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作者: 神無城 衛
*1*
 グリニッジ標準時5月16日17時
 夕方、シリウスの事務所に連絡するとルイーサは良く働いてくれているという。特段変わった様子もなく、今日も普通に働いて残業もなく定時で上がったそうだ。
ルイーサの携帯通信端末の番号は知っているので、アポイントを取ることにした。
 電話をかけるとすぐにつながった。用件を伝えると少しの沈黙の後で分かりましたとだけ言った。

 翌日、午後から艦長命令による出張という体でルイーサを借り、二人は喫茶店に入った。
「いろいろ言いたいことはあるけれど、やむにやまれぬ事情があったのでしょうからそれはいいわ。それで本題だけれど、一緒にアダルヘイムを何とかしてほしいの」
「今の情勢についてはニュースで聞いています。父が行方不明とも…」
「お父様は無事でシリウスにいるわ。ニュースになっていない極秘事項だから私を含む幾人かしか知らないけれど、お父様の元に離反した戦闘員が集いつつあるそうよ」
セシリアはアイスココアを一口飲んで続けた。
「離反した勢力の一部がルイーサ、あなたの号令を待っているわ」
「私は…、私はこれ以上血を流したくない。知らない誰かが殺しあう度に、彼らが流した血の重みが、奪い合った命の重さがのしかかってくるのを感じるの」
ルイーサは顔を手で覆った。
「それで逃げているの?」
「仕方ないでしょ、だって私は…」
「あなたは優しいのね、けどそれで逃げるのは違うわ。ルイーサはあの子たちを助けたように、あなたはあなたの命令でもっと多くの命を救えるの。血を流すのが嫌なら私が背負ってあげる。私があなたの軍門で指揮を執るわ、ルイーサはただ命じればいいの、誰かを殺すのではなく、誰かを助けろと…」
顔を覆っていた手を放し、まだ涙ぐむルイーサの隣に座りなおしたセシリアは背中を撫でる。そしてルイーサは決心する。
「わかったわ、私はもう逃げない。あの子たちのような子供を助けるために、私はもう一度命を背負うわ」
セシリアは黙って頷いた。
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