第17話:旧時代の王女⑥
「げほッ、ごほっ……!」
「喉が痛いわ」
「やってくれたぜ……魔導具如きが!」
濛々と立ち上る砂煙、粉塵、降り注ぐ瓦礫片に身を竦ませながらエクシア、デュナメスの両名はゆっくりと地面から立ち上がる。足元が覚束ない、まるで海の上に立っている様な気分であった。積み重なった瓦礫に手を掛けながら頭上を見上げれば、爆発した慈善活動組織アーキバス棟、その上層から煙が吹き上がっているのが遠目に見えた。
エクシアは自身の擦り切れた頬を撫でつけ、流れる血に顔を顰める。
全身に鈍い痛みが走っていた。これ程の高所から落下すれば、戦闘訓練を受けているとは云え相応に堪える。動けなくなる程ではないが――しかし。
そこまで考え、デュナメスはハッと顔を上げる。
「ボス……!」
「さすがに視界が悪いわ。まずは周囲の警戒、はぐれないように行動しましょう」
「了解」
二人の視線が忙しなく周囲を這う。砂塵を払い、一歩、二歩と進み出した彼女達はコトリと、目下の瓦礫が揺れた事に気付いた。
全員の脳裏に最悪の想像が過る、慌てて立ち上がり捜索に乗り出そうとした瞬間――不意に頭上から影が落ちて来た。
それは積み重なった瓦礫を押し潰し、粉砕しながら着地を敢行。衝撃音が鳴り響き、砕かれた破片が周辺に飛び散る。ぶわりと吹き上がる砂塵、身を打つ風圧。それらが全員を襲い思わず顔を背ける。
顔を腕で覆いながら、辛うじて開いた視界で影を捉えれば――上層より飛び降りて来たのか、無垢なる刃を担いだまま此方を無機質な瞳で射貫く、シャルトルーズの姿があった。
彼女は手にした無垢なる刃を構え直すと、赤い瞳で一行を観察し、淡々とした口調で告げる。
「――対象の生存確認、リロード後再度プロトコル実行」
「シャルトルーズ――ッ!?」
「冗談きついぜ、なぁ、オイ」
全員が浮足立ち、悲鳴染みた声を漏らす。そうこうしている間にも彼女はその場で足を開き、無垢なる刃に手を掛ける。もう撃たせる訳にはいけない、この何処かにラスティだって居るのだ。
戦闘はまだ終了していない、少なくともシャルトルーズにとっては。
「攻撃、開始!!」
叫び、手から魔力の弾丸が発射される。シャルトルーズの頭部、肩、無垢なる刃に突き刺さる。連続した音が響き渡す。
しかし、正面から降り注ぐ魔力弾丸を前にシャルトルーズは堪えた様子を見せず、光の剣から蒸気が噴き出し、冷却が開始された。弾丸が跳ねる音、閃光に目を細めながらエクシアとデュナメスの両名は苦々しい声を漏らす。
「っ、効いていない……?」
「私達の魔装ゴーレムギアでは、威力が足りない――っ!」
弾丸が命中する度に僅かに揺れるシャルトルーズの肉体。しかし、逆に云えばそれだけだ。怯みもしなければ痛がる様子もない。放たれた弾丸はシャルトルーズの身体を叩き、力なく地面に落ちて行く。
そうこうしている内にカチン、と音を立てて引き絞られるトリガー。弾倉が空になった、慌てて空の弾倉を振り落とすも、目前で外装を展開していた無垢なる刃が再び装甲を閉じる。
冷却が完了したのだ、このままでは第二射を許す羽目になると、全員が理解していた。
「ど、どうするッ!?」
「突貫する……! 組み付いて、私は無垢なる刃を奪う、二人は本人をやってくれ」
「ほ、本気ですか!?」
「それ以外に選択肢はないッ!」
デュナメスが戸惑った声を上げ、ラスティが決断を下す。エクシアは思わず問い返すが、ラスティは力強く断言した。全員の表情が緊張に強張る、こうなったら無理やりにでも組み付いて砲撃を阻止するしかない――他に道は無かった。
「行くぞ!」
その決断に逡巡するも、数秒後には全員が腹を括り、シャルトルーズ目掛けて駆け出す。瓦礫の積み上がった道を必死に前進するラスティ、エクシア、デュナメス。そんな三人を無機質な瞳で眺めながら、シャルトルーズは告げる。
「緊急冷却完了、再充填開始――」
『コード5:遺物を発見。鎮圧執行システム起動。制圧する』
だが、それを遮る声が聞こえた。
「あれは!?」
「世界封鎖機構の上級魔導士……!!」
その声を耳にした瞬間、シャルトルーズ無垢なる刃を背後に向けて全力で薙ぎ払った。轟と唸る風切り音、百キロを超える火砲、それを鈍器として扱った一撃――しかし放たれたそれは宙を切り、手応えはなかった。シャルトルーズは驚愕に目を見開き、それから視線を下に落とす。
影が、這い寄る様に懐へと伸びていた。
『脅威判定:B。行動の予測を完了。対処する』
薙ぎ払った光の剣――それを潜り抜けるようにして肉薄していた、世界封鎖機構の上級魔導士。
地面を滑る様に這っていた彼女は全力で地面を踏み締め、シャルトルーズの顔面目掛けて膝蹴りを放った。
ごッ……!?」
メキリと、顎に突き刺さったそれが嫌な音を立てる。跳ね上がったアリスの頭蓋が揺れ、視界が一瞬ブラックアウトした。
口の端から、血が滲む。
『鎮圧』
顎を蹴り抜き、即座に両手に持った杖を構え、シャルトルーズの腹部に向けて引き金を絞る。途端響く連続した瞬く閃光、至近距離から放たれた魔力の弾丸の腹部を連続で襲う。まるで雪崩の如く叩きつける弾丸、シャルトルーズの顔が大きく歪み、悲鳴を噛み殺す。
身体を突き抜ける衝撃と威力はまるで重機関銃を撃ち込まれている様な感覚。魔力濃度が桁違いに高い、素体の骨格と筋繊維が軋む。
せり上がる嘔吐感を呑み込み、無垢なる刃を引き摺る様にして後退、弾丸の雨に押し切られたシャルトルーズはブリキの人形の様に体を震わせ、身体をくの字に折り曲げる。幾つもの弾丸、空薬莢が地面に落ち、甲高い音を立てていた。
「ぐ、ぎッ――が、は……」
シャルトルーズはぎこちない動作で上級魔導士を見上げ、悔し気に歯を食い縛る。
(――短時間での連続した損傷を検知、自己修復優先、人格領域の切り替え中止、表層領域リブート……人格転換、失敗)
シャルトルーズの表情が色を失くし、途端膝を折る身体。そのまま項垂れる様にして座り込んだシャルトルーズは、呆然とした瞳で何事かを呟いた。
「ッ、申し訳、な――……」
『…………』
耳に入った呟き――シャルトルーズは、そのままゆっくりと倒れ伏す。
うつ伏せになったシャルトルーズ、彼女は以降目を閉じ規則正しい呼吸を繰り返すばかり。暫し警戒の視線を向けていた上級魔導士であったが、シャルトルーズが再び動き出す事はない。
しかし彼女の視界に過る影。見れば瓦礫の中から触手染みた操作糸ケーブルが伸び、内部から紫色の不気味な光が漏れ出ていた。
魔導具の出現――シャルトルーズの砲撃に巻き込まれた彼らが、再び動き出そうとしている。
『コード5:鎮圧執行を継続』
魔導具の姿を見た上級魔導士は舌打ちを零し、面倒そうに愛杖を握り直す。そして更に更から数人の人影が降ってきた。
『コード5:現着、鎮圧執行を開始』
『コード5:現着、鎮圧執行を開始』
『コード5:現着、鎮圧執行を開始』
世界封鎖機構。
白のローブと蒼の杖に統一された世界最高峰の練度を有する魔導士達が到着した。暴走した魔導具は瞬く間に掃討された。
「喉が痛いわ」
「やってくれたぜ……魔導具如きが!」
濛々と立ち上る砂煙、粉塵、降り注ぐ瓦礫片に身を竦ませながらエクシア、デュナメスの両名はゆっくりと地面から立ち上がる。足元が覚束ない、まるで海の上に立っている様な気分であった。積み重なった瓦礫に手を掛けながら頭上を見上げれば、爆発した慈善活動組織アーキバス棟、その上層から煙が吹き上がっているのが遠目に見えた。
エクシアは自身の擦り切れた頬を撫でつけ、流れる血に顔を顰める。
全身に鈍い痛みが走っていた。これ程の高所から落下すれば、戦闘訓練を受けているとは云え相応に堪える。動けなくなる程ではないが――しかし。
そこまで考え、デュナメスはハッと顔を上げる。
「ボス……!」
「さすがに視界が悪いわ。まずは周囲の警戒、はぐれないように行動しましょう」
「了解」
二人の視線が忙しなく周囲を這う。砂塵を払い、一歩、二歩と進み出した彼女達はコトリと、目下の瓦礫が揺れた事に気付いた。
全員の脳裏に最悪の想像が過る、慌てて立ち上がり捜索に乗り出そうとした瞬間――不意に頭上から影が落ちて来た。
それは積み重なった瓦礫を押し潰し、粉砕しながら着地を敢行。衝撃音が鳴り響き、砕かれた破片が周辺に飛び散る。ぶわりと吹き上がる砂塵、身を打つ風圧。それらが全員を襲い思わず顔を背ける。
顔を腕で覆いながら、辛うじて開いた視界で影を捉えれば――上層より飛び降りて来たのか、無垢なる刃を担いだまま此方を無機質な瞳で射貫く、シャルトルーズの姿があった。
彼女は手にした無垢なる刃を構え直すと、赤い瞳で一行を観察し、淡々とした口調で告げる。
「――対象の生存確認、リロード後再度プロトコル実行」
「シャルトルーズ――ッ!?」
「冗談きついぜ、なぁ、オイ」
全員が浮足立ち、悲鳴染みた声を漏らす。そうこうしている間にも彼女はその場で足を開き、無垢なる刃に手を掛ける。もう撃たせる訳にはいけない、この何処かにラスティだって居るのだ。
戦闘はまだ終了していない、少なくともシャルトルーズにとっては。
「攻撃、開始!!」
叫び、手から魔力の弾丸が発射される。シャルトルーズの頭部、肩、無垢なる刃に突き刺さる。連続した音が響き渡す。
しかし、正面から降り注ぐ魔力弾丸を前にシャルトルーズは堪えた様子を見せず、光の剣から蒸気が噴き出し、冷却が開始された。弾丸が跳ねる音、閃光に目を細めながらエクシアとデュナメスの両名は苦々しい声を漏らす。
「っ、効いていない……?」
「私達の魔装ゴーレムギアでは、威力が足りない――っ!」
弾丸が命中する度に僅かに揺れるシャルトルーズの肉体。しかし、逆に云えばそれだけだ。怯みもしなければ痛がる様子もない。放たれた弾丸はシャルトルーズの身体を叩き、力なく地面に落ちて行く。
そうこうしている内にカチン、と音を立てて引き絞られるトリガー。弾倉が空になった、慌てて空の弾倉を振り落とすも、目前で外装を展開していた無垢なる刃が再び装甲を閉じる。
冷却が完了したのだ、このままでは第二射を許す羽目になると、全員が理解していた。
「ど、どうするッ!?」
「突貫する……! 組み付いて、私は無垢なる刃を奪う、二人は本人をやってくれ」
「ほ、本気ですか!?」
「それ以外に選択肢はないッ!」
デュナメスが戸惑った声を上げ、ラスティが決断を下す。エクシアは思わず問い返すが、ラスティは力強く断言した。全員の表情が緊張に強張る、こうなったら無理やりにでも組み付いて砲撃を阻止するしかない――他に道は無かった。
「行くぞ!」
その決断に逡巡するも、数秒後には全員が腹を括り、シャルトルーズ目掛けて駆け出す。瓦礫の積み上がった道を必死に前進するラスティ、エクシア、デュナメス。そんな三人を無機質な瞳で眺めながら、シャルトルーズは告げる。
「緊急冷却完了、再充填開始――」
『コード5:遺物を発見。鎮圧執行システム起動。制圧する』
だが、それを遮る声が聞こえた。
「あれは!?」
「世界封鎖機構の上級魔導士……!!」
その声を耳にした瞬間、シャルトルーズ無垢なる刃を背後に向けて全力で薙ぎ払った。轟と唸る風切り音、百キロを超える火砲、それを鈍器として扱った一撃――しかし放たれたそれは宙を切り、手応えはなかった。シャルトルーズは驚愕に目を見開き、それから視線を下に落とす。
影が、這い寄る様に懐へと伸びていた。
『脅威判定:B。行動の予測を完了。対処する』
薙ぎ払った光の剣――それを潜り抜けるようにして肉薄していた、世界封鎖機構の上級魔導士。
地面を滑る様に這っていた彼女は全力で地面を踏み締め、シャルトルーズの顔面目掛けて膝蹴りを放った。
ごッ……!?」
メキリと、顎に突き刺さったそれが嫌な音を立てる。跳ね上がったアリスの頭蓋が揺れ、視界が一瞬ブラックアウトした。
口の端から、血が滲む。
『鎮圧』
顎を蹴り抜き、即座に両手に持った杖を構え、シャルトルーズの腹部に向けて引き金を絞る。途端響く連続した瞬く閃光、至近距離から放たれた魔力の弾丸の腹部を連続で襲う。まるで雪崩の如く叩きつける弾丸、シャルトルーズの顔が大きく歪み、悲鳴を噛み殺す。
身体を突き抜ける衝撃と威力はまるで重機関銃を撃ち込まれている様な感覚。魔力濃度が桁違いに高い、素体の骨格と筋繊維が軋む。
せり上がる嘔吐感を呑み込み、無垢なる刃を引き摺る様にして後退、弾丸の雨に押し切られたシャルトルーズはブリキの人形の様に体を震わせ、身体をくの字に折り曲げる。幾つもの弾丸、空薬莢が地面に落ち、甲高い音を立てていた。
「ぐ、ぎッ――が、は……」
シャルトルーズはぎこちない動作で上級魔導士を見上げ、悔し気に歯を食い縛る。
(――短時間での連続した損傷を検知、自己修復優先、人格領域の切り替え中止、表層領域リブート……人格転換、失敗)
シャルトルーズの表情が色を失くし、途端膝を折る身体。そのまま項垂れる様にして座り込んだシャルトルーズは、呆然とした瞳で何事かを呟いた。
「ッ、申し訳、な――……」
『…………』
耳に入った呟き――シャルトルーズは、そのままゆっくりと倒れ伏す。
うつ伏せになったシャルトルーズ、彼女は以降目を閉じ規則正しい呼吸を繰り返すばかり。暫し警戒の視線を向けていた上級魔導士であったが、シャルトルーズが再び動き出す事はない。
しかし彼女の視界に過る影。見れば瓦礫の中から触手染みた操作糸ケーブルが伸び、内部から紫色の不気味な光が漏れ出ていた。
魔導具の出現――シャルトルーズの砲撃に巻き込まれた彼らが、再び動き出そうとしている。
『コード5:鎮圧執行を継続』
魔導具の姿を見た上級魔導士は舌打ちを零し、面倒そうに愛杖を握り直す。そして更に更から数人の人影が降ってきた。
『コード5:現着、鎮圧執行を開始』
『コード5:現着、鎮圧執行を開始』
『コード5:現着、鎮圧執行を開始』
世界封鎖機構。
白のローブと蒼の杖に統一された世界最高峰の練度を有する魔導士達が到着した。暴走した魔導具は瞬く間に掃討された。