*1*
宇宙港を通常航行で離れ、安全距離に達したところでナイアガラ号は亜光速ドライブを使用した。
もともと太陽系内を鎮護する目的で作られたマウントオリンポス級の素の脚力(亜光速航行)ではエウロパまでの時間はさほどかからず、グリニッジ標準時間の一時間程度で到着した。
木星衛星群政府の管轄するエウロパは広大な実験領域をとれることと、ガス資源が潤沢なことから様々な惑星政府の兵器廠や工廠があり、中にはギルド(銀河開拓通商連盟)の法に照らしてもグレーゾーンな研究が行われてもいて、それらの技術によって得られる収益の一部を借地料の他に税収として得ることでたいへん潤っている、そのため自前の木星自治政府治安維持軍の他に木星政府が招致する形で新地球連邦政府の治安維持軍も鎮護していて、グランドオリンポス級戦艦1隻を旗艦とする第5艦隊こと木星方面軍による連合艦隊が駐在していたり、グランドオリンポス級に匹敵するサイズ(全長1,000メートル超え)の輸送船も寄港するための大きなポートがある。
今回寄港するのは木星の衛星エウロパの軌道上にあるヤマト国の兵器廠で、貨物の詳細はここで知らされることとなる。
「こちらEA⁻DIMOS⁻677524、 バートランド商会所属、3級装甲巡洋艦ナイアガラ号です。入港許可をいただきたくお願いします」
『こちらヤマト星国木星方面租借地第11兵器廠です、入港を許可します。第三ポートへ入港してください』
管制塔の指示とともに空いているポートのシャッターが開き、ポートに向かって誘導する進入灯が表示され、進入灯に沿ってナイアガラ号はゆっくりとポートに入港した。
軍港に入港するのはこれが初めてではいが、兵器廠の宇宙港は全体に無骨な感じで、特に民間人や部外者に立ち入りが許可されている範囲は限られているため、なんとなくこれといった思い出がない。一つだけ覚えているのは、幼い頃にどこかの軍港で父に温かいコーヒーを出した軍人さんが私にも温かいココアを出してくれて、それがとても美味しかったことくらいで、それ以来セシリアは仕事で港に寄るとココアを買って飲むのだが、いまだにその時のココアには再会できずにいる。恐らくその当時の特別な状況というのも美味しさに加味されていたのだと思っている。
船をつけると上陸許可の承認と荷物についての説明をしたいということで、セシリアは一足先に接舷したボーディングブリッジを伝って軍港のデッキに降りた。しばらくしてデッキに紺色の制服を着た軍人が複数の書類の挟まっ用箋挟み(図板)を持って現れた。
その軍人によると荷物の積み込みはこちらの指示に従うこと、積載状況は詳しく点検させてほしいそうで、これはクルーやセシリアの信用に対するものではなく、運ぶ荷物がそれだけ繊細な荷物のためということだった。
そして、不測の事態に備えてヤマト星国軍所属の第803戦術飛行隊から整備士3名とパイロット4名、艦上空間戦闘機3機、艦上空間爆撃機1機を同伴させることを要求された。
ナイアガラ号は着弾観測射撃や海賊よけの索敵のために複座の空間戦術戦闘機「瑞雲Ⅱ」を2機載せており、空間戦闘機を最大8隻まで運用できる艦載能力もあるのでそこも問題ない。
「こちらが今回の荷物の詳細ですが、この荷物は先に話しましたとおり繊細なため念のためアルクビエレドライブは使用せず、重力潮流航法のみで移動してください」
軽く資料に目を通したセシリアは首を傾げた。
「アルクビエレドライブ使用不可の件は前もって聞かされていません、この資料だけでは十分な説明がなされていないようですが、なぜアルクビエレドライブではダメなのですか?」
「それは機密事項のためお答えできませ…」
「納得できませんよねぇ」
軍人との会話に後から来た丸眼鏡に白衣という出で立ちの男が割って入った。
「初めまして、貴船でお世話になることになっているウェバーです。彼に代わって説明します。この話は私と、できれば主要なクルーだけの話にしてください」
手入れのされていないぼさぼさで褐色の髪を撫でながらウェバーが後ろを振り返り、後を引き継ぐと告げると資料を渡しに来た軍人は失礼しますと言って去っていった。
ウェバー博士にもらった資料によると今回の荷物はアルクビエレドライブ使用時の亜空間を進む推進力である大規模なビッグクランチを応用した兵器で、理論通りの能力を発揮すれば通常空間を歪め、一撃で一個艦隊を“消す”ことができるという。そのため、亜空間での推進に使うビッグクランチと干渉する危険性を鑑みて今回はアルクビエレドライブを避け、重力航法を使ってほしいということだった。
五十年ほど前に商用に展開されたアルクビエレドライブに関する技術やその運用を巡る法整備はギルド法でもまだ追いついておらず、大量破壊兵器の開発に血眼になっている軍産企業や国家には大変魅力的なのだとも付け加えた。
ここで言う重力航法とはアルクビエレドライブとほぼ同時期にギルド主体で整備され始めた技術で、ワームホールを形成してその中に重力の潮流を発生させ、その中に船を通すことでアルクビエレドライブと比較して船の燃料を抑えながら航行できるというものだ。
しかし欠点もあり、繋がっている出入口が定まっているため、自由に船を航行させるアルクビエレドライブのような融通が利かない他、まだ整備され始めたばかりなので、通行料がそれなりにかかる。
「そのような危険なものを軍部ではなく我々民間企業に委託していいのですか?」
「まだ試験もしていない理論値の兵器で、運用はまだこれからの段階です。しかも私はヤマト星国への亡命を企んでいる身の上なので、できれば民間の貨物に偽装して行きたいのです。私のことについても詳しくお話ししましょうか?」
初仕事というのもあって、セシリアは詳しい話を聞くことにした。
件のウェバー博士は、アダルヘイム開発部の研究員で、新CEOとの価値観や経営方針の違いから離反を決意し、書類を偽装して民間の船での旅行中に海賊の襲撃によって行方不明になったことにして地球圏へと逃れ、手土産を持ってアシハラ星系にあるヤマト星国に亡命する手はずなのだという。さらに、この輸送を偽装するためにヤマト政府から資金援助を受けていくつかのダミーを同時に運ばせるほど入念だ。
「できればこれも口外無用にしておいてください。知る人は少ない方が良いですから」
荷物の固定と点検が済むのはグリニッジ標準時の8時(東京時間の17時)と予定が決まり、その間にセシリアは同乗する803戦術飛行隊の隊員と顔合わせをしていた。
「803戦術飛行隊分隊長兼ユニオン技術派遣隊隊長、コリント・エンド大尉です」
ウェバー博士が出て行ったしばらく後にデッキに立った生身の隊員たち、それを率いる男は華奢な見た目をしたサイボーグだった。後ろに控えている隊員たちは生身で、特に精悍で逞しい体格をしている一方で、パイロットとしての能力に特化した改造を施しているコリント大尉は余計にそう見える。
「見た目に関して思うところはあるかと思いますが、我々は優秀な隊員です。確認が必要であればログを提出する用意もございます」
彼の能力について疑いはなかった。士官学校で学んだときの教官の一人に同じような改造を施した飛行隊の隊長が就いていたことがあり、操縦技術がとても優れていて、機械化して脳波で操縦することによって空間戦闘機の制御を直感的に行うことができるようになっていることから、生身のパイロットよりも優れた能力を発揮していた。
セシリアも訓練の一環で指揮以外に艦載機の操縦や模擬戦を経験しているが、最後まで教官の後ろをとることはできなかった。
船に戻ると各部門の代表とコリント大尉、ウェバー博士を食堂へ集めて航路と日程の調整を始めた。
今回の仕事は重力潮流航法を利用し、エウロパから中立国のシリウスを経由してヤマト星国に至る直線的な航路を選定した。
「問題になるのはカイパーベルトの海賊宙域と、ヤマト星国のゲートのある公海上です。海賊宙域の危険性はもとより、ヤマトの公海上にはアダルヘイムの通商破壊網が構築されているとのことですから、そこをどうやって抜けるかが問題です」
ウェバー博士が淡々と説明した。
セシリアもニュースや新聞を読んでいて近況は知っているが、離反者であるウェバー博士の情報の方が幾分新しかった。
セシリアはいくつかの情報を頭の中で整理する。
惑星国家の国際連盟である銀河開拓通商連盟(ギルド)は各惑星国家の開拓支援、統治認定、求められれば紛争の調停などを行っている。
アダルヘイムエンタープライズ(アダルヘイムペトリープ)は私兵を擁する軍産複合体企業で、ギルドの軍事力の部門を担っており、1年ほど前に二代目である前CEOが体調を崩して現場を離れると、副社長がかじ取りを行うことになったのだが、前CEOとの方針の違いがここへきて顕在化してきた。前CEOは創業以来の契約条件であるピースオーダー条約(シビリアンコントロール)を引き継いであくまでギルドやクライアントにとって優れた武器であることに徹し、政治的な決定には関与しないこと、すべての人員、つまり兵員以外の技術者、事務員などにも適正な報酬を支払う方針を大事にしていた。ところが現CEOそれを無視して目先の軍事力の強化に傾倒し始め、戦線に立たない者を軽んじる態度が目立ったことで人員の流出が起こり始めた。
そのさなかにあって、1年前にヤマト星国の統治するアシハラ星系の外縁の衛星、氷に閉ざされたハチカンという星の地表で商用に適したアンモニアを含む氷の大鉱脈が発見され、各国がそれを狙うようになった。
ハチカンはヤマト国の排他的領域で、ヤマト国もギルドに自治権が認められている惑星の一つであることから各国は軍事的圧力をかけることはせず、木星衛星群政府に対するのと同じようにヤマト星国から採掘権を取得できないかと交渉していたところ、アダルヘイムがギルドの意思とは無関係にハチカンの採掘権を巡る取引でギルド法違反の禁止兵器の技術を取引した嫌疑をかけて軍事行動を始めた。
というところまでは報道で聞いていた内容だったが、ウェバー博士の発言を受けてついに公海上の封鎖に動き出したことが分かった。
翻ってシリウスに注目すると、シリウスは150年ほど前に旧地球政府との間に独立戦争が勃発、黎明期にあったアダルヘイムが自身の能力のデモンストレーションとの兼ね合いでギルド通商同盟科の支持と潤沢な資金の援助を受けてシリウスに肩入れし、戦力で劣っていたシリウスを独立に導いた過去があり、アダルヘイムを明確に拒絶できない内情がある。とはいえ自立心の強い国民性と旧地球政府の前例もあることから生産品を安く買いたたかれる可能性を憂い、この件を受けてアダルヘイムとの取引に難色を示すようになっている。
「補給にシリウスを経由しなければならないとおっしゃいますが、シリウスは安全なのでしょうか?」
ウェバー博士の問いにヤマモトが答える。
「シリウスは大丈夫だと思うぞ、話は聞いてるから警戒するに越したことはないが、少なくとも何か目立った行動をしなければ問題ないだろう」
「海賊はともかく、アダルヘイムの艦隊を私たちで退けるのは不可能でしょう、問題は通商破壊網がどの程度完成しているかでしょうか」
セシリアの発言にコリントが答える。
「ヤマト星軍の偵察によると、先のCEO交代から統制に乱れがあり、急襲した先遣隊の導入からこの方、兵站部の離反で護衛の艦隊派遣すらもたついている傾向があります。そこでゲート包囲網の完成に早くても地球時間で1か月くらいかかる見込みです」
「それならナイアガラ号の脚力で十分に間に合うかと思います。ヤマモト機関長、どうですか」
「クルーの士気も艦の状態も万全だからいけるだろうが、そのアルクビエレドライブの使えない荷物というのが曲者だな。誘爆とかしないだろうな」
「そこは問題ありません。試作品は厳重に保管してあるのでアルクビエレドライブを使わなければ誤作動の危険はありませんし、貨物検査でも厳重に梱包した美術品として登録しています」
ヤマモト機関長にウェバー博士が答える。
「それでは、まずはシリウスに向けて出発しましょう。それから、この紙の資料は機密事項のため読み終わったらオーブンで焼却処分します。各自必要事項を頭に入れて対応してください」
グリニッジ標準時刻14:00(東京時刻20時)、ナイアガラ号はシリウスに向けて出港した。
もともと太陽系内を鎮護する目的で作られたマウントオリンポス級の素の脚力(亜光速航行)ではエウロパまでの時間はさほどかからず、グリニッジ標準時間の一時間程度で到着した。
木星衛星群政府の管轄するエウロパは広大な実験領域をとれることと、ガス資源が潤沢なことから様々な惑星政府の兵器廠や工廠があり、中にはギルド(銀河開拓通商連盟)の法に照らしてもグレーゾーンな研究が行われてもいて、それらの技術によって得られる収益の一部を借地料の他に税収として得ることでたいへん潤っている、そのため自前の木星自治政府治安維持軍の他に木星政府が招致する形で新地球連邦政府の治安維持軍も鎮護していて、グランドオリンポス級戦艦1隻を旗艦とする第5艦隊こと木星方面軍による連合艦隊が駐在していたり、グランドオリンポス級に匹敵するサイズ(全長1,000メートル超え)の輸送船も寄港するための大きなポートがある。
今回寄港するのは木星の衛星エウロパの軌道上にあるヤマト国の兵器廠で、貨物の詳細はここで知らされることとなる。
「こちらEA⁻DIMOS⁻677524、 バートランド商会所属、3級装甲巡洋艦ナイアガラ号です。入港許可をいただきたくお願いします」
『こちらヤマト星国木星方面租借地第11兵器廠です、入港を許可します。第三ポートへ入港してください』
管制塔の指示とともに空いているポートのシャッターが開き、ポートに向かって誘導する進入灯が表示され、進入灯に沿ってナイアガラ号はゆっくりとポートに入港した。
軍港に入港するのはこれが初めてではいが、兵器廠の宇宙港は全体に無骨な感じで、特に民間人や部外者に立ち入りが許可されている範囲は限られているため、なんとなくこれといった思い出がない。一つだけ覚えているのは、幼い頃にどこかの軍港で父に温かいコーヒーを出した軍人さんが私にも温かいココアを出してくれて、それがとても美味しかったことくらいで、それ以来セシリアは仕事で港に寄るとココアを買って飲むのだが、いまだにその時のココアには再会できずにいる。恐らくその当時の特別な状況というのも美味しさに加味されていたのだと思っている。
船をつけると上陸許可の承認と荷物についての説明をしたいということで、セシリアは一足先に接舷したボーディングブリッジを伝って軍港のデッキに降りた。しばらくしてデッキに紺色の制服を着た軍人が複数の書類の挟まっ用箋挟み(図板)を持って現れた。
その軍人によると荷物の積み込みはこちらの指示に従うこと、積載状況は詳しく点検させてほしいそうで、これはクルーやセシリアの信用に対するものではなく、運ぶ荷物がそれだけ繊細な荷物のためということだった。
そして、不測の事態に備えてヤマト星国軍所属の第803戦術飛行隊から整備士3名とパイロット4名、艦上空間戦闘機3機、艦上空間爆撃機1機を同伴させることを要求された。
ナイアガラ号は着弾観測射撃や海賊よけの索敵のために複座の空間戦術戦闘機「瑞雲Ⅱ」を2機載せており、空間戦闘機を最大8隻まで運用できる艦載能力もあるのでそこも問題ない。
「こちらが今回の荷物の詳細ですが、この荷物は先に話しましたとおり繊細なため念のためアルクビエレドライブは使用せず、重力潮流航法のみで移動してください」
軽く資料に目を通したセシリアは首を傾げた。
「アルクビエレドライブ使用不可の件は前もって聞かされていません、この資料だけでは十分な説明がなされていないようですが、なぜアルクビエレドライブではダメなのですか?」
「それは機密事項のためお答えできませ…」
「納得できませんよねぇ」
軍人との会話に後から来た丸眼鏡に白衣という出で立ちの男が割って入った。
「初めまして、貴船でお世話になることになっているウェバーです。彼に代わって説明します。この話は私と、できれば主要なクルーだけの話にしてください」
手入れのされていないぼさぼさで褐色の髪を撫でながらウェバーが後ろを振り返り、後を引き継ぐと告げると資料を渡しに来た軍人は失礼しますと言って去っていった。
ウェバー博士にもらった資料によると今回の荷物はアルクビエレドライブ使用時の亜空間を進む推進力である大規模なビッグクランチを応用した兵器で、理論通りの能力を発揮すれば通常空間を歪め、一撃で一個艦隊を“消す”ことができるという。そのため、亜空間での推進に使うビッグクランチと干渉する危険性を鑑みて今回はアルクビエレドライブを避け、重力航法を使ってほしいということだった。
五十年ほど前に商用に展開されたアルクビエレドライブに関する技術やその運用を巡る法整備はギルド法でもまだ追いついておらず、大量破壊兵器の開発に血眼になっている軍産企業や国家には大変魅力的なのだとも付け加えた。
ここで言う重力航法とはアルクビエレドライブとほぼ同時期にギルド主体で整備され始めた技術で、ワームホールを形成してその中に重力の潮流を発生させ、その中に船を通すことでアルクビエレドライブと比較して船の燃料を抑えながら航行できるというものだ。
しかし欠点もあり、繋がっている出入口が定まっているため、自由に船を航行させるアルクビエレドライブのような融通が利かない他、まだ整備され始めたばかりなので、通行料がそれなりにかかる。
「そのような危険なものを軍部ではなく我々民間企業に委託していいのですか?」
「まだ試験もしていない理論値の兵器で、運用はまだこれからの段階です。しかも私はヤマト星国への亡命を企んでいる身の上なので、できれば民間の貨物に偽装して行きたいのです。私のことについても詳しくお話ししましょうか?」
初仕事というのもあって、セシリアは詳しい話を聞くことにした。
件のウェバー博士は、アダルヘイム開発部の研究員で、新CEOとの価値観や経営方針の違いから離反を決意し、書類を偽装して民間の船での旅行中に海賊の襲撃によって行方不明になったことにして地球圏へと逃れ、手土産を持ってアシハラ星系にあるヤマト星国に亡命する手はずなのだという。さらに、この輸送を偽装するためにヤマト政府から資金援助を受けていくつかのダミーを同時に運ばせるほど入念だ。
「できればこれも口外無用にしておいてください。知る人は少ない方が良いですから」
荷物の固定と点検が済むのはグリニッジ標準時の8時(東京時間の17時)と予定が決まり、その間にセシリアは同乗する803戦術飛行隊の隊員と顔合わせをしていた。
「803戦術飛行隊分隊長兼ユニオン技術派遣隊隊長、コリント・エンド大尉です」
ウェバー博士が出て行ったしばらく後にデッキに立った生身の隊員たち、それを率いる男は華奢な見た目をしたサイボーグだった。後ろに控えている隊員たちは生身で、特に精悍で逞しい体格をしている一方で、パイロットとしての能力に特化した改造を施しているコリント大尉は余計にそう見える。
「見た目に関して思うところはあるかと思いますが、我々は優秀な隊員です。確認が必要であればログを提出する用意もございます」
彼の能力について疑いはなかった。士官学校で学んだときの教官の一人に同じような改造を施した飛行隊の隊長が就いていたことがあり、操縦技術がとても優れていて、機械化して脳波で操縦することによって空間戦闘機の制御を直感的に行うことができるようになっていることから、生身のパイロットよりも優れた能力を発揮していた。
セシリアも訓練の一環で指揮以外に艦載機の操縦や模擬戦を経験しているが、最後まで教官の後ろをとることはできなかった。
船に戻ると各部門の代表とコリント大尉、ウェバー博士を食堂へ集めて航路と日程の調整を始めた。
今回の仕事は重力潮流航法を利用し、エウロパから中立国のシリウスを経由してヤマト星国に至る直線的な航路を選定した。
「問題になるのはカイパーベルトの海賊宙域と、ヤマト星国のゲートのある公海上です。海賊宙域の危険性はもとより、ヤマトの公海上にはアダルヘイムの通商破壊網が構築されているとのことですから、そこをどうやって抜けるかが問題です」
ウェバー博士が淡々と説明した。
セシリアもニュースや新聞を読んでいて近況は知っているが、離反者であるウェバー博士の情報の方が幾分新しかった。
セシリアはいくつかの情報を頭の中で整理する。
惑星国家の国際連盟である銀河開拓通商連盟(ギルド)は各惑星国家の開拓支援、統治認定、求められれば紛争の調停などを行っている。
アダルヘイムエンタープライズ(アダルヘイムペトリープ)は私兵を擁する軍産複合体企業で、ギルドの軍事力の部門を担っており、1年ほど前に二代目である前CEOが体調を崩して現場を離れると、副社長がかじ取りを行うことになったのだが、前CEOとの方針の違いがここへきて顕在化してきた。前CEOは創業以来の契約条件であるピースオーダー条約(シビリアンコントロール)を引き継いであくまでギルドやクライアントにとって優れた武器であることに徹し、政治的な決定には関与しないこと、すべての人員、つまり兵員以外の技術者、事務員などにも適正な報酬を支払う方針を大事にしていた。ところが現CEOそれを無視して目先の軍事力の強化に傾倒し始め、戦線に立たない者を軽んじる態度が目立ったことで人員の流出が起こり始めた。
そのさなかにあって、1年前にヤマト星国の統治するアシハラ星系の外縁の衛星、氷に閉ざされたハチカンという星の地表で商用に適したアンモニアを含む氷の大鉱脈が発見され、各国がそれを狙うようになった。
ハチカンはヤマト国の排他的領域で、ヤマト国もギルドに自治権が認められている惑星の一つであることから各国は軍事的圧力をかけることはせず、木星衛星群政府に対するのと同じようにヤマト星国から採掘権を取得できないかと交渉していたところ、アダルヘイムがギルドの意思とは無関係にハチカンの採掘権を巡る取引でギルド法違反の禁止兵器の技術を取引した嫌疑をかけて軍事行動を始めた。
というところまでは報道で聞いていた内容だったが、ウェバー博士の発言を受けてついに公海上の封鎖に動き出したことが分かった。
翻ってシリウスに注目すると、シリウスは150年ほど前に旧地球政府との間に独立戦争が勃発、黎明期にあったアダルヘイムが自身の能力のデモンストレーションとの兼ね合いでギルド通商同盟科の支持と潤沢な資金の援助を受けてシリウスに肩入れし、戦力で劣っていたシリウスを独立に導いた過去があり、アダルヘイムを明確に拒絶できない内情がある。とはいえ自立心の強い国民性と旧地球政府の前例もあることから生産品を安く買いたたかれる可能性を憂い、この件を受けてアダルヘイムとの取引に難色を示すようになっている。
「補給にシリウスを経由しなければならないとおっしゃいますが、シリウスは安全なのでしょうか?」
ウェバー博士の問いにヤマモトが答える。
「シリウスは大丈夫だと思うぞ、話は聞いてるから警戒するに越したことはないが、少なくとも何か目立った行動をしなければ問題ないだろう」
「海賊はともかく、アダルヘイムの艦隊を私たちで退けるのは不可能でしょう、問題は通商破壊網がどの程度完成しているかでしょうか」
セシリアの発言にコリントが答える。
「ヤマト星軍の偵察によると、先のCEO交代から統制に乱れがあり、急襲した先遣隊の導入からこの方、兵站部の離反で護衛の艦隊派遣すらもたついている傾向があります。そこでゲート包囲網の完成に早くても地球時間で1か月くらいかかる見込みです」
「それならナイアガラ号の脚力で十分に間に合うかと思います。ヤマモト機関長、どうですか」
「クルーの士気も艦の状態も万全だからいけるだろうが、そのアルクビエレドライブの使えない荷物というのが曲者だな。誘爆とかしないだろうな」
「そこは問題ありません。試作品は厳重に保管してあるのでアルクビエレドライブを使わなければ誤作動の危険はありませんし、貨物検査でも厳重に梱包した美術品として登録しています」
ヤマモト機関長にウェバー博士が答える。
「それでは、まずはシリウスに向けて出発しましょう。それから、この紙の資料は機密事項のため読み終わったらオーブンで焼却処分します。各自必要事項を頭に入れて対応してください」
グリニッジ標準時刻14:00(東京時刻20時)、ナイアガラ号はシリウスに向けて出港した。