残酷な描写あり
R-15
032 夜中
夜中、日付が変わる闇の刻の頃、フォスターとリューナが眠ったのを確認し、ビスタークがフォスターの身体を乗っ取り起き上がった。カーテンの隙間から外を確認する。飛翔神の町と違い街灯があるので外は少し明るい。夕方見掛けた人影を見つけると鎧を装着した。
本当はフォスターの経験不足を補うため本人に任せたかったが、理力不足となるとそういうわけにはいかなかった。寝ている間に身体を使うのは体力の回復には問題があるが、精神的には眠っているので理力なら回復するからいいだろう、と思った。
「ん……」
リューナが寝返りをうった。物音を立てすぎたか。見つかると煩そうなので起こしたくなかった。そうっと窓を開け、そこから出ていった。ビスタークは窓を閉めたつもりだったが、きちんと閉まっていなかったので風圧で少し開いてしまった。カーテンが風ではためく。その音でリューナは目が覚めてしまった。
「……? 窓、開いてる……? フォスター、窓が開いちゃったみたいだよー」
返事がない。疲れていたみたいだから起こすのは悪いかと思い直し窓を閉めに起き出す。手探りで窓を閉めて風の音が聞こえなくなると、フォスターの寝息が聞こえないことに気が付いた。
「? フォスター?」
フォスターのベッドの上をそっと触ってみたがどこにもいない。鎧のあった場所にも触れてみたが無くなっていた。
「まさか……」
嫌な予感がして窓を開けてはためかないようにカーテンを押さえながら耳を澄ませた。人が走って行くような音が聞こえた。
「またお父さんが勝手にフォスターの身体を使ってるのかも……」
リューナも窓から外へ出ると、音の聞こえたほうへと向かった。
ビスタークは人影を見た場所へ行ってみたが既にいなくなっていた。走り去っていく足音が聞こえたので反力石で高く浮き人影の走り去っていく方向を確かめた。地面に降りると先回りするために剣を格納石から取り出しながら走る。
こういう時反力石の効果が鳥神のような自由に飛べるものならいいのにと思う。ヴァーリオが使っていた鳥石は個人専用の物で神殿登録された者にしか使えず理力をだいぶ消費するらしい。本人がそう言っていたとニアタから聞いた。
後ろを気にしながら走って来たのはやはり見慣れない鎧を着けた神衛兵らしき男だった。正面に立ちはだかったビスタークのことに気付くと格納石から剣を取り出し斬りつけてきた。ビスタークは反力石で飛び上がり、相手の剣の上に乗った。相手が怯んだところへ剣を突き出しその衝撃で撥ね飛ばす。
路地の壁に激突しうずくまった男の喉元へ剣を突き出し、相手の剣を足で離れた所へ蹴飛ばしながら尋ねる。
「俺達を監視してたろ。ザイスっていう医者の指示か?」
「…………」
男は何も答えない。以前のヴァーリオと同じように無表情で人形のようだ。何を聞いても無駄かもしれないと思いつつ追及する。
「この剣が刺せないと高を括ってんのか? ゆっくり動かせばちゃんと刺さるんだよ。早く言わねえと死ぬぞ?」
少しずつ喉へ剣先を刺していくと、少しずつ血が流れ始める。やはり何も喋らない。それだけでなく焦りや怯えといった表情の変化も無い。殺すしか無いかと思ったとたん咎める声がした。
「お父さん! 殺しちゃだめ!」
リューナが音を頼りに追いかけて来ていた。さっきの言葉を聞いていたようだった。
「バカ! 何で来やがった!」
聞かれてはまずい言葉を言っていなかったかと焦る。男が逃げようと動いたがすかさずその方向へ剣を動かし牽制した。
「おっと。動くなよ」
「殺しちゃだめ!」
そう言うとリューナが抱きついてきた。腕を押さえて動かせないようにしているつもりらしい。
「フォスターの身体で人殺しなんてさせない!」
面倒なことになったと溜め息をつく。この男を野放しにするわけにはいかない。殺せないとなると捕まえてこの町の神衛兵に引き渡すしかないか――と考えたところでふと思い出した。
「殺さねえから離せ。邪魔だ。お前、俺の石の入った小袋持ってないか?」
「……確か、他の荷物と一緒に格納石の中に仕舞ったと思う」
リューナを振り払うと左手首の格納石から荷物の大袋を出す。中を漁り神の石が入った小袋から平べったい楕円型の白い石を一つ摘まみ上げた。
「はあ……これ昔もらったやつなんだけどな……」
そう言いながら男の額に石を当てる。
「俺達のことは忘れて正気に戻れ」
そのとたん、白く光った石は跡形もなく崩れ去った。
「……これでいいだろ」
「? 今、何したの?」
「忘却石で忘れさせた。今は眠ってる。起きたら俺達のことは忘れてるだろ」
リューナは怪訝そうな顔をしてビスタークに質問した。
「……この人はお父さんの借金を取り返しに来たの?」
そういうことにしてあったな、と思いながらビスタークは話した。
「ああ、そうだ」
「本当に?」
「お前、俺とは話したくなかったんじゃねえのか」
「ごまかさないでちゃんと答えて。二人とも、私に何か隠してない?」
「……何でそう思うんだ?」
「フォスターは嘘が苦手だから。何か隠してるとすぐわかるもん」
どう答えるべきか考えているとリューナが続けて言った。
「フォスターが嘘ついたり何か隠してる時はいつも私のことを思ってのことだってわかってるけど……」
「じゃあそれでいいだろ」
「でも……」
「お前が狙われてるのは間違い無い。だから勝手な行動をするな。こいつの他に仲間がいたら攫われてたかもしれないんだぞ」
「そうなの?」
「そうじゃなくても女一人で夜中に出歩くな。世の中善人ばかりじゃねえんだぞ」
「一応心配してくれてるんだね」
「一応ってなんだ。そりゃするだろ。赤ん坊のお前を一年近く面倒見てたのは俺だぞ?」
「そうだけど……」
リューナはビスタークのことを少し見直していた。
「とにかく、もう帰るぞ。こいつの身体もちゃんと寝かせてやらねえと」
「うん」
リューナに前を歩かせ宿へ戻ろうとした。
「……ついでに聞いておきたいんだけど……」
歩きながらリューナがビスタークに前から聞きたかったことを質問した。
「何だ」
「…………私って、本当にお父さんの子どもなの?」
「……何でそう思うんだ?」
ビスタークは何と答えるか考える時間を稼ぐため逆に質問した。
「だって私を連れて来た時、お父さんは私のこと自分の子だって言わなかったって聞いたの。それにさっき心配してくれたときだって、娘だからって言わなかったし」
リューナはビスタークが思っていたよりも細かく人の話を聞いていた。
「みんなによく言われるの。私とフォスターは全然似てないって」
「血の繋がりがあったほうがいいのか、無いほうがいいのか、お前はどっちを望んでるんだ?」
「……それは……」
リューナはフォスターのことが大好きである。兄としてはもちろん、男性としても好きだと思っている。フォスターには言わなかったがかなり昔から血の繋がりが無いのではないかと考えていた。他の男性と結婚して家を出ていくなど考えられないためフォスターと結婚すれば今まで通り何も変わらずに暮らしていけると思っている。もしもそうなった場合の周囲の反応などは何も考えていないが。
ビスタークは過去に似たような状況の者を近くで見ていたのと今までの言動から大体察していたが、あえて聞いてみた。リューナは言いづらそうにしている。
「残念ながら、お前は俺の子だよ」
「…………そうなんだ」
リューナは悲しそうな表情を浮かべた。ビスタークは少しだけ罪悪感を感じたがこれでいい、仕方がないと自分を納得させた。神の子はいずれ人間の世界からいなくなってしまうのだ。変に希望を与えても逆に残酷ではないか。そんなことを考えながら宿へと戻り、フォスターの身体を休めた。
翌朝、フォスターは二人から話を聞いた。
「夜中にそんなことが……」
『お前はもう少し周囲の気配に敏感になれ。俺がいつも代わってやれるとは限らないんだからな』
「フォスター、身体はどう? 疲れはとれてる? お父さんが勝手に身体使うの止められなくてごめんね」
「リューナが謝ることないよ。勝手に人の身体使ったのは親父なんだから」
『また俺を悪者にしやがって……』
「疲れは昨日よりは良くなってるよ。全快とは言えないけど」
「じゃあ、今日は私が前に乗るね」
リューナが頑張ろうと奮起しているところへビスタークが思い出したように告げた。
『あ、そうだった。急だが行き先を変更するぞ』
「は? 眼神の町に行くんじゃないのか?」
『夜中にたった一つの石を使っちまったからな。忘却神の町へ行くぞ』
予定には無かったが急遽忘却神フォルゲスの町へ行くことが決まった。
本当はフォスターの経験不足を補うため本人に任せたかったが、理力不足となるとそういうわけにはいかなかった。寝ている間に身体を使うのは体力の回復には問題があるが、精神的には眠っているので理力なら回復するからいいだろう、と思った。
「ん……」
リューナが寝返りをうった。物音を立てすぎたか。見つかると煩そうなので起こしたくなかった。そうっと窓を開け、そこから出ていった。ビスタークは窓を閉めたつもりだったが、きちんと閉まっていなかったので風圧で少し開いてしまった。カーテンが風ではためく。その音でリューナは目が覚めてしまった。
「……? 窓、開いてる……? フォスター、窓が開いちゃったみたいだよー」
返事がない。疲れていたみたいだから起こすのは悪いかと思い直し窓を閉めに起き出す。手探りで窓を閉めて風の音が聞こえなくなると、フォスターの寝息が聞こえないことに気が付いた。
「? フォスター?」
フォスターのベッドの上をそっと触ってみたがどこにもいない。鎧のあった場所にも触れてみたが無くなっていた。
「まさか……」
嫌な予感がして窓を開けてはためかないようにカーテンを押さえながら耳を澄ませた。人が走って行くような音が聞こえた。
「またお父さんが勝手にフォスターの身体を使ってるのかも……」
リューナも窓から外へ出ると、音の聞こえたほうへと向かった。
ビスタークは人影を見た場所へ行ってみたが既にいなくなっていた。走り去っていく足音が聞こえたので反力石で高く浮き人影の走り去っていく方向を確かめた。地面に降りると先回りするために剣を格納石から取り出しながら走る。
こういう時反力石の効果が鳥神のような自由に飛べるものならいいのにと思う。ヴァーリオが使っていた鳥石は個人専用の物で神殿登録された者にしか使えず理力をだいぶ消費するらしい。本人がそう言っていたとニアタから聞いた。
後ろを気にしながら走って来たのはやはり見慣れない鎧を着けた神衛兵らしき男だった。正面に立ちはだかったビスタークのことに気付くと格納石から剣を取り出し斬りつけてきた。ビスタークは反力石で飛び上がり、相手の剣の上に乗った。相手が怯んだところへ剣を突き出しその衝撃で撥ね飛ばす。
路地の壁に激突しうずくまった男の喉元へ剣を突き出し、相手の剣を足で離れた所へ蹴飛ばしながら尋ねる。
「俺達を監視してたろ。ザイスっていう医者の指示か?」
「…………」
男は何も答えない。以前のヴァーリオと同じように無表情で人形のようだ。何を聞いても無駄かもしれないと思いつつ追及する。
「この剣が刺せないと高を括ってんのか? ゆっくり動かせばちゃんと刺さるんだよ。早く言わねえと死ぬぞ?」
少しずつ喉へ剣先を刺していくと、少しずつ血が流れ始める。やはり何も喋らない。それだけでなく焦りや怯えといった表情の変化も無い。殺すしか無いかと思ったとたん咎める声がした。
「お父さん! 殺しちゃだめ!」
リューナが音を頼りに追いかけて来ていた。さっきの言葉を聞いていたようだった。
「バカ! 何で来やがった!」
聞かれてはまずい言葉を言っていなかったかと焦る。男が逃げようと動いたがすかさずその方向へ剣を動かし牽制した。
「おっと。動くなよ」
「殺しちゃだめ!」
そう言うとリューナが抱きついてきた。腕を押さえて動かせないようにしているつもりらしい。
「フォスターの身体で人殺しなんてさせない!」
面倒なことになったと溜め息をつく。この男を野放しにするわけにはいかない。殺せないとなると捕まえてこの町の神衛兵に引き渡すしかないか――と考えたところでふと思い出した。
「殺さねえから離せ。邪魔だ。お前、俺の石の入った小袋持ってないか?」
「……確か、他の荷物と一緒に格納石の中に仕舞ったと思う」
リューナを振り払うと左手首の格納石から荷物の大袋を出す。中を漁り神の石が入った小袋から平べったい楕円型の白い石を一つ摘まみ上げた。
「はあ……これ昔もらったやつなんだけどな……」
そう言いながら男の額に石を当てる。
「俺達のことは忘れて正気に戻れ」
そのとたん、白く光った石は跡形もなく崩れ去った。
「……これでいいだろ」
「? 今、何したの?」
「忘却石で忘れさせた。今は眠ってる。起きたら俺達のことは忘れてるだろ」
リューナは怪訝そうな顔をしてビスタークに質問した。
「……この人はお父さんの借金を取り返しに来たの?」
そういうことにしてあったな、と思いながらビスタークは話した。
「ああ、そうだ」
「本当に?」
「お前、俺とは話したくなかったんじゃねえのか」
「ごまかさないでちゃんと答えて。二人とも、私に何か隠してない?」
「……何でそう思うんだ?」
「フォスターは嘘が苦手だから。何か隠してるとすぐわかるもん」
どう答えるべきか考えているとリューナが続けて言った。
「フォスターが嘘ついたり何か隠してる時はいつも私のことを思ってのことだってわかってるけど……」
「じゃあそれでいいだろ」
「でも……」
「お前が狙われてるのは間違い無い。だから勝手な行動をするな。こいつの他に仲間がいたら攫われてたかもしれないんだぞ」
「そうなの?」
「そうじゃなくても女一人で夜中に出歩くな。世の中善人ばかりじゃねえんだぞ」
「一応心配してくれてるんだね」
「一応ってなんだ。そりゃするだろ。赤ん坊のお前を一年近く面倒見てたのは俺だぞ?」
「そうだけど……」
リューナはビスタークのことを少し見直していた。
「とにかく、もう帰るぞ。こいつの身体もちゃんと寝かせてやらねえと」
「うん」
リューナに前を歩かせ宿へ戻ろうとした。
「……ついでに聞いておきたいんだけど……」
歩きながらリューナがビスタークに前から聞きたかったことを質問した。
「何だ」
「…………私って、本当にお父さんの子どもなの?」
「……何でそう思うんだ?」
ビスタークは何と答えるか考える時間を稼ぐため逆に質問した。
「だって私を連れて来た時、お父さんは私のこと自分の子だって言わなかったって聞いたの。それにさっき心配してくれたときだって、娘だからって言わなかったし」
リューナはビスタークが思っていたよりも細かく人の話を聞いていた。
「みんなによく言われるの。私とフォスターは全然似てないって」
「血の繋がりがあったほうがいいのか、無いほうがいいのか、お前はどっちを望んでるんだ?」
「……それは……」
リューナはフォスターのことが大好きである。兄としてはもちろん、男性としても好きだと思っている。フォスターには言わなかったがかなり昔から血の繋がりが無いのではないかと考えていた。他の男性と結婚して家を出ていくなど考えられないためフォスターと結婚すれば今まで通り何も変わらずに暮らしていけると思っている。もしもそうなった場合の周囲の反応などは何も考えていないが。
ビスタークは過去に似たような状況の者を近くで見ていたのと今までの言動から大体察していたが、あえて聞いてみた。リューナは言いづらそうにしている。
「残念ながら、お前は俺の子だよ」
「…………そうなんだ」
リューナは悲しそうな表情を浮かべた。ビスタークは少しだけ罪悪感を感じたがこれでいい、仕方がないと自分を納得させた。神の子はいずれ人間の世界からいなくなってしまうのだ。変に希望を与えても逆に残酷ではないか。そんなことを考えながら宿へと戻り、フォスターの身体を休めた。
翌朝、フォスターは二人から話を聞いた。
「夜中にそんなことが……」
『お前はもう少し周囲の気配に敏感になれ。俺がいつも代わってやれるとは限らないんだからな』
「フォスター、身体はどう? 疲れはとれてる? お父さんが勝手に身体使うの止められなくてごめんね」
「リューナが謝ることないよ。勝手に人の身体使ったのは親父なんだから」
『また俺を悪者にしやがって……』
「疲れは昨日よりは良くなってるよ。全快とは言えないけど」
「じゃあ、今日は私が前に乗るね」
リューナが頑張ろうと奮起しているところへビスタークが思い出したように告げた。
『あ、そうだった。急だが行き先を変更するぞ』
「は? 眼神の町に行くんじゃないのか?」
『夜中にたった一つの石を使っちまったからな。忘却神の町へ行くぞ』
予定には無かったが急遽忘却神フォルゲスの町へ行くことが決まった。