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作者: 泗水 眞刀
5-6


「すまんが立たせてくれ、一人では立つこともかなわん。厄介ついでに馬に乗せて頂けないか、手間をかけて申し訳ない」
 ガームがエネジェルスに支えられ、数人がかりで騎乗させてもらう。

「取るに足らん郷士の出なれど、最後に一花咲かせてくれる。エネジェルス殿、お先に参る」
 馬上から目礼すると、借り物の槍を携え敵陣目がけて馬を奔らせる。
 彼に付き従う昔からの兵たちも、一斉に駈けだす。

「ガーム殿に続けえ、トールン騎士の意地の見せ所ぞ」
 馬に飛び乗るなり、ガームらの後を追うように疾駆する。

 華々しく最後の突撃を掛ける仲間に紛れて、ギザムがうまい具合に敵陣へ紛れ込み、そのままサイレン陣営へと向かって抜け出てゆく。

「どけどけい、テームスのガームの槍の恐ろしさは知っておろう。立ち塞がるやつは容赦はせん、槍の錆にしてくれる」
 馬を駈けさせながら右へ左へ槍を繰り出し、次々に敵を屠って行く。
 ついいましがたまで部下であった者たちを、次々と屠って行く。

〝くうっ、なんということだ、自分で育てた者たちをわが手に架けるとは──〟
 ガームは内心、泣き出したいほどに心を痛めていた。

「怯むな、個々で当たってはならん。十重二十重に取り囲み数で討ち取れ」
 オズテラスが指示を出す。
「ガームさまを囲ませるな、ここが死に場所と思い存分に戦え」
 ラージクルがガームの前方に出て、近寄ろうとする騎馬武者を突き崩す。

〝タフィー〟
 ラージクルの表情が歪む。
 いま突き倒したのも、長年共に戦ってきた仲間であった。

「ガームさまの周りに集まれ、お守りせよ」
 しかしその掛け声に従う兵は、すでに十騎と残っていなかった。

 騎馬兵二人と競り合っているラージクルに、三人の長槍兵が突っ掛かる。
 その中の一人が突き出した槍が、彼の右腿を抉った。
 一瞬体制を崩した隙を突かれ、騎馬兵に左胸を深々と刺される。
 そのままどさりと馬から転げ落ちる。
 即死であった。

「残るはガームだけだ、同じように取り囲み突き殺せ」
 周りには、味方の兵は誰も残っていなかった。

〝いよいよ最後のようだな。生まれて三十七年悪い人生じゃなかった、母さん先に逝く不幸を許してくれ。これも俺の生き様だ、さあ最後に一暴れするか〟
 ラージクルが斃れたのを確認し、いよいよガームは最期のときが来たのを実感した。

「おいお前ら、なにをしてる早くかかって来な」
 馬上で槍をブンブンと振り回す。
 腹からはだらだらと血が流れ出ている。

 騎馬武者が二騎ガームへ突き掛かる。
 一人は振り回される槍でまともに頭部を打たれ、もんどりうって落馬する。
 もう一人は突き出される槍を躱すのに精一杯となり、均衝を崩してやはり落馬する。

「死にぞこないを相手になにを手間取っている、二人で駄目ならば五人、六人と同時に繰り出せ」
 今度は四人の騎馬武者が取り囲む、長槍兵も六人地上からガームを狙う。

 その頃もう一方のエネジェルスも、ただ一騎となり敵に囲まれていた。
 はあはあと肩で息をし、身体のいたる所から血が流れている。

〝もはやこれまでか、ギザムはうまくやっただろうか。サイレンを頼むぞアームフェル〟
「さあこれで終わりだ、聖龍騎士団の指令殿もこうなれば呆気ないものだな。それとどめを刺せ」
 蔑むように敵兵が嘲笑する。

 エネジェルスは覚悟を決め目を閉じた、家に残してきた妻子の顔が脳裏に浮かぶ。
 親友アームフェルの妹で取り立てて美人ではないが、気の優しい常に笑顔を絶やさない四歳年下の妻リリア、八歳になる生意気盛りの長男ケントレイ、三歳になったばかりの自分にそっくりな次男アンデルス、そしてまだ三か月にも満たぬ長女フェイシェルのあどけない笑い顔。

 彼は心の中で家族に詫びた。
〝すまないね、父さんはお前たちの所へは還れないよ――〟


「ぐおおおーっ!」
 怒声を上げながらガームが馬首を巡らし強引に囲いを突破すると、エネジェルスの前に両腕を広げ立ちはだかる。

〝グサッ〟
〝ズブッ〟
 ガームの身体に、数本の槍が突き刺さる。

「母さん、もう一度母さんのじゃがいもスープが飲みたかったな──」
 そう呟いたガームの顔は、どこか幼げで晴れ晴れとしていた。

「ガーム殿・・・」
 その問い掛けに返事をする者はもういない。
 ガームは目を開け両手を広げたまま、馬上で絶命していた。
 最後の瞬間まで、エネジェルスを守ろうとしてくれていた。

 エネジェルスにも二本の槍が突き立っている。
 その身体がゆらりと馬上から滑り落ちる。
 それでも彼は地に両手を突き、最後の力で上体を起こす。

 四方八方から槍が繰り出され、身体を抉って行く。
 十本以上の槍を身に受けながら、エネジェルスは天を仰いだ。
「なにも見えんか・・・」
 そこにあるはずの蒼天は、燃え尽きようとしている彼の目には映らなかった。

「ドルーク・サイレン!」

 両手を天に向かって差し出しながら絶叫し、そのまま仰向けに倒れてゆく。
 彼の心臓の鼓動は永遠に停止した。

「聖龍騎士団第八大隊指令、エネジェルス・アル=ペリシリオス討ち取ったーっ」
 玄象騎士隊の騎士の声が轟き渡った。

 幾人もの伝令が自陣内を駈け巡り、敵の将軍を討ち取った旨が瞬時に広がる。
 戦場はその報に沸き立った。

 朝から続くこの戦場にも、明らかに黄昏の刻が迫りつつあった。

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