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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
015 緊迫
 ザイステルは来た道と同じく神殿の右側の建物沿いを歩き、墓場と畑の間の道を通って借りている空き家へと戻った。正面の階段を使えば盾を乗り回していたフォスター達の視界に入ったかもしれないが、そうはならなかった。

 少し経ってから正面の階段を使ってカイルの家からフォスターが神殿にやってきた。

「ニアタさーん」

 正面玄関でもある礼拝堂から入って、よくニアタが仕事をしている部屋まで行きノックして声をかけた。ニアタはザイステルを見送った後、書類を広げて経理処理をしていた。町の財政管理も神官の仕事なのである。

 神官の仕事は多岐にわたる。毎日の礼拝で降臨する神の石の管理、冠婚葬祭、宗教行事、政治、行政、教育、税金の収支、周辺の町や都との連絡、住民同士の仲裁、神の石への理力補充、住民から依頼される理力を多く使う神の石の使用等を行わなくてはならない。大神官、神官二人、町長でこの仕事を分担して行うのだ。ニアタの息子たちが巡礼から戻ってくれば二人増える予定なのでそうなれば大分仕事に余裕ができるだろう。

「あら、どうしたのフォスター。またビスタークと喧嘩した?」
「そういうわけじゃ……いや、そうかも。親父がリューナを悲しませたんですよ」
「……あんた、何したのよ」

 ニアタがビスタークの帯を握って言った。まだ帯は手に持ったままだったので、端をニアタに掴んでもらっていた。

『あいつを医者に診せるなって言っただけだ』
「そっちじゃねえよ」

 諦めろと言ったことが問題なのだが、ビスタークは認識していなかった。
 
「神の子だから? 診察したらばれるから?」
『目の診察だぞ? 力を封じた不具合って言っただろ。何かのきっかけで力が暴発するかもしれねえんだぞ。あいつ感情を抑えられねえみたいだし』
「暴発だけは勘弁してほしいわね……」

 ニアタは眉を寄せて難しい顔をした。

『それにあんな事があった後だぞ? よく外から来た奴信用できるな』
「だってザイスさん普通のお医者さまだったわよ? 私は薬で体調良くなったし、さっきだってヴァーリオ君診てもらって薬で落ち着かせたって言ってたし」

 朝に店へ来たときと違って、確かにニアタの顔色は良くなっていた。
 
『今いるのか?』
「さっき帰ったばかりよ。会わなかった?」
「いいえ」
「じゃあ入れ違いかしらね」
『ニア姉はそのもらった薬を飲んだのか?』
「そうよ。ビスタークのせいでなった二日酔いがすぐ良くなったわ。聖職者なのに飲み過ぎって嫌味言われたわよ! 誰かさんのせいで!」

 ニアタが思い出したように怒り出した。
 
『……誰のせいだろうなー。悪い奴がいたもんだなー』
「切り刻んであげようか?」
『謝るからそれだけはやめてくれ。存在が消えそうだ』
「じゃあちゃんと謝りなさい!」
『……ごめん』

 その様子は本当の姉弟のようだった。どうもビスタークはニアタには頭が上がらないらしい。
 
『そんなことより、あのヴァーリオって奴の様子がどうなってるか一応見せてくれよ』
「えーっ、夜まで起こさないようそっとしておくようにって言われてるんだけど……。もう、仕方ないわね。絶対起こさないようにね」

 ニアタの許可をもらい、三人は階段を上り五階のヴァーリオの部屋へと向かった。

 ヴァーリオの部屋へ着くとそうっと扉を開け、早速近づくと寝ているように見えた彼の状態を静かに確かめた。

「あれ? え、これって……」

 ニアタが違和感を感じた。呼吸音が聞こえなかったからだ。そっと頬に触れてみると冷たかった。
 
『死んでるな。俺が入れない』
「そんな、まさか……」

 身体が冷たくなっていたので心音を聞こうとしてみたが聞こえなかった。呼吸もしていない。ビスタークの帯をつけてみたが取り憑けなくなっていた。ニアタもショックを受けているが、フォスターは一気に血の気が引いていった。

「リューナは……」

 ニアタに向かって聞いた。

「リューナは!? リューナはここに来てませんか!?」
「え、ええ、来てないけど……」
「リューナが危ない!」

 フォスターは慌てて部屋を出ていった。先程までザイステルのことを親切な医者だと信じていた自分を殴り付けたかった。

『俺を額に巻いとけ! いざとなったら代わってやるから!』

 と、まだ手に握られたままのビスタークが言ったのでフォスターは神殿の中を走りながら頭に巻いた。
 
 神殿を出て正面の下り階段を反力石リーペイトを使い一気に飛び降りると、まず走ってカイルの所へ向かった。カイルの家の扉をノックもなくいきなり乱暴に開ける。

「カイル!」

 フォスターは扉を開けると同時に叫んだ。

「なんだいきなり!? びっくりした……」

 カイルはまだ扉のすぐそばの作業場にいた。

「それ返せ!」

 フォスターは近くにあった鎧を装着しながら言った。急いでいたので用途のよくわからない銀色の薄い金属がついた二の腕用のベルトは着けなかった。

「え? でもまだ調整途中で……」
「いいから返せ! 剣は? 格納石ストライトの中か?」
「そうだけど……」
「何? どうしたの?」

 騒ぎを聞きつけ奥からカイルの母パージェと妹弟のメイシーとテックが顔を出したが、焦っているフォスターの目には入らなかった。

 カイルに盾を乗れるように組み立てさせ、慌てて飛び乗るとすぐに速度を上げて去っていった。
 
「……また、何かあったのか? ホントにいじってる最中だったんだから、どうなっても知らないぞ」

 カイルは後から色々と自分のせいにされて怒られそうで嫌だな、と思った。

 

 ザイステルが借りている空き家に戻ると、リューナが正面の階段に座って待っていた。少し驚いたが向こうから出向いてくれるとは好都合、とザイステルは考えた。

「リューナさん? すみません、お待たせしてしまったみたいですね」
「こちらこそすみません、勝手に入ってしまって……」

 リューナは立ち上がってぺこりとお辞儀をした。

「いえいえ、いいんですよ。それでは早速診察しましょうか」

 リューナは見えないのでわからなかったが、ザイステルの顔に浮かんだ表情は恐ろしい笑顔だった。

 リューナが座っていた階段を上り二階の部屋へと案内し、窓際のベッドの上に座らせた。盲目としてはあり得ない動きをしている眼球を診察し、話しかける。

「うーん、対象を眼で追うんですよねえ……ホントに見えてないんですよね?」
「はい……」

 見えないことが嘘だったらどんなに良いだろう。何度も疑われてしまうのでリューナは悲しくなってくる。

「ああ、そんな悲しそうな顔をしないでください。手術すれば見えるようになりますよ。ただ私にも予定がありまして、今日この町から去る予定なんです」

 前者は嘘だが後者は本当である。

「私に手術を依頼されるならすぐに決断が必要なのですが、さすがに無理ですよねえ」

 リューナの見えるようになりたい欲求を見透かして煽った。通常ならそんなすぐ気軽に手術などできるはずがない。手術の料金や身内の承認など色々と手続きが必要だ。しかし医療の知識など全く無かった彼女にはわからなかった。

 ――お父さんとお母さんは見えるようになるなら手術をお願いしていいって言ってくれると思う。でも、フォスターは心配するかな……。

 そう思ったところでビスタークに「生まれつきだから諦めろ」と言われたことを思い出す。初めて会話した本当の父親とされているビスタークにそんなことを言われ、とても悲しく、そして悔しかったのだ。ただ、見えるようになりたかった。その気持ちだけが突っ走り、ザイステルにこう言ってしまった。

「手術、お願いします。私、見えるようになりたいんです」

 リューナはザイステルの罠にかかってしまった。ザイステルは声を出さずに笑っていた。
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