残酷な描写あり
R-15
038 自由時間
その後いくつかの収穫物を移動させた後、昼食が届けられ昼休憩となった。パンの中に具材を詰め油で揚げたものだった。まだ温かく、周りはサクサクして中は肉汁の旨味が閉じ込められていてとても美味だった。届けてくれた神官のサニアムも好物だと言っていた。
昼休憩の後は畑の雑草取りと周辺に植えられた「塩の実」を収穫する。「塩の実」という名前の植物があるわけではなく、そういう進化をした植物をまとめてそう呼んでいる。この世界では土の塩分が高いため、土中の塩分を吸い出して実や葉に塩分を貯め込んで排出する進化をした植物がある。「実」と呼ばれてはいるが、子孫を残すための果実ではなく、落ち葉などの老廃物と同じである。これを畑周辺に植えて畑の塩害を防いでいるのだ。また、葉に塩分を溜め込む進化をした植物もあり、こちらは食材として重宝されている。
畑にリューナの姿は無かった。神殿かどこかの部屋で理蓄石に理力を補充しているのかもしれない。そう思いながら雑草と塩の実を取っていると周りが少し慌ただしいように感じた。周囲に立っている神衛兵達が何やら移動したり伝言したりしているようだった。
「私も外します。仕事が終わる頃また迎えに参りますね」
神官のサニアムもそう言ってどこかへ行ってしまった。フォスターも気にはなったが部外者の自分が入り込めることでは無いだろうと思い、与えられた仕事を続けた。畑はかなり広いので半日では終わりそうも無かったが、やれるだけやるつもりだった。
『何があったんだろうな』
サニアムがいなくなったからかビスタークが話し掛けてきた。
「気にはなるけど俺には教えてもらえないかもな。この町の人間じゃないし。元犯罪者だし」
『根に持ってるな』
「当たり前だろ」
何か考えたように少し間を空けてからビスタークが話し始めた。
『ところでお前、ああいう女が好みなのか?』
フォスターは急にそんなことを言われて焦り、吸った息が変な所へ入り込んだようでむせて咳き込んだ。周りに人がいなくて良かったと思った。
「な、なんで……」
『お前ずっと見てただろ。リューナに付いてる女神官』
目線もまるわかりなのか。自分にはもうプライバシーというものが無いらしい。フォスターはそう考えビスタークが憑いているこの状態が心底嫌になった。何を言ってもからかわれることがわかっていたのでひたすら無視することにした。
『どうなんだよ。父さんに話してみな』
こういう時だけ自分のことを「父さん」とか言うな、と思いつつだんまりを決め込んだ。
ビスタークはしばらくの間しつこく聞いてきたが、黙ったままでいるうちに飽きたらしい。黙々と働いているとサニアムが戻ってきた。思っていたよりも随分早く、さらにリューナも連れて来ていた。
「? 仕事が終わったのか?」
「うん。なんかね、神殿の中がバタバタしてる感じでね、何かあったみたいなんだよね。それで今日はおしまいになったの」
やはり神殿の部屋で仕事をしていたらしい。サニアムの方を見ると、肩をすくめてこう言った。
「すみません。詳しくはお話しできません」
「まあ、そうですよね」
「今日はもう自由に行動していただいて構いませんよ。ただ、しばらくは神殿への出入りを制限させていただきます」
「時間はどれくらいですか」
「そうですね……炎の刻くらいには落ち着くかと」
「わかりました。では町の中を散策してから戻ります」
炎の刻とは少し暗くなってくる時間である。この世界では明るくなる時刻と暗くなる時刻が毎日どの場所でも同じである。炎の刻から少しずつ暗くなり、次の命の刻で完全に暗くなる。今はまだ昼にあたる水の刻だがそろそろ土の刻に変わる頃だ。土の刻の次が炎の刻なのでまだだいぶ時間はある。訓練をしようかとも思ったが、リューナを一人にするのは不安なので町のどこへ行こうかと考えているとリューナが提案した。
「パン屋さんに行ってみない? 昨日のお菓子はそのパン屋さんで作って売ってるって言ってたよ」
「ああ、いいな。そこへ行こうか。場所は……わからないよな」
「あ、私たちが通ってきた道のひとつ隣の通りだって聞いたよ。どっち側の隣なのかはわからないけど」
「それだけわかればいいよ。じゃあこっち側行ってみるか」
「うん!」
二人はなんとなく選んだ方へと歩きだした。
「いったい何があったんだろうね?」
「さあな」
『周りで警備してる神衛は昨日と同じくらいの人数が立ってるから、暴動が起こったわけじゃなさそうだな』
「神殿に行っちゃダメって言うんだから、神殿の中のことだよねえ」
「……あの人たちかな。朝、なんか揉めてたし」
『ありそうだな』
「そうだとしても何だろうな」
あの人たち、とは昨日フォスター達より前に町へ入り、今朝は階下で言い争いをしていた母親とその娘らしき女性二人組のことである。
「まあ俺たちには関係ないし、そう決まったわけじゃないけどな。知らない人が急病とか出産するのかもしれないし」
気にはなるが無関係の自分達に情報が入ってくることは無いだろう。
「ねえ、向こうから美味しそうな匂いがするよ!」
「お前本当に鼻が利くよな」
急にリューナがそう言い出した。リューナは耳も良いが鼻も利く。特に食べ物の匂いには敏感だ。匂いを頼りにパン屋へたどり着いた。パンやお菓子を焼いている良い匂いは近くに来ればフォスターでもわかる。時停石を神殿に置いてきたのが残念でならない。町を出る時に再度来ようと心に決めた。
店に入るとパンと焼き菓子が時停石と共に並べられていた。値段はパンのほうは普通だが、焼き菓子はやはり高い。それでも一部は他の町よりかは安い価格設定だ。
「わぁー! 良い匂い!」
リューナにどんな物があるのか説明していく。クッキーとカップケーキはまだ手頃な値段だが、四角く焼かれた柔らかそうなケーキは高くて手が出ない。フォスターがそうリューナに説明しているのを聞いたのか、五十くらいの歳に見える女性店員が声をかけてきた。
「蜂蜜だけ使ったお菓子は安く販売出来るんですけど、砂糖を使ったお菓子は高くなっちゃうんですよ」
「そうなんですね。砂糖を使わずに全部蜂蜜で作ることって出来ないんですか?」
「砂糖とは水分量が全然違うから膨らまなかったりするんですよ。研究を続けてるのでいずれは全部蜂蜜で作れるようにしたいですね」
「そうか、水分量か……」
自分が畑で育てたラギューシュの実から作ったシロップでお菓子を作ろうとしたが上手く固まらなかったり膨らまなかったりしたことがあった。今度試作する時はその辺を意識してみようと思った。今度、がいつになるかはわからないが。
「フォスター、安いほうでいいから早くお菓子買って食べようよー」
リューナはすぐにでも食べたいようだ。
「はいはい。じゃあすみません、これとこれを二つずつ下さい」
「ありがとうございます。そちらで店内でも食べられるようになってますよ」
そう言われて見ると椅子と小さいテーブルが片隅に用意されていた。店内は狭く台にぶつかって載っている商品を落としかねないため、目の見えないリューナの手を取り席へ誘導した。それが店員の目に留まった。
「二人は見かけない顔だけど恋人どうしなの?」
「違います。兄妹です」
リューナはフォスターが即答したことに少しだけムッとしたが、気を取り直して店員に聞いた。
「そう見えます?」
「そうね、あまり似てないから兄妹には見えないわね。旅の人?」
「はい」
「この町はね、砂糖以外は全部ここで採れたもので、ご飯だけは美味しいからしっかり味わっていってね。はいどうぞ」
「ありがとうございます」
時停石で作物の新鮮さを保てるとはいえ石の数には限りがあるため、やはり地元で採れたものをすぐ調理できるほうが美味しい。
代金を払うと、サービスでお茶を出してくれた。蜂蜜が入っていて甘いお茶だ。リューナは早速ニコニコしながら食べ始めた。
「美味しい!」
「ありがとうございます」
店員もリューナの食べっぷりを笑顔で見ている。それからフォスターの顔を見て首を傾げながら言った。
「……お兄さんはどこかで見たことある感じがするのよね。誰かに似てるのかしら」
「この町は初めてなので……。たぶん、そうなんでしょうね」
もしかして記憶を消した人なのだろうか。自分に似てるってまさか親父じゃないだろうな、とフォスターは疑念を抱いた。
昼休憩の後は畑の雑草取りと周辺に植えられた「塩の実」を収穫する。「塩の実」という名前の植物があるわけではなく、そういう進化をした植物をまとめてそう呼んでいる。この世界では土の塩分が高いため、土中の塩分を吸い出して実や葉に塩分を貯め込んで排出する進化をした植物がある。「実」と呼ばれてはいるが、子孫を残すための果実ではなく、落ち葉などの老廃物と同じである。これを畑周辺に植えて畑の塩害を防いでいるのだ。また、葉に塩分を溜め込む進化をした植物もあり、こちらは食材として重宝されている。
畑にリューナの姿は無かった。神殿かどこかの部屋で理蓄石に理力を補充しているのかもしれない。そう思いながら雑草と塩の実を取っていると周りが少し慌ただしいように感じた。周囲に立っている神衛兵達が何やら移動したり伝言したりしているようだった。
「私も外します。仕事が終わる頃また迎えに参りますね」
神官のサニアムもそう言ってどこかへ行ってしまった。フォスターも気にはなったが部外者の自分が入り込めることでは無いだろうと思い、与えられた仕事を続けた。畑はかなり広いので半日では終わりそうも無かったが、やれるだけやるつもりだった。
『何があったんだろうな』
サニアムがいなくなったからかビスタークが話し掛けてきた。
「気にはなるけど俺には教えてもらえないかもな。この町の人間じゃないし。元犯罪者だし」
『根に持ってるな』
「当たり前だろ」
何か考えたように少し間を空けてからビスタークが話し始めた。
『ところでお前、ああいう女が好みなのか?』
フォスターは急にそんなことを言われて焦り、吸った息が変な所へ入り込んだようでむせて咳き込んだ。周りに人がいなくて良かったと思った。
「な、なんで……」
『お前ずっと見てただろ。リューナに付いてる女神官』
目線もまるわかりなのか。自分にはもうプライバシーというものが無いらしい。フォスターはそう考えビスタークが憑いているこの状態が心底嫌になった。何を言ってもからかわれることがわかっていたのでひたすら無視することにした。
『どうなんだよ。父さんに話してみな』
こういう時だけ自分のことを「父さん」とか言うな、と思いつつだんまりを決め込んだ。
ビスタークはしばらくの間しつこく聞いてきたが、黙ったままでいるうちに飽きたらしい。黙々と働いているとサニアムが戻ってきた。思っていたよりも随分早く、さらにリューナも連れて来ていた。
「? 仕事が終わったのか?」
「うん。なんかね、神殿の中がバタバタしてる感じでね、何かあったみたいなんだよね。それで今日はおしまいになったの」
やはり神殿の部屋で仕事をしていたらしい。サニアムの方を見ると、肩をすくめてこう言った。
「すみません。詳しくはお話しできません」
「まあ、そうですよね」
「今日はもう自由に行動していただいて構いませんよ。ただ、しばらくは神殿への出入りを制限させていただきます」
「時間はどれくらいですか」
「そうですね……炎の刻くらいには落ち着くかと」
「わかりました。では町の中を散策してから戻ります」
炎の刻とは少し暗くなってくる時間である。この世界では明るくなる時刻と暗くなる時刻が毎日どの場所でも同じである。炎の刻から少しずつ暗くなり、次の命の刻で完全に暗くなる。今はまだ昼にあたる水の刻だがそろそろ土の刻に変わる頃だ。土の刻の次が炎の刻なのでまだだいぶ時間はある。訓練をしようかとも思ったが、リューナを一人にするのは不安なので町のどこへ行こうかと考えているとリューナが提案した。
「パン屋さんに行ってみない? 昨日のお菓子はそのパン屋さんで作って売ってるって言ってたよ」
「ああ、いいな。そこへ行こうか。場所は……わからないよな」
「あ、私たちが通ってきた道のひとつ隣の通りだって聞いたよ。どっち側の隣なのかはわからないけど」
「それだけわかればいいよ。じゃあこっち側行ってみるか」
「うん!」
二人はなんとなく選んだ方へと歩きだした。
「いったい何があったんだろうね?」
「さあな」
『周りで警備してる神衛は昨日と同じくらいの人数が立ってるから、暴動が起こったわけじゃなさそうだな』
「神殿に行っちゃダメって言うんだから、神殿の中のことだよねえ」
「……あの人たちかな。朝、なんか揉めてたし」
『ありそうだな』
「そうだとしても何だろうな」
あの人たち、とは昨日フォスター達より前に町へ入り、今朝は階下で言い争いをしていた母親とその娘らしき女性二人組のことである。
「まあ俺たちには関係ないし、そう決まったわけじゃないけどな。知らない人が急病とか出産するのかもしれないし」
気にはなるが無関係の自分達に情報が入ってくることは無いだろう。
「ねえ、向こうから美味しそうな匂いがするよ!」
「お前本当に鼻が利くよな」
急にリューナがそう言い出した。リューナは耳も良いが鼻も利く。特に食べ物の匂いには敏感だ。匂いを頼りにパン屋へたどり着いた。パンやお菓子を焼いている良い匂いは近くに来ればフォスターでもわかる。時停石を神殿に置いてきたのが残念でならない。町を出る時に再度来ようと心に決めた。
店に入るとパンと焼き菓子が時停石と共に並べられていた。値段はパンのほうは普通だが、焼き菓子はやはり高い。それでも一部は他の町よりかは安い価格設定だ。
「わぁー! 良い匂い!」
リューナにどんな物があるのか説明していく。クッキーとカップケーキはまだ手頃な値段だが、四角く焼かれた柔らかそうなケーキは高くて手が出ない。フォスターがそうリューナに説明しているのを聞いたのか、五十くらいの歳に見える女性店員が声をかけてきた。
「蜂蜜だけ使ったお菓子は安く販売出来るんですけど、砂糖を使ったお菓子は高くなっちゃうんですよ」
「そうなんですね。砂糖を使わずに全部蜂蜜で作ることって出来ないんですか?」
「砂糖とは水分量が全然違うから膨らまなかったりするんですよ。研究を続けてるのでいずれは全部蜂蜜で作れるようにしたいですね」
「そうか、水分量か……」
自分が畑で育てたラギューシュの実から作ったシロップでお菓子を作ろうとしたが上手く固まらなかったり膨らまなかったりしたことがあった。今度試作する時はその辺を意識してみようと思った。今度、がいつになるかはわからないが。
「フォスター、安いほうでいいから早くお菓子買って食べようよー」
リューナはすぐにでも食べたいようだ。
「はいはい。じゃあすみません、これとこれを二つずつ下さい」
「ありがとうございます。そちらで店内でも食べられるようになってますよ」
そう言われて見ると椅子と小さいテーブルが片隅に用意されていた。店内は狭く台にぶつかって載っている商品を落としかねないため、目の見えないリューナの手を取り席へ誘導した。それが店員の目に留まった。
「二人は見かけない顔だけど恋人どうしなの?」
「違います。兄妹です」
リューナはフォスターが即答したことに少しだけムッとしたが、気を取り直して店員に聞いた。
「そう見えます?」
「そうね、あまり似てないから兄妹には見えないわね。旅の人?」
「はい」
「この町はね、砂糖以外は全部ここで採れたもので、ご飯だけは美味しいからしっかり味わっていってね。はいどうぞ」
「ありがとうございます」
時停石で作物の新鮮さを保てるとはいえ石の数には限りがあるため、やはり地元で採れたものをすぐ調理できるほうが美味しい。
代金を払うと、サービスでお茶を出してくれた。蜂蜜が入っていて甘いお茶だ。リューナは早速ニコニコしながら食べ始めた。
「美味しい!」
「ありがとうございます」
店員もリューナの食べっぷりを笑顔で見ている。それからフォスターの顔を見て首を傾げながら言った。
「……お兄さんはどこかで見たことある感じがするのよね。誰かに似てるのかしら」
「この町は初めてなので……。たぶん、そうなんでしょうね」
もしかして記憶を消した人なのだろうか。自分に似てるってまさか親父じゃないだろうな、とフォスターは疑念を抱いた。