▼詳細検索を開く
作者: 神無城 衛
*4*
「まったく、こんな提案をしてくるとは、セシリアはもっと冷静な人だと思っていただけに大胆過ぎてちょっと引けるわ」
 タグボートで柏陽号に移乗したセシリアとルイーサに対してまたしても苦い顔をした老虎が言った。
「でもこの行動は虎さんの協力なしには成立しませんでしたから、助かります」
「いいってこと、そもそも俺はギルド所属の予備役である前に海賊だから、戦闘に入るにも自分で十分な偵察をしなければ安心できない。今回は俺のところの船を使って偵察に出たことにするから、アンダーソン元帥にはそういう風に話を通してやる」
「ありがとうございます」
「船とパイロットを貸してくださる上にそのような配慮をいただいて感謝します」
「いいからいいから、早く行ってきな」

 老虎のスティングレーの偵察機材の隙間に乗り込んだ二人は柏陽号を出発した。目指すは前面に展開するエックハルト艦隊旗艦、軽巡洋艦第12ビフレスト号。

グリニッジ標準時10時

 ギルド艦隊から飛来する何機かの偵察機を射程外のギリギリに捉えていたビフレスト号のレーダーに距離300メートルまで近づいてきた偵察機があった。こちらのレーダー手はアダルヘイムの中等部をまだ卒業すらしていない学徒動員の新兵だったことと、近づいてくる偵察機のパイロットが非常に熟練した乗り手だったことが発見を遅らせた。
「機種はスティングレーです…、発光信号を送っています」
「モニターに出せ」
『幼い頃に遊んだヴァルキュリア星系の森林公園のことは覚えておいででしょうか…』
 暗号通信で伝えてきたことはそういう内容だった。これは前CEOと、ルイーサしか知りえない情報だ。
『我ニ策アリ、着艦許可求ム』
「エックハルト提督、いかがなさいますか?」
「着艦を許可する。私の客だから格納庫に収容した後は私一人で応対する、一切誰も入れるな。盗み聞きなどしたら厳罰に処す」

「ビフレストから返信『着艦許可スル、格納庫ヘ収容スルタメ索敵ニカカラナイヨウニ着艦セヨ』」

 格納庫に着艦し、二人がスティングレーを降りると一人の初老の男がいたほかは誰もいなかった。
「お招きいただき感謝します。バートランド商会所属、ナイアガラ号船長、セシリア・バートランドです」
「エックハルト提督、お久しぶりです。ルイーサです」
「セシリア艦長、お初にお目にかかります。アダルヘイム第12艦隊司令、エックハルトです。それで、策ありとはどういうことですかな?」
反乱軍に付いた上級大将ということしか聞いていなかったセシリアは少し意外な感じがした。
というのも、反乱軍の士官というのは先の最後の一兵卒まで抵抗するとした主戦派の指揮官やナイアガラ号のクルーを侮辱した士官しか知らず、多少無礼な扱いを受けること、それに腹を立てないようにするようにと考えていた。しかし目の前の上級大将は普通の人だし、何なら年下でギルドでもまだ階級の低い自分に対しても敬意をもって接してくれた。ルイーサが信頼を置く理由もうなずける。
「まずはルイーサの話を聞いて差し上げてください」
「ルイーサが?」
 改めて、面と向かって彼を説得する立場にあるルイーサは緊張しながら話し始めた。
「エックハルト提督、いえ、おじさま。お話があります…。貴方はここで部下や亡くなったCEOへの忠義を捨てるような方ではないことは承知の上で申しあげます。ギルドの艦隊と戦い、負けてください」
ルイーサのひと言にエックハルトは顔をしかめた。
「私にアダルヘイムを、私の誇りを捨てろというのか?」
「いいえ、違います。ここでおじさまとおじさまの預かる将兵の命を無駄に散らすのではなく、ギルドにいる私のお父様の下で、私たちの会社のためにもう一度働いてほしいのです」
「馬鹿な、CEOは亡くなったと聞いている」
「それは旧アダルヘイム、いえ、今の反乱軍の触れ回った嘘です。私の父は健在で、私の父と私のために離反した方々は向こうの戦列で、共に戦おうとしています」
「だとしても、こちらのCEOに対する忠義は捨てられない、曲げることはできない」
「おじさまは…おじさまは亡くなったCEOのために今生きている年端もいかない将兵を犬死にさせるのですか?それがおじさまの言う忠義なのですか?」
「それは…」
「私の知っているおじさまはそんな人じゃなかった。少なくともあの時は…」
 ルイーサは覚えている。森林公園で初めてエックハルトと会ったとき、自分の靴の紐を踏んで転んでしまったとき、泣きそうになる私を助け起こして、ポケットから飴玉を取り出して私にくれて、擦り傷に絆創膏を貼り、靴紐を結び直してくれたことを。
「…分かった。それで、策というのは何だね?聞かせてもらおう」
「その説明は私からします」
 ルイーサの一歩前に出てセシリアが説明した。
「…なるほど。違和感なく私の部下を戦線から離脱させるにはそれが良さそうだ。だが、ギルド艦隊のアンダーソン元帥は説得できるのか?」
「それは確実にできます。私の僚艦の艦長に口利きができる者があり、今まさに動いています」
言い終えると同時にスティングレーのコックピットにいたパイロットが降りてきた。
「セシリア船長、うちの艦長から打電です『今度会ったら店で一番高い酒を三本、忘れるなよ』です。説得に成功しました」
 顔には出さなかったが、セシリアはこのタイミングの良さに心の中でガッツポーズをした。三人で話したときに正直この要求が通るとは、老虎ですら思っていなかった。実現しないからこそ、高いボトルを三本おごる約束をした。経費で落とせそうにないので、個人用クレジットが空になる覚悟をしなければならない。だが、いい気分だ。
「セシリア艦長、どうやら作戦は始まったようですね。作戦としては稚拙ですが、私の立場からすれば責任者である私が部下たちを生きて故郷に還すためにはそれが最良だ。あの時の貴官の言葉には感銘を受けました。乗らせていただきますよ、その作戦」
 不意を突かれてセシリアは恥ずかしくなった。

グリニッジ標準時13時

 来た時と同じように慎重に反乱軍艦隊のレーダー網を抜けて柏陽号に戻ると、老虎が迎えてくれた。
「よう、艦長。アンダーソン元帥から言伝だ、『この作戦、成功すれば反乱軍の艦隊の半分を攻略し、今後の作戦を有利に進められる。くれぐれもよろしく頼むぞ』だそうだ」
「分かっているわ。ところでルイーサ、危険な提案に乗ってくれてありがとう。後はエックハルト提督の出方次第ね」
「大丈夫よセシリア、話してみて分かったわ。おじさまはあの頃の、私の知っているおじさまだったわ」

仕込みは上々、ヨトゥンヘイム攻略戦第一次作戦の火蓋は切られた。
Twitter