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作者: 泗水 眞刀
4-1



「もうそろそろ白の刻(十一時~十三時)も半ばに差し掛かった頃じゃな」
 自陣で悠然と床几に腰を降ろし戦況を眺めているオルベイラ侯爵が、家令も兼ねるクライシェス家累代の家臣サージオレイ準爵に語り掛ける。

 エバール騎士団とクライシェス一門は、まだどうにか優勢に戦況を保っているようである。
「そうでございますな、陽の高さから見てそろそろ正午でしょう。しかしこの状況では、悠長に飯を食っている暇はありませんな。ははは」
 戦場とは思えぬ、のんびりとした話し方である。

「朝方はわが方が有利であったが、いまはどうやら互角のようじゃ。やはり数の優劣が勝負を分けるのか・・・」
 オルベイラが溜息を吐く。

「このままどこか一画が持ち堪えられずに崩れれば、そこから崩壊が始まる。わが方にそれを再度巻き返すだけの余力はなかろう、そのまま数で圧倒されてしまう。やはりこの戦は敗けか──」
「どこで兵を退くか、その見極めだけは誤らんようにせねばなりませんぞ大殿。イアン殿の言われたように今日ですべてが決まる訳ではございません、いくら口惜しくても捲土重来を期して離脱するのも致し方ございません」
 白髪のサージオレイが誠実そうな口調で、主人であるオルベイラに意見する。

「なんとも腹立たしい限りだ、叛逆者共に後ろを見せるとはクライシェス家末代までの恥辱ぞ。さりとて勝ち目のなくなった戦で、家臣たちを無駄死にさせるわけにもいかぬ・・・」
「あと三カルダンほどが限界でございましょう、それ以上戦場にとどまれば退却の機会を逃し、わが騎士団もイアン殿と心中するしかなくなります。ご決断の刻は大殿がお決めくだされ、殿しんがりはこのサージオレイがお引き受けいたします」

「致し方あるまい――、しかしハーデッドめが素直に言うことを聞くかどうか」
「なあに、ご舎弟のユーディ殿が若殿の尻を引っ叩いてでも、言うことを聞かせてくださいましょう。いつもながら頼りになるお方でございますな、あの律義者の子爵殿は。妹君を嫁がせて大正解でございました、いまではクライシェス一門の主柱といってもいいお方になられた」
 オルベイラの末の妹クロエが嫁いでいるのが一門の遠縁であった、サークード家のユーディ子爵であった。

「クロエめ初めのうちは、あのような小冠者は嫌だと散々ごねておったが、嫁いだ途端に聞かされるのは惚気ばかり。いまではすっかり惚れ切って、三人の子にも恵まれておる。身体は小さいが肝も度胸も大きな男だ、なによりもあの聡明さはわが一族の宝となろう。これからのクライシェス家にはなくてはならぬ者、ハーデッド共々ここで死なせるわけにはいかん。くれぐれも無茶をさせるなよサージ」

「委細承知しておりまする、わが老い先短い命に代えましても、お二人は無事に国元へ還して見せまする」
「なにを馬鹿なことを申しておる、サージお前もわたしの大事な片腕ではないか、お前がおらぬ毎日など考えられん。みな揃って北エバールの美しい山々をもう一度眺めようぞ」

「はっはっはっ、不思議なことにあの見飽きたはずのオリヴィオ山脈に冠かる雪も、こうなると妙に懐かしく思えて参りますな」
 オリベイラの読み通り、それから一刻たった頃から少しづつ疲れが蓄積して来たのか、味方の動きが鈍くなってくる。


「この辺が仕掛け時だと思うが、どう思うヴィンロッド」
「そうですな、そろそろ力責めもいいでしょう。敵にはもう余力は残っていますまい、一気に勝負を決しましょう」
 余裕の表情で魔術師ヴィンロッドと総指揮官バッフェロウが、積極的な攻撃態勢へと舵を取ることを決めた。

「よし、いまが勝負の時だ、左陣へ本隊の一角を掛からせよ。ごちゃごちゃと小うるさいリッパ―騎士団と義勇兵どもを掃討するのだ。残りは敵本陣へ向かい突き進め、相手はもう疲れておる一気に揉み潰すぞ」
 バッフェロウが、今日初めての指示を出す。

 さすがはサイレン最強と言われるザンガリオス鉄血騎士団、指示が出ると間を置かずに陣形が変わり、各々の為すべき行動を実行し始める。

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