのベールのなれの果てだ。恐らくはジョイドの、鷹の爪で引き裂かれた。
一言の相談もなくそんなことになるはずはないが、布が足りないだのベールを使えだのという会話を聞いた覚えがない。と、いうことは——思っていたより、自分の意識は薄れていたのか。
叫び声が聞こえて、大丈夫だと右手を上げた。否、上げる頃にはジョイドがもう傍らに跪いていて、少々不本意なことに思う。聞こえなかったか動けなかったようではないか。
「トシュ」
「腕だけだ」
いつの間にか閉じていた目を開けて、要点だけを伝える。動きたくないのは疲労のせいであって、負傷のせいではない。
「動けるんなら自分で何かしなよ馬鹿」
ジョイドは叱りながら荷物を下ろすと、袖を破って傷口を確かめ、腕の根元を締め上げるように縛った。任せよう、とトシュは再び目を閉じかけたのだが、
「何の傷」
追及するような問いとほとんど同時に、
「ト、トシュ」
予想していなかった声がして、はたともう一度開く。
「……セダに見せてんじゃねえよ」
修行も何もしていない凡人を雲には乗せられないのだから、木々の宴から連れ出したときのように、抱えて走ってきたのだろう。置いてくるわけにもいかなかったということだろうが、現在進行形の流血など、お嬢様育ちと思しき少女に見せるものではないはずだ。
「こっちの台詞だよ。大丈夫、傷自体は大したものじゃない。見かけ倒し」
「うるせえ」
そのセディカに向けたのだろう後半に、ぼそりと雑に抗議する。別に二人を脅かそうとしてつけた傷ではない。
セディカに聞こえるからと遠慮してもいられないから、傷を作った経緯はそのまま語った。せめて目を閉ざすのは控えるべきかとも思ったが、結局は自分の疲労を優先する。意識を失ったのではないかとセディカが怯えそうではあるが。
「そう、じゃあ、毒のせいで血が止まりにくくなってるのかもしれないな。爛れたりはしてないけど、後でちゃんと診よう。一旦、応急処置だ」
ジョイドの声を遠くに聞いた。
血を拭われ、水をかけられ、恐らく水ではない薬をかけられるに及んで、思わず呻き声を立てれば、沁みるのは当たり前だとまた叱られる。理不尽だ。わかりきったことだからといって、痛みが減じるわけではない。
——ふっと意識が澄み渡ったとき、ジョイドは一番外側に巻きつけた布をぎゅっと絞っているところだった。その下の布のどこかに呪符が挟まって、早くも効果を発揮したのだろう。
「ぐ、う」
「痛み止めちゃんとつけたでしょ」
「今正におまえがダメージ入れてんだよ」
「……ふうん、この効き方からすると呪術も混ざってるかな。起きられる?」
返事の代わりに、トシュは起き上がった。十分休んだということでもないが、そろそろもう、寝ていたいとも言えるまい。
順序としてはまずジョイドに何か答えるべきだったろうけれども、その前にセディカが目に入った。トシュが死にかけてでもいたかのような、青い顔と見開いた目と戦慄く唇とは、とはいえ予想の範疇だが——。
違和感を覚えて数秒、黒髪に気がついて、はっと自分の腕を見る。
「おい、これ。おまえ」
「思ったより手持ちが少なくて」
いささか気まずそうな、ジョイドの微笑が答えだった。この腕の一番外側の、傷に直接は触れていない包帯代わりの布が、セディカのベールのなれの果てだ。恐らくはジョイドの、鷹の爪で引き裂かれた。
一言の相談もなくそんなことになるはずはないが、布が足りないだのベールを使えだのという会話を聞いた覚えがない。と、いうことは——思っていたより、自分の意識は薄れていたのか。