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作者: 泗水 眞刀
4-6


「なにをしている、敵の弓隊を射程に入れるな。なにがなんでも守り切れ、ここが勝負の分かれ道ぞ。アームフェルに一矢たりとも射掛けさせるな、身を盾にしても押し留めよ」
 第三大隊と並んで戦っている第八大隊指令のエネジェルスが、麾下の騎士達に命を下す。

 半カルダン前に突然敵が戦況に関係なく、新手の部隊を投入してきた。
 五百もの弓隊を後方に従えた奇妙な陣形であるために、当初相手の意図が分からずに前線は対応に苦慮した。
 そこに本陣のイアンから、各大隊へ急使が放たれた。

〝相手の目標は第三大隊とアームフェルの狙い撃ちだ、後陣の弓隊を決してアームフェルに近づけるな。一丸となって敵陣を突き崩せ、これこそヴィンロッドの奇手だ。防ぎ切れば数では劣っているがわが軍が優位となる、今日の勝敗を左右する攻防ぞ、なんとしても蹴散らすのだ〟
 さすがは軍師の一族出身だけあり、イアンは初見で敵の意図を読み切っていた。

 言葉遣いから来る直情型の印象とは違い、魔術師ヴィンロッドにも劣らぬ戦術家である。
「もう一息だ押し進め、屍の山を作ろうと引くな。長槍隊踏ん張れ、わが部隊の働きが勝敗を左右する。テンペルス殿の長弓隊をあと一歩前進させるのだ」
 ガームの副官の騎馬武者、レッドウッドが懸命に声を掛ける。

 ヴィンロッドの組み上げた〝長弓隊打撃群〟とは、長槍隊三百、歩兵隊五百、前弓隊二百、騎馬隊二百、長弓隊五百の総数千七百の兵からなる特殊部隊である。
 混戦となった際に、狙う標的をテンペルス率いる長弓隊で射止めるために、ガームが指揮する玄象騎士隊が護衛先導する陣形をとる。

 いわば玄象騎士隊は、長弓隊のための捨て駒的役割ともいえる。
 今現在すでに兵の五分の一、二百五十人ほどの死者を出していた。
 それでもガームは一歩も引かないどころか、逆に敵陣へ少しづつ前進して行く。

「そこにいるのは隊の大将とお見受けする、わたしは聖龍騎士団第八大隊副指令ビンセント・エール=タルード男爵でござる。一騎打ちを所望する、名を名乗られよ」
 五十騎ほどの騎馬武者の一団が、隊形の隙をつき突然駆け入って来た。

 率いているのは三十半ばとみられる、どこか幼さを残した風貌の男である。
「これは豪胆な、敵陣深くまでこれしきの小勢で踏み入るとは敵ながら天晴れ。俺は玄象騎士隊隊長のガーム・オーレ=デリスウェルだ、テームス地方の郷士ゆえ爵位は持っておらん。ご所望とあればお相手致そう、掛かって参られよ」
「おう、ありがたやガーム殿。馬上駆けにての打ち合いを所望致す」
 ビンセントが馬の背で、ゆったりと持っている槍をしごく。

「隊長、殿から一騎打ちは禁じられているのではございませんか。知られれば罰を受けまするぞ、おやめ下され。この程度の小勢、押し包んでしまえば瞬時に殲滅できます。なにも一騎打ちなどお受けになる必要はございません」
 副隊長のオズテラスが声を上げる。

「無粋なことを言うなオズテラス、命を賭してここまで駆け入って来た勇者に敬意を示せ。それに俺が禁止されているのは、アームフェル殿との一騎打ちだけだ、お前は退がっておれ」
 黒鉄の野太い柄を持った豪槍を脇に抱え、ガームがビンセントとの馬間を広げる。

「では参る!」
「応っ!」
 ほとんど同時に、両者が馬を奔らせる。

 すれ違いざまに、互いが相手の胸をめがけて槍を突き出す。
 ビンセントが馬の背から浮き上がり、後方へ身体ごと突き上げられる。
 ガームの黒槍がビンセントの胸を刺し貫き、背中から穂先が飛び出ている。
 ビンセントの身体は、ガームの怪力によって槍に架けられたまま宙に浮いていた。

 馬の動きが停まると、ガームが穂先を下に降ろす。
〝どさり〟
 ビンセントの屍が地に落ちる。

 その瞬間周りの兵が、将を失った騎士たちに襲い掛かろうと動き出した。
「やめろ手前ぇら、動くんじゃねえ!」
 ガームが一喝する。

 場が瞬時に凍り付いたように動きを止める。
「ここはすんなりと返してやれ、おいお前ら大将を陣へ連れて行ってやんな。気合の入った立派な騎士だったよ」
 その言葉に甘え、残された騎士が四、五人馬から降りて、ビンセントの死骸を彼の馬へ乗せた。

 そのとき異様な雰囲気が戦場に疾った。
「死んじまったかビンセント――」
 玄象騎士隊副官のレッドウッドの首が、どさりとガームの前に放り投げられた。

「うちのビンセントが世話になったようだな、敗者に対する情けに感謝する。代わりにそちらの勇者の首もお返しいたそう」
 柔らかく落ち着いた声が、ガームに向かって掛けられた。

 そこにはどこから現れたのか、鎧兜を血に染めた騎馬武者がただ一騎立っていた。

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