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作者: 泗水 眞刀
3-4


「オルベイラ卿は一族が固く結ばれており、羨ましい限りだ。それに引き換えわがアルフェロス一族のなんと不甲斐ないことか」
 オズワルド・ディル=アルフェロス伯爵が歯噛みしながら傍らの男に声を掛ける。

「いかにも左様、宗家のテンペルスからして公国商務長官の要職に在りながら、事が起こると体調不良を理由に国元へ逃げ帰り、まだ十六の息子のエヴァンスに侯爵位を譲り隠居してしまいおった。あの腰抜けめには腹が立って堪らん」
 オズワルドの弟シミュロン城主のエルミド子爵が、兄によく似た切れ長の瞳を怒らせて吐き捨てる。

「他のやつらもみな、宗家に倣ってわれ関せずと頭を抱えて巣籠りだ。信念に従い相手側に回って戦場で相まみえるのならまだ少しは骨があるが、どちらの陣にも加わらず震えて固まっているとは、なんとも情けない限りだ。諸将に顔向けが出来ぬ、それに大恩あるクローネの親父にもあの世で目を合わせられん」
「いやいやそう嘆くんじゃないオズワルド、お前たち兄弟が来てくれて俺は嬉しい。若き頃に共にクローネの親父から受けた薫陶を忘れずこうして立ってくれた。親父もきっと喜んでくれておろう」
 イアンが慰めるように、肩を落としているオズワルドの手を握る。

「すまんなイアン、わがアルフェロス一門十二騎士団がすべて加わっておれば一万二千の大兵力となったものを。わたしと弟でどう掻き集めても二千騎だ、笑ってくれ」
 悄然と肩を落としているオズワルドに、セルジオラスが声を掛ける。

「二千騎もおれば大したものではござらぬか、わたしなどさっきから大口をたたいておるがトールン防衛騎士隊は総勢合わせても千五百足らず。しかし数ではござらん、心意気がどこまであるかが戦では大事だ。そこではわたしも貴殿も他の諸将に引けは取らぬはず、なにも肩を落とす必要はござらんではないか」
「勿論だ、裏切り者どもに痛い目を見せてくれる。ともに存分に暴れましょうセルジオラス殿」

 左翼を担うのはオルベイラ侯爵とその一門六千、オズワルド兄弟率いる二千、防衛騎士隊千五百の総勢九千五百騎と決まった。

「わが軍の本隊は聖龍騎士団七大隊、総勢二万五千騎。このイアンが総指揮を執る」
 イアンがすべての陣立てを告げ終わった。

 現政権を支持する公都トールン守護軍の陣容は、主力聖龍騎士団を筆頭に五万四千騎。
 一方の叛乱上洛軍は本隊のザンガリオス鉄血騎士団二万八千、ワルキュリア鉄血騎士団・右舷一万五千。カーラム・サイレン家に属する諸侯騎士団一万二千に、進軍途上において吸収、寝返って参陣した騎士団が三万三千、総勢八万八千騎の大軍である。
 その兵力の差は約三万人、公都守護軍の方が圧倒的に劣っている。


「数では不利だがなにも戦の勝敗は兵数だけで決まるものではない、勢いのある方へと勝負が流れることもよくある話しだ。気持ちで押す以外に作戦はない、みなそのつもりで戦って欲しい。先陣を仕掛ける頃合いはすべてエリオット伯にお任せ致す、あとはその勢いのまま各自の判断で出撃されよ。これだけの数の兵がこんな草原でぶつかり合うのに、下手な小細工は通用せぬ。力でねじ伏せるのみ、軍議はこれまでとするが、最期に俺からほんの心ばかりの餞がある。ケントみなにお配りせよ」

 イアンに促されデュマ家の下僕数人が、クリスタル製の華麗な杯に注がれた葡萄酒を、帷幕内の諸将に配り始めた。
 デュマ家伝来のクリスタルグラスで、家紋である薔薇と獅子が黄金であしらわれている。

「わがデュマ家秘蔵のワインです、戦前の乾いた喉を潤して下さい。先ほども言ったが、戦況が不利と決したら無理をせずに兵を引いて落ち延びて欲しい。戦は今日が最後ではない、生き延びてまたの日を期して下さい。決して死んではならん、生きて最後の勝利を掴んで欲しい」
 ゆっくりとイアンは諸将の顔を見回す。
 それぞれの胸に去来する感情もあるだろうが、誰一人として声を発する者はいない。

「諸将のご武運を! ドルーク・サイレン!」
 そういってイアンは杯を高く掲げると、そのまま一気に呷った。

「応! ドルーク・サイレン!」
 みな一息に紅玉石ルビー色の液体を飲み干す。
 イアンが手に持っていた杯を地面に投げつけた。

〝ガシャン〟
 杯は粉々に砕け散る。

 諸将も倣って杯を地面に叩きつける。
 後は声を交わすことなく、それぞれが帷幕を出て自陣へと去って行った。

 いよいよ決戦が始まったのである。
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