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「あの紅い鎧の一団はなに者だ、特にあの派手な兜の指揮官は一体誰か。あやつ一人に搔き回されているではないか、それにつられて敵兵の士気が高まっている。このままではまずいぞ、戦は勢いでどう変わるか分からんものだ」
ヴィンロッドが眉間に皺をよせて怒鳴る。
どんな時も冷静な顔をしているため、白面郎と揶揄されている彼からすると、珍しい反応である。
それほどアームフェルの働きが、目を瞠るものである証拠である。
「はっ、名門アイガー家のアームフェルと、紅炎隊と呼ばれる彼の子飼いの騎士達です。聖龍騎士団一の精鋭と聞いております」
「あれが紅備えのアームフェルか──。このままではこの戦どう転ぶか分からなくなるぞ、あやつこそ真の英雄たる資質を持った男だ。彼の姿に勇気づけられ敵の士気が上がり、本来ないはずの力が湧いて来る。あの紅い一団を止めなければ、明日の旭日を見れぬのはわれらになるやもしれん。この先のサイレンを思えば死なせるには惜しい男だが、こうなれば仕方あるまい。テンペルスとガームをここに呼べ」
ヴィンロッドが未だに動いていない二つの部隊のうちの一つ、自らの旗本隊二千の中から将軍二人を招集する。
しばらくして長い黒髪を後ろで束ねた、長身痩躯の男がヴィンロッドの前に静かに姿を見せた。
「お呼びですかわが殿──」
「おおテンペルスか、いよいよお前の長弓(ロング・ボウ)隊の腕を見せる時が来たぞ」
「して狙う相手は誰です」
ニヤリと唇を歪める。
「紅備えのアームフェルだ、相手に不足はなかろう」
「ご命令とあらばたとえ標的が大公殿下であろうと否とは申しませんが、気乗りのせぬ相手ではございますな。以前一度言葉を交わしたことがありますが、素晴らしい武人でした。人となりも申し分のない男です」
「やりたくなさそうだな。お前がそこまで言うほどの男だ、わたしも出来れば殺したくはないが、ここでやらねば戦況そのものが変わりかねん。残念だが彼には死んでもらう」
顔を曇らせたテンペルスに対して、ヴィンロッドの言葉には一片の躊躇もない。
「俺が守るのはテンペルスですかい殿。すぐにでも出撃できますぜ、どこに突っ込めばいい」
髭面の大男が、大股で近づいて来る。
「相変わらず大雑把なやつだなガーム、まずはきちんと殿のいうことを聞け」
「お前は能書きが多いんだよテンペルス。俺が側にいる限りなんの心配もいらねえ、思う存分敵に矢の嵐を浴びせてやれ」
「まあそう逸やるなガーム、敵はいくらお前でもそうたやすい相手ではないぞ。聖龍騎士団最精鋭の第三大隊、しかも標的は紅のアームフェルだ」
ヴィンロッドの言葉に、一瞬ガームの顔に苦い表情が浮かぶ。
「殿そいつはどうにも勿体ねえぜ、死なすには惜しい男だ。どうにかならねえのかい──、これからのサイレンに絶対に必要なやつだぜあいつは。凄くいいやつなんだ、男の中の男だ。どうしてもってんなら俺に一騎打ちをやらせてくれ、あんないい男を矢襖で死なせたくねえ。テンペストの隊でやるんなら、俺が敗けた後にしてくれねえか」
「アームフェルを知っているのか、ガーム」
研ぎ澄まされたような鋭い視線を、ヴィンロッドが大男へ向ける。
「前に一度命を救われたことがある、三年前のアーカム戦役の時だ。あの時あいつが指揮官の命令を無視して、命を張って救援に来てくれなければ、いま俺はこの場にいない。戦の腕も一流だがあの熱い心に俺は惚れた、彼以上の武人に俺は出逢ったことがねえ。なあ殿、ここは俺の我儘を聞いちゃくれねえかい、一騎打ちをやらせてくれ」
「お前までが命乞いをするのか、相当な人物だなアームフェルという男は──」
ガームが傍らのテンペルスを〝お前もか〟といった風にチラリと一瞥する。
「サイレン一の武人だ、いつかサイレンにとってあの男が必要になる時が来る。俺はそう信じている」
「では尚更ここで死んでもらわねばならんな、聖龍騎士団を実質けん引しているのはあの男だ、ということはあの者の死が敵の士気を挫く切っ掛けとなる。後はもう総崩れとなろう、これは命令だ、すぐに長弓隊打撃群を発動する」
納得できずにガームは、燃えるような瞳で主人であるヴィンロッドを睨んでいる。
「お前たち二人がいなくともわが軍に大きな影響はない、しかしあの男が衆目のただ中で死んでしまえば、敵に与える影響は計り知れん。恐らく一気に敵はそこから崩れて行くはずだ。お前たち両名の命と引き換えようとも必ず討ち取れ、よいかガーム一騎打ちは認めんぞ、したところでお前はあの男には勝てん。わが命を聞けぬのならばもはやわが家臣にあらず、この場で腹を切れ」
「わかったよやりますよ。チッ、そもそも今度の戦自体俺には理解できねえんだ、お偉い方々は一体なにがしたいんだよ。同じサイレンの人間同士じゃねえかよ、なんで殺し合うのか、俺みたいな戦場しか知らねえ者にゃてんで分からねえ。身分も領地も申し分ねえほど持ってるじゃねえか、それ以上なにを望むんだよ。おいテンペルス、お互いこんな気持ちで敵に向かうのはこれっきりにしてえな。俺の陣へ来い、胸糞悪いが男の中の男を遠くから矢襖にする打ち合わせでもしようや」
ガームが、主人に対しての言葉とは思われない台詞を吐く。
「言葉が過ぎるぞガーム──」
テンペルスが顔を強張らせる。
「すまねえな、俺は根っからの武辺者でね。そうは言ってもいまはバランディ家に飼われている身分だ、ご主人さまの命であれば従うしかあるめえ」
ヴィンロッドから目を背けたまま、不満そうに背を向けて歩き出す。
テンペルスが、自陣へと戻るガームへ軽く手を挙げる。
言葉には出さぬが、彼も同じ気持ちなのであろう。
「正直な男なのです、お許しください」
テンペルスが、駄々っ子のような同僚の態度を謝る。
「はははっ、あの一本気がガームのいい所だ。口だけで肚は綺麗な人間なのは分かっている、気にはしておらん」
穏やかな顔で、戦略の魔術師が笑う。
「殿、後悔はされませぬな」
再度テンペルスが確認する。
「後悔などせぬ、やらねば勝敗自体がどう転ぶか分からん。きゃつがもそっと凡庸であってくれれば生かしておけたものを──」
「分かりました、これ以上もうなにもいいますまい。では良い結果をお待ちください」
哀し気な表情で、テンペルスは丁寧に礼をして去って行く。
「すまぬなガーム・・・」
誰にも聞こえぬくらいの小さな声で、サイレン最高の軍師ヴィンロッド・ド=バランディは大男の後姿に詫びた。
「弟のウル―ザをここへ、玄象騎士隊副隊長のオズテラスもな。ガームには気取られるなよ」
ヴィンロッドが、第三の男を秘密裏に呼び寄せた。
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