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作者: 神無城 衛
*2*
 双方睨み合いの緊張感の中、セシリアは一時的に艦橋を離れ、自らも偵察にやった瑞雲Ⅱからの情報を整理していた。

 ヨトゥンヘイム要塞…直径60キロメートルの移動要塞、艦種を問わず50隻の係留が可能で、攻撃力としては大型の対艦ミサイル、対空ミサイルなどがあり、空想科学作品に出てくるような艦隊を消滅させるような主砲は持ち合わせないものの、艦隊戦の後方支援拠点としては手堅い敵になっている。

 一通り情報を押さえたところでアンダーソン元帥から彼の座上する空母に出頭するように命令があった。次の作戦を下達かたつするにあたって、ギルド艦隊には秘匿性を厳にするために出頭してほしいとのことだ。

「各艦長に集まってもらったところ申し訳ない。作戦と各艦の行動については可搬記憶媒体に入れて各艦に同期してもらう。内容はここでも説明し、質問や意見具申を認める。ただし、私の作戦の範囲外の個人的行動は私に断ってからにしていただきたい。セシリア艦長の先の行動は結果的に敵戦力を減少させ、さらに味方に加えることに成功したが、正規軍なら軍規違反だ。くれぐれも慎むように」
「…肝に銘じます」
「さて、ここからが本題だ。今作戦はエルフリーデ上級大将旗下のフィアードフォー部隊から配置されている諜報部の働きを中心に展開する。現在我が艦隊も反乱軍艦隊も偵察機を飛ばして些細な情報でも聞き洩らすまいと耳をそばだてている。そこで我々は、いくつかの暗号で各艦に偽情報を流布する。その中に我が艦隊の動きに関する真の情報は含まない。今後の作戦将動の発令は反乱軍本隊に対する偽情報の発信が合図だ。これについてはエックハルト提督のあちらへの置き土産を流用する。
 この作戦はいかに反乱軍を威圧するかにかかっており、その威力は貴官らの一糸乱れぬ艦隊運動にあることを自覚してくれ…」

アンダーソン元帥のブリーフィングを終えると、セシリアはまっすぐナイアガラ号に戻った。
そして各部門長を集めて説明した。

 反乱軍はアンダーソン元帥の出方を探るために血眼になっていた。各惑星国家が反乱軍にノーを突きつける中で今居るような開拓に適さない不安定な恒星を転々と逃げ延びるのは容易ではなく、かつガストロープニル要塞と合流するにもあまりにも時間がかかり、途中で必ずシリウスを経由しなければならず、シリウスで待ち伏せ攻撃を受ければ合流どころではないため、ここが決戦と結論した。ヨトゥンヘイム要塞は艦隊と連動して火力を発揮できる要塞であり、頼みの艦隊は正規軍とかき集めた傭兵団で、十分な戦力とは言い難かった。特にエックハルト提督と艦隊をそのまま失ったのは痛恨の極みで、反乱軍にまともな指揮をとれる指導者はいなくなった。
「偵察隊戻りました、報告によるとユニオンが部隊暗号でボレアスによる攻撃許可が下りたと打電しています」
どうやらこの状況にしびれを切らしたのはアンダーソン元帥のようだと、反乱軍の指導部は慢心した。ボレアスはその特性上アンチドライブシステムによるアルクビエレドライブ、亜光速航行こそが高い威力の発揮に必要な実体弾であり、今ある艦隊を総動員してアンチドライブ網を敷けば確実に凌げる。
「直属艦隊、傭兵艦隊すべてに出撃命令を出せ、ヨトゥンヘイムの射程ぎりぎりまでアンチドライブ網を展開してボレアスの迎撃に備えよ」

「反乱軍艦隊ヨトゥンヘイムから出撃してきます。元帥、作戦通りです」
副官の報告にアンダーソン元帥は静かに頷いた。
「“ニガヨモギ”はどうなっている」
「間もなく到着とエックハルト提督から打電がありました」
 ニガヨモギとはヨトゥンヘイム要塞にぶつけるために急造した小惑星弾の呼称で、黙示録の第三の厄災を指す。
「後方から大質量体がワープしてきます、識別“ニガヨモギ”です」
 レーダー手の報告にアンダーソン元帥は立ち上がり、そして言い放った。
「手札はそろった、状況開始だ」
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