第27話:死刑執行者①
ラスティは気がつけば黒い部屋にいた。そして対面には黒い軍服を纏った美丈夫が椅子に座っていた。
「ようこそ、俺の城へ。歓迎するぞ、ラスティ・ヴェスパー」
何故ここにいるのか意味がわからなかったが、取り敢えずラスティは礼儀に沿うように行動した。
「お呼びに預かり光栄だ。私はラスティ・ヴェスパー。ここはどこで、貴方は誰なのだろうか?」
「ここはセントラルボーテックス。いわば世界の中心だ。俺はアスラクラインだ。しかし意外だ。現実改変能力を持つ者なのだから、天狗になっていると思った」
「……天狗になれるほど万能ではないと思うよ、あの能力は。その口ぶりからすると、この世界にはいるみたいだ。現実改変能力を持つ者は」
「ああ、お前と私を入れて七人だ。謙虚な姿勢。しかしへりくだる様子もない。あくまで対等な相手として俺に接してくる。いいぞ気に入った。顔見せ程度のつもりだったが、俺もお前の誠意には応えねばならんな。何か聞きたいことはあるか?」
「感謝する。ありがとう。まずは、私をここに呼んだ目的が知りたい」
「単純な事だ。新しいプレイヤーの顔と性格を知っておきたかったのだよ」
「プレイヤーとは?」
「お前の持つ現実改変能力。理想夢物語と名付けている能力を持つものがこの世界には、七人いる。そしてこの七人は、最終的に殺し合い、残ったものが人を越えた上位者となる。いわば神になるための殺し合いだ。そのゲームのプレイヤーという意味だ」
「……何故、殺し合う必要が?」
「俺が争わせるように世界のシステムを操っているからだ。最後の一人になるまでは同盟や、共闘しても良いし、逆に独りでも良い。ラスボスは俺だから、定期的に『イベント』を開催する予定だ。追加のプレイヤーも来るだろうしな」
ラスティは少し考えた後、言う。
「それを私に教える理由は?」
「円滑なゲームの運営のためだ。せっかくの上位者になるためのゲームだ。どうせなら白熱したいだろう? フェアとは言わないがね。しかし一方的な虐殺で終わるのはつまらん」
「つまり貴方がラスボスで、ゲームの運営で、今の世界の上位者ということか」
「正解だ。ゲームプレイヤーには争い、競い、強くなり、俺に挑んでほしいと思っている。一方的な虐殺は本当につまらん。最初は楽しいが、流石に飽きる」
「了解した。貴方を殺せるほど強くなろう。具体的なゲームのルールは?」
「無い。期限も、守るべき規則も、そういったものはない。俺はただ待つだけだ。殺し合った末の最後の一人が俺に侵攻してくるまで」
「純粋な疑問なんだが、殺し合わない場合はどうするんだ? 貴方が介入するのか?」
「そうだな、そもそも現実改変能力を持つ者同士は殺し合う運命にある……というのはおいておいて、平和的な解決をするのであれば、それはそれで良いと思うぞ」
(……殺し合う運命?)
「最終的に俺が皆殺しにすると思うが、団結を持って俺を打倒するのも、それはそれで面白い」
「なら、私は同盟を持って貴方を打倒するとしようか」
ラスティは笑みを浮かべる。それと同時に、アスラクラインの下まで踏み込み、手刀を放つ。
狙いは勿論、首だ。
しかし、その攻撃はアスラクラインの刀によって防がれてしまう。
「残念だ。いまのでやれれば嬉しかったのだが」
「良い性格をしているな、ラスティ。面白い。謙虚な姿勢で相手から情報を取得して、用が済んだら殺害に移る。随分と手慣れているじゃないか」
「ラスボスを倒してしまえば、面倒なゲームにも参加しなくて済むのではないか、と考えてたのだが。そう上手くはいかないようだ」
「その考えは正しい。しかし実力が足りないな。話は終わりだ。現実に戻ると良い。せいぜい気張る事だ。お前は常に狙われている」
◆
ラスティは目が覚める。
執務室で寝てしまっていたようだ。首を回して凝りをほぐす。
(さっきの夢は……恐らく本当だ。七人の現実改変能力を持つ者と殺し合う運命にある……どうするべきか)
ラスティは考える。それを見たエクシアが問いかける。
「難しい顔をしてどうしたの?」
「いや……ネフェルト少佐に上から目線で説教した自分に自己嫌悪していた」
ラスティは咄嗟に別の心残りを口にした。現実改変能力を持つ者同士による殺し合いゲームの問題は棚上げしたのだ。
「後悔してるの?」
「内容自体を後悔しているわけでもない。発言したこと、ネフェルト少佐に伝えたことを後悔しているわけでもない。私は、みんなで笑顔になりたい、という想いは変わっていない。ただ……ネフェルト少佐の背負っていたものを、乱雑に扱った気がして、申し訳ない気持ちになる」
「ふぅん? 具体的には?」
「私は貴族のボンボンで、家の金で慈善活動組織を設立、支援して運営はエクシアに任せている。あとは暴力だ。家の金で趣味を嗜み、気に入らないやつを暴力で黙らせて快楽を得る……たまたま支持者がいるだけで、見方を変えれば暴君だ。そんな自分が嫌になった、というところか」
「支持者がいるって自分でわかっているなら、そのまま突き進んでも良いと思うけど」
「基本的に、極端は嫌いなんだ。特に一つのものに特化するのは好まない。劣悪な存在であればあるほど『一芸に秀でて一発逆転』を目指すのは、質の悪い典型みたいなものだ」
「一芸に秀で特化させたほうが良い場合もあると思うわよ」
「それはあくまで互いの短所を補い合え信頼できる仲間がいる場合の話だ。仲間がいて頼り、頼られる関係ならば欠点を埋めるより、長所を伸ばすほうが良いだろう。しかし基本的に一芸しかないというのは受け入れ難い。だったら器用貧乏のほうが何かと立ち回りやすいという持論だ」
「貴方は、一つの行為で偉業を成したいというタイプではないし、執着はしないのね。自分の人生は自分で回すことに快感を覚えるタイプ……?」
「そうかもしれない。だからこそ上振れは少なくても浅く広く色々なことを感じるのが好きだ。無論、深く狭く一芸に秀でることを目指す人を否定するわけではない。私の好みとは合わない、というただけで」
「みんなで笑うことを目標とする貴方らしいわ。良いと思うわよ、そういうの。オンリーワンより、オールワン。良く言えば他者を尊重して、悪くいえば凡庸なところ、嫌いじゃない。英雄は好きではないでしょう?」
「ふむ、そうだな。たった一人の英雄より組織で勝つ方が熱いとは思う。一人の絶大な力というのも魅力的だが、みんなで力を合わせて災難を乗り越えるのが私好みだ」
「貴方らしいわ」
「ありがとう?」
会話を終えると、エクシアは部屋を出ていく。
ラスティは少し疲れが出始めていたのか、窓の外を見下ろす。外では青い空の中で白い雲が浮かび、大地では貴族の者達が歩いている。
豪華絢爛な服装に身を包む貴族達は、自慢話にでも花を咲かせているのだろうか。と、そこで一人の少女が目に入る。
メガネをかけてオールバックの神経質そうな男、スネイル将軍が案内している少女だ。その後ろにも特徴的なエンブレムを貼り付けた騎士たちが続いている。
(あの騎士達は医療教会の神聖防衛隊であることを示すエンブレム。それが護衛しているということは真ん中の少女は『聖女』か)
医療教会と神聖防衛隊は、この世界におけるかなり大規模な医療組織である。魔導魔法とは違う信仰祈祷の力で人々を癒して、集金する勢力だ。
原理的な違いは無い。しかし敢えて区切るのならば、破壊的を含めた多目的で使われるのが魔導魔法で、逆に信仰祈祷は他者を救済する目的で使われる。
ラスティとしては、結果に至る原理こそ大切で、それをどう使うかで名称をつけるのはナンセンスだと感じるが、しかしそれが大切だと思う人がいるのであれば尊重するようにしていた。
(この時期に神事は無い筈……医療教会の聖女を神聖防衛隊を引き連れてまで呼びつけるとは……何をするつもりだ?)
ノックが三回。
ラスティは入室を許可する。
「お久しぶりです。お兄様」
「メーテルリンクか、久しぶりだ。何故、ここに?」
そこにいたのはラスティの妹であるメーテルリンクだった。
「お父様の処刑が決定しました。そして、その執行者はお兄様です」
ラスティは目を細めて言う。
「まずは紅茶を淹れようか」
「ようこそ、俺の城へ。歓迎するぞ、ラスティ・ヴェスパー」
何故ここにいるのか意味がわからなかったが、取り敢えずラスティは礼儀に沿うように行動した。
「お呼びに預かり光栄だ。私はラスティ・ヴェスパー。ここはどこで、貴方は誰なのだろうか?」
「ここはセントラルボーテックス。いわば世界の中心だ。俺はアスラクラインだ。しかし意外だ。現実改変能力を持つ者なのだから、天狗になっていると思った」
「……天狗になれるほど万能ではないと思うよ、あの能力は。その口ぶりからすると、この世界にはいるみたいだ。現実改変能力を持つ者は」
「ああ、お前と私を入れて七人だ。謙虚な姿勢。しかしへりくだる様子もない。あくまで対等な相手として俺に接してくる。いいぞ気に入った。顔見せ程度のつもりだったが、俺もお前の誠意には応えねばならんな。何か聞きたいことはあるか?」
「感謝する。ありがとう。まずは、私をここに呼んだ目的が知りたい」
「単純な事だ。新しいプレイヤーの顔と性格を知っておきたかったのだよ」
「プレイヤーとは?」
「お前の持つ現実改変能力。理想夢物語と名付けている能力を持つものがこの世界には、七人いる。そしてこの七人は、最終的に殺し合い、残ったものが人を越えた上位者となる。いわば神になるための殺し合いだ。そのゲームのプレイヤーという意味だ」
「……何故、殺し合う必要が?」
「俺が争わせるように世界のシステムを操っているからだ。最後の一人になるまでは同盟や、共闘しても良いし、逆に独りでも良い。ラスボスは俺だから、定期的に『イベント』を開催する予定だ。追加のプレイヤーも来るだろうしな」
ラスティは少し考えた後、言う。
「それを私に教える理由は?」
「円滑なゲームの運営のためだ。せっかくの上位者になるためのゲームだ。どうせなら白熱したいだろう? フェアとは言わないがね。しかし一方的な虐殺で終わるのはつまらん」
「つまり貴方がラスボスで、ゲームの運営で、今の世界の上位者ということか」
「正解だ。ゲームプレイヤーには争い、競い、強くなり、俺に挑んでほしいと思っている。一方的な虐殺は本当につまらん。最初は楽しいが、流石に飽きる」
「了解した。貴方を殺せるほど強くなろう。具体的なゲームのルールは?」
「無い。期限も、守るべき規則も、そういったものはない。俺はただ待つだけだ。殺し合った末の最後の一人が俺に侵攻してくるまで」
「純粋な疑問なんだが、殺し合わない場合はどうするんだ? 貴方が介入するのか?」
「そうだな、そもそも現実改変能力を持つ者同士は殺し合う運命にある……というのはおいておいて、平和的な解決をするのであれば、それはそれで良いと思うぞ」
(……殺し合う運命?)
「最終的に俺が皆殺しにすると思うが、団結を持って俺を打倒するのも、それはそれで面白い」
「なら、私は同盟を持って貴方を打倒するとしようか」
ラスティは笑みを浮かべる。それと同時に、アスラクラインの下まで踏み込み、手刀を放つ。
狙いは勿論、首だ。
しかし、その攻撃はアスラクラインの刀によって防がれてしまう。
「残念だ。いまのでやれれば嬉しかったのだが」
「良い性格をしているな、ラスティ。面白い。謙虚な姿勢で相手から情報を取得して、用が済んだら殺害に移る。随分と手慣れているじゃないか」
「ラスボスを倒してしまえば、面倒なゲームにも参加しなくて済むのではないか、と考えてたのだが。そう上手くはいかないようだ」
「その考えは正しい。しかし実力が足りないな。話は終わりだ。現実に戻ると良い。せいぜい気張る事だ。お前は常に狙われている」
◆
ラスティは目が覚める。
執務室で寝てしまっていたようだ。首を回して凝りをほぐす。
(さっきの夢は……恐らく本当だ。七人の現実改変能力を持つ者と殺し合う運命にある……どうするべきか)
ラスティは考える。それを見たエクシアが問いかける。
「難しい顔をしてどうしたの?」
「いや……ネフェルト少佐に上から目線で説教した自分に自己嫌悪していた」
ラスティは咄嗟に別の心残りを口にした。現実改変能力を持つ者同士による殺し合いゲームの問題は棚上げしたのだ。
「後悔してるの?」
「内容自体を後悔しているわけでもない。発言したこと、ネフェルト少佐に伝えたことを後悔しているわけでもない。私は、みんなで笑顔になりたい、という想いは変わっていない。ただ……ネフェルト少佐の背負っていたものを、乱雑に扱った気がして、申し訳ない気持ちになる」
「ふぅん? 具体的には?」
「私は貴族のボンボンで、家の金で慈善活動組織を設立、支援して運営はエクシアに任せている。あとは暴力だ。家の金で趣味を嗜み、気に入らないやつを暴力で黙らせて快楽を得る……たまたま支持者がいるだけで、見方を変えれば暴君だ。そんな自分が嫌になった、というところか」
「支持者がいるって自分でわかっているなら、そのまま突き進んでも良いと思うけど」
「基本的に、極端は嫌いなんだ。特に一つのものに特化するのは好まない。劣悪な存在であればあるほど『一芸に秀でて一発逆転』を目指すのは、質の悪い典型みたいなものだ」
「一芸に秀で特化させたほうが良い場合もあると思うわよ」
「それはあくまで互いの短所を補い合え信頼できる仲間がいる場合の話だ。仲間がいて頼り、頼られる関係ならば欠点を埋めるより、長所を伸ばすほうが良いだろう。しかし基本的に一芸しかないというのは受け入れ難い。だったら器用貧乏のほうが何かと立ち回りやすいという持論だ」
「貴方は、一つの行為で偉業を成したいというタイプではないし、執着はしないのね。自分の人生は自分で回すことに快感を覚えるタイプ……?」
「そうかもしれない。だからこそ上振れは少なくても浅く広く色々なことを感じるのが好きだ。無論、深く狭く一芸に秀でることを目指す人を否定するわけではない。私の好みとは合わない、というただけで」
「みんなで笑うことを目標とする貴方らしいわ。良いと思うわよ、そういうの。オンリーワンより、オールワン。良く言えば他者を尊重して、悪くいえば凡庸なところ、嫌いじゃない。英雄は好きではないでしょう?」
「ふむ、そうだな。たった一人の英雄より組織で勝つ方が熱いとは思う。一人の絶大な力というのも魅力的だが、みんなで力を合わせて災難を乗り越えるのが私好みだ」
「貴方らしいわ」
「ありがとう?」
会話を終えると、エクシアは部屋を出ていく。
ラスティは少し疲れが出始めていたのか、窓の外を見下ろす。外では青い空の中で白い雲が浮かび、大地では貴族の者達が歩いている。
豪華絢爛な服装に身を包む貴族達は、自慢話にでも花を咲かせているのだろうか。と、そこで一人の少女が目に入る。
メガネをかけてオールバックの神経質そうな男、スネイル将軍が案内している少女だ。その後ろにも特徴的なエンブレムを貼り付けた騎士たちが続いている。
(あの騎士達は医療教会の神聖防衛隊であることを示すエンブレム。それが護衛しているということは真ん中の少女は『聖女』か)
医療教会と神聖防衛隊は、この世界におけるかなり大規模な医療組織である。魔導魔法とは違う信仰祈祷の力で人々を癒して、集金する勢力だ。
原理的な違いは無い。しかし敢えて区切るのならば、破壊的を含めた多目的で使われるのが魔導魔法で、逆に信仰祈祷は他者を救済する目的で使われる。
ラスティとしては、結果に至る原理こそ大切で、それをどう使うかで名称をつけるのはナンセンスだと感じるが、しかしそれが大切だと思う人がいるのであれば尊重するようにしていた。
(この時期に神事は無い筈……医療教会の聖女を神聖防衛隊を引き連れてまで呼びつけるとは……何をするつもりだ?)
ノックが三回。
ラスティは入室を許可する。
「お久しぶりです。お兄様」
「メーテルリンクか、久しぶりだ。何故、ここに?」
そこにいたのはラスティの妹であるメーテルリンクだった。
「お父様の処刑が決定しました。そして、その執行者はお兄様です」
ラスティは目を細めて言う。
「まずは紅茶を淹れようか」