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作者: 神無城 衛
*1*
 グリニッジ標準時5月10日12時
 休みが明けてクルーが船に戻ってくると、早速船のアップグレード作業に取り掛かった。強化事項としては近接防空システムおよび対プラズマ兵器システムの強化、空間戦闘飛行隊との連携を強化するためのレーダーおよび通信システムの強化が主で、対艦兵装についてはすでに軍縮化条約の上限ぎりぎりなのでこれ以上触らず、防御力を強化するのが主なアップグレード内容だった。
 装備の改修が整うと今度は試運転で、初めに宇宙港で作動確認とシミュレーションを行った後で調整し、それが済んでから兵装の実射訓練を行うことになっている。


グリニッジ標準時5月14日13時
4日を置いてアップグレードと港での作動確認が済み、ナイアガラ号は訓練用に用意された宙域にいた。
 普段は何もない空間だが今日日きょうびは何隻かの武装商船や小規模の傭兵会社がいる。改修の間にいくつかの同業者からぜひ合同訓練をしたいと提案があったが、初日は兵装の試験のために単独で出ることにした。そこで問題がなければギルドに申請し、シリウスの演習宙域を借りて合同軍事演習を行うことで合意した。
 索敵、補足レーダーの感と索敵距離が伸び、飛行隊との通信の若干のラグも解消されたと船務長から報告があった。瑞雲Ⅱと803飛行隊との連携も順調で、ハンターキラー編成で行うタッチアンドゴーも順調だ。
 次に対空戦闘訓練で、高速で移動する敵機に見立てたドローンにロックオンレーダーを一定時間照射する訓練に移った。
「船長、またです」
 船務長から報告があったのは対空訓練に入って五分ほど経った頃だった。
 またしても謎のステルス偵察機の機影が映った。不明機は一瞬映ったところで高速で移動し、艦の右舷前方のレーダーの届く範囲のぎりぎりを抜けて左舷前方に消えていったという。
 船務長に過去ログの照合と他に機影が映ったケースがなかったかの調査を任せた。今回に限ってはどこかの隊商か傭兵団の機体が迷い込んだことも考えられる。
 どうにも気持ち悪いが訓練はそのまま続行した。

 港に戻って食堂で夕食をとっていると船務長に会った。手早く取り掛かってくれた調査によればこの機影はここまでで3回映っていて、認知している前回の他にアシハラ星系での衝角戦の時にも微かに索敵範囲ギリギリをかすめて行ったことが確認できたそうだ。戦闘中に気がつかなかったのはナイアガラ号が高速で移動しており、件のスティングレーとは逆方向のに飛んで行ったためだとも付け加えた。

 訓練の後ということもあって、セシリアはしばらくその機影について考えたが、眠気が勝ったのでこの日は考えるのをやめて眠ることにした。

 翌日からは航空巡洋艦こうくうじゅんようかんを擁する小さな傭兵団との対艦戦闘演習で、初日は小手調べとしてお互いを仮想敵勢力としてシミュレーションすることとなった。
「今回の傭兵団の偵察機は瑞雲Ⅱを改装したものを使っていて、話によるとスティングレーは保有していないとのことです」
 ギルドに挙げられている情報を調べた船務長から報告が上がった。近くの宙域で活動していた他の船が発した艦載機が戦闘宙域に入ったのかと思ったが、その線はこれで消えた。他の同業者や正規軍がいたという情報もないことから、他の勢力がナイアガラ号とアダルヘイムの戦闘を威力偵察していたらしいことは確かなのだが、どこの誰がそのようなことをしたのかは掴めなかった。
 いまひとつ解せない気持ちを今は飲み込んで、目の前の演習に集中することにした。

 今回はあくまで演習なので実弾は使わず、シリウスが演習用に展開している観測ブイが収集した情報をリアルタイムでシミュレーションして彼我ひがの状況を知らせる。勝利条件は敵艦の戦闘不能、敗北条件は我が船の戦闘不能である。

 傭兵団の航空巡洋艦は重力カタパルトを持たない(正規軍以外持てない)艦で、代わりに甲板にアングルドデッキを有しており、艦載した空間戦闘機を一度に展開すると艦の周囲に密集してしまうのだが、指揮官が優秀で、初めに瑞雲Ⅱにロケットブースターを取り付けて離艦と同時に広域偵察と管制を整え、次々に離艦する空間戦闘機を円滑かつ適切に展開させていく。
艦載数は20機程度で、4機で1個編隊の5個編隊で展開しているので、空間戦闘機は16機だろうと予想できる。
 迎え撃つナイアガラ号は803戦術飛行隊の1個編隊だけなので、今回はスペースインセクト戦闘機3機編成でナイアガラ号の周囲を護衛させ、新しくしたレーダーで電子戦を展開しながら迎え撃つこととした。
「レーダーに機影多数、戦闘機12、攻撃機4、我が艦に高速で迫っています」
「対空ミサイル準備、レーダージャマーで弾幕を展開、艦載機の軌道から敵艦の位置を割り出して、確認次第瑞雲Ⅱとアンサラーをハンターキラーフォーメーションで向かわせて、攻撃隊の発艦と同時に煙幕とジャミングを展開してできるだけ目くらましして」
「敵機ジャミングエリアに入ります」
 傭兵団の戦闘機はナイアガラ号の放つジャミングの中に入ったがそのまま接近しミサイルを放つ。それは予想の範疇だった。恐らく相手はナイアガラ号を最後に確認した地点と進行方向と速度から予定位置を割り出し、光学照準具で目視可能な位置まで迫ってクロスゲージでミサイルを放つ。百戦錬磨の傭兵団や正規軍ならこの程度の芸当は当たり前というわけだ。
 近接防空システムが自動でミサイルを落としていく。三発飛来したミサイルのうち一発は逸れてもう一発は叩き落したが一発が着弾した。しかし重厚な装甲のおかげでダメージ判定は少なく済んだ。
 ナイアガラ号も対空ミサイルで応戦するが相手のパイロットも熟練しており、対空ミサイルを巧みに躱していく。
 803戦術飛行隊の空間戦闘機が追うが、正規軍である彼らも手を焼くほどの腕前だ。対空戦闘力で言えば装甲巡洋艦であるナイアガラ号は装甲と機動力のバランスが良いのだが、対空戦闘力に難があり、これまでも対空武装の強化に力を入れていたが、今回はそこに付け込まれるところとなり、傭兵団の空間戦闘機部隊を退けるには至らない。
「総員、何とか空間戦闘をしのいで。上手くいけばそろそろ反転攻勢に出られるから」
「瑞雲Ⅱから入電、『敵艦ヲ発見セリ、攻撃ヲ開始スル』です」
 来た、狙い通りだ。索敵に出ていた瑞雲Ⅱが敵の弾幕で動けないナイアガラ号の代わりに敵艦を攻撃する。普段は瑞雲Ⅱが二機でそれぞれ索敵と攻撃を行うが、今回は頼もしいアタッカーがいたのでさらにやりやすかった。二機の瑞雲Ⅱにアンサラーの護衛とともに索敵させ、アンサラーとともにプラズマ魚雷を打ち込む。打ち込まれた艦の電気系統は主電源を喪失してすぐには動けなくなる。
 かくして傭兵団の航空巡洋艦は機能を失い、ナイアガラ号の勝利となった。


セシリアと傭兵団の団長は船をクルーに任せて軌道ステーションにある大店の飲食店で会食していた。
「先の訓練では恐れ入りました」
中年の傭兵団の団長が言った。
「貴官は優れた機動力で敵艦を撃破する戦法を得意としていることがログから分かりました。対して私の船は装甲巡洋艦、並みの攻撃では落とされない自信がありました。そこでレーダーに捉えられる前にできる限りジャミングと弾幕を展開してそこに紛れるように艦上攻撃隊を出しました。差し出がましいことかもしれませんが、敵情が分かっていても空間戦闘機で全力攻撃する際には一個編隊は残しておいた方が良いかもしれません」
そしてセシリアはこうも付け加えた。
「私たちの船ももともと単艦で戦うようにはできていません。今回は対空戦闘能力の弱さを突かれて危うかったです」
「なるほど、そこまで見られていましたか…、明日からの合同軍事演習では力を借りますよ」
「大船に乗ったつもりでとは申し上げられませんが、できる限りの力は尽くします」
 そうして二人で食事を楽しんでいるところへ思いがけない客が訪れた。
「お客様、あなた方にお会いしたいというお客様がいらっしゃいますが、いかがなさいますか?」
 二人は顔を見合わせた、お互いにこの後来客の予定はない。
「分かりました、お通ししてください」
 店員はかしこまりましたと頷くとセシリアたちのテーブルを後にした。
 しばらくして二人の前に通された客は、背が低い小太りの男だった。特にこの店にドレスコードはないがその男はやけに身ぎれいで、黒髪をオールバックに撫でつけ、パリッとしたオーダーメイドのスーツを着ていた。
「突然の訪問、失礼します。私は新台解放同盟所属の私掠船、九龍クーロン海賊団団長の老虎ラオフーと申します」
 丁寧に挨拶したこの男にも卓に着くよう勧めた。ちょうど食事を終えて各々食後のお茶や酒を口にしていたところで、店員に頼んで老虎にもお茶を出してもらった。
「このたびはまずご無礼をお詫びします」
席に着く前に老虎は最初にここへ邪魔してしまったこと、次にナイアガラ号をつけ回していたことを詫びた。曰く、シリウス周辺での行動を観測していたスティングレーは老虎によるもので、新米艦長の乗るナイアガラ号の実力と、対するアダルヘイムの動向を探っていたのだそうだ。
「先代には大変お世話になっていました。船を降りられたと聞いてせめて挨拶に向かうべきところですが、仕事を請け負ってこうしてシリウスに参りましたところ、今回の戦役に召集されまして、失礼を承知でこのようにまかりこしました」
セシリアには何が何やらよくわからなかった。一つだけ分かっていることは父の仕事の仲間だったことと、ここ数日ナイアガラ号をつけ回していた人物の正体が彼だったということだけだ。しかし団長の方はなんとなく話が分かっているようだ。

ここで新台解放同盟の私掠船しりゃくせんのことをまとめると、アシハラ星系に近い惑星系にある新台国は近隣にアダルヘイムの統治するヴァルキュリャ星系、軍備拡大を続ける宋国と版図を接しており、新CEO統治に入ってから資源をめぐる小競り合いがあった。そこへアシハラ星系で貴重な資源が産出されるようになったことを受けて、アシハラ星系への橋頭保と成すために小国である新台国への侵略を開始、少ない戦力を補填するべく新台国はギルドの予備役に倣って新台国所属の民間武装商船や海賊を傭兵として雇う許可証を発効した。
この時最初に志願したのが老虎率いる九龍海賊団で、この海賊団は潤沢な資金と高度な政治的決定により新台国とヤマト国が極秘裏に進めていた新造戦艦計画「プロジェクト・カネタ」によって建造された5隻の戦艦のうち1隻を入手した。

「それで、フーさんは私たちにどのようなご用向きでいらしたのですか」
「今回訪ねたのはあなた方に重要な連絡があるためです。単刀直入に申しますと今回の戦役はギルドの軍事バランスを変える大きな混乱に見舞われるということです」
「やはりそうか」
団長は静かに頷いた。
「どういうことですか?」
セシリアには心当たりがなかった。
「この話は少し長くなります。先ずは私どもの請け負った仕事からお話しします」
 老虎によると、九龍海賊団はひと月ほど前に私掠船としての仕事、つまりアダルヘイムの艦隊に対して海賊行為を行っていた。この日の獲物は護衛付きの輸送船で、新台国政府直々のアサインだった。護衛についていた二隻の駆逐艦を航行不能にし、動けなくした輸送船に乗り込んで略奪を行ったところ、中に有益なものは何もなく、代わりに一人の乗客がいたという。見張りのついたその乗客を捕えれば何か価値のあるものにありつけると踏んだ老虎は一気呵成いっきかせいに見張りを襲い、その乗客をさらった。
その時さらった乗客というのはアダルヘイムの前CEOで、現CEOによってアダルヘイムの領有する何もない惑星へと移され、幽閉されるところだったそうだ。
この件について老虎はすぐに、しかし極秘に本国に報告し、本国はこの件をやはり極秘裏にギルドに連絡した。
連絡を受けたギルドはその人物を老虎の戦艦でシリウスに運ぶよう指示し、前CEOはギルドの助けを借りつつアダルヘイムの離反者とともに戦力を集めて乗っ取られたアダルヘイムを討伐することになったという。
「ですが、問題もあります」
 アダルヘイムの離反者も一枚岩の団結とはいかないらしい。今の情勢を見て兵站部や事務員、その周辺の軍属を合わせて3分の2が志願してシリウスに押し寄せているものの、中には同胞に銃を向けることを躊躇ためらう者もあり、実際に戦える戦力は離反者の中でも3分の1であり、ロートヒュンフリッターもこの風向きに合わせて元CEOの軍門にいるが、その精鋭でできることも限られた作戦行動のみで、新CEOの勢力を挫くには慎重に動かさなければならない。
さらに、不戦を掲げる一部の派閥は行方不明の元CEOの娘を支持しており、平和主義者である彼女のゴーサインがかからなければ動かないとまで言っている。
「そこで、その娘さんを探してほしいというギルドの密命を受けて私はここに来たのです」
 老虎は携帯端末を取り出した。そこに表示された写真を見てセシリアは声を上げそうになるのを飲み込んだ。
 そこに映っていたのは数日前に別れた科学者、ルイーサだった。
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