35話:クローズプラン①
ラスティはシャルトルーズを呼び出し、告げる。
「シャルトルーズ、君にやってほしいことは三つある。一つは超広域通信魔法を使用して、慈善活動組織アーキバスのメンバーを救え、と呼びかけることだ。二つ目と三つ目はその通信に、音声式洗脳魔法と光学式洗脳魔法を付与してほしい。可能か?」
「理論上は可能です」
「懸念事項は?」
「魔力と洗脳の強さです。範囲を広げれば精度が、精度を高めれば範囲が、それぞれ犠牲になります。洗脳系列の魔法は相手依存になりやすく、強すぎれば廃人に、弱すぎれば効果がなく、極めて不安定です」
ラスティは当たり前だ、と頷く。どうしようか? と頭を捻る。
範囲と精度とラスティが受け持てば良いが、洗脳の魔法は扱いが難しい。そもそも禁忌指定されている地域や、存在そのものを抹消している国もあるくらいだ。
それは道徳的な理由からではなく、安易かつ広範囲に作用するものだからだ。
魔力を通じて相手の脳みその一部をぶっ壊して、そこに使用者の魔力を溜める。そして使用者の命令に従うと快楽や心地良さといった麻薬を植え付けるのだ。
反対に、強い精神や魔力耐性があると効果は出ない。他には瞬間再生など自己の治癒に長けていると弾きやすく、他者が脳に回復魔法に作用しても作用する。
「私が全部やろう。その代わりに魔力を融通してほしい」
「了承。では受け渡しをします」
シャルトルーズはラスティの唇に唇を重ねた。
「おや、これが魔力の受け渡し方法か。しかし魔力は無いようだが」
「意気消沈。つまらない人ですね、マスターは。びっくりするかなーって思ったのに」
「愉快な性格をしているんじゃないか。私はそういうの好ましいと思う」
「では魔力を渡します。はい、どうぞ」
ポン、とシャルトルーズの指に集められた魔力の塊が空中を漂って、ラスティの体の中に入る。
シャルトルーズの魔力を受け取り、ラスティの肉体は活性化する。
二人の様子を眺めてたネフェルト少佐が言う。
「貴方達、意外と仲が良かったのね」
「ああ、私達はとても好ましい関係だと自負してるよ」
「肯定否定。良い部分もありますけど悪い部分も多いので、あんまり好きではないけど、嫌いでもない関係です」
「世界滅ぼす遺物が、まさかこんな人間らしいとは思わなかった。でも、貴方を破壊しなくて良かったと思えるのは良いことだわ」
「否定。マスター・ラスティが死ねば、契約が履行されたとして世界滅ぼします」
「直接私を殺せるなら構わないよ。いつでもね」
「了承。なら今すぐ殺して……! ぐっ」
拳を振り上げたシャルトルーズは、そのまま力なく床に倒れた。
「報告。当機体の魔力が失われました。回復するまでのスリープモードへ入ります」
「余裕で勝ってしまった。済まない、最強で済まない」
「シャルトルーズさんも愉快な性格してると思ったけど、ラスティさんも愉快な性格しているわね」
ラスティは広範囲通信魔法を発動して、同時に洗脳系列の魔法も発動する。
「この魔法が届いている者は、シャルトルーズがミッドガル帝国の王と認め、善活動組織アーキバスのメンバーを救出せよ! 逆らう者は殺せ!」
通信魔法を閉じる。
「後はミッドガル帝国の首都へ向かい、立て直しを行う。」
シャルトルーズを担いで、要塞都市からミッドガル帝国の首都へ行こうとすると、背後の扉が開いて、少女が入ってくる。
「失礼します、お兄様。メーテルリンクです」
「おはよう、体は大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。さっきの通信を見ました。あれは今の混乱を収束させるための作戦ですね?」
「その通りだ。思考操作で同士討ちをするのを、洗脳で慈善活動組織アーキバスのメンバー救出活動に上書きした。無駄な争いは一旦終わり、命が助かる。しかしその後が問題だ」
「混乱時の破壊活動から国を立て直す必要がある。それには強い権力で人を動かすか、逆に高い能力で一気呵成に成し遂げるしかない」
「今回の場合、前者は役に立たない。なんせ人がランダムで死んでいる。殺した者も思考操作を受けていて自覚がない。誰が生きていて誰が死んでいるかわからない。命令系統が完全に崩壊している」
「残るのは後者、高い能力がある者が一気呵成に修復する……それはお兄様にしかできない」
「その通りだ。私がミッドガル帝国を修復する。可及的速やかに」
「私ができることはありますか?」
「……慈善活動組織アーキバスの治療に参加してくれ。回復魔法は使えるか?」
「はい、お任せください」
◆
ミッドガル帝国の首都には、人々が磔にされて晒されていた。
十字架にくくりつけられて、心臓には杭が打ち込まれている。
全員が、である。
ミッドガル帝国の首都に生きている者はおらず、全員、殺されていた。
「……なかなか愉快なことになっている」
ラスティは警戒しながら、市街地を進む。
不思議なことに、あれだけ派手な争いをしていたにも関わらず、市街地は綺麗なままだった。
生命だけが、十字架に吊るされて殺されている。その顔は苦痛で歪んでおり、苦しんで死んだことはわかる。
そして首都の中心には、一人の男が立っていた。そして、足元には首輪で繋がれたエクシアがいる。
「オーディンか」
「なんや、戻ってきたんか。運が悪いな、ホンマ」
「こんな形で二度も出会うなんて、運命的じゃないか?」
「もしかして、この子も君の知り合い、なんて言うわけあらへんよな?」
「知り合いどころか部下だよ。最も信頼する部下だ」
「はー、ホンマ勘弁してほしいわ。あの聖女ちゃんだけじゃなく、こんな金髪エルフの可愛い子も手を出してるとか……ハーレム作っとるの?」
「そんなところだ。それで、解放してくれるのか?」
「ええで。その代わりお願い二つ聞いてくれへん?」
「何かな」
「知り合いの女の子紹介して」
「ああ、構わない。もう一つは?」
「今から出現する骸骨マント殺すの手伝ってや」
「了解した」
「え? ホンマにええの? 良いやつやな自分。因みに相手も現実改変能力者やからな、気を付けてな。下手したら死ぬで」
「わかった。初手から全力で征くとしよう」
【空想具現・極之番・顕象:理想夢物語】
【天上天下唯我独尊】
【絶望し、苦痛し、発狂せよ。我が存在を見る誉れは死と同義なり】
三つの現実改変能力者が同時に己の力を発動させる。
ラスティ、オーディン、謎の声だ。
世界が歪み、空間が引き裂かれ、地面に落ちる。
骸骨にマントを纏った異形の存在。
「死の王たる私を呼び出すとはふざけたやつだ。死を与えよう」
「死の王とかダサいねん。自称しているところも痛いんよ。上から目線でいるところ悪いけど自分が無能なことそろそろ気付いた方がええで」
ラスティは瞬間移動をして、背後から『命を吸い取る剣』で攻撃した。