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作者: 泗水 眞刀
5-4


「なにをしている、勇者気取りの糞生意気な郷士野郎ともども、早くこの者たちを殺してしまえ。総掛かりすれば十小刻カルドも掛からんだろう」
「あっ、ご舎弟さま。何故ここにおいでなのです」
 マーシュ―が驚いたように口を開ける。

「そんなことはどうでもいい、早く敵を殲滅しろ。ぐずぐずしていると処罰するぞ、これだから郷士などと言うやつらは困るんだ。騎士団は貴族に限る、所詮は庶民どもよな」
 声の主は総騎士団長ヴィンロッドの実弟、ウル―ザ伯爵であった。

「しかし隊長から無傷で還してやれと命令されております、ご舎弟さまのお言葉なれどその約束を反故にすることは出来ません」
 マーシュ―がウル―ザの言葉に異を唱える。

「これは兄ヴィンロッドの命令だぞ、つべこべ言わずに従えばいいんだクズめが」
 この遣り取りを聞いていたガームに、一瞬血の気が甦った。

「エネジェルス殿に手を出すことは許さん、たとえ殿の命だろうが俺が一旦約束したんだ、絶対に破る訳にはいかん。スネークここは俺の陣だ、お前ごときの出る幕じゃねえ」
 ガームが怒声を上げた。
 狡猾な性格のために、ウル―ザは蛇〝スネーク〟と揶揄されていた。

「お聞きのとおりです、あなたに従うことは出来ません。命に従わなかった罰は後でいかようにもお受けいたします、どうぞこのまま本陣へお戻りください」
 ガームの言葉を受けて、マーシュ―は改めてウル―ザへ頭を下げ、この場から立ち去るように促す。

「エネジェルス殿、早くお引きください。思ってもいなかった妙なやつが現れた、なにをするか分からん奴だ。俺ももう息が苦しい、わが友マーシュ―が粘っている内に行ってくれ。俺が死んでしまったあと、事態がどうなるかは約束できん。まだ生きている内に立ち去られよ」
 苦し気に息をしながら、ガームがエネジェルスを急かす。
 次の瞬間、誰もが思いもしなかった出来事が起きた。

「わが兄の命に逆らうと言うのか、ならばこうしてやろう」
 ウル―ザは剣を抜くと、有無をも言わせずにマーシュ―の胸を刺し貫く。
「――――」
 マーシュ―は声を上げることも出来ずに、その場に頽れた。

「な、なにい!」
 二十年来の腹心の部下である友の死を目の当たりにして、ガームの表情が凍り付く。

「命令のきけぬ者はこうなる、郷士ずれのいうことなど無視し早くこやつらを殺してしまえ。邪魔になるのならガームも一緒にあの世へ送ればいい。これは兄ヴィンロッドだけの命ではない、大殿フライディ・フォン=ワルキュリアさまの大命ぞ、逆らえばお前ら庶民など虫けらのように捻り潰す。そればかりではない、国元の家族にも類が及ぶと思え」
 兵たちの間に動揺が広がる。

 その時息も絶え絶えとなっていたガームが、身体を支えているエネジェルスの手を振り払い、傍らに転がっている槍をむんずと掴むとすっくと立ちあがった。
 腹から下を鮮血に染めながらも、憤怒の表情でウル―ザを睨み据えている。
 口から流れた血が、ポタポタと顎から垂れている。
 まさに仁王立ちである。

「殿のご威光を笠に着た蛇野郎め、人の命を軽く扱うんじゃねえ。貴族がそんなに偉いのか、俺たちの命には価値がねえってのか。親友のマーシュ―を殺りやがったな、手前えだけは許さん自分の命で償わせてやる」
 血を吐きながら絶叫する。

「脳なしの大馬鹿者めがなにを吠えている、これはすべて兄の命令だ。お前が妙な動きをしたら命を奪ってでも、策を遂行するように秘かに命じられておったのだ。兄は端からお前など信用してはいなかったのよ、これからは玄象騎士隊もテンペルスの長弓隊も、このウル―ザの指揮下に置く。この死にぞこないめ、早くくたばるがいい」

「嘘をいうな、殿がそんなことを──」
「言ってやれオズテラス、これはわが兄の命だとな」
「――隊長いやガームよ、ご舎弟さまの申されているのは本当のことだ。隊長が隊に戻られた後にわたしたち二人が本陣に呼ばれ、殿直々に申しつけられた。〝何がなんでもこの戦に勝つためには、情に捕らわれるガームには限界がある。断腸の思いだが、もしもの時にはウル―ザに従うように。ガームを討ち取ってでも任を全うせよ〟と」
 目を合わせずに、副隊長オズテラスが応える。

「ふはは、そうか殿が俺を――」
 なにかを諦めたように、自嘲気味にガームが笑った。
「なんというざまだ・・・。信ずるべき人物を見誤ったようだ」
 哀し気に唇を噛む。

「いまこの瞬間から俺はヴィンロッド・ド=バランディを見限り、義と情の人アームフェル・ヘム=アイガーさまに臣従する。いつもいつも俺の可愛い部下を、捨て石のように扱われるのにも、いい加減頭に来てたんだ。心を忘れ勝敗のみに固執する愚か者どもめ、それで国を治められると思うているのか。人は策では従わん、人は情によって従わせるものぞ。策を弄し人を陥れれば、やがてはその策によって身を滅ぼすことになる。兵はボロッカ盤の象牙の駒ではないぞ、みな必死に生きているんだ、大事な家族が国元では待っているんだ。ヴィンロッド、貴男はそんな基本さえ分かっていなかったのかい。俺の人物を見る目がなかったらしい、まずはスネーク、わが渾身の槍を受けて死ぬがいい」

 高らかにそう宣言しガームは大きく右腕を後方に引き、黒槍の標準をウル―ザに定めた。

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