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作者: 泗水 眞刀
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 それからひと月後、トールン直近のヒューリオ高原で聖龍騎士団を中心としたサイレン正規軍と、ザンガリオス鉄血騎士団全軍とワルキュリア鉄血騎士団・右舷の連合軍が睨み合っていた。

 ここに後々トールン大乱の勝敗を決する『ヒューリオ高原会戦』と呼ばれこととなる一日が始まった。

 当初数の上ではサイレン正規軍たる『トールン守備軍』の方が勝っていたのだが、この一月で形勢は逆転していた。
 進軍を始めた頃は一旬もあればトールンへ迫ると思われたが、予想に反して一月以上にも渡る時間を掛けて敵は進んだ。

 ゆっくりとトールンへ進軍する途上で、次々と地方騎士団や民兵を吸収した叛乱上洛軍に対し、正規軍からは脱走者が相次ぎ、残存しているのは殆どが聖龍騎士団のみになっていた。
 脱走した兵たちは大半が鉄血騎士団へ身を寄せており、数の上でもバッフェロゥ伯を総大将とした鉄血連合騎士団を核とする『叛乱上洛軍』が有利になっている。
 すべては戦略の魔術師と言われる、ヴィンロッド伯爵の策略であった。

 トールン市全体を要塞化して、数に劣る不利を補うため狭い地域を利用した市街戦に持ち込むという策も検討されたが、そうすれば市民及び歴史的建造物に大きな被害が出るということでその案は却下された。
 常套手段を採るとすれば、一も二もなく市内での籠城が最上策ではあるが、イアンとトールン防衛騎士隊のセルジオラスがそれを強行に拒否した。
 市民に被害が出ることを、なによりも嫌ったのである。

 トールンを守護するということは、すなわちトールン市民を守るということでもあるのだ。
 トールン育ちの二人にとって、この美しい公都が戦火に見舞われるなどというのはあってはならない話しであった。

 同じ籠城戦であっても、市内を固く守り敵を寄せ付けずに、外からの救援部隊と挟み撃ちにしてトールン近郊で撃破するというのなら構わないが、今回籠城すれば市内そのものが戦場となってしまう。
 そうなれば一般市民に、どれほどの被害が及ぶか予想もつかなかった。
 作戦立案をしたイアンにとって、敵側に寝返った兵数が予想をはるかに超えたのがすべての誤算となった。


「情けねえなあ、イアンよ。お前ぇら職業軍人ともあろうもんが、こうもあっさりと裏切りやがるなんてよ。その大半がれっきとした騎士さまなんだから開いた口が塞がらねえ、貴族や騎士にゃ筋も仁義もねえらしいな。俺たちから見りゃそんなやつらを屑って言うんだぜ」
「すまねえ親分、それを言われると返す言葉がねえよ。でも俺の可愛い騎士たちゃあ誰一人として欠けちゃいねえよ。聖龍騎士団は一枚岩だ、俺はそれだけで十分嬉しいのさ。勝つつもりでいた戦だがどうやら今日が俺の命日となりそうだ、でもあんたまで付き合うことはねえんだぜクラークス」
 聖龍騎士団総司令イアン・ヴァン=デュマが、横で馬を並べている男に声を掛ける。

 少し小高くなっている丘から、敵の陣形を確認でもしているのであろう。
「いまさら遅えよ、俺とお前の仲だ付き合ってやろうじゃねえか。クローネの親父の所に一人で行くのは寂しいだろ。それに早くあの世のルバートと三人で酒でも飲みたくなってた頃だ、強がってる振りしてるがお前は昔から一番泣き虫だったからな、最期は俺が一緒にいてやるよ」
 イアンと同年代の年恰好はしているものの、甲冑は身につけていない所を見ると騎士ではないらしい。

「そうですよイアンの旦那、旦那の騎士たちだけじゃねえんだぜ一緒に死にてえのは。俺たちだってこんな漢とだったらなん度だって死んでやるよ、ねえ親分」
 側に控えている癖のある悪党面の、狐火のババルディが嬉しそうに笑っている。

「おうよ、このトールンの顔役クラークスが義兄弟の盃を交わした漢だ、黙って死なせたとあっちゃ俺の侠が立たねえ。一足先に逝っちまったルバートの兄弟にもな──」
「まったく物好きだなお前ぇも、命なくなっちまうんだぞ」
 呆れたようにイアンが肩をすくめる。

「今夜はルバートと三人で、美味い酒を飲めそうだ」
 そんなことは気にも掛けないように、クラークスが豪快に笑った。

 一緒にいるのはトールン最大の侠客クラークス一家を率いる、メルカッツ・クラークスであった。
 どういう経緯で聖龍騎士団総司令とヤクザの親分がこういう関係となったのか疑問だが、どうやら義兄弟の仲であるらしい。
 彼の一声でトールン中のやくざ者が集まり、三千人以上の異形の集団を作っていた。


「おいイアン、命を掛けて闘うのと命を粗末にするのは全然違うことだぞ。絶対に最後まで希望は捨てるな、俺にもいささか策がある。その策がうまく行きゃこの戦勝てるんだ、短気を起こして死に急ぐんじゃねえぞ」
 クラークスが真顔でイアンに囁く。

「いったいなんの話しだ、軍師でもあるまいに侠客のお前がなにか謀か? これはヤクザの喧嘩じゃねえんだぞ、一体なにをしようとしている──」
「それは秘中の秘だ、いまはまだお前にも話せん。どこに間者の耳が潜んでいるか分からんからな。いいか、うちの代貸しのクエンティが必死で動いてる、どうにかこの状況を引っくり返すためにな。だから絶対に命を粗末にするなよ、それだけは約束してくれ。ヤクザ者にはヤクザ者の伝手ってやつがあるんだ、一発逆転を狙えるほどのな」
 意味ありげにクラークスが目配せをする。

「へへへっ、イアンの旦那、あっしらに任せていておくんなさい。クエンティの兄貴ならきっとやってくれる、宮廷だ大貴族だってえのだけが、世の中動かしてるんじゃござんせんぜ」
 クラークスの手下ババルディが、悪そうに片目を瞑って見せる。
 それをイアンは胡散臭そうな顔で見ながら、自陣の方へ眼をやった。

「おっ、そろそろ集まる時刻だ、これが最後の軍議となるやもしれぬな──。おいケント、軍議の場にワインと杯を用意しろ。ケチケチせずに俺の取って置きのやつを持って来いよ」
 馬首を返しながら部下に声を掛けた。
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