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作者: 泗水 眞刀
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 帷幕の中では陣立てが続行されていた。
「左翼の陣備えは、オルベイラ侯爵、オズワルド伯爵とその傘下の騎士団、並びにトールン防衛騎士隊にお願いしたい。敵はここに進軍途中で吸収した各地方領主の騎士団を配置していると思われる。かなりな兵数と見ていい、きつい戦いとなりますがなにとぞ踏ん張って頂きたい」

「数に劣るわが軍はどこに配置されようが大変なのは当然のこと、お気になさるな。わが方から離脱した者どももここに居るだろうから、その者たちにたっぷりと裏切ったことを後悔させてやりましょう」
 エバール地方の大貴族オルベイラ・クォルス=クライシェス侯爵が、おっとりとした口調で返事をする。

 大領主なだけあって、このような場にあってもゆったりと構えている。
 育ちの良い柔和な顔のオルベイラ侯爵を見ていると、ここが戦場だということを忘れてしまいそうになる。
 しかし戦力としては大きく、彼に従っているのは直属のエバール騎士団はじめ四つの騎士団であった。

 サークード騎士団千五百を指揮するのは彼の義理の弟である、ジェイムル地方の領主ユング・クォルス=サークード子爵。

 従兄弟のヘンス・クォルス=パーフェン伯爵は、テノーラ城主でテノーラの耳かき棒と呼ばれる三叉の翼付き長柄槍で有名なパーフェン槍騎士団千五百騎を率いている。

 八百と少人数ながら馬弓手揃いの精鋭部隊ラッキンドル騎士団を擁するのは、甥のデローザ・クォルス=ラッキンドル伯爵。

 その他一族の小領主から領内の豪族の私兵まで、一族一門欠けることなく、当主であるオルベイラに付き従い参陣していた。
 その固い結束は、彼の人並みならぬ人徳があってのことだろう。

「寝返った不忠領主どもや、顔を見るのも汚らわしい裏切り者たちにクォルス・エバール一門の底力を嫌というほど見せつけてやりましょう。父に成り代わりこのハーデッドがエバール騎士団とその一門を指揮し、相手の右翼ごときは蹴散らしてご覧に入れます。数だけの烏合の衆などに決して遅れは取りません」
 三十代半ばのいかにも貴公子然とした長身の男が、前髪を掻き上げながら爽やかな笑顔でそう言い放った。

 オルベイラの嫡男の、ハーデッド・クォルス=クライシェスである。
 エバール騎士団二千と一門四千を加えた、総勢六千騎を統括する大将である。

「若、あまり逸り過ぎて一騎駈けなどするのはお止めくだされよ、そのような派手な甲冑で駈ければ絶好の敵の的となってしまいまする。その度に付き従う爺めの命がいくつあっても足りませんぞ」
 エバール騎士団総騎士長で歴戦の勇士ウォーベル男爵が、困り顔で腕を組み口をへの字に引き結ぶ。

「その通りだハーデッド、敵を侮るではないぞ。相手とて命を懸けておるのだ、動かぬ藁人形を相手にするのとはわけが違う。戦場ではウォーベルの言葉は父の言だと思い疎かに聞くではないぞ」
「はい父上、肝に命じます」
 育ちの良さなのか、素直に父の言葉に返事をする。

「義兄上、若の側にはわたしとサークード騎士団選りすぐりの旗本騎士がついております。ご安心ください。無茶をしたら此のユングが叱り飛ばします」
 ユング子爵が小柄ながら精悍そうな浅黒く引き締まった顔で、ハーデッドの金と白で彩られた煌びやかな鎧を剣の柄で軽く叩く。

「頼んだぞ義弟よ」
 若さゆえの怖いもの知らずな息子のことが心配なのであろう、義弟に頭を下げる。
「いつまでも子ども扱いは止めて下さい叔父上、わたしとてすでに三十三でございます。一々ご心配には及びません」
 若い頃から叱られてばかりのハーデッドは、不満そうに叔父ユングを睨む。
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