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作者: 泗水 眞刀
3-7


「あの旗印はどこの騎士団のものか──」
 敵先陣を預かっているザンガリオス鉄血騎士団六勇将の一人、ウオーホーが側近に訊く。

「あれは双頭の狼と交差する槍、シャザーンの神狼傭兵騎士団だと思われます」
「なにぃ、シャザーンの不逞の輩どもか。金で働く汚い人間の癖に一人前に騎士を名乗るなど片腹痛いわ。真の騎士とは如何なるものか知らしめてくれよう」
 ウオーホーが蔑むように唾を吐く。

「怯むな者ども相手は卑しい傭兵ずれだ、恐れるに足らん踏み散らしてやれい。無敵ザンガリオス鉄血騎士団の手並みを見せる時ぞ」
 自陣へと駆け入ってくるドルジェを先頭とした騎士団を指差し、配下を叱咤激励する。

 奇襲的なリッパ―騎士団の突撃の後、本格的な先陣同士の交戦が始まった。
 数的劣勢をものともせず、狼軍団が野性的な戦いぶりでザンガリオス鉄血騎士団を押している。

 同じ神狼傭兵騎士団ながら、オウガの闘いぶりは荒々しさがあり、バルク麾下の傭兵たちはどちらかといえば重厚な正統派と言える。

 それまで先陣突破、本陣への突撃、敵右陣への奇襲と思うがままに暴れまくっていたリッパ―騎士団だったが、いまは他への手出しは止め神狼傭兵騎士団の遊軍として、要所要所でその槍を敵へ突っ込んで行く。

「今度はこちらから仕掛けてやれ、相手は素人の義勇兵が混じった弱兵ぞ。ワルキュリア鉄血騎士団右舷の敵ではない、押して押して押しまくれ」
 風神キンデル将軍麾下の三将軍の一人、烈風デロイこと若きデロイ・シュー=アーデル子爵が、キンデルの許可なく、いままで後手後手に回っていた自軍からの仕掛けを強行する。

「迎え撃て、敗れれば再び故郷へは帰れぬわれらだ。死など恐れず一歩も引くな、サイレンの明日はわれらが造る。鉄血騎士団など名ばかりだ、今日から最強はわがユンガー連合騎士団が名乗る。真正面から押し返せ、われらこそ最強ぞーっ」
 ユンガー家の股肱の臣、テムーゼン将軍が大きな目をぎらつかせて騎士たちに言い放つ。

「テムーゼン将軍のおっしゃられる通りだ、戦は名前でするものではない。われら聖龍騎士団は人々からトールンの貴公子の集まりで、実力は他の騎士団に劣ると思われている。しかしわれらこそがトールンの守護神だ、奮い立てわが騎士達よ。われらの死に場所はこのヒューリオ高原ぞ、明日はない、今日を闘え猛き聖龍たちよ」
 唯一ゆいつ本陣から離れ、右陣に配置されている聖龍騎士団第五大隊の指令デオナルドが、若々しい顔を真っ赤に染めて吠える。

「野郎ども、暴れるだけ暴れまくれ。まともにぶつかるんじゃねえぞ、相手を混乱させりゃ後はウィルムヘル卿がなんとかしてくれる。徹底的に敵陣を混乱させるんだ、死ぬんじゃねえぞ命はたった一つしかねえ、俺たちゃ騎士じゃねえんだなにより命は惜しめ。お前ぇたちの帰りを待ってる大事な家族がいるんだ、いいか馬鹿野郎ども」
 ずらりと居並ぶトールンの裏社会の親分たちを前に、クラークスが指示を出す。

「馬鹿はねえだろ大親分、俺たちだって命懸けてるんだからよ。でも馬鹿にゃ違ぇねえな、こんな金にもならねえ所まであんたについて来てるんだから」
 トールン北地区の親分、雲のジェンガが俊敏そうな小さな身体で笑っている。

「馬鹿が馬鹿と言われてなにが可笑しいんだよジェンガ、普段から少しは頭を使えって言ってるだろ」
 西地区を仕切るラーマがジェンガをからかう。

「うるせえラーマ、俺はてめえみてえに妙に能書きを垂れるやつは好かねえ。漢は腕っぷしだろ、ましてやこんな戦場じゃ口はなんの助けにもならねえぞ」
「だからお前は馬鹿って笑われるんだ、こんな所だからこそ頭を使って動くのが大事なんだよ。まずは字でも読めるようになってから俺に意見しろ」
 一見裕福な商家の若旦那といった風貌の優男ラーマは、細身に巻いた煙草を気障に燻らせる。

「言い争いは止めろ、今日はみな仲間だ。助け合わなくてどうする」
 人一倍大きな身体をした男が、笑いながら二人をたしなめる。

「ようしみんな散れ、地を這い、敵の後ろに忍び寄れ、意表をついて首を掻っ切れ。俺たちは戦をするんじゃねえ、どんな汚ねえ手を使っても相手を殺しゃいいんだ、慌てさせりゃいいんだ、ぶちのめしゃいいんだ。一世一代の大出入りだ、義理のあるクラークスの親分に侠を見せようぜ」
 東地区エルジオ一家の貸元、ビッグヴァ―ンが熊のように大きな巨体を震わせて戦場に駈けて行く。

「熊公に続け、偉そうに馬を乗り回してる騎士さま方を、思う存分弄ってやろうぜ」
 南地区の侠客、三代目デボレイド一家の大頭ロリロイズが、細面の人形のように美しい顔にぞっとするような影を浮かべて唇を歪める。

「一足先に行って参えりやす親分」
 両手を腿にあて腰を落として上体を屈める、やくざもの特有の挨拶を交わして、ロリロイズが一家の若い者を引き連れ、颯爽と去って行く。

「行け俺の可愛い馬鹿ども、でも死ぬんじゃねえぞ──」
 戦場へ散らばって行く手下を見ながら、クラークスが呟く。

「おいババルディ、クエンティからなにか言って来たか」
 クラークスが、懐刀のババルディに小さな声で訊く。
「いいえ、代貸しからはなにも連絡は来ちゃいません。なん人か様子を見に行かせましょうか」
「そうだな、やつの細工がこの戦の勝敗を決する。出来れば昼過ぎ頃までには結果を出して欲しい。遅くなれば遅くなるほど味方が不利になる、どこか一方でも崩れれば、そこから相手は数で押して来る。どんなに遅くても夕方前には間に合わせてもらわねえと、こっちの敗けだ」

「じゃあ、気の利いたやつを四、五人遣いに出します」
「頼んだぞババルディ、クエンティに手助けが必要な時はお前が独断で手配しろ。いちいち俺に伺いを立てるこたあない、お前ぇの勘に間違いはねえ信じてるぞ」
「任せといてください、きっと親分にいいご報告をしてみせまさあ」
 ババルディが指示を出すために、クラークスの側を離れる。

 クラークスは素人ながら、この戦が勝てるとは思っていない。
 開戦当初は戦意の高い自軍が優勢に戦いを進めるだろうが、やがて数に勝る相手がじわじわと圧力を高め、疲れ果てたトールン守護軍がやがては押し切られてしまうと踏んでいる。

 そうなればここを死に場所と定めているイアンは、覚悟の突撃を敢行するに決まっている。
「お前は死なせねえぞイアン、俺みてえな孤児みなしごの半端者を、大貴族の御曹司のお前とルバートは兄弟と呼んでくれた。嬉しかったぜ、だから今日は俺がお前を勝たせる──」

 クラークスが、今日なん度目かのその言葉を呟いた。
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