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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
047 風呂
 食堂の仕事をやりきってフォスターが自分の食事を終えた時には大分遅い時間となっていた。店員達が戻ってくるまでは働いて欲しいとのことだったので、少なくとも明日まではこの町で足止めをくらうことになってしまった。コーシェルとウォルシフも面白がって付き合うと言い出した。リューナは店長の計らいで一緒に働くので面倒をみてもらう必要は無くなったのだが、断る理由も無いので了承した。

 フォスター達の部屋は二階でコーシェル達の部屋は三階、ちょうどこの部屋の真上だという。ウォルシフがふざけて反力石リーペイトで上の窓から降りて顔を出してきた。外側から浮いた状態で窓辺に寄りかかっている。もうビスタークの帯はフォスターへ戻っていた。

「外に怪しい奴とかいないか?」
「んー? わかんないなあ。人が多くて」

 外には夜遊びしているような者がたむろしている。大きい町ならではの光景だ。

「後をつけてるようなのはいなかったと思うけど、親父はどう思う?」
『俺も気になるような動きをしてるのは見かけなかったが、まあ油断は禁物だからな』
「どうしようかな……」
「何を悩んでるの?」

 フォスターの言葉を聞いてリューナが疑問を投げかけてきた。

「何って、お前の風呂の警備だよ」
「え? お風呂の?」
「今までは小さい交代制の風呂だったから前で立ってれば良かったけど、ここ大浴場だろ」
「うん。楽しみ!」

 リューナはフォスターの懸念など全く意に介していない。

「あのなあ、もしもお前を攫おうとしてるのが女で、風呂で実行されたら俺はどうしようもできないのわかってる?」
「……わかってなかった」

 全く考えていなかったようだ。

「攫われるとかの話以前に、予め何がどこにあるとか教えてやれないんだぞ」

 今までは服を来たまま風呂場へ一緒に行き位置確認をしていたのである。

「あ、そうか……困るね。どうしよう」
忘却神の町フォルゲスは出入りが管理されてたから安心だったんだけどな」

 あの町は居心地が良かったなと思っていると、それまで話を聞いていたウォルシフが窓から入ってきて口を挟んだ。

「誰か女の人に頼むしかないんじゃない?」
「その女の人がリューナを狙ってなければいいけどな」
「うーん、とりあえず風呂場の前まで行ってみてこれから風呂に入るまともそうな人に頼んだら?」

 ウォルシフが提案した。それを聞いたフォスターがリューナへ困ったように言う。

「風呂を諦めてもらうのが一番安心なんだけどな」
「やだ」

 どうしてもそこは譲れないらしい。

『じゃあ、俺がついてってやろうか?』
「変態!」
「お父さん、最低……」

 ビスタークがとんでもないことを言い出したのですかさず突っ込んだ。

「やっぱり浄化しようか?」

 コーシェルは帯を掴んでいなかったが、フォスター達の反応で大体察したようだ。

『冗談に決まってるだろ』
「どうだか……。リューナに燃やされても知らないぞ」

 色々と振り回されて面倒ではあるが、ストロワと合流するまではビスタークがいなくなると困るのだ。


 結局、ウォルシフの提案が採用された。

「そういやコーシェルは部屋で休んでるのか?」
「兄貴は色々やることがあるんだってさ」
「ふーん」

 大浴場の前に三人で固まっていた。変に思われないだろうか。

「そもそもまともそうな人ってどうやって見分けるんだよ」
「うーん、家族で来てるような人達じゃないかなあ」
「でも小さい子を連れてると大変そうだから、申し訳なくて私のことなんて頼めないよ」

 そんなことを話していると丸眼鏡をかけている兄妹らしき二人組が風呂用品を持って向かってくるのが見えた。兄の方は十七歳前後くらい、妹の方は十ニ歳前後くらいの年齢に見える。二人とも同じ深緑の髪色でとても似ているので間違いなく家族だろうと思った。

「あの人達はどうかな? 子どもだし、怪しく無いんじゃない?」
「普通の人っぽいな。ただ、丸眼鏡に良い印象が無くてな……」
『あの医者が着けてたからな』
「ぐだぐだ言ってると逃しちゃうぞ」

 ウォルシフはそう言ってその二人へ話しかけに行った。思い付いたら後先考えずに実行してしまうタイプである。少し話をして二人を連れて戻ってきた。

「リューナちゃんお願いできるってさ」

 ウォルシフがそういうとそばかすのある人懐っこい目をした女の子のほうがリューナに話しかけてきた。

「あなたが目の見えない子? いいよー、一緒に入ろう。私はヨマリー。よろしくね」

 そう言うとリューナの手を取りさっさと行こうとした。

「ちょ、ちょっと待って! リューナ、俺はここで待ってるからな」
「う、うん」
「じゃあ行こうー」

 女の子は風呂に早く入りたいのかすぐに手を繋いで行ってしまった。

「妹がごめんね。あいつちょっとせっかちで強引なんだ。一応しっかりはしてるんで心配しなくても大丈夫だよ、たぶん」
「あ、いえ、引き受けてくれてありがとうございます」
「それじゃ」

 兄らしき青年はそう言うと男湯へ入っていった。

『まあ子どもだし、大丈夫だろ』
「そうだな。ウォルシフも風呂に入ってきてくれ。俺は後で入るからその時またリューナを見ててほしいんだ」
「ん、わかった。じゃあ用意してくるよ。兄貴も連れてくる」

 ウォルシフはいったん自分の部屋に戻り、コーシェルを連れて戻ってきた。連れて、というよりはブツブツ文句を言っているコーシェルを引き摺ってきたようであったが。

「面倒じゃのう……」
「チビで臭かったら絶対女の子にもてないぜ! ほら兄貴、しっかり歩け!」
「チビは余計じゃ!」
「じゃあフォスター、後でなー」

 二人は賑やかに男性用の浴場へ入っていった。



 リューナは丸眼鏡の女の子ヨマリーに脱衣場と浴場の物の配置を教えてもらっていた。歩数を数えて配置を覚えていると色々質問された。

「リューナも眼鏡を作りに来たの?」

 「も」ということは、この子は眼鏡を作りに来たのだろう。少しでも視力があるのなら眼鏡をかければよく見えるようになるということだ。羨ましいという気持ちを隠して返事をする。

「ううん。今は水の都シーウァテレスへの旅の途中でここは通り過ぎるだけだよ。私は全く見えないから眼力石アークライトじゃどうにもならないって前に言われたことがあるの」

 リューナは少し悲しげに笑って答えた。

「え、そうなんだ……ごめんね」
「大丈夫。ヨマリーは眼鏡を作りに来たんだね」
「うん。今の眼鏡は量産品だから少し合わなくて。でも順番待ちが長くてね。明後日くらいにようやく順番が回ってくるんだー」
「やっぱり混んでるんだね」
「これでもまだマシなほうらしいよ」
「うわあ。宿代がかかりそうだね……」

 大体の配置を覚えたので脱衣場で服を脱ぎ始めた。

「胸が大きくていいなあ……」

 ヨマリーはリューナの身体を見て呟いた。

「えっ、たまに言われるけど……そうなの? 私、平均がわかんないし……」

 リューナは恥ずかしそうに胸を隠しながら言った。

「そっか。見えないんじゃわかんないよね。他の女の人の触るわけにもいかないし。私は悲しいことに全然無いんだよ……。おかげでいつまでも子どもに見られるんだ。これでも十六歳なのに」
「じゃあ私と同い年だ」

 リューナにはわからないが背が低いこともあってヨマリーの見た目は十二歳くらいである。

「大浴場は初めて?」
「うん。入ったことはあるみたいなんだけど、すごく小さい頃だったから覚えてなくて。楽しみにしてたんだ」
「色々決まりがあるから教えとくね」

 浴場へと向かいながら話を続けた。

「髪の毛は湯船につけたらダメ。まあ髪上げてるから大丈夫ね。あとタオルも湯船に入れない」

 ふんふん、と頷きながら浴場へ入った。

「まず身体を洗ってから浸かること。お湯を汚さないようにね。ここに湯元石ウーシャイトと桶が二つあるから、お湯を貯めて使って」

 湯神ウーシャウスの石である湯元石ウーシャイトは理力を流して器に入れるとその器にお湯を満たしてくれる。温度は理力を流すときに意識した温度となる。桶を二つ用意するのは片方使っている間にもう一つの桶へお湯を貯めておくからである。リューナは言われたとおりお湯を貯めて持ち込んだ石鹸とタオルで身体を洗いながらヨマリーと会話を続ける。

「ありがとう。歳の近い女の子って町にいなかったから、お話できて嬉しいな」
「そうなの? 男の子ばっかりとか?」
「そもそもあんまり人がいないんだよ。田舎だから」
「どこの町から来たの?」
飛翔神の町リフェイオス
「あ、神話の? 世界の果てにあるんだよね?」
「うん、この半島の端っこにあるの。他の町でもその神話って知られてるんだね」
「授業で教わるよ。それから神様と人の関係が変わったって」

 授業で習うほど人間にとっては大きな出来事だったということだ。

「ヨマリーはどこの町なの?」
「私は図書神の町イプコスだよ。ソーリュシーウァ大陸にある本と印刷の町」

 身体を洗い終えたのでヨマリーに手を握られて湯船に浸かる。ヨマリーは風呂でも眼鏡をかけっぱなしである。レンズが神の石なので曇ることはないのだ。

「知ってる! うちの神殿にある本はみんなそこで作られてるって聞いたよ」
「町のほとんどの一般人が印刷関係の仕事をしてるの。機会があったら寄っていってね」
「うん。今日、文字を読んでくれる言文石リーサイトをもらったから、これからたくさん本を読みたいんだ。本の町なら少し安く買えるかなあ?」
「もちろん! 世界で一番安く本が買えるよ」
「わあー。行けるといいなあ」

 水の都シーウァテレスでの用事が済んだら図書神イプコスの町に行きたいとフォスターに頼んでみよう、とゆったり湯船に浸かりながらそう思った。
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