残酷な描写あり
R-15
018 混乱
「おーい、フォスター」
外に出るとちょうど斜向かいの家から出てきたカイルが声をかけてきた。
「あれ、大丈夫だったか?」
「盾のことか? おかげさまで止まれなかったよ」
フォスターは左側の格納石から盾を出しながら皮肉っぽく言った。
「だから調整中だって言ったじゃないか! まったく。なんかすごく慌ててたけど何かあったのか? もういいのか?」
「あー……。何て言ったらいいかな……」
フォスターはそう言いながら鎧を外していく。カイルに言っていいものだろうか。何か話せることがあるだろうか。
ジーニェルとホノーラが店から出てきた。カイルと会話をしているのを見てホノーラが言う。
「フォスター、長くなるなら先に行ってるわよ」
「あ、ごめん。ちょっと待って」
フォスターはカイルに「なんならお前も来るか」と言おうかと思ったが結局やめた。カイルがリューナのことを気にしているのは知っているが、今のところは無関係だ。外した鎧を無造作にカイルへ渡す。
「ちょっと俺たちは神殿に行く用事があるから。またこれ預かっといてくれ」
そう言うと養父母と共に神殿へ向かった。いっぺんに渡されたカイルは困っていた。
「軽いから持てなくは無いけどさ、かさばるんだよなー」
文句を言いながらもなんとか全部のパーツを抱える。
「……さっきからあいつなんか変なんだよな。一体何があったんだろ……」
カイルはいつもと違う様子に怪訝な顔をしてフォスター達を見送った。
神殿の礼拝堂につくと、リューナに憑依したビスタークが座って待ち構えていた。
「よう。遅かったじゃねえか」
ジーニェルとホノーラは呆気にとられていた。リューナは絶対にこんなことを言わないし、何より声が全く違う。態度もふてぶてしく腕や脚を組んでいるし、睨むような目つきをしている。見た目は確かにリューナなのに。何かを諦めたような表情をしているフォスターから中身がビスタークだと聞き、驚愕した。
「えっ……?」
「ビスタークだって……?」
二人は動揺し混乱した。
「ビスターク、死んでなかったのか? いや違うか、生き返ったのか?」
「ど、どういうこと!? リューナは? リューナはどうしたのよ!?」
ホノーラはリューナの身体を掴んで揺さぶっている。ビスタークは特に抵抗もせずめんどくさそうな顔をしてされるがままになっている。
「こいつは寝てるだけだから心配すんなって。おーい、説明してくれよー!」
ビスタークは奥から出てきた神官三人組に説明を委ねた。
他の町民に聞かれる懸念もあるので場所をまた食堂へ移し二人に説明することになった。フォスターが説明された時と同じように、養父母も話を理解するのに時間がかかっていた。というより、理解したくないようだった。
この町の人間にとって、破壊神とは仇のような存在である。神話で語られているように破壊神が一方的に仕掛けた戦争のせいで不便な世界の端に飛ばされた。飛翔神自体は何も悪いことをしていないのに全部破壊神のせいでこんなことになった、という風潮である。
戦争は約三千年前で、神は数百年の周期で別の存在と入れ替わるため今の神々には関係ないことなのだが、一般人にはそれがわからない。一応学校の授業で習うのだが普通の人間は誰も気に止めない。
「まあ信じられぬのも無理はない。わしだって半信半疑じゃったよ」
ソレムが理解を示した。
「しかし、ヴァーリオと同じ毒をあたえられたにもかかわらず生還したということは、少なくとも神の子なのは間違いないじゃろう」
二人はしばらく黙って考え込んでいたが、ホノーラが口を開いた。
「……神の子だったら、どうなるんですか?」
その質問に誰が何と答えるべきか、神官たちは顔を見合わせた。二人に聞かせるには残酷な答えだったからだ。しばし沈黙の後、様子をうかがっていたビスタークがしびれを切らしたようにはっきりと言ってしまった。
「破壊神の大神官達を見つけ出して再建された神殿へ返す。そこで教育を受けていずれは神の世界へ行くことになるだろうよ。たぶん……二度とここへは戻らない」
ホノーラが顔色を変えて聞き返す。
「え……そんな……戻らないって……。リューナがいなくなるってこと?」
ジーニェルとホノーラは愕然としていた。血が繋がっていないとはいえ、十五年間ずっと大切な娘として一緒に暮らしてきたのだ。当然の反応だった。
フォスターも昨日聞いてはいたが本当に神の子だとは思っていなかったため、あまり真剣に考えていなかった。今、再度言われて思う。
――それは、死ぬのと何が違うんだ?
もう会えないのはどちらも同じである。しかしこの世界では死ぬと空へ魂が昇って星になるため、存在を感じることはできる。さらに星の大神ソーリュウェスの石である輝星石を持っていれば自分の大切な人の星がどれなのかもわかるのである。
神になって神の世界へ行くというのが具体的にどうなるのかわからないが、存在は感じられるのか? 破壊神に飛翔神の町から祈りは届くのか? こちらとしては死なれるよりつらいことにならないか? 疑問や不安は尽きない。
「今まで通りに暮らしていけないのか? 今までは平穏に暮らせてたんだぞ。何ともなかったじゃないか」
ジーニェルがリューナの姿のビスタークに聞いた。
「今までは、な」
ビスタークはリューナの身体に手を当てて続けた。
「こいつは力を封じられているから、神殿の外でも、神の自覚が無くても力が暴走せずに済んでいるだけだ。その力を封じたのはおそらく人間だ。神の力を人間がいつまでも抑え込めると思うか?」
ジーニェルとホノーラは青い顔をして黙ったままだ。
「ましてや破壊神だからな。もし力が暴走したら、町の一つくらい簡単に滅ぶかもしれないぜ」
神官たちが黙ったまま頷いた。彼らが一番危惧しているのは神の力の暴走であった。
「それだけじゃない。居場所がバレたからな、これからもああいう奴らがこいつを攫いに来るだろう。何度もそういうことがあったら、この町の奴らは何て思うだろうな」
「それは……」
言葉を濁したが、想像はつく。
「どうせ俺の子っていうだけで色々言われてきたんだろ? ここに居づらくて嫌な思いをするのはこいつ自身じゃないのか?」
確かにフォスターは色々言われてきた。リューナをいじめた相手に鉄拳制裁を加えれば「暴力的なところが父親似」だの「あちこちの町に兄弟がいるんじゃないか」だの言われてきた。
自分達だけに何かあるならまだいい。もし、またヴァーリオのような者がリューナを連れ去りに来たら無関係な人が巻き込まれる可能性もある。そうなったらリューナは自分を責めるだろう。あの人が被害にあったのは自分のせいだと。それならば自分なんていないほうがいい、自分が攫われてしまうのが一番迷惑をかけないと思い詰めるような妹なのだ。フォスターはそんな思いをリューナにさせたくなかった。
しばらくの沈黙の後、ホノーラがようやく言葉を発した。
「……少し、気持ちを整理する、時間をちょうだい……」
ソレムが理解を示した。
「急にこんなことを言われてとまどったじゃろう。一度家に戻って落ち着いて考えなさい」
二人は無言で頷く。ジーニェルはホノーラを慰めるように肩に手を置いている。
「ああ、それから、医者やあの男のことについてはこれからどう公表するか話し合うのでな。余計なことを周りに言わんでおくれ。あと、リューナの前では普通にな。本人にもこの事は秘密じゃ。すまんのう。難しいと思うが、頼んだぞ」
「はい……」
ソレムが今回のことを口外しないよう頼むと二人は暗い顔のまま頷いた。
外に出るとちょうど斜向かいの家から出てきたカイルが声をかけてきた。
「あれ、大丈夫だったか?」
「盾のことか? おかげさまで止まれなかったよ」
フォスターは左側の格納石から盾を出しながら皮肉っぽく言った。
「だから調整中だって言ったじゃないか! まったく。なんかすごく慌ててたけど何かあったのか? もういいのか?」
「あー……。何て言ったらいいかな……」
フォスターはそう言いながら鎧を外していく。カイルに言っていいものだろうか。何か話せることがあるだろうか。
ジーニェルとホノーラが店から出てきた。カイルと会話をしているのを見てホノーラが言う。
「フォスター、長くなるなら先に行ってるわよ」
「あ、ごめん。ちょっと待って」
フォスターはカイルに「なんならお前も来るか」と言おうかと思ったが結局やめた。カイルがリューナのことを気にしているのは知っているが、今のところは無関係だ。外した鎧を無造作にカイルへ渡す。
「ちょっと俺たちは神殿に行く用事があるから。またこれ預かっといてくれ」
そう言うと養父母と共に神殿へ向かった。いっぺんに渡されたカイルは困っていた。
「軽いから持てなくは無いけどさ、かさばるんだよなー」
文句を言いながらもなんとか全部のパーツを抱える。
「……さっきからあいつなんか変なんだよな。一体何があったんだろ……」
カイルはいつもと違う様子に怪訝な顔をしてフォスター達を見送った。
神殿の礼拝堂につくと、リューナに憑依したビスタークが座って待ち構えていた。
「よう。遅かったじゃねえか」
ジーニェルとホノーラは呆気にとられていた。リューナは絶対にこんなことを言わないし、何より声が全く違う。態度もふてぶてしく腕や脚を組んでいるし、睨むような目つきをしている。見た目は確かにリューナなのに。何かを諦めたような表情をしているフォスターから中身がビスタークだと聞き、驚愕した。
「えっ……?」
「ビスタークだって……?」
二人は動揺し混乱した。
「ビスターク、死んでなかったのか? いや違うか、生き返ったのか?」
「ど、どういうこと!? リューナは? リューナはどうしたのよ!?」
ホノーラはリューナの身体を掴んで揺さぶっている。ビスタークは特に抵抗もせずめんどくさそうな顔をしてされるがままになっている。
「こいつは寝てるだけだから心配すんなって。おーい、説明してくれよー!」
ビスタークは奥から出てきた神官三人組に説明を委ねた。
他の町民に聞かれる懸念もあるので場所をまた食堂へ移し二人に説明することになった。フォスターが説明された時と同じように、養父母も話を理解するのに時間がかかっていた。というより、理解したくないようだった。
この町の人間にとって、破壊神とは仇のような存在である。神話で語られているように破壊神が一方的に仕掛けた戦争のせいで不便な世界の端に飛ばされた。飛翔神自体は何も悪いことをしていないのに全部破壊神のせいでこんなことになった、という風潮である。
戦争は約三千年前で、神は数百年の周期で別の存在と入れ替わるため今の神々には関係ないことなのだが、一般人にはそれがわからない。一応学校の授業で習うのだが普通の人間は誰も気に止めない。
「まあ信じられぬのも無理はない。わしだって半信半疑じゃったよ」
ソレムが理解を示した。
「しかし、ヴァーリオと同じ毒をあたえられたにもかかわらず生還したということは、少なくとも神の子なのは間違いないじゃろう」
二人はしばらく黙って考え込んでいたが、ホノーラが口を開いた。
「……神の子だったら、どうなるんですか?」
その質問に誰が何と答えるべきか、神官たちは顔を見合わせた。二人に聞かせるには残酷な答えだったからだ。しばし沈黙の後、様子をうかがっていたビスタークがしびれを切らしたようにはっきりと言ってしまった。
「破壊神の大神官達を見つけ出して再建された神殿へ返す。そこで教育を受けていずれは神の世界へ行くことになるだろうよ。たぶん……二度とここへは戻らない」
ホノーラが顔色を変えて聞き返す。
「え……そんな……戻らないって……。リューナがいなくなるってこと?」
ジーニェルとホノーラは愕然としていた。血が繋がっていないとはいえ、十五年間ずっと大切な娘として一緒に暮らしてきたのだ。当然の反応だった。
フォスターも昨日聞いてはいたが本当に神の子だとは思っていなかったため、あまり真剣に考えていなかった。今、再度言われて思う。
――それは、死ぬのと何が違うんだ?
もう会えないのはどちらも同じである。しかしこの世界では死ぬと空へ魂が昇って星になるため、存在を感じることはできる。さらに星の大神ソーリュウェスの石である輝星石を持っていれば自分の大切な人の星がどれなのかもわかるのである。
神になって神の世界へ行くというのが具体的にどうなるのかわからないが、存在は感じられるのか? 破壊神に飛翔神の町から祈りは届くのか? こちらとしては死なれるよりつらいことにならないか? 疑問や不安は尽きない。
「今まで通りに暮らしていけないのか? 今までは平穏に暮らせてたんだぞ。何ともなかったじゃないか」
ジーニェルがリューナの姿のビスタークに聞いた。
「今までは、な」
ビスタークはリューナの身体に手を当てて続けた。
「こいつは力を封じられているから、神殿の外でも、神の自覚が無くても力が暴走せずに済んでいるだけだ。その力を封じたのはおそらく人間だ。神の力を人間がいつまでも抑え込めると思うか?」
ジーニェルとホノーラは青い顔をして黙ったままだ。
「ましてや破壊神だからな。もし力が暴走したら、町の一つくらい簡単に滅ぶかもしれないぜ」
神官たちが黙ったまま頷いた。彼らが一番危惧しているのは神の力の暴走であった。
「それだけじゃない。居場所がバレたからな、これからもああいう奴らがこいつを攫いに来るだろう。何度もそういうことがあったら、この町の奴らは何て思うだろうな」
「それは……」
言葉を濁したが、想像はつく。
「どうせ俺の子っていうだけで色々言われてきたんだろ? ここに居づらくて嫌な思いをするのはこいつ自身じゃないのか?」
確かにフォスターは色々言われてきた。リューナをいじめた相手に鉄拳制裁を加えれば「暴力的なところが父親似」だの「あちこちの町に兄弟がいるんじゃないか」だの言われてきた。
自分達だけに何かあるならまだいい。もし、またヴァーリオのような者がリューナを連れ去りに来たら無関係な人が巻き込まれる可能性もある。そうなったらリューナは自分を責めるだろう。あの人が被害にあったのは自分のせいだと。それならば自分なんていないほうがいい、自分が攫われてしまうのが一番迷惑をかけないと思い詰めるような妹なのだ。フォスターはそんな思いをリューナにさせたくなかった。
しばらくの沈黙の後、ホノーラがようやく言葉を発した。
「……少し、気持ちを整理する、時間をちょうだい……」
ソレムが理解を示した。
「急にこんなことを言われてとまどったじゃろう。一度家に戻って落ち着いて考えなさい」
二人は無言で頷く。ジーニェルはホノーラを慰めるように肩に手を置いている。
「ああ、それから、医者やあの男のことについてはこれからどう公表するか話し合うのでな。余計なことを周りに言わんでおくれ。あと、リューナの前では普通にな。本人にもこの事は秘密じゃ。すまんのう。難しいと思うが、頼んだぞ」
「はい……」
ソレムが今回のことを口外しないよう頼むと二人は暗い顔のまま頷いた。