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作者: 泗水 眞刀
5-5


「うおおおーうっ!!!」
 雄叫びを発し槍が放たれる。

〝ごぶうっ〟
 黒槍が手から離れる刹那ガームが咳き込み、口から血飛沫が噴き出した。

〝ぶううんっ〟
 豪風を巻き起こすかのごとき勢いで、一直線に槍が空を引き裂き飛んで行く。

 しかしその吐血のため、槍の軌道が僅かにずれた。
 無骨な黒鉄の槍はウル―ザを掠めて、その脇に控えていた側近の胴を刺し貫いた。

 それも一人だけでは勢いは止まらず後ろの兵、更にその後ろの兵までもを貫き地に深々と突き立った。

「外したか――」
 口惜し気に唇を嚙み締めながら、ガームはがくりと片膝を着く。

 兵三人を地面に縫い付けている黒槍を横目に見ながら、ウル―ザはほっとしたように大きく息を吐いた。
 ほんの僅か手元が狂っていなければ、いま頃こうなっていたのは自分であったのだ。

「見たかお前ら、ガームはすでに裏切り者だ早々に討ち取れ。敵ともども肉片になるまで切り刻め、ためらうなガームに従えば国元の家族もろとも、三族にいたるまで処刑する。それ一気に総掛かりせよ」
 ウル―ザの言葉に誘われるように、それまでただ見守っていた兵たちが、一斉に戦闘態勢に入った。

「われらはあくまでガームさまに従う、ガームさまを守りながら聖龍騎士団の方々をこの場から離脱させるぞ」
 ガームの旗本衆の一人、ラージクルがすぐさま呼びかける。
 テームス地方出身の子飼いの兵百五十騎ほどが、ガームの周りに集まる。

 聖龍騎士団五十騎と合わせて二百人ほどが、ガームとエネジェルスを包み込むように守備陣形を組む。

「小賢しいやつらめ、オズテラスぐずぐずするな、一気に揉み潰せ」
「はっ、お任せください。それ相手は小勢だ、相手の大将は重傷を負って肩で息をしている、裏切り者のガームもすでに虫の息だ、恐れずに打ち掛かれい」
 オズテラスの号令の下、前方の敵と直接向き合っている三百騎を除いた、五百人以上の兵が襲い掛かる。

 兵たちは決死の覚悟で、なんとか敵を打ち破り血路を開こうと奮戦するが、やはり多勢に無勢のために次々と討ち取られてゆく。
 瞬く間に五人減り、十人減り、三十人減りと二人を守る兵たちが次々と斃れて行く。

「ギザム、最後の力を振り絞りわたしがなんとか血路を開くふりをする。おまえはすぐに甲冑を脱ぎ捨て、ここにある敵小者の服と胴丸を身につけるんだ。混戦の隙をつき敵陣に紛れ込み、なんとか自陣へと逃れろ」
 エネジェルスは配下の中で、一番身軽な小男ギザムに話しかける。

 そこにはすでに死亡している、敵兵が横たわっていた。
 ギザムはなりは小さいが、大きな身体の同僚との組み打ちでも負け知らずで、更に剣の腕も中々のものであった。
 特に小太刀の腕前は絶品で、まるで手品でも見ているかのように華麗に操って見せるのだ。

『お前の小太刀は神業だ、俺でさえ小太刀ではお前には敵わん。いつかその腕で俺を守ってくれよギザム、頼りにしておるぞ』
 エネジェルスからそんなことを言われたことを、いまさらながら彼は思い出していた。

「そ、そんな指令さまを残して、自分だけ逃げるなんてできません。最後まで側でお守りさせてください。でないと死んで行ったビンセントさまに合わせる顔がありません、どうせ最初っから命を捨ててここまで来たんです」
 ギザムが泣き顔になる。

「逃げるのではない、長弓隊のことを知らせに戻るんだ。お前が戻ることができたら、すぐにでもアームフェルを本陣前にまで後退させろ。さもなくばアームフェルも第三大隊も、長弓隊の矢の餌食となってしまう。アームフェルが斃されれば、わが軍はそのまま敗れ去ってしまうだろう。重要な役割だ必ず成し遂げてくれ、いまやお前だけが頼りだ」
 ギザムは自分の任の重大さを瞬時に理解し、顔を引き締めた。

「──わかりました、必ずやり遂げてみせます」
「頼むぞ、それにもう一つ頼みがある。ガーム殿のことだ、彼の男としての生き様をアームフェルに伝えてくれ。彼がアームフェルの家臣として死のうとしていることを知って欲しい、花も実もある素晴らしい武人であったと。後からでいい正式に聖龍騎士団の騎士として叙してやってくれ」

「承知いたしました、これでお別れなのですね指令・・・」
「うむっ、ビンセントと二人して、やがてお前が来るのを待っている。四十年もしたらまた逢えるだろう、急がずにゆっくりとやって来い。爺いになったお前の顔を見るのも楽しみだな」
 エネジェルスがなんとも言えない、優し気な笑顔を見せる。

「さらばだ、ギザム」
 背を向けたエネジェルスに、ギザムが深々と頭を下げる。

「さあここで最後のひと踏ん張りだ、みな一丸となって敵中央を突破する。なんとしてでも血路を開け、われらの闘いぶりが今日の戦の雌雄を決する。ゆけやつわものどもっ!」

「うおおーおっ!」
 エネジェルスの号令一下、聖龍騎士団の残兵が雄叫びを挙げる。

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