残酷な描写あり
R-15
013 試運転
カイルの家は表側が作業場になっている。部屋の中にはあちこちの町から預かったらしき鎧や剣、盾が並んでいる。カイルの一族は腕の良い職人が多く、こうして遠くから依頼が来るほどだ。この町の経済はカイルの親族がいなかったら町だけの自給自足で終わり、外からお金が入ってこないのではと思う。
三人で扉を開けて入ると目の前でカイルが背中を向けて作業をしていた。いつもなら父親のクワインとカイルの二人が何か作業をしているのだが、今日はクワインがいなかった。出来上がった物をどこかへ納品しに行ったか、町外れにある親族が経営している鋳造場か仕事の依頼を受けに行っているのだろう。
ここでは主に金属を加工して部品を作ったり、それを元に道具を作ったりしている。金属神ラテメスの石である切削石は円錐形をしており、理力を流すと尖った部分で金属や神の石を削ることができる。こういった現場には必須の石である。
「ただいまー」
「あー、おかえりー」
カイルは自動的に返事をしたようだった。作業に夢中でこちらのことは気付いていないようだ。カイルの手元を覗き込むと盾が分解されている。真ん中の大きな反力石は外され、内部に何かカラクリ的な部品が色々組み込まれている。
『俺の盾ー!』
ビスタークが叫んでいたが無視した。
「カイル、今度は何作ってるんだ?」
「うん、これ乗れるようにしようと思ってさー」
乗れるようにとはどういうことか、とも思ったがそれより前に持ち主の許可を取っていないことを指摘した。
「ふーん。人の盾を勝手にか?」
そこでようやくフォスターがいることに気付いたらしい。
「げっ、フォスター!?」
「俺は磨いて調整してくれって頼んだよなあ?」
カイルはまずいところを見られたという顔をしていた。
「ま、前から作りたかった物にちょうどいい大きさだったんだよ」
目を泳がせ動揺しながらカイルはそう言った。
「……お前の作る物は当たり外れが激しいんだよな」
「今回は大丈夫だよ。役に立つ物だから!」
「どうだかな」
カイルは有用な物を作っていると主張するが、フォスターは今まで作った物を思い出し鼻で笑う。
『お前なんでそんなに落ち着いてんだよ? 早くやめさせろ!』
フォスターはカイルの奇行に慣れているので諦観の境地に達しているのだが、ビスタークがうるさいので聞いてみた。
「……今更やめろって言っても遅いよな」
「うん。もう出来上がるしな」
フォスターは小さく周りに聞こえないようにビスタークに向けて言った。
「だってさ。諦めな」
ビスタークは唸り声のような叫び声のようなよくわからない声を頭の中に響かせていた。
フォスターはここ最近いつも父親に振り回されていたので、逆にビスタークがカイルに振り回されていることが愉快だった。
「よし、でーきた!」
大きな反力石を元に戻し体重をかけて押し込む。
「じゃあ外に出て試運転しようぜ」
部品が外れないことを確認してからカイルはそう言った。メイシーはフォスターに了承されたと思い、テックは何も考えてない様子ではしゃいでいる。
「お前が自分で乗れよな……」
危ない橋は自分で渡ってもらいたいのでフォスターは先に言っておいた。
盾の反力石を下にした状態で裏側に足を乗せ、取り付けた持ち手を両手で握る。持ち手は操縦桿となっており、盾に対して垂直より少し鋭角になる形で斜めに立ち上がるようについている。操縦者が無理な体勢を取らないような丁度良い位置で握れるようになっていた。
「よし、浮いてるな」
片足を盾に乗せたまま少し踏みこみ、重力に対して反発しているのを確かめる。反力石に直接触らなくても浮いていられるのは、盾の金属が反力石を溶かして混ぜてあるからだそうだ。そのため他の金属では作れないということになる。推進力には風の大神ウィブリーズの石である換気石を使っているそうだ。通常は台所や暖炉の換気に使う石だが、船の帆にも使われているとカイルが説明した。
『俺の盾だぞー!』
「これ、もう盾じゃないだろ」
ビスタークがまだうるさかったのでつい返事をしてしまった。
「大丈夫、これ折り畳み式だからちゃんと盾にもなるよ」
「ふ、ふーん」
自分に話しかけたと思ったカイルが返事をしたのでとっさに合わせた。よく見ると盾の裏側は持ち手までの部品が組み合わせて入るような形の窪みができていた。
「ちょっと危ないかもしれないから離れてて」
そう言ってフォスターと子ども達を遠ざけると、カイルは起動用のスイッチを入れた。元々浮いてはいたが更に少し高く浮きあがり、カイルは盾に乗せていなかったほうの足も乗せた。持ち手の操縦桿を軽く前に押すと進み始めた。
「わあっ!」
子ども達が歓声をあげる。カイルは町の外へ向かってゆっくり進み、転回してまた戻ってきた。
「おれものりたい!」
テックが真っ先にカイルへ言った。男の子はこういうのが好きである。フォスターも乗ってみたかったがさすがに小さい子に譲った。背が低すぎるのでカイルの後ろに立ち、脚にしがみつくような感じで乗ると、先程より少し速度を上げて進んでまた同じように戻ってきた。テックは大興奮であった。
「たのしかった! 兄ちゃんすごい!」
弟に褒められてカイルはとても得意気である。
「次わたし!」
同じようにメイシーが乗り、また戻ってきた。
フォスターはまず操作方法を教えてもらった。起動の仕方、進み方、速度の上げ方、停止の仕方。そんなに難しいことはなかったので乗ってみると普通に乗れた。
「今回は役に立つものじゃないか」
結構良い出来だと思ったので褒めてみた。
以前作った洗濯物を乾かす道具という名目でくるくる回りながら洗濯物に火を噴く道具や、フォスターの髪の毛を少し焼いてしまった髪を乾かす道具より遥かにまともである。髪の毛を焼かれた時は何故かリューナの方が怒っていた。
「他の町から頼まれた神衛の盾を勝手に改造するわけにはいかなかったから、お前のが回ってきてちょうどよかったよ」
「ちょっと待て。俺のは勝手に改造していいのかよ?」
まあ俺のではなく親父のだけど、と心の中で付け加えた。
「これホントに素材がいいんだよな。理力の伝導率が高くて軽いし大きさもいい感じでさ。他には無いのかな?」
「……これ、神話時代の骨董品でかなりの値打ち物らしいぞ。ここにはこれしか無いって。買い戻すとなると相当の金額になるようなことを大神官が言ってたぞ」
「えっ……そうなの? ……まずかった?」
『まずいに決まってんだろ……』
「まあ、俺はいいけど……他はどうかな……」
ビスタークの声は弱くなっていた。神殿の皆もいい顔はしないだろうなと思った。
「まあ、もう作っちゃった物は元に戻せないし、気にしないことにする!」
カイルは笑いながら開き直ったが、実は元に戻せる方法はあるのだ。神殿にある時修石を神官に頼んで使ってもらえば物体を一日前の状態に戻すことができる。ただ、カイルに預けてからもう三日経っているので石を使っても戻らないのかもしれない。
「で、この盾もうちょっと速度上げたいからまだいじっていい? 今日中には終わるから」
とカイルに聞かれたので小声でビスタークに確認する。
「いいよな?」
『……勝手にしろ』
諦めたように返事がきた。
「? いいんだな?」
小声で言ったがカイルには聞こえてしまったようだ。
『そんなことより医者! 医者に用だったろ!』
思い出したようにビスタークがフォスターを急かした。
「あ、そうだ。俺、神殿に行くとこだったんだ」
「じゃあまた後でな」
予想外の出来事に気を取られていたが、当初の予定を思い出し神殿へと向かった。
三人で扉を開けて入ると目の前でカイルが背中を向けて作業をしていた。いつもなら父親のクワインとカイルの二人が何か作業をしているのだが、今日はクワインがいなかった。出来上がった物をどこかへ納品しに行ったか、町外れにある親族が経営している鋳造場か仕事の依頼を受けに行っているのだろう。
ここでは主に金属を加工して部品を作ったり、それを元に道具を作ったりしている。金属神ラテメスの石である切削石は円錐形をしており、理力を流すと尖った部分で金属や神の石を削ることができる。こういった現場には必須の石である。
「ただいまー」
「あー、おかえりー」
カイルは自動的に返事をしたようだった。作業に夢中でこちらのことは気付いていないようだ。カイルの手元を覗き込むと盾が分解されている。真ん中の大きな反力石は外され、内部に何かカラクリ的な部品が色々組み込まれている。
『俺の盾ー!』
ビスタークが叫んでいたが無視した。
「カイル、今度は何作ってるんだ?」
「うん、これ乗れるようにしようと思ってさー」
乗れるようにとはどういうことか、とも思ったがそれより前に持ち主の許可を取っていないことを指摘した。
「ふーん。人の盾を勝手にか?」
そこでようやくフォスターがいることに気付いたらしい。
「げっ、フォスター!?」
「俺は磨いて調整してくれって頼んだよなあ?」
カイルはまずいところを見られたという顔をしていた。
「ま、前から作りたかった物にちょうどいい大きさだったんだよ」
目を泳がせ動揺しながらカイルはそう言った。
「……お前の作る物は当たり外れが激しいんだよな」
「今回は大丈夫だよ。役に立つ物だから!」
「どうだかな」
カイルは有用な物を作っていると主張するが、フォスターは今まで作った物を思い出し鼻で笑う。
『お前なんでそんなに落ち着いてんだよ? 早くやめさせろ!』
フォスターはカイルの奇行に慣れているので諦観の境地に達しているのだが、ビスタークがうるさいので聞いてみた。
「……今更やめろって言っても遅いよな」
「うん。もう出来上がるしな」
フォスターは小さく周りに聞こえないようにビスタークに向けて言った。
「だってさ。諦めな」
ビスタークは唸り声のような叫び声のようなよくわからない声を頭の中に響かせていた。
フォスターはここ最近いつも父親に振り回されていたので、逆にビスタークがカイルに振り回されていることが愉快だった。
「よし、でーきた!」
大きな反力石を元に戻し体重をかけて押し込む。
「じゃあ外に出て試運転しようぜ」
部品が外れないことを確認してからカイルはそう言った。メイシーはフォスターに了承されたと思い、テックは何も考えてない様子ではしゃいでいる。
「お前が自分で乗れよな……」
危ない橋は自分で渡ってもらいたいのでフォスターは先に言っておいた。
盾の反力石を下にした状態で裏側に足を乗せ、取り付けた持ち手を両手で握る。持ち手は操縦桿となっており、盾に対して垂直より少し鋭角になる形で斜めに立ち上がるようについている。操縦者が無理な体勢を取らないような丁度良い位置で握れるようになっていた。
「よし、浮いてるな」
片足を盾に乗せたまま少し踏みこみ、重力に対して反発しているのを確かめる。反力石に直接触らなくても浮いていられるのは、盾の金属が反力石を溶かして混ぜてあるからだそうだ。そのため他の金属では作れないということになる。推進力には風の大神ウィブリーズの石である換気石を使っているそうだ。通常は台所や暖炉の換気に使う石だが、船の帆にも使われているとカイルが説明した。
『俺の盾だぞー!』
「これ、もう盾じゃないだろ」
ビスタークがまだうるさかったのでつい返事をしてしまった。
「大丈夫、これ折り畳み式だからちゃんと盾にもなるよ」
「ふ、ふーん」
自分に話しかけたと思ったカイルが返事をしたのでとっさに合わせた。よく見ると盾の裏側は持ち手までの部品が組み合わせて入るような形の窪みができていた。
「ちょっと危ないかもしれないから離れてて」
そう言ってフォスターと子ども達を遠ざけると、カイルは起動用のスイッチを入れた。元々浮いてはいたが更に少し高く浮きあがり、カイルは盾に乗せていなかったほうの足も乗せた。持ち手の操縦桿を軽く前に押すと進み始めた。
「わあっ!」
子ども達が歓声をあげる。カイルは町の外へ向かってゆっくり進み、転回してまた戻ってきた。
「おれものりたい!」
テックが真っ先にカイルへ言った。男の子はこういうのが好きである。フォスターも乗ってみたかったがさすがに小さい子に譲った。背が低すぎるのでカイルの後ろに立ち、脚にしがみつくような感じで乗ると、先程より少し速度を上げて進んでまた同じように戻ってきた。テックは大興奮であった。
「たのしかった! 兄ちゃんすごい!」
弟に褒められてカイルはとても得意気である。
「次わたし!」
同じようにメイシーが乗り、また戻ってきた。
フォスターはまず操作方法を教えてもらった。起動の仕方、進み方、速度の上げ方、停止の仕方。そんなに難しいことはなかったので乗ってみると普通に乗れた。
「今回は役に立つものじゃないか」
結構良い出来だと思ったので褒めてみた。
以前作った洗濯物を乾かす道具という名目でくるくる回りながら洗濯物に火を噴く道具や、フォスターの髪の毛を少し焼いてしまった髪を乾かす道具より遥かにまともである。髪の毛を焼かれた時は何故かリューナの方が怒っていた。
「他の町から頼まれた神衛の盾を勝手に改造するわけにはいかなかったから、お前のが回ってきてちょうどよかったよ」
「ちょっと待て。俺のは勝手に改造していいのかよ?」
まあ俺のではなく親父のだけど、と心の中で付け加えた。
「これホントに素材がいいんだよな。理力の伝導率が高くて軽いし大きさもいい感じでさ。他には無いのかな?」
「……これ、神話時代の骨董品でかなりの値打ち物らしいぞ。ここにはこれしか無いって。買い戻すとなると相当の金額になるようなことを大神官が言ってたぞ」
「えっ……そうなの? ……まずかった?」
『まずいに決まってんだろ……』
「まあ、俺はいいけど……他はどうかな……」
ビスタークの声は弱くなっていた。神殿の皆もいい顔はしないだろうなと思った。
「まあ、もう作っちゃった物は元に戻せないし、気にしないことにする!」
カイルは笑いながら開き直ったが、実は元に戻せる方法はあるのだ。神殿にある時修石を神官に頼んで使ってもらえば物体を一日前の状態に戻すことができる。ただ、カイルに預けてからもう三日経っているので石を使っても戻らないのかもしれない。
「で、この盾もうちょっと速度上げたいからまだいじっていい? 今日中には終わるから」
とカイルに聞かれたので小声でビスタークに確認する。
「いいよな?」
『……勝手にしろ』
諦めたように返事がきた。
「? いいんだな?」
小声で言ったがカイルには聞こえてしまったようだ。
『そんなことより医者! 医者に用だったろ!』
思い出したようにビスタークがフォスターを急かした。
「あ、そうだ。俺、神殿に行くとこだったんだ」
「じゃあまた後でな」
予想外の出来事に気を取られていたが、当初の予定を思い出し神殿へと向かった。