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作者: 泗水 眞刀
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 本陣からかなりの距離を置いた高台に、敵の主導者たちがしっかりとした造りの帷幕を張っていた。
 大きな素焼きの壺が据えられ、気化熱で適度に冷えたキャリム水を手にし、悠々とした態度で軍議を開いている。
 いや、軍議と云うより談笑といった雰囲気である。

「いよいようちのバッフェロウが動くようですぞ、これで敵も終わりでしょう」
 ザンガリオス家の当主ペーターセン・フォン=ザンガリオス侯爵が、やっとだというような顔で他の諸侯に笑いかける。

「しかしこうもあっさりとことが運ぶとは、予想以上でしたなヒューガンさま」
 口髭を撫でながらカーラム・サイレン家の執事ロンゲル・ダルク=オイルエルが、主人であるヒューガンに勝ちを確信したように、持っていたキャリム水の入った杯を掲げる。

「近衛騎士団は動かず、バロウズ騎士団もノインシュタインの命知らずの狂戦士どももおらぬのでは、さすがのイアンも策の立てようがなかったであろう。ヴィンロッドの魔術がすべてうまくいったな、あやつにはことが成った後には、サイレン国軍の総参謀長の座と参政権を与えよう」
 フライディ・フォン=ワルキュリアが、子飼いの希代の策士を自画自賛する。

「しかしなんといっても、ジョージイー候が大公をうまく言い包めてくれたことが功を奏した。馬鹿なアーディンが大公不介入を宣言したことにより、近衛騎士団が無力化された。すべての勝因はこれに尽きる、ジョージイー公の働きが戦功の第一番ですな。次期大公に就いて頂くに値する」
 ロンゲルがわざとらしく、ジョージイーを褒め称える。

 現政権を打倒した後、ジョージイーは次期大公の座を約束されているのだ。
「アーディンとは兄弟同様に育った仲、わたしの言うことを疑いもせずに信じ込みおった。あまりに人がいいのでなんだか気の毒で、あれ以来顔を合わせておらん。なにせあやつ諸共リム・サイレン家は滅びてしまう運命なのだからな」
 ジョージイーが、幾分バツの悪そうな表情になる。

「なにを申されます、アーディンめが父を惨殺したトールン貴族どもの口車に乗り、わがカーラム・サイレン家から大公位を簒奪した張本人。家臣である貴族どもに良いように操られるサイレン家の面汚しなど、この世から家系ごと消え去って当然だ、あなたが気に病むことはない」
 憎々し気にヒューガンがはき捨てる。

「しかし、大公が土壇場で宮廷と連携して、不介入宣言を翻しはせぬかと、最後までハラハラしましたぞ」
 ザンガリオス家の若き家老リネルガ・デゥ=ククルが、聡明そうな瞳を幾分曇らせた。

「それはご心配なく、大公の身の回りはウェッディン家の息の掛かった者で固めてある。実質上の軟禁状態です。すぐにお亡くなりになって頂くお方ゆえ、少々手荒いこともさせて頂きましたが」
 ウェッディン家の家令職を務めるアルファ―・デル=ボウムズ伯爵が、気弱な性格の主人に代わって現状況を説明する。

「馬鹿なやつだ、まんまと大公不介入など自らの首を絞めるようなことを宣言しおって。あのような無能な男が大公など笑い話しにもならん、すぐに一族共々首をアルアナス広場に晒してくれる。父の仇ネルバ方爵家を始めとするマクシミリオン、デュマ、バロウズ、ノインシュタイン、ポルピュリオウス、クライシェスの謀反人どもは、九族に至るまで一人残らず皆殺しにしてくれる。係わった者たちは家族に至るまで奴隷に堕とし、異国へ売り飛ばしてやろう」

「サイレンの歴史上これほどの粛清劇はいまだかつてなかったもの、アルアナス広場だけでは首を並べきれぬかもしれませんな。カーラム大通りの両側にも晒せばどうにかなりましょう、一体幾つの首が並ぶのやら、考えるだに恐ろしい──」
 ヒューガンの言葉を受けて、ワルキュリア家の外戚であるホワイティン・ロウル=エッジス男爵が、青ざめた顔でぶるっと身体を震わせる。

「盛者必衰という言葉もある、一歩間違えばわれらが同じ運命を辿ることになる。最後の最後まで気は抜けん、一同努々(ゆめゆめ)油断なさらぬことだ、世の中なにが起こるか分からんからな」

 アルファ―伯が、諸侯へ注意を促す。

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