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作者: 神無城 衛
*5*
5月3日グリニッジ標準時8時

 シリウスのギルド管轄の宇宙港に入港したセシリアは艦長室で携帯端末に入るニュースを見ていた。先の戦闘についての詳細を知りたかったためだ。一瞬は勝利を喜んだとはいえ、艦長として、破壊した敵艦に死傷者が出ていたかを確認するためだった。
 シリウスの情報局によると嚮導駆逐艦はコントロールユニットを搭載し、ほぼ自動化された少人数で運用する最新鋭の艦で、艦橋以外には人はおらず、そのクルーも無事で済んで修理のために引き上げているらしい。
 ひとまずそれを知って安心した、戦闘艦に乗る以上覚悟はしているが、お祝いムードに沸くクルーの前で戦没者のために後ろめたい気持ちで水を差すのは良くない。
 軍服を脱いで襟のある私服に着替えて出かける準備をしているとドアをノックする音が聞こえた。
『ユカだけど、準備できた?』
「今着替えたところよ、行きましょ」
二人は連れ立って船を降りた。

クルーがまとまって船を降りるときにはいくつかの手順を踏む必要がある。システムをシャットダウンし、核融合エンジンの火を落とし、各部署の鍵をかける。港のロビーに降りると点呼をとる。全員で300名ほどの乗員が艦を回すのに乗船しており、各部署の長が人数を確認する。この人数だと宴会も大変だが、シリウス支部伝いに初仕事を終えた連絡をしたときに支部長がお祝いにと予め大店おおだなの店に予約を入れてくれた。祖父の代から行きつけにしている小洒落たホテルで、部屋も取っていてくれている。移動に関しては4機のシャトルに分かれて乗ることになった。

「それでは、我が無敵の船長と百戦錬磨のクルーに、乾杯!」
 クルーの乾杯の音頭で皆がグラスを掲げて宴会は始まった。未成年の子供たちはシリウス名産の果汁100パーセントのオレンジジュースで、セシリアはナイアガラの葡萄ジュースのグラスを掲げた。
 
宴会は大いに盛り上がっていて、中には二次会を企画するテーブルもある。セシリアの隣にはユカがいて、この後付き合ってほしいと言われた。ホテルの近くのカラオケで一緒に歌いたいらしい。

宴もたけなわとなり、それぞれが部署を超えて団体でホテル内のダーツバーや近くのスナック、ゲームセンターや場所を変えて二次会を楽しみに行ったりそのまま部屋で休んだりと別れた後、セシリアはユカとともにカラオケに行った。
「それで、あの子たちはどうするの?」
カラオケルームでひと息つくと珍しくユカが真面目な顔で尋ねた。宴会の席では話せない内容だ。
アウレリオを除くルイーサ一行は先にシリウスに寄った際に船のために働きながらいろいろ勉強したいということで、結局船を降りなかった。だが状況が変わって、今は戦時下の運用になり、子供たちを庇いながら戦闘をこなすことはとても難しい。セシリアもユカも、他のクルーも皆そのことについて気にしていた。
「ルイーサとここで降ろすつもりよ。子供たちに自分と、他人の命の重さを背負わせるわけにはいかないわ。あの子たちにはアダルヘイムとも私たちとも関係のない未来があるもの。明日から手続きして、ルイーサと好きなように生きてくれればいいと思ってる」
「あの子たちに聞いたの?」
「いいえ、これは私の傲慢ごうまんな望み」
「そう、セシリアがそれでいいと思うならそれでいいわ。この前占いのおばあちゃんが言ってたとおり、セシリアがそうしたいならそれでいいと思う。けど、私が見ていた限り、あの子たちは強いわ、できればちゃんと話を聞いてあげてほしいな」
「どんなに強くても子供は子供、一応話はしてみるけれど、できれば自由になってほしいわ」
「そうね、聞いてくれてありがとう。それじゃあこの話はここまで、歌いましょ?」



 翌日、セシリアは朝食で顔を合わせたルイーサと子供たちにこの前立ち寄った喫茶店に集まるようお願いした。

昼過ぎ、喫茶店にはユカも立ち会うことになり、店の端の窓際の席に六人が会した。
「かしこまってお願いと聞いたけれど、何かしら」
 レースのカーテンが和らげた窓際の日差しに照らされながらルイーサが尋ねた。
「これから私たちはギルドの旗下きかで戦争になります。そこでルイーサと子供たちは船を降りていただきたいのです。私は、あなた方にはこの戦いで失われる命を背負う必要はないと思っています。特にルイーサはもともとアダルヘイムの医療技術開発者で、ここでも子供たちとやっていけると思います。だから…」
「子供たちと私を庇いながら戦うことは難しいですものね…、けどそういうことなら私たちは船を降ります」
 ルイーサは緊張を和らげるようにコーヒーを一口飲んで続ける。
「ただし、私は船長とともに戦います。助けられなかった子供たちの未来を取り戻すために。ちょうどバートランド商会はこの星にも事務所を持っていますね、私たちはそこでお手伝いをしながら待ちます。これはこの前の戦闘の後で子供たちと話し合って決めました」
 セシリアは表情を曇らせ、表情を隠すように顔の前で両手を組んで息を吐いた。
「それは結構なことですが、子供たちはさっき私が言ったことを分かっていますか?」
「言ってなかったわね。この子たちは今のCEOの、アダルヘイムの別な戦線で親を失ったの。だからこの子たちはもうアダルヘイムとも無関係ではないわ」
 セシリアとしては納得できなかったが、カイパーベルトで救助した時から巻き込んだ責任を感じているのも事実だ。
「仕方ありませんね、分かりました。それで妥協しましょう。ユカ、手続きをお願い」
「分かったわ」
 その後の手続きをユカに任せることにした。ルイーサは多分私と一番仲の良いユカや、船での発言力の大きいヤマモト機関長に相談して手を回していたのだろう。だからこその昨夜のユカの話があって、私の考えを聞こうとしたのだ。

 ユカに任せた手続きは驚くほどスムーズに進んだ。事務所は船を降りたクルーが運営していて、私と同じく物心ついた頃から船の手伝いで顔を合わせていたものだから、娘や孫のようにかわいいらしい。ユカもユカで、先の戦闘で塩をぶちまけた後片付けの傍らでクッキーを焼いていたらしい。ユカの焼くクッキーは特別に人気が高く、事務所のクルーも美味しいお土産と優秀なクルーを温かく迎えてくれたそうだ。
 住むところは事務所のクルーが社宅の中でも広めの部屋をあてがい、皆が宇宙港に戻った翌日に初出勤だそうだ。
 子供たちはルイーサが手続きしてシリウスの学校に手続きをしてそれぞれの学級に入学することが決まった。今は農繁期のうはんきで休校中なので、しばらくはシリウスのクラスメイトと課外授業に参加するそうだ。

「寂しくなるわね、船長」
翌日、先んじて船に戻っていたセシリアとユカが食堂でくつろぎながら話していた。
「これでいいの、あの子たちにはあの子たちの生き方を見つければいい」
 手続きを済ませ、喫茶店ですました顔をしてアイスココアを飲むセシリアと向かい合わせに座ったユカはいつもの笑顔で見つめていた。
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