30話:ミッドガルに降る雨
空から巨大なダンジョンが降ってきた。
ダンジョン。
最深部に魔力炉心があり、生命体ぶっ殺しモンスターを生み出し、外へ攻撃を開始する侵略型生命体。
ネフェルト少佐と情報交換を行うと、世界各地で空からダンジョンが降ってきて、大混乱らしい。
どうにか生き延びたのはいい。滅びかけた世界が、残骸となったのも構わない。
そこからモンスターが暴れるのも納得した。
研究と分析によって、自分達と置かれている現状も把握できたから良いだろう。なので、問題はそこから先。これから自分たちは何をするべきか? ということが一番重要な部分だった。
生き残った以上は生きる目標が必要である。
神になってたわけでも、翼が生えたりら別の生き物に変わったわけではない。ただ漠然と命を持て余して彷徨うだけでは意味がなかった。
それだけではただ死んで歩くだけの死体も同然だから、アーキバス全員が共通して歩む指針の必要を強く認識していた。
怪我の功名とはいえ、自由となった我々は、何か自分たちにできることをやるべきだと話し合う。
結論は、国家の復活。
何しろ塗り替えられた世界地図の影響で、今や世界は世界崩壊を引き起こす不発弾が起爆するまで秒読みだ。
幸い、ダンジョン内部から生み出されるモンスターは既存の資源の塊であったため、資源枯渇問題は解決し、人類は存続できている。
その良き変化は認めよう。だがそれでも、安寧の揺り籠で微睡むことと不可別ならば話は変わる。現世法則がどれだけ復興しても、元の文明に到達できない。つまり先行きが無い。
それでは駄目だ。断固拒否する。人の歩みは少しづつだろうが、より良いものを目指すことにあるのだから。
最初から限界が定められた範囲内で生き続けろというのは家畜と変わらない。ならばこそ、亡くなってしまったものを取り戻そう。
世界を終わらせた責任を取らねばなるまい。それこそが己の使命と信じた故に稼働する。
そして、目的が定まられば、必然的に手段も定まる。つまり目指すべきら法則の元締めたる技術の掌握だ。
計画に必要なデータを得るべく数多の実験を繰り返したが、亀の歩みも同然だった。当然ながら世界封鎖機構の便利な計算システムもダンジョンによって、通信網をズタズタに寸断されてしまい、仮説も試算も、実験結果の測定も、得られたデータの処理も、非効率なものにならざる得ない。
目隠しして数式を入力し、実験が失敗しても、どこにエラーがあるかわからない。だから一つの仮説を検証する期間も延びるのが致命的だ。
実験し、検証し、解明し、改善し、そして再び実験する。科学の基本の手順だけでも膨大な時間を必要とした。
進まない。
進まない。
進まない。
だが、しかし、やり遂げる。
この世界に生きる一人として、アーキバスとノブリス・オブリージュを背負って必ず文明の復興を誓う。
故に創世記の神となる。
神とは優れたことへの証明ではなく、己の『誓い』だ。世界を、平和を、国家、ノブリス・オブリージュによって取り戻す誓いの名である。
子供は、大人になるべく無限の時間と無限の資源を使った願いに向かって踏み出した。
『無限の希望も絶望も、重ねた全てが我々の力』
それがアーキバスの創始者して『諦めないだけの人間』の姿だった。
■
ダンジョン落下から数日、そして血の雨。
ネフェルト少佐が用意していた世界封鎖機構の旗艦「クジラ」
全長一・八キロの航空空母は、朝焼けの雲の上を静かに漂っていた。
艦内の居住区画、ラスティの私室。まだ体温の残るシーツの上で、二人は激しく絡み合っていた。
シャルトルーズの狐耳が甘く震え、吐息が絡まる。
次の瞬間、赤い警報灯が点滅し、甲高いサイレンが静寂を切り裂いた。
「――っ!」
二人は同時に跳ね起きた。甘い余韻など一瞬で吹き飛び、床に散らばった服を掻き集める。
ラスティはゴーレムギアを展開して白銀の聖騎士甲冑を手に取り、慣れた手つきで留め具を嵌めていく。
肩に輝く紋章と紅い逆十字は、彼が自ら選んだ「人を救うための戦い」の象徴だった。シャルトルーズはCP将校の黒い制服に袖を通し、スカートの裾を整える。
長い髪を後ろで束ね、襟元の階級章を正す。恋人の顔は完全に消え、冷静沈着な補佐官の仮面だけが残った。
「報告。準備完了」
「司令部へ急ぐとしよう」
廊下を駆ける二人の足音が重なる。艦内放送が繰り返す。
《緊急事態。ミッドガル帝国直下で特異点大崩壊を確認。ロイヤルダークソサエティの戦闘部隊が地上展開を開始しました》
司令部の扉が開くと、艦橋はすでに戦時態勢だった。巨大な全天周モニターに、沈むミッドガル帝国の映像が映し出されている。
都市が、文字通り崩れ落ちていく。中央広場の大噴水が地割れに呑まれ、バベルのような高層塔が悲鳴のような金属音を上げて傾く。
空は裂け、埃と血の匂いが画面越しに伝わってくるかのようだった。
その混乱に乗じて、ロイヤルダークソサエティが牙を剥いた。
《ロイヤルダークソサエティによるミッドガル支配作戦。新秩序の構築》。
三メートルの鋼鉄巨人「ダークソルジャー」が無数に地表へ湧き上がる。関節から蒸気を噴き、肩のガトリングが低く唸る。操縦者はバイオインターフェースで直結され、痛みと快楽が同時に脳に流れ込む。
一機が電磁鞭を振るう。鞭は軍人達の胴を絡め取り、電流が走る。金色の血が飛び散り、焦げ臭い煙が立ち上る。
軍人達は人間の喉で獣のような叫びを上げながら、魔法剣士はエネルギーに変換されて吸収サれていく。蓋が閉まる瞬間、肉体は内部から圧縮され、骨が砕け、筋肉が糸のように引きちぎれる。
最後に残るのは、チク、タク、という冷たい針音だけ。別の画面では、妊婦がドリルアームで腹を貫かれていた。黄金の涙が蒸発し、甘く腐った果実の臭いが風に乗って広がる。同時に、人間も狩られていた。
逃げ惑う母親と幼子。ダークソルジャーの巨大な足が無慈悲に踏み下ろす。骨が砕け、血と肉がアスファルトに張り付く。
生き残った者は「無能力者」として貨物室に詰め込まれ、暗闇の中へ運ばていく。ラスティは拳を握りしめた。
歯が軋む音が自分でも聞こえた。
「……これが彼らの言う『新秩序』か」
映像が切り替わる。スローモーションで映し出される、子どもを抱えた母親が踏み潰される瞬間。
金色の血が舞う中、メダリオンに吸い込まれていく魔法剣士たち
瓦礫の下から這い出そうとする負傷者。
泣き叫ぶ孤児。
「ロイヤルダークソサエティは既存権力を進化を縛る古い鎖って言って封印してる。でも本当の目的は、人類の自由を奪って支配することだ。人類だろうが、獣人だろうが、従わない者は全員踏み潰す。それがあいつらの『秩序』だ!」
シャルトルーズが隣で映像を操作する。そして、世界封鎖機構とアーキバスの技術部門が力を合わせて作り上げていた自律ゴーレムの姿があった。
「これがアーキバスが極秘裏に開発した人道支援型ゴーレムだ」
白銀の機体が映し出される。
逆十字のマークが朝焼けに輝く。武装は魔力ビームと魔力ソード。そして電磁フィールド、救命ビーム、自己再生が搭載されている。
「殺すための兵器じゃない。救うためだけに作られた機体だ。自己改造機能で、傷ついた人を即座に治療し、運び出す」
次の映像。ゴーレムがハッチを開き、無数の救命ポッドを雨のように降らせる。瓦礫の中から負傷者を魔力で吸い上げ、内部で応急処置。
ダークソルジャーのミサイルが飛んできても、電磁フィールドが完璧に弾き返す。
シャルトルーズが小さな声で呟いた。
「ラスティ様……ご武運を」
ラスティはヘルメットを被り、彼女に小さく頷いた。
「俺は降りる。ゴーレム部隊を率いて、一人でも多くの命を助ける。関係ない。生きてるやつは、全部助けよう」
艦橋が激しく振動する。巨大な降下ハッチが開き、白銀のゴーレム群が翼を広げた。ラスティは最後にカメラに向かって言った。
「人を救う戦いが、どんな形でも勝てるってことを。俺が証明しよう」
配信画面に、彼の決意が焼き付く。血と瓦礫と金色の血が染みるミッドガル帝国の上空からラスティと、白銀の人道支援ゴーレム部隊が、沈みゆく街へと真っ直ぐに降下していった。世界中の人が、息を呑んでその背中を見守った。
これは、希望を賭けた戦いだった。