残酷な描写あり
第13回 敵が笑う 友が呼ぶ:2-2
負傷への言及が含まれます。苦手な方はご注意ください。
「……トシュは大丈夫だって」
震え声が呟いた。
「トシュは強いからって……」
「いや、傷一個で済んでるのは大分大丈夫だろうよ」
そこは寧ろ、獅子顔負けの奮迅を褒めてほしい。やはり殺してしまおう、と途中で方針を転換しなかったことも。
「知らない! トシュなんて大っ嫌い……!」
叫んで、少女は顔を覆ってしまった。胸でも腹でもなく、二の腕でこれは大袈裟だろうと怪我人は思ったが、どちらかといえば傷そのものより、この何分か意識が不確かだったせいかもしれない。やはり、目を閉ざすべきではなかった。
「泣くな泣くな」
トシュは傷のない右手を伸ばして、セディカの額に掌を押し当てた。びくんと震えて、少女は固まる。
「機嫌取ってるみてえになるじゃんか」
手を引いてからジョイドを見やれば、狡いものを見るような顔つきになったものの、仕方ないなとばかりに頷いた。
「ん、見えなくなったね」
「……え?」
「一日くらいは保つだろ」
トシュは肩を竦めた。ジョイドが補う。
「傷痕を見えなくしたんだよ。城に戻ってもみんなにはわからないってこと」
「え……?」
困惑、というよりも動揺したらしい。しゃくり上げながら、セディカはおろおろする風だった。
「誤解すんなよ、一時凌ぎだ。消えたわけじゃない。……きょとんとすんなよ。人に見られたくねえんだろうが」
おためごかしなことを解説させないでほしい。
「あ、……ありがとう……?」
「詫びに礼はいらんよ。……とか言われちゃ反応に困るか」
そういう少女だった、と急いで言い添える。
少女はしばし青年をみつめて、よかった、と呟いて涙を拭った。多分俺が脅かしたねと苦笑してから、ジョイドは真面目な顔になった。
「それで、どうなったの。〈神前送り〉は成功したんだよね?」
実は本題がまだだった、とトシュは頭を掻いた。その辺りに獅子の屍が転がっていて、結果が聞かずとも知れるわけではないのだ。
「そのことでな、ジョイド。俺の将来のために、一つ教えてほしいんだが。……〈神前送り〉を中断して、結局再開しなかった場合は、詫びを入れた方がいいんかね?」
予想外だったと見えて、瞠目が返ってくる。
「失敗したの?」
「いや、宛先を途中で変えたんだわ。時間的に余裕がなくて」
〈天帝〉には〈天帝〉を示す専用の印があるけれど、〈侍従狼〉はそこまでの存在ではないから一字ずつ指文字で綴っていかなくてはならないし、「気付」を実現するためにも五つばかりの印を並べなくてはならない。が、〈天帝〉のように一つの印で指名できる相手に変えれば、かなり短縮できたということでもある。といっても、〈天帝〉では自分の手には負えなかったわけなので。
トシュは右手で一つの印を結んだ。
数年来の相棒は呆気に取られた。
「〈武神〉じゃない」
「それはいいんだよ。途中キャンセルした〈侍従狼〉と〈天帝〉なんだよ問題は」
間違えない自信のある印を、他に思いつけなかったのだ。思い出したくもない。〈世界狼〉の憎むべき仇敵に縋ったなど。
「……そうだね、非礼は詫びておいた方がいいと思う。〈侍従狼〉は君には怒らないかもしれないけど」
そう答えたジョイドは心成しか、呆然としてさえいるようだった。トシュの僻目であったかもしれないが。
震え声が呟いた。
「トシュは強いからって……」
「いや、傷一個で済んでるのは大分大丈夫だろうよ」
そこは寧ろ、獅子顔負けの奮迅を褒めてほしい。やはり殺してしまおう、と途中で方針を転換しなかったことも。
「知らない! トシュなんて大っ嫌い……!」
叫んで、少女は顔を覆ってしまった。胸でも腹でもなく、二の腕でこれは大袈裟だろうと怪我人は思ったが、どちらかといえば傷そのものより、この何分か意識が不確かだったせいかもしれない。やはり、目を閉ざすべきではなかった。
「泣くな泣くな」
トシュは傷のない右手を伸ばして、セディカの額に掌を押し当てた。びくんと震えて、少女は固まる。
「機嫌取ってるみてえになるじゃんか」
手を引いてからジョイドを見やれば、狡いものを見るような顔つきになったものの、仕方ないなとばかりに頷いた。
「ん、見えなくなったね」
「……え?」
「一日くらいは保つだろ」
トシュは肩を竦めた。ジョイドが補う。
「傷痕を見えなくしたんだよ。城に戻ってもみんなにはわからないってこと」
「え……?」
困惑、というよりも動揺したらしい。しゃくり上げながら、セディカはおろおろする風だった。
「誤解すんなよ、一時凌ぎだ。消えたわけじゃない。……きょとんとすんなよ。人に見られたくねえんだろうが」
おためごかしなことを解説させないでほしい。
「あ、……ありがとう……?」
「詫びに礼はいらんよ。……とか言われちゃ反応に困るか」
そういう少女だった、と急いで言い添える。
少女はしばし青年をみつめて、よかった、と呟いて涙を拭った。多分俺が脅かしたねと苦笑してから、ジョイドは真面目な顔になった。
「それで、どうなったの。〈神前送り〉は成功したんだよね?」
実は本題がまだだった、とトシュは頭を掻いた。その辺りに獅子の屍が転がっていて、結果が聞かずとも知れるわけではないのだ。
「そのことでな、ジョイド。俺の将来のために、一つ教えてほしいんだが。……〈神前送り〉を中断して、結局再開しなかった場合は、詫びを入れた方がいいんかね?」
予想外だったと見えて、瞠目が返ってくる。
「失敗したの?」
「いや、宛先を途中で変えたんだわ。時間的に余裕がなくて」
〈天帝〉には〈天帝〉を示す専用の印があるけれど、〈侍従狼〉はそこまでの存在ではないから一字ずつ指文字で綴っていかなくてはならないし、「気付」を実現するためにも五つばかりの印を並べなくてはならない。が、〈天帝〉のように一つの印で指名できる相手に変えれば、かなり短縮できたということでもある。といっても、〈天帝〉では自分の手には負えなかったわけなので。
トシュは右手で一つの印を結んだ。
数年来の相棒は呆気に取られた。
「〈武神〉じゃない」
「それはいいんだよ。途中キャンセルした〈侍従狼〉と〈天帝〉なんだよ問題は」
間違えない自信のある印を、他に思いつけなかったのだ。思い出したくもない。〈世界狼〉の憎むべき仇敵に縋ったなど。
「……そうだね、非礼は詫びておいた方がいいと思う。〈侍従狼〉は君には怒らないかもしれないけど」
そう答えたジョイドは心成しか、呆然としてさえいるようだった。トシュの僻目であったかもしれないが。